54 / 87
第52話『ハニートラップ』
しおりを挟むシンッと静まる、オレンジがかった照明で明るくなった室内。
レオ王子とソフィアは、2人で静かな時間を過ごしていた。
他の仲間達がおらず、レオ王子と言葉を話せないソフィアとの2人の時間は、独特な雰囲気を纏っていた。
こうして2人きりで過ごすのは、あの川辺以来だ。
しかし、あの時は血の副作用とキノコの影響が強く、欲望にまみれたような時間だった。
2人きりでこんなに落ち着いた時間を過ごすのは、まだレオ王子が“アダム”だった時以来だろう。
もちろんまだソフィアの血の副作用は続いているが、レオ王子の自制心が強いのか、狼化はせずにただただ穏やかな時間が流れていた。
目が合えば微笑み合い、レオ王子の言葉にソフィアが頷き、同じ時を同じ感覚で過ごす幸せな時間だった。
レオ王子がソフィアの髪をひと束掴み、優しくキスを落とす。
アダムの姿をやめて、この旅を始めてからはどこか気を張っているような様子だったが、この時ばかりは穏やかだ。
柔らかな茶色い髪、長い睫毛、くりっとした瞳。
レオ王子は、やはりどこか童顔で、甘い顔立ちだ。
「‥先に休んでてもいいんだぞ?」
久しぶりの宿で、ソフィアの気もだいぶ緩んでいたようだ。少し目尻がトロンと下がっている。
ソフィアは首を横に振って、レオ王子の肩に頭を預けた。
暫くしてキノも呼び、ただゆっくりと、幸せな時間を噛み締めていたのだ。
ーーーーーーー
夜もだいぶ深くなった頃、シンドラ達はまだ酒場にいた。結局まだろくな情報は掴めていない。
ユーリは頬を少し赤く染めている。ネロは酒が強いらしく、ユーリと同じペースで飲んでいたにも関わらず顔色は大して変わっていなかった。
「なに本気で飲んでるんですか‥」
情報収集のために酒場に来たのに、純粋に酒を楽しんでいるユーリとネロに対し、シンドラは呆れたように呟いた。
ちょうど、そこへユーリが先ほど注文したベリーマフィンがやってきた。ユーリはこう見えて隠れ甘党らしい。
むしろ、ネロよりもユーリの方が楽しんでしまっているから困ったもんだ。
「まぁまぁ。
どっちかと言えばレオ様たちを2人きりにさせることの方メインだからさ。シンドラさんも息抜きした方いいよ、こんな時くらい。
ずっと気を張り詰め続けてるんだからさ」
「追っ手が迫ってるかもしれないんですよ?!」
「まぁそうかもしれないけど‥
でも今すぐには来ないでしょ」
「‥なんでそう言い切れるんですか?」
「だって、被害はランダムにぽつぽつとでしょ?
足止め目的だと思いますよ、俺はね。もうこの街にいるのなら、そんなちっぽけにじわじわ攻めてこないでしょ?
それならせめて今日一晩くらいは遊んだって大丈夫でしょ」
「‥随分