Aくま組のおふたりさん

茶歩

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第1話『問題児たち』

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黒と紫と時々赤と。


そんな空が覆うこの魔界で、ひときわ異色な場所がある。


ーーーーなんて綺麗なお花なのかしら。




ピンクの髪の女の子は、うっとりと綺麗な袋に包まれた花を眺めていた。
真っ赤な芝生の上に丁寧に並べられた、袋に包まれた複数の花。
未だに洞窟で暮らすことが多い悪魔たちにとって、彼女と彼女の家族たちが暮らす、白とピンクを基調としたメルヘンな家はとにかく異色だった。


「マーベル」


「はーい」



真っ赤な髪の美女が、少女を呼んだ。
少女は嬉しそうに、魔界には似つかわしくないフリフリのピンクのワンピースを靡かせて美女の元へと駆け寄った。








ーーー私の名前はマーベル。
真っ赤な髪を持つサキュバスのお母さんと、白い髪のドラキュラのお父さんのハーフ。
サキュドラと呼ばれることが多い希少魔種だ。

おかげで、髪の色が大好きなピンクなの。
サキュドラは大変なことも多いけど、でもピンクの髪だからなんだって許せちゃう。


お母さんが、コーヒーカップを差し出した。
コーヒーカップの中は真っ赤に染まっている。



「ありがとう」


「何が美味しいのか分からないわ」



ドラキュラは、血が大好物だ。
私はハーフだから、別に毎日飲まなくてもいいけど、それでも好物には変わりない。
サキュバスのお母さんは、血はあまり好きじゃないみたいだ。



「でもなんだか最近の血は美味しくない‥」



ポツリ、そう呟く。


お母さんは困ったように笑った。



「なんだかね、最近お父さんの事業がうまくいってないみたいなのよ。景気も悪いからねぇ‥魔界全体でもなかなか生き血は手に入らないみたいよ」


「え?!そうなの?!」


「ええ。だから、医療行為で廃棄された血しか手に入らないらしいの」



へー。知らなかった‥。
私はハーフだから、血以外のものも食べれるから平気だけど、生粋のドラキュラは血からしか栄養が取れない。
お父さんもそうだけど、魔界のドラキュラ達も大変そうだなぁ‥。


「景気よくなるといいね‥」


「そうねぇ‥。それはそうとマーベル」



妖艶で美人なお母さんの表情が少し翳った。
テーブル越しに伝わってくるお母さんの並々ならぬ覇気。



「目は通したのかしら?資料の」


「し、ししししし、資料とは?」



ぶわぁっと全身から汗が噴き出す。
コーヒーカップを握る手はガタガタと震えている。



「あら、一から説明しないと分からないのかしら?」


「ふぇ、え、えええええ、えっと」


「まさか貴女、このまま一生親元で毎日花を見てウフフ、なんて言うわけじゃないわよねぇ?」



ゴオオオオオと凄まじいオーラを解き放つお母さんに、私はただオロオロと泣きながら、自室から持ってきた資料に血判を押して差し出した。



「わかってるんじゃない、マーベル。
これは貴女の為なのよ?貴女がちゃんとした悪魔になるために、大切なことなの」












一方その頃、魔界のスラムと呼ばれる地域。


ひとりの白髪の男の子がいた。
彼の名前はノラ。
体は痩せ、目はどこか虚ろだ。ふらふらと揺れながら、血の成分が含まれると言われる果実をなんとかもぎ取り食らいつく。

彼は血に飢えたドラキュラ孤児だった。



この地域で、野垂れ死ぬ悪魔や悪魔孤児は少なくない。天界や人間界が平和だということは、つまり魔界は平和ではないのだ。

天界や人間界との協力関係により、なんとか成り立っているものの、こうしたスラム街にその恩恵は届かない。



果実を貪るノラも、もう視界はほぼなかった。
この果実も、滅多にならない貴重なものだった。消えかけた蝋燭に、ほんの少し蝋を足したようなものだ。
ノラの命ももうじき消える。


