公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第6話『蝋燭』

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シンシアをはじめとした周りの家来たちは、皆その光景に言葉を失っていた。
でも、ガブリエルの熱は一切冷めることはない。


「‥ああ、ごめんね、みんな‥」


ガブリエルが、そのやけに艶やかな潤みを見せる唇をそっと指で拭いながら笑った。
幸せそうな表情を浮かべるその美男子に、誰も何も発しない。


「夢が叶ってしまったものだから‥ついね」


そう言って、無邪気に笑う。
ただその様子を、ソフィアはぼーっと見つめることしかできなかった。当事者なのに、蚊帳の外にいるようだ。
ガブリエルが家来の方を向いている隙に、ソフィアはそっと唇を拭った。



もう兄弟ではなくなるのであれば‥
ガブリエルと結婚するのであれば‥

ーー少しでも、ガブリエルを兄ではなく異性として好きにならなければならない。



「ガブリエル様ッ!!ソフィア様ッ!!
シンシアは嬉しゅうございます!!」


やっと状況を飲み込んだシンシアが、涙を浮かべながら喜んだ。
ソフィアは逆にそのシンシアの様子を受け入れるのに時間がかかった。今日の午前中まで素敵な兄弟愛だと言っていたのに‥
モヤっとソフィアの心に暗い影が落ちた。

次第に他の家来達も、祝福の言葉を述べ始める。


ソフィアはただ黙って、その異様な光景を目に焼き付けていた。





その夜、ハロルド公爵に呼び出されたソフィアは、公爵の部屋を訪れていた。
貴族らしい髭をこさえた、恰幅の良いダンディな紳士。それがハロルド公爵である。

ワイングラス片手に、膝に猫を乗せてソファに腰を掛けるハロルド公爵は、ソフィアに向かいに座るように指示を出した。


ソフィアの父ではあるが、ソフィアにとってはやはり心から『お父さん』だとは思いにくい。ハロルド公爵は昔からソフィアを実の子供のように愛してくれていたけれど、忙しいあまり屋敷を空けることも多く、屋敷で見かけても、まるで一国の王という扱いを受けているハロルド公爵は、ソフィアにとって身近な存在だとは言い難かった。


ハロルド公爵の正面に置かれたソファに腰を掛け、ハロルド公爵を見据える。

ハロルド公爵はワインをひとくち口に含むと、静かに微笑んだ。こうして改めてハロルド公爵をまじまじと見ると、やはりガブリエルに似ている。皺が刻まれているものの、その柔らかな青い瞳は親子共通のものであった。



「ガブリエルから聞いたかい?ソフィア」



ハロルド公爵の言葉に、ソフィアはコクリと頷いた。
目を細め、そうか、と頷くとハロルド公爵はおもむろに立ち上がった。
その背後にある、馬鹿みたいに大きな窓から月を眺め、言葉を続けた。


「お前達は仮にも兄弟だった‥
すぐに気持ちを作るのは難しいかもしれないが‥それなりの努力をしてやってくれ。
ガブリエルはずっとお前を愛していたんだ」


言われなくてもわかる。
ガブリエルのソフィアに対する気持ちは、最初から兄弟愛なんかではなかった。


小さな頃から、ソフィアのために花を摘み、ソフィアのためにピアノを奏で、ソフィアのために生きてきた、そんな男だ。



「書類上、お前らはまだ兄弟だ。
しかし、もうその肩書きはあってないようなものだ。
正式に籍を入れれるまで時間はかかるが、もう婚約しているものとして接してやってくれ」



ハロルド公爵は、もうソフィアを見てはいなかった。



ソフィアの気持ちなど、もちろん関係ない。
これはガブリエルの純粋で、一方的な溺愛による結婚というだけではなく、立派な政略結婚だ。


ソフィアはただただ、今まで育ててくれた恩を返すべく、それに忠実でなければならない。



ソフィアはスッと立ち上がると、深々と頭を下げた。




「あ、そうだ。忘れていたよ‥」




部屋を出ようとした際に、ハロルド公爵にふと呼び止められたソフィアは、振り返ってハロルド公爵を見た。



「そろそろ月に一度の健診の時期だろう。
週末にでも行おう。医師に伝えておくよ」


ソフィアは小さく頷き、再びお辞儀をするとハロルド公爵の部屋を後にした。




ハロルド公爵は、2人の子供を心配するあまり、幼い頃から月に一度、2人の健診を欠かさず行っていた。


多忙のため、普通の親子のように毎日一緒に暮らせるわけではないレストール家。
これがハロルド公爵の愛の形なのだと、ソフィアなりに受け止めていた。



屋敷の長い廊下を歩く。
鉄仮面の鎧が規則正しく並び、床には真っ赤な絨毯が敷かれ、高い天井からは大きなシャンデリアが吊るされている。




お嫁に行けるだけ、良かったんだ。




ソフィアは、そう自分に言い聞かせていた。




永遠にこのお屋敷の敷地内に居続けることが決まってしまった。ぼんやりと視界が霞んでゆく。


鉄仮面の鎧同様、規則正しく並ぶ蝋燭の灯り。
ゆらゆらと動くその炎は、涙のせいで更に歪んで見えた。



こんな貴族に拾ってもらったうえ、こんな貴族に嫁ぐんだ。‥‥ただの捨て子だった私が。
幸せなことじゃないか、とても。

レストール家に拾ってもらえなければ、いつかまた誰かに誘拐されて‥今度は命も危うかったかもしれない。


私は、幸せものなんだ。





言い聞かせるようにして、長い廊下を一歩ずつ踏みしめるように歩いたのである。


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