公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

文字の大きさ
4 / 87

第3話『庭師』

しおりを挟む
  あの監禁事件があった8歳の頃までは、ソフィアもレオ王子と何度か会ったことがあった。
彼女にとってのその頃のレオ王子の印象は、とても好奇心旺盛で八重歯が印象的な、健康的に日に焼けたお兄さんだった。


シンシアの話を聞きながら、ソフィアは当時のレオ王子を思い浮かべて、小さく笑った。
10年の間に、彼はどう成長したのだろう。いま、どんな姿をしているんだろう。シンシアの話はまだ続いていたが、ソフィアはいまのレオ王子の姿を思い浮かべ、想像に耽っていた。



お昼前、いつものように広い庭を歩く。敷地の隅にあるドーム型の植物園。ソフィアは、ここをえらく気に入っていた。
ソフィアがこの植物園で過ごす時は、シンシアには植物園の二階にある休憩室で休んでもらっている。ソフィアがゆっくりと花々を見て回るのを、わざわざこんな安全な敷地内の奥でまで、毎日毎日何時間も付き添って歩いてもらうのは申し訳ないからだ。
ただ、首から笛をぶら下げていて、もしものことがあったときはこの笛を吹くことになっている。不審者に遭遇した場合のみならず、足をくじいたり、体調が悪くなったりしたときのためだ。


ひとつひとつの花を見て、ソフィアは心の中で話しかける。
友人、という存在のいないソフィアにとって、この植物園の草花は唯一の友人だ。ふと、力なく萎れた花を見つけた。昨日まではごく普通だったはずのその花を見て、ソフィアは眉を顰めた。

草花は好きだが、基本的に手入れをしてくれているのは専属の庭師達だ。こんなに萎れてしまった花を、どうすれば元気にさせてあげれるのか、ソフィアは知らない。


「‥あー、もうダメだね」


ふと、真横から見知らぬ声が聞こえてきて、ソフィアは思わず尻餅をついた。よっぽど真剣に花を見ていたらしい。突然現れた男の人に気付くことができなかった。


「おっと失礼‥」


スッと手を差し出される。
ソフィアはその手を取り、立ち上がった。帽子を被り、作業着を着たその人は、専属庭師の服を着ていた。
見知らぬ人ではあったけれど、専属庭師の格好をしていたため、ソフィアが笛を吹くことはなかった。


それにしても、初めて見る顔だ。
広い敷地内には、このドーム型の植物園の他にも広場やバラ園など様々な施設があり、何人もの専属庭師が存在する。
草花を見て回るのが趣味な(というよりもそれしか楽しみがない)ソフィアにとって、専属庭師はよく顔を合わせる存在だった。

他の専属庭師に比べ、年齢は随分と若い。口角が上がったその表情は、男らしく整っているのに、なんとなく母性をくすぐられるような愛らしさが滲み出ている。それなのに、目元のホクロはなんとなく妖艶だ。



その専属庭師は、目を細めてソフィアを見つめると、華麗な所作でお辞儀をした。
先程「もうダメだね」とため口を使っていたのが嘘のような、丁寧な挨拶だ。


「はじめまして、ソフィア様。
僕は新人の庭師、アダムと申します」


そう言って、ニコッと笑う。
ソフィアの周りに年頃の異性は少ない。そのためだろうか、ソフィアはアダムを見つめたまましばらく動くことができなかった。


「‥どうやら、声が出ないというのは本当なのですね」


アダムの問いに、静かに頷く。
ただの庭師にしては、随分と踏み込んだ質問をしてくるアダムに少々戸惑いながらも、ソフィアは素直に頷いている自分に驚いた。


「それはお辛いですね‥」


アダムはしゃがみ込み、萎れた花を摘んだ。
ソフィアがその様子をジッと見つめていると、アダムは小さく笑う。


「何故そんなに悲しそうな顔をするのですか?
花が枯れたのが悲しい?」


昨日までは元気そうだったのに、
と伝えたいが、ソフィアにその術はない。


「花の命は短いのです。
草花を愛しているソフィア様は、もちろんご存知かと思いますが。
それとも、この花に何か思い入れがありましたか?」



アダムの低い声は、なんだか温かみを帯びていて心地が良い。誰かと会話をしたり、思いを伝えることを諦めていたソフィアだったが、何故かアダムとは話がしたいと思った。


口を開いて、喉に手を当てる。


アダムは、その様子を静かに見ていた。




ソフィアの口から、やはり声は出ない。
ソフィアは眉を下げ、口を閉じた。



「‥筆談は可能なのですか?」


アダムの問いに、小さく首を横に振る。


「そうですか‥‥」



字は書けるはずだった。
でも、筆を持っても何かに遊ばれるかのように、筆は勝手に動く。思ってもいないことをスラスラと紙に書き記すのだ。それは、まるで何かの呪い。


でもそれすらも、ソフィアは周りに伝える術がなかったのだ。



「では、僕が文字をお教えしましょう」



アダムがニッコリと笑う。
それは、ソフィアにとって予想もしなかった展開だった。目を丸くしてアダムを見るが、アダムは人懐っこい笑顔を浮かべたままだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...