ノラは果実を食べ終えたころ、そのまま足元から崩れ落ちた。



「‥おっと」



スラム街に似合わないスーツ姿の白髪の男性が、倒れかけたノラを支えた。彼は死にかけたノラを、辛そうに見つめ、何かを決意したように彼を抱えて飛び立った。








ーーー死にものぐるいで資料を提出したマーベルは、カップの血を飲み終えてソファで寛いでいた。


「血の入ったカップで、血ぃカップ‥なぁんて」



くすくすっと、小さく笑う。
我ながらなんて面白いんだ‥。


‥‥はぁ‥‥。やだなぁ。
なんで人間界になんて行かなくちゃいけないの‥。

私はただこうして、ソファで寛いで、お花を愛でて、たまに血を飲んで‥ソファで寛いで、お花を愛でて、ソフィアで寛いで、ソファで寛ぎたいだけなのに‥。



ーー人間界での社会勉強
今の世の中では、いかにうまく天界と人間界とうまく付き合っていくかが重要だ。
人間界での社会勉強は、大人になった時に魔界で自立して生活していくためにも、必要なんだって‥。嫌だなぁぁぁ。人間界なんて、そんな物騒なところ行きたくないよぅ‥。


誰か私を一生甘やかして、グウタラさせてくれる人いないかなぁ‥。




「マーベル」


「ふぁい」


「急だけど、出発は明日よ」


「ええええ?!急すぎるよぉ‥」


「魔界と人間界の時間軸は違うのよ。こっちでの1日は、人間界では1年くらいなの。だから仕方ないのよ。お母さんはこれから資料を郵送してくるわ」


「そんなぁぁぁぁぁ」


心の準備さえさせてくれないのか!
この鬼婆め!!



お母さんが玄関の扉を開けたときだった。



「あら、あなた!
って、どうしたのその子?!」


「悪いが、急いでこの子に血を」


「わかったわ」


何やら只ならぬ空気に、私も思わずノソノソとソファから起き上がり、様子を伺った。


お父さん抱きかかえられた白髪の少年。
ああ、死にそうだ。

命の灯火が、消えかけている。




お父さんは急いでソファに少年を寝かせた。
ちなみに、うちにはソファが2つある。私はもう1つのソファに座ったまま、少年の様子を見ていた。


睫毛は長くて、とても綺麗な顔立ちだけど、可哀想に痩せ細っている。目を開けたら、どんな瞳をしているんだろう。


お母さんがジョッキにたっぷりの血を持ってくると、お父さんが少年の首の下に腕を入れ、上体を起こした。
その形のいい唇にジョッキが当たると、匂いに気付いたのか薄っすらと瞳を開け、ゆっくりとその血を体に受け入れていく。



「悪いね、うちも景気が悪くて‥
美味しい血ではないんだが‥」


お父さんの心配をよそに、少年は凄い勢いで血を飲み、みるみるうちに生力を取り戻していった。
自分でジョッキを持ち、ソファに座るほどの回復を見せている。


恵まれた環境に育った私は、ここまで飢えたことはなかった。悪魔の回復力って半端じゃないんだなぁなんて、少年を見ながら思った。



「君の名は?」


お父さんが問いかけると、ジョッキを空にした少年は、ペロリと唇を舐めて血を全て堪能し、深々と頭を下げた。


「ノラです。助けていただき、ありがとうございました。このご恩は一生かけてお返しします‥」


ノラが頭をあげると、お父さんもお母さんも優しく微笑んでいた。


「自分でまともに生きていく力を身につけたくはないかい?」


「え‥?」


「ちょうど娘が人間界に社会勉強しに行くんだ。君もそこでスキルを身につければ、魔界で職についてまともな生活を送ることができる」


「人間界‥」


「どうだい?悪い話じゃないだろう?」


「‥はい!しかし、自分には‥その‥」


「学費のことかい?」


「‥はい」


「心配いらないよ、コネ、というやつだ」


「はあ‥」


「人間界で多少は働かなくてはいけないかもしれないが、そのかわり衣食住は心配いらない。どうだい?悪い話じゃないだろう?」


「‥はい!是非、お願いします!!」


「ノラ、娘のマーベルだ。
とてもグウタラで甘えん坊だ。迷惑かけるかもしれないが、娘のことも宜しく頼むよ」



突然の紹介に驚きながら、ペコりと頭を下げる。
綺麗な赤色の瞳のノラは、柔らかく微笑んで紳士的に頭を下げた。








次の日、両親に見送られながら魔界の門を通る際のこと‥


両親に手を振るノラは、小さな声で呟いた。







「生き血吸い放題とか最高」




‥と。



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