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第13話『はじまり』
しおりを挟むいくら、兄の重すぎる愛が辛かったとはいえ‥
これは、自分でも自分が鬼のようだと感じた。
ガブリエルの気持ちに気付いて以降、ガブリエルに自ら触れたことはない。
ましてや、キスをするなんて。
本物のガブリエルの心境は、いまどれほど突き放されていることだろう。
ガブリエルのその綺麗な表情は崩れ、涙がとめどなく溢れでている。
ーーーああ、
兄が可哀想すぎる。
今すぐに駆け寄って謝りたい。
シンシアは私をぎゅっと抱きしめた。
「堪えてください、ソフィア様。
これは貴女の未来のため‥」
耳元でそう囁かれる。
アダムも何か言いたそうだ。だけどアダムはただの庭師ーー。ただジッと私たちを見つめるだけだった。
兵士たちは、私たちのキスと抱擁を見て、私たちを本物だと認識したようだった。
シンシアの低い声が響く。
「おいお前‥何のつもりだ。どうして僕の真似など‥?
その者を地下牢に捕らえておけ。帰り次第処遇を言い渡す」
「ハッ!!」
地べたに崩れ落ちるガブリエルを、兵士が引きずり起こす。ぼろぼろと涙を流し、項垂れたまま、ガブリエルはまたこちらを見た。
「お前ら!!ソフィアをどうするつもりだ!!!ソフィアを返せっ!!!」
大きな声で、何度も何度もそう叫ぶ。
よく見ると、ガブリエルはいつにも増して軽装だった。剣もなにも持たずに、部屋から飛び出してきたのだろう。
「ーーーこのままでは、ハロルド公爵がお気づきになるのも時間の問題です。もう行きますよ、ソフィア様」
シンシアの言葉に頷いた。
もう行くしかない。ここでガブリエルに駆け寄ったら、シンシアとアダムの命は保障されない。
逃げなくては。
未だに、泣き叫び続けるガブリエルから目を逸らし、私たちは歩を進めた。
「もう余裕はありません。
馬車に乗ります」
アダムがやっと口を開いた。
屋敷の目の前には、たくさんの家々が並んでいる。市街地を抜けて丘に行くのであれば、本来徒歩では時間がかかってしまう。
屋敷の馬車は、専属の御者が付くため、その後の逃亡を考えると得策ではなかったのだ。
つまり、私たちが馬車に乗った姿を屋敷の者に見られれば、すぐに破綻してしまう。
馬車に乗るのならば、最初から屋敷の馬車に乗らなくては不自然なのだ。
シンシアとアダムに支えられ、馬車に乗り込む。
「東の闇街まで!急いで!!」
ーーーーーーーとうとう始まったのだ、
真実を見るための逃亡劇が。
馬車の中で考えるのは、ガブリエルのあの泣き顔。
もう引き返せない。
だから、どんなに心が張り裂けそうでも、前に進むしかない。
それはわかってる‥。
それに、仮にあの場面でガブリエルに駆け寄ったとしても‥今後、私がガブリエルに自らキスをすることはない。
どちらにせよ、彼の心に大きな傷を作ってしまったことには変わりないのだ。
仕方のないことだったんだと、受け止めないと。
「ソフィア様。大丈夫ですか?」
アダムが伏し目がちでソフィアを気にかける。
ソフィアは、静かに頷いた。
シンシアは、馬車が森の中に入ると静かに魔法を唱えて、またその姿を変えた。
私の知っているシンシアではない。
20代半ばくらいの、赤い髪がよく似合う綺麗な女性だ。
「ソフィア様、私の本当の名前はシンドラです」
そう言って、優しく微笑む。
右目の下のホクロ、白い肌、赤い唇。とてもセクシーな彼女が、あの噂好きのシンシアだったとは俄かに信じがたい。
「ははっ、また君は見栄っ張りだなぁ」
アダムは、シンドラを見て可笑しそうに笑った。
そんなアダムに、シンドラはムッとした表情を浮かべている。
「ソフィア様、シンドラはね、変身の術に長けた魔女なんだ。僕もシンドラの本当の姿は知らないんですよ。
でも、1つ言えるのは僕が小さい頃からーーー」
「もうっ!やめてください!!」
ーーーどうやら、シンドラは歳を誤魔化しているらしい。
屋敷から遠く離れていくごとに、ソフィアの心にはとある影が落ちていた。シンドラの魔法を再び見て、影は更にソフィアの心を蝕んでいく。
もしも…
2人が私を誘拐するために、私を騙しているとしたらどうしよう‥
シンドラが、シンシアのふりをして私を安心させたのだとしたらどうしよう‥と。
アダムに心を救われ、心を惹かれ、この日を迎えたというのに‥ガブリエルの涙や、この逃亡への不安から、2人のことすら信じていいのかわからなくなっている。
「ソフィア様‥もしや私たちのことが信用できませんか?」
暗い表情をしていたソフィアを見て、シンドラが心配そうに声をかけた。
「まぁ、ただの庭師の男と、長年自分を騙し続けてきたメイドだからな」
浮かない顔をするシンドラに、アダムがサラっとソフィアの不安の核心をついたことを言った。
そう、2人の正体がわからないからソフィアは不安なのだ。
おまけに、植物園でのアダムと、シンドラの前で見せるアダムはまるで別人だ。
あんなに柔らかい空気を纏った人だったのに、どことなく意地悪な感じが滲み出ている。
「‥‥貴方様こそ、ソフィア様をソフィア様とお呼びしながら、かしこまった話し方をしたり、突然砕けた話し方をしたり‥。そもそも私がソフィア様を騙し続けるきっかけを作ったのは貴方様でしょう?!」
「おやおや、威勢がいいなぁ」
「早くお伝えしたらどうですか!!」
シンドラがそう言うと、アダムはやれやれ、といった様子で小さく息を吐き、ソフィアを見つめた。
「覚えていないようで悲しかったよ」
突然の言葉に、ソフィアはただ目をパチクリさせた。
ーーーーーやっぱり、もしかして‥
こんな閉鎖的な人生の中で、出会ったことのある人。
それは、彼しかいない‥。
「レオだよ、ソフィア」
その言葉を聞いた途端、ソフィアの瞳からはポロポロと涙が溢れ出したのだった。
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