7 / 87
第6話『蝋燭』
しおりを挟む
シンシアをはじめとした周りの家来たちは、皆その光景に言葉を失っていた。
でも、ガブリエルの熱は一切冷めることはない。
「‥ああ、ごめんね、みんな‥」
ガブリエルが、そのやけに艶やかな潤みを見せる唇をそっと指で拭いながら笑った。
幸せそうな表情を浮かべるその美男子に、誰も何も発しない。
「夢が叶ってしまったものだから‥ついね」
そう言って、無邪気に笑う。
ただその様子を、ソフィアはぼーっと見つめることしかできなかった。当事者なのに、蚊帳の外にいるようだ。
ガブリエルが家来の方を向いている隙に、ソフィアはそっと唇を拭った。
もう兄弟ではなくなるのであれば‥
ガブリエルと結婚するのであれば‥
ーー少しでも、ガブリエルを兄ではなく異性として好きにならなければならない。
「ガブリエル様ッ!!ソフィア様ッ!!
シンシアは嬉しゅうございます!!」
やっと状況を飲み込んだシンシアが、涙を浮かべながら喜んだ。
ソフィアは逆にそのシンシアの様子を受け入れるのに時間がかかった。今日の午前中まで素敵な兄弟愛だと言っていたのに‥
モヤっとソフィアの心に暗い影が落ちた。
次第に他の家来達も、祝福の言葉を述べ始める。
ソフィアはただ黙って、その異様な光景を目に焼き付けていた。
その夜、ハロルド公爵に呼び出されたソフィアは、公爵の部屋を訪れていた。
貴族らしい髭をこさえた、恰幅の良いダンディな紳士。それがハロルド公爵である。
ワイングラス片手に、膝に猫を乗せてソファに腰を掛けるハロルド公爵は、ソフィアに向かいに座るように指示を出した。
ソフィアの父ではあるが、ソフィアにとってはやはり心から『お父さん』だとは思いにくい。ハロルド公爵は昔からソフィアを実の子供のように愛してくれていたけれど、忙しいあまり屋敷を空けることも多く、屋敷で見かけても、まるで一国の王という扱いを受けているハロルド公爵は、ソフィアにとって身近な存在だとは言い難かった。
ハロルド公爵の正面に置かれたソファに腰を掛け、ハロルド公爵を見据える。
ハロルド公爵はワインをひとくち口に含むと、静かに微笑んだ。こうして改めてハロルド公爵をまじまじと見ると、やはりガブリエルに似ている。皺が刻まれているものの、その柔らかな青い瞳は親子共通のものであった。
「ガブリエルから聞いたかい?ソフィア」
ハロルド公爵の言葉に、ソフィアはコクリと頷いた。
目を細め、そうか、と頷くとハロルド公爵はおもむろに立ち上がった。
その背後にある、馬鹿みたいに大きな窓から月を眺め、言葉を続けた。
「お前達は仮にも兄弟だった‥
すぐに気持ちを作るのは難しいかもしれないが‥それなりの努力をしてやってくれ。
ガブリエルはずっとお前を愛していたんだ」
言われなくてもわかる。
ガブリエルのソフィアに対する気持ちは、最初から兄弟愛なんかではなかった。
小さな頃から、ソフィアのために花を摘み、ソフィアのためにピアノを奏で、ソフィアのために生きてきた、そんな男だ。
「書類上、お前らはまだ兄弟だ。
しかし、もうその肩書きはあってないようなものだ。
正式に籍を入れれるまで時間はかかるが、もう婚約しているものとして接してやってくれ」
ハロルド公爵は、もうソフィアを見てはいなかった。
ソフィアの気持ちなど、もちろん関係ない。
これはガブリエルの純粋で、一方的な溺愛による結婚というだけではなく、立派な政略結婚だ。
ソフィアはただただ、今まで育ててくれた恩を返すべく、それに忠実でなければならない。
ソフィアはスッと立ち上がると、深々と頭を下げた。
「あ、そうだ。忘れていたよ‥」
部屋を出ようとした際に、ハロルド公爵にふと呼び止められたソフィアは、振り返ってハロルド公爵を見た。
