公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第52話『ハニートラップ』

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シンッと静まる、オレンジがかった照明で明るくなった室内。
レオ王子とソフィアは、2人で静かな時間を過ごしていた。

他の仲間達がおらず、レオ王子と言葉を話せないソフィアとの2人の時間は、独特な雰囲気を纏っていた。


こうして2人きりで過ごすのは、あの川辺以来だ。
しかし、あの時は血の副作用とキノコの影響が強く、欲望にまみれたような時間だった。

2人きりでこんなに落ち着いた時間を過ごすのは、まだレオ王子が“アダム”だった時以来だろう。



もちろんまだソフィアの血の副作用は続いているが、レオ王子の自制心が強いのか、狼化はせずにただただ穏やかな時間が流れていた。


目が合えば微笑み合い、レオ王子の言葉にソフィアが頷き、同じ時を同じ感覚で過ごす幸せな時間だった。



レオ王子がソフィアの髪をひと束掴み、優しくキスを落とす。
アダムの姿をやめて、この旅を始めてからはどこか気を張っているような様子だったが、この時ばかりは穏やかだ。

柔らかな茶色い髪、長い睫毛、くりっとした瞳。
レオ王子は、やはりどこか童顔で、甘い顔立ちだ。


「‥先に休んでてもいいんだぞ?」


久しぶりの宿で、ソフィアの気もだいぶ緩んでいたようだ。少し目尻がトロンと下がっている。


ソフィアは首を横に振って、レオ王子の肩に頭を預けた。


暫くしてキノも呼び、ただゆっくりと、幸せな時間を噛み締めていたのだ。







ーーーーーーー





夜もだいぶ深くなった頃、シンドラ達はまだ酒場にいた。結局まだろくな情報は掴めていない。

ユーリは頬を少し赤く染めている。ネロは酒が強いらしく、ユーリと同じペースで飲んでいたにも関わらず顔色は大して変わっていなかった。


「なに本気で飲んでるんですか‥」


情報収集のために酒場に来たのに、純粋に酒を楽しんでいるユーリとネロに対し、シンドラは呆れたように呟いた。


ちょうど、そこへユーリが先ほど注文したベリーマフィンがやってきた。ユーリはこう見えて隠れ甘党らしい。


むしろ、ネロよりもユーリの方が楽しんでしまっているから困ったもんだ。


「まぁまぁ。
どっちかと言えばレオ様たちを2人きりにさせることの方メインだからさ。シンドラさんも息抜きした方いいよ、こんな時くらい。
ずっと気を張り詰め続けてるんだからさ」


「追っ手が迫ってるかもしれないんですよ?!」


「まぁそうかもしれないけど‥
でも今すぐには来ないでしょ」


「‥なんでそう言い切れるんですか?」


「だって、被害はランダムにぽつぽつとでしょ?
足止め目的だと思いますよ、俺はね。もうこの街にいるのなら、そんなちっぽけにじわじわ攻めてこないでしょ?
それならせめて今日一晩くらいは遊んだって大丈夫でしょ」


「‥随分楽観的ですね」



ネロもこうして、何気ない会話をすることだってできるのだ。いつもいつもシンドラを怒らせようとしてくるわけではない。


シンドラは、3人で飲んでいる最中も、先ほどのユーリの言葉を思い出してはぐるぐると考え続けていた。


こうして会話ができるのに、わざと怒らせることを言う。仲間たちの笑いになることにはもう慣れたし、その程度ならまだ良いが‥ここ数日は特に酷かった。

嫌がらせかと思っても、まるでシンドラに懐いてるかのように何かと絡んでくる。
でもその絡みは、シンドラに“好かれたい”行動ではないのだ。矛盾しすぎていて、さっぱり理解不能だ。


その行動の真意がわからないから、到底“繊細”で“寂しがり屋”とどう結びつくのかがわからない。

振り返ってみれば、シンドラはネロに過去の話をしたことがあるが、ネロの話は全くわからない。
その過去に、ネロの真意に繋がる鍵があるのだろうか。



「なにボーッとしてるんですか」


ネロがクスクスと笑いながら酒を飲む。ユーリはいつのまにかベリーマフィンを食べ終えて幸せそうだった。

シンドラは自分が悶々と目の前のこの男のことを考えていたのだと気付き、少し気まずそうに酒を飲んだ。


考えてどうするんだ、こんな男のこと。
‥いや、一応仲間として最低限の信頼関係は築かないと。

‥なんで近寄ってくるくせに嫌われようとするんだろう。
正直、子どもじゃないんだから幼い絡みしないでほしい。今みたいに、普通に話してほしい。

いや、話してほしいって言うほど別に絡みたいわけじゃないんだけど‥。



気がつくとまたこうして思考は振り出しに戻っていた。
レオ王子とソフィアのことしか考えていなかったはずなのに、憎たらしくもネロの存在がある意味大きくなってしまっていたのだ。



「‥俺は帰るぞ」


デザートを食べ終え、満足したユーリがそう呟く。
もういい時間だ。シンドラも酒を飲み干して立ち上がるが、ネロはその場を離れようとしなかった。


「ネロさん?まだ飲むんですか?」


「うん、誘われてるんですよね」


ーーああ、確かにトイレに行った時に何か会話をしていたな、と納得するも‥シンドラは何故だか無性に腹が立った。
別に今、茶化されたわけでもないのに。



「ほどほどにしとけよ、ネロ」


「うん。先寝てていいからね、ユーリ」


ネロとユーリは笑顔でそう挨拶を交わしていたが、シンドラだけは無表情だった。

会計を済ませ、ネロと逸れてユーリと酒場を出る。
酒場から離れていくにつれてその苛立ちは大きくなっていった。


自分はこんなに延々とネロのことを考えているのに、当の本人はあんなにも平然としているからだろうか。

どうせ、この後はあの女性たちと飲み直してデレデレして、あのスケべな男のことだから、ホテルにでも行くのかもしれない。



「‥‥ユーリさん、先帰っててください。
私、忘れ物したので」


「‥おう。‥ごゆっくり」


ユーリは何かを察したらしい。
暖かく見守るような、優しい表情でシンドラと別れた。



シンドラは、路地に入り込み、変身魔法で更に姿を変えた。自分の行動が信じられず、深く考えるのも嫌になり、最早無心でただただ容姿を変えていた。


赤髪のセクシーな女性の姿に匹敵するほどの美人だ。
金髪のサラサラなストレートヘアーが夜風に靡く。

この姿なら、あの女性たちではなく私を選んでくれるだろう。



なんでこんなに必死になっているんだろうと、自分自身にも腹が立つ。でもきっと、ネロのことを『知りたい』からだ。もちろん、仲間として。




シンドラが颯爽と酒場の扉を開く。
ネロを知るために、金髪美女に成りすまし‥ハニートラップをしかけるのだ。
既に女たちに絡まれているネロが視界に入った。そのままネロの元へ向かい、テーブルにバンッと両手を叩きつけた。

女たちはキョトンとしてシンドラを見上げている。
一方、ネロはもっとキョトンとした表情でシンドラを見ていた。



「こんばんは」


変身魔法のプロであるシンドラは、ネロに対して妖艶に微笑みかけた。


「‥‥‥こんばんは」


ネロはポカンとしながら、その金髪美女に挨拶を返した。








ーーーーーーネロが耳の形と匂いで、シンドラの変身を見抜ける得意技を持っていることを、シンドラは知らない。






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