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第4話『助け』

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アダムに言われるがまま、植物園の奥にあるベンチへと向かった。アダムは、紳士的な所作で、ソフィアをベンチへと座らせると、ソフィアの隣にそっと腰をかけた。


胸元から手帳とペンを取り出して、ソフィアに文字を書いてみせる。


「これがソフィア様のお名前です」


ソフィアは困った表情を浮かべながら頷いた。
文字を読むことはできる。それをどう伝えようか‥。


「あ、もしかして読むことはできますか?」


アダムの問いに、勢いよく首を縦に振った。
アダムが察しの良い人で良かった。そんなことを思いながらホッとする。


「では、何か書ける文字はありますか?」


アダムに手帳とペンを渡されたソフィアは、しばらく迷っていた。いつも、ペンは勝手に心にも思っていないことをスラスラと書き記してしまう。どうすれば、それを伝えられるだろうか‥。


チラッとアダムを見る。
アダムは目が合うと柔らかく笑った。
一瞬険しい表情をしていたように見えたのは気のせいかな?そんなことを思いながら、ソフィアはペン先をそっと手帳に付けた。



ペンは、突然水を得た魚のように生き生きと動き出す。



『私は貴方が嫌いです。近寄らないで』



ああ、ほら‥。
違うのに、そんなこと思っていないのに。
『違う』と書こうとしても、『消えて!』になる。
どうしてこうなってしまうの‥。


アダムを見る。アダムはやはり先ほど見せていたような険しい表情を浮かべていた。


違う、違うの!


首を振って、懸命にそれを伝えようとする。




アダムはポンっとソフィアの頭に手を置いた。
予想していなかった行動に、ソフィアの目は丸くなった。


アダムの表情は、明るい。
でも、何かを決意しているような強い瞳をしているように見える。



「ソフィア様。
貴方に呪いをかけたのは、一体誰ですか?」



ソフィアは耳を疑った。
初めて投げかけられた問い。



「貴方から、思いを伝える手段を奪ったのは‥」



誰も、そんなこと聞いてこなかったのに。
みんな、監禁によってショックを受けた哀れな令嬢として接していたのに。



ぽろ、と小さな涙が一粒だけ零れ落ちた。
諦めていたことを、諦めなくていいと言われているようだ。



「助けも乞えず、気付いてもらえず‥お辛かったでしょう」


アダムは、ソフィアの頭を撫で続けた。
ソフィアはそのアダムの手を取り、両手で握り締める。伏し目がちだった潤んだ瞳を上げると、アダムと目が合った。アダムは、真剣な表情でソフィアを見つめていた。

ソフィアは、この時初めて誰かに助けを求めたのだ。




どのくらい、この時間が続いたのだろうか。
ただの庭師であるアダムが、ソフィアの声を取り戻せる力を持っているとは思えない。
だけど、初めてソフィアの苦しみに気付き、初めてソフィアの理解者になってくれたアダムは、一瞬にしてソフィアの心を占拠した。

まるで人形のようだったソフィアが、久しぶりに自分の意思を持ったのだ。



「‥もうこんな時間」


アダムが腕時計を見てため息を吐いた。
アダムの右手を握りしめたままのソフィアは、その手に力を込めた。

行かないで、という思いを伝える。



そんなソフィアに、アダムは柔らかく微笑んだ。



「‥訳あって、毎日は来ることができません。
しかし、必ずまた来ます‥。
それまでに、策も絞ってきます」


アダムは、そっと右手に顔を近づけた。
そっとソフィアの手の甲に優しくキスをすると、ソフィアは顔を赤くして手を離した。
そんなソフィアの初心な様子をクスクスと笑うアダム。紳士として手の甲にキスをしただけのようだが、社交界にも参加しないソフィアにとって、その行為はなんとも慣れないものだった。

ガブリエルにはしょっちゅうされるが、ソフィアにとって彼は兄でしかない。



「ソフィア様‥では、また近いうちに‥」


アダムがそう言ってお辞儀をする。
引き止めたいけれど、これ以上引き止めるのはきっと迷惑だろう。ソフィアはもっと一緒にいたいという気持ちをグッと堪えて、アダムを見送った。



あんなに花が好きだったのに。
花を見つめても、ぼーっとアダムのことを考えてしまう。

帽子からはみ出ていた明るい茶色の髪。
少年のようなあどけない笑みを浮かべるのに、ソフィアの真の苦しみを見抜いたり、紳士的な姿を見せるその二面性。
彼が纏う優しい空気、落ち着く声。


ドキドキと、心臓が騒ぐ。




よかった、私、人形じゃなかった。




感情を持っていたんだと強く実感できたことが何よりも嬉しかった。それを強く感じさせてくれたアダムに出会えて本当に良かった。


そんなことを思いながら花を見つめていると、ドームの入り口が大きく開き、途端に騒がしくなった。
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