「そろそろ月に一度の健診の時期だろう。
週末にでも行おう。医師に伝えておくよ」
ソフィアは小さく頷き、再びお辞儀をするとハロルド公爵の部屋を後にした。
ハロルド公爵は、2人の子供を心配するあまり、幼い頃から月に一度、2人の健診を欠かさず行っていた。
多忙のため、普通の親子のように毎日一緒に暮らせるわけではないレストール家。
これがハロルド公爵の愛の形なのだと、ソフィアなりに受け止めていた。
屋敷の長い廊下を歩く。
鉄仮面の鎧が規則正しく並び、床には真っ赤な絨毯が敷かれ、高い天井からは大きなシャンデリアが吊るされている。
お嫁に行けるだけ、良かったんだ。
ソフィアは、そう自分に言い聞かせていた。
永遠にこのお屋敷の敷地内に居続けることが決まってしまった。ぼんやりと視界が霞んでゆく。
鉄仮面の鎧同様、規則正しく並ぶ蝋燭の灯り。
ゆらゆらと動くその炎は、涙のせいで更に歪んで見えた。
こんな貴族に拾ってもらったうえ、こんな貴族に嫁ぐんだ。‥‥ただの捨て子だった私が。
幸せなことじゃないか、とても。
レストール家に拾ってもらえなければ、いつかまた誰かに誘拐されて‥今度は命も危うかったかもしれない。
私は、幸せものなんだ。
言い聞かせるようにして、長い廊下を一歩ずつ踏みしめるように歩いたのである。
でも、ガブリエルの熱は一切冷めることはない。
「‥ああ、ごめんね、みんな‥」
ガブリエルが、そのやけに艶やかな潤みを見せる唇をそっと指で拭いながら笑った。
幸せそうな表情を浮かべるその美男子に、誰も何も発しない。
「夢が叶ってしまったものだから‥ついね」
そう言って、無邪気に笑う。
ただその様子を、ソフィアはぼーっと見つめることしかできなかった。当事者なのに、蚊帳の外にいるようだ。
ガブリエルが家来の方を向いている隙に、ソフィアはそっと唇を拭った。
もう兄弟ではなくなるのであれば‥
ガブリエルと結婚するのであれば‥
ーー少しでも、ガブリエルを兄ではなく異性として好きにならなければならない。
「ガブリエル様ッ!!ソフィア様ッ!!
シンシアは嬉しゅうございます!!」
やっと状況を飲み込んだシンシアが、涙を浮かべながら喜んだ。
ソフィアは逆にそのシンシアの様子を受け入れるのに時間がかかった。今日の午前中まで素敵な兄弟愛だと言っていたのに‥
モヤっとソフィアの心に暗い影が落ちた。
次第に他の家来達も、祝福の言葉を述べ始める。
ソフィアはただ黙って、その異様な光景を目に焼き付けていた。
その夜、ハロルド公爵に呼び出されたソフィアは、公爵の部屋を訪れていた。
貴族らしい髭をこさえた、恰幅の良いダンディな紳士。それがハロルド公爵である。
ワイングラス片手に、膝に猫を乗せてソファに腰を掛けるハロルド公爵は、ソフィアに向かいに座るように指示を出した。
ソフィアの父ではあるが、ソフィアにとってはやはり心から『お父さん』だとは思いにくい。ハロルド公爵は昔からソフィアを実の子供のように愛してくれていたけれど、忙しいあまり屋敷を空けることも多く、屋敷で見かけても、まるで一国の王という扱いを受けているハロルド公爵は、ソフィアにとって身近な存在だとは言い難かった。
ハロルド公爵の正面に置かれたソファに腰を掛け、ハロルド公爵を見据える。
ハロルド公爵はワインをひとくち口に含むと、静かに微笑んだ。こうして改めてハロルド公爵をまじまじと見ると、やはりガブリエルに似ている。皺が刻まれているものの、その柔らかな青い瞳は親子共通のものであった。
「ガブリエルから聞いたかい?ソフィア」
ハロルド公爵の言葉に、ソフィアはコクリと頷いた。
目を細め、そうか、と頷くとハロルド公爵はおもむろに立ち上がった。
