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第12話『裏切り』
しおりを挟むアダムは、ソフィアの同意の頷きに心底嬉しそうに微笑んだ。
「この日の為に‥何年もかけたのです」
ーーー何年も?
ソフィアが驚いた表情をするのも無理はない。
だって、ソフィアとアダムが出会ったのはつい最近のこと。
やっぱり昔会ったことがあると感じたのは、間違いじゃなかったの‥?
そんなソフィアの様子を見て、アダムが自分の口元に手のひらを当てた。
「おっと‥口が滑った」
そうして、無邪気に笑う。
ソフィアが目をパチパチと瞬かせていると、アダムが突然大きな声を出した。
「おいで、シンドラ」
二階の休憩所に向かい、そう呼びかける。
ーーーシンドラ?
いったい誰を呼んでいるの‥?
このドームには私たちとシンシアしかいないはずなのに。
すぐに足音が聞こえた。
姿を現したのはシンシア。いつもと変わらずに柔らかい表情を浮かべている。
噂好きのおばさまだ。
シンシアは、アダムの正面に行くと、深くお辞儀をした。
ーーーーシンシア??
なぜ、アダムに‥?
「時が来たのですか」
シンシアの問いに、アダムが頷く。
「ああ。今すぐ決行だ」
「わかりましたわ」
シンシアが何かを唱え始めた。
彼女の周りを、光の粒子が包んでいく。
その光は草花をも照らしていて、息を呑むほどに神秘的な光景だった。
ーーーーシンシアは、魔法使いだったの‥?
状況を飲み込むことができないまま、シンシアの姿が変わった。
「ソフィア様。黙っていたこと、大変申し訳ありませんでした」
その声、その姿はまさしくガブリエルだ。
あんなにもガブリエルを褒め称えていたシンシアが、魔法でガブリエルの姿になっている。
つまり、シンシアもアダム同様ーー
何年もこの時を待っていたのだろうか。
「さあ、時間がない。
ガブリエルがこちらに気付く前に屋敷を出なければ。
見張りの情報では、まだしばらく自室にいるようだけど」
アダムがそう言うと、ソフィアはシンシアに手を取られた。
屋敷を出ることができないソフィア。しかし、もはや婚約者のような存在のガブリエルに手を引かれて外出する分には、屋敷の者たちもガブリエルの気まぐれなのだと受け止めるだろう。
馬車などでは怪しまれるし、木箱などの大荷物は門で中身を事細かに見られてしまう。
この方法が、アダムが長年考えていた、最小限のリスクで抜け出せる最善の方法だったのだ。
「本当はもっと早く連れ出したかったんだけどね。この状況を作るのに時間がかかってしまった」
シンシアとソフィアの後ろを歩くアダムがソフィアの背中にそう言葉を落とす。
いつのまにか敬語じゃなくなっているアダム。
貴方は一体ーーー?
シンシアに手を引かれ、屋敷の中のメイン通りではなく、木陰の小道を通って門へと向かう。
今から外に出るのだと思うと、心臓が痛いほどにうるさい。そして、レストール家を裏切るのだと思うと、その痛みはさらに増える。
無事に抜け出せるのか、
本当に裏切っていいのか、
心臓を叩く鼓動はドキドキなんて可愛らしい音なんかじゃない、ナイフでザクザクと切り刻まれているような感じだ。その鋭い刃は背中までも突き抜けているようにさえ感じる。
とにかく、突然の出来事に、思考も鼓動もついていかないのだ。
早歩きで手を引かれる中、どうしようもなく泣き出しそうになる。
息は切れ、心臓は痛く、足が竦みそうになる。
泣いてはいけない。
泣いたら、門を通る時に怪しまれてしまう。
私は外に出るんだ。
そして、声を取り戻すんだ‥。
「ソフィア様、ご不安でしょう。
でも大丈夫です。私たちを信じてください」
ガブリエルの姿をしたシンシアが、そう囁いた。
物心ついた頃から、ずっと近くにいたシンシア。ソフィアにとって彼女は、誰よりも一緒に時間を過ごしていた相手だ。
信じたいーーー。
いや、レストール家の人々を裏切ると決めたからにはこの2人を信じるしかない。
もしも‥もしもアダムとシンシアが私に嘘をついていたとしたら‥その時は、煮るなり焼くなり売るなり好きにすればいい‥。
そのくらいの覚悟がなければ、門をくぐることは許されない。
「ソフィア様、門が見えました。
貴女はいつも通り、堂々としていてください」
アダムが言う。
小さく深呼吸をして、頷いた。
門に辿り着くと、レストール家の兵士たちが驚いたような顔でこちらを見た。
無理もない、本来私がここを通ることは許されることではないのだから。
「やぁ、みんな‥」
「ガブリエル様、なぜソフィア様をお連れなのですか?!」
「そろそろソフィアに、屋敷外の草花も見せてあげたいんだ。なに、もちろんすぐ戻るさ。優秀な庭師と共にほんの少しだけ、丘の上に咲く花々を摘みに行くよ」
まるで本物のガブリエルのようだ。
その口ぶりも、表情も、仕草も‥さすが長年近くでガブリエルを見ていただけある。
「し、しかし‥」
「困ったねぇ。僕はこれでも剣の腕に自信があるつもりだけど‥。まさか、僕が愛するソフィアを守る力さえ持っていないと思っているのかい?」
そう言って不敵に微笑むシンシアに、兵士たちは困ったようにたじろいだが、シンシア扮するガブリエルが鋭い表情を浮かべると、慌てて門を開けた。
もう何年もその目に写していなかった、屋敷の外の光景が広がる。
声が戻っていたとしても、この時私の口からは何の言葉も出なかっただろう。
籠の中の鳥が、空に飛び立つその瞬間と同じだ。
門をくぐったその時だった。
「ソフィア!!!!行くな!!!!!」
聞き覚えのある大きな声が聞こえた。
振り返ると、兵士たちに抑えられた本物のガブリエルがいる。
心臓を握り潰されるとは、このことだろう。
兵士たちは2人のガブリエルの姿に、慌てふためいていたが、先ほどのシンシアの演技がよほど信用を掴んでいたらしい。
とりあえず本物のガブリエルを捕まえながら、こちらにも数人の兵士が近寄ってくる。
ーーーまずい、捕まる。
「ソフィア!!お願いだっ!!いかないでくれ!!本物の僕はこっちだ!!!」
未だかつて、ガブリエルがこんなにも大きな声を出したことを見たことがない。
苦しそうな、泣き出しそうな、必死な声。
「ソフィア様、酷でしょうが切り抜けるにはこれしかありません‥」
シンシアが私の耳元に囁く。
私は、張り裂けそうな心を見て見ぬ振りをして、シンシアの頬に手を当てた。
そしてーーー
本物のガブリエルに見せつけるようにして、シンシアの唇にキスをしたのである。
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