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第5話『恋仲』

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ドームの入り口には、ガブリエルとその取り巻きの家来達が数人いた。


ガブリエルは大きな声でソフィアを呼ぶ。
その声に驚いたシンシアが、パタパタと二階から降りてきた。どうやら寝ていたらしい。彼女の頬にはくっきりと寝跡が付いていた。


「ソフィア!ここにいるんだろう?!」


一体何事だ、とソフィアはたじろぎながらドームの入り口へと向かった。
息を切らしたガブリエルが、ソフィアの姿を見かけた途端に堪らず駆け寄り、ソフィアをぎゅっと抱き締めた。



甘いマスクに似合わない厚い胸板と、逞しい腕がソフィアを包み込む。パチパチと瞬きを繰り返すソフィアは、未だに状況を読み込むことができなかった。


「聞いてくれ!ソフィア!!!」


まるで離れ離れになっていた恋人同士のようだ。
少なくとも、ソフィアは至って冷静なのだけれど。



「国王のお許しが出たんだ!!
ずっと交渉していたんだ!!」



ハロルド公爵とガブリエルが城へ出向くことは頻繁にあった。その際、ずっと何かの交渉を続けていたのか。しかし、何の交渉なのかわからないソフィアにとって、この熱すぎる抱擁は少々不必要だ。



「レオがずっと君を妃にしたいと望んでいたんだよ。でも、僕と父さんはそれをずっと反対していた」


‥レオ??
‥‥レオ王子のこと?!

ソフィアは驚きすぎて数秒息をするのを忘れていた。
大貴族レストール家の令嬢だとしても、ソフィアにその血は流れていない。聖女だとしても、白魔法を唱えることはできない。姫にしたいと望まれるような立場なんかではないのに‥。



「レストール家の令嬢と王子が結婚するのは確かに両者にとって喜ばしいことだけど、何せソフィアは言葉を話せない‥国王にとってもそれがネックだったみたいでね。それに、遊び歩くレオの妃にしてしまうのはあまりにもソフィアが不憫だからね!」


興奮気味に、ガブリエルが話し続ける。
ということは、レオ王子はソフィアが言葉を話せないと分かった上でずっとソフィアを求めていてくれていたということ。
ガブリエルの口から出た『ソフィアは言葉を話せない』と言うフレーズに、ソフィアは小さく胸を痛めていた。
こんなにも近くにいるガブリエル。でもやはり彼は気付かないのだ。これが、監禁のショックによるものではないと‥。


「これから色々な手続きが必要で、時間がかかってしまうんだけど、君は王家の一族として養子に入ることになる!」


‥‥え?



「早くても半年後‥もっと時間がかかってしまうかもしれないけど‥
でも、そうすれば僕と君は結婚できるんだ!
そのお許しが出たんだよ!ソフィア!!」



ゴーン、ゴーン、と頭に強い衝撃を受けているのがわかる。いや、頭だけではない、心にも。



「その方法なら、国王にとっても、レストール家にとっても幸せなんだ。僕はもう‥嬉しくて嬉しくて‥」


ソフィアは、わかっているつもりでいた。
自分が拾われた身寄りのない子どもで、レストール家はそんな自分を受け入れ大切に育ててくれた人たち‥。そして仮にも貴族として生きてきた以上、政略結婚からは避けては通れない。
むしろ、声が出せなくなったソフィアは、一生結婚できずにレストール家に迷惑をかけてしまうかもしれないという不安に苛まれていた。そんなソフィアにとって、これはレストール家にやっと恩返しができる方法だ。


断ることなんてできるはずがない。




それでも。
ガブリエルの厚い胸板に押し付けられた瞳からはジワリと涙が浮かんでいた。




不思議と、アダムを思い浮かべるとその涙は激しさを増す。




今日出会ったばかりなのに。
いや‥本当に出会ったばかりだった?


不思議と、懐かしいような心地になったのは何故だったのだろう。



まぁそれでも。アダムに対する想いが恋心だったのだと気付いても、どうにもできやしない。
次に会えた時は、声を戻してくれるかもしれない唯一の人、とだけ思って会うようにしないと。
これ以上恋心を大きくさせてはいけない。



ふと、熱い抱擁が解かれた。
ソフィアの目の前には、幸せそうな表情を浮かべるガブリエルがいる。全ての女性が振り返るような美貌、そして将来有望な大貴族の息子。

どうしてこの人は、こんなにも私を愛しているんだろう。


そんな冷静なソフィアをよそに、ガブリエルはソフィアの顎をクイっと持ち上げてソフィアの唇にキスをした。
目を見開くソフィアは、咄嗟にその体を突き放そうとガブリエルの胸に両手を当てるが、結局突き放すことなくその手をぶらりと力なく下ろした。


もう、抵抗してはいけない‥そう思った。
彼とは言わば婚約前の恋仲、といった関係になってしまったのだ。

まだ戸籍上は兄弟だけれど。


抵抗する方が、おかしくなってしまった。



ただただ、何度も啄ばむようにキスを重ねてくるガブリエルを、目を瞑って受け入れ続けた。


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