その背後にある、馬鹿みたいに大きな窓から月を眺め、言葉を続けた。
「お前達は仮にも兄弟だった‥
すぐに気持ちを作るのは難しいかもしれないが‥それなりの努力をしてやってくれ。
ガブリエルはずっとお前を愛していたんだ」
言われなくてもわかる。
ガブリエルのソフィアに対する気持ちは、最初から兄弟愛なんかではなかった。
小さな頃から、ソフィアのために花を摘み、ソフィアのためにピアノを奏で、ソフィアのために生きてきた、そんな男だ。
「書類上、お前らはまだ兄弟だ。
しかし、もうその肩書きはあってないようなものだ。
正式に籍を入れれるまで時間はかかるが、もう婚約しているものとして接してやってくれ」
ハロルド公爵は、もうソフィアを見てはいなかった。
ソフィアの気持ちなど、もちろん関係ない。
これはガブリエルの純粋で、一方的な溺愛による結婚というだけではなく、立派な政略結婚だ。
ソフィアはただただ、今まで育ててくれた恩を返すべく、それに忠実でなければならない。
ソフィアはスッと立ち上がると、深々と頭を下げた。
「あ、そうだ。忘れていたよ‥」
部屋を出ようとした際に、ハロルド公爵にふと呼び止められたソフィアは、振り返ってハロルド公爵を見た。
「そろそろ月に一度の健診の時期だろう。
週末にでも行おう。医師に伝えておくよ」
ソフィアは小さく頷き、再びお辞儀をするとハロルド公爵の部屋を後にした。
ハロルド公爵は、2人の子供を心配するあまり、幼い頃から月に一度、2人の健診を欠かさず行っていた。
多忙のため、普通の親子のように毎日一緒に暮らせるわけではないレストール家。
これがハロルド公爵の愛の形なのだと、ソフィアなりに受け止めていた。
屋敷の長い廊下を歩く。
鉄仮面の鎧が規則正しく並び、床には真っ赤な絨毯が敷かれ、高い天井からは大きなシャンデリアが吊るされている。
お嫁に行けるだけ、良かったんだ。
ソフィアは、そう自分に言い聞かせていた。
永遠にこのお屋敷の敷地内に居続けることが決まってしまった。ぼんやりと視界が霞んでゆく。
鉄仮面の鎧同様、規則正しく並ぶ蝋燭の灯り。
ゆらゆらと動くその炎は、涙のせいで更に歪んで見えた。
こんな貴族に拾ってもらったうえ、こんな貴族に嫁ぐんだ。‥‥ただの捨て子だった私が。
幸せなことじゃないか、とても。
レストール家に拾ってもらえなければ、いつかまた誰かに誘拐されて‥今度は命も危うかったかもしれない。
私は、幸せものなんだ。
言い聞かせるようにして、長い廊下を一歩ずつ踏みしめるように歩いたのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ハズレスキル『自動販売機』を授かって婚約破棄されましたが、 実は回復薬も魔力食も出せる最強スキルでした
暖夢 由
ファンタジー
十八歳の成人儀式で授かったのは、誰も聞いたことのない《自動販売機スキル》。
役立たずと嘲られ、婚約者レオンには即座に婚約を破棄され、人生が崩れ落ちたように思えた。
だがそのスキルには、食べ物を作り、摂取すれば魔力を増やし、さらに“治癒効果”を付与できるという隠された力があった。
倒れた母を救い、王都の名門・ヴァルセイン伯爵夫人を救ったことで、カミーラは“呪詛”という闇の存在を知る。伯爵邸で出会った炎の力を持つ公爵家次男レグナスとの出会いが、彼女の運命を大きく変えていく。
やがて王都全体に“謎の病”が蔓延。カミーラは治癒スープの炊き出しを行い、人々を次々と回復へ導く。
一方、病の裏で糸を引いていたのは………。
“無価値”と嘲られたスキルが、いま世界を癒し、未来を照らす光となる――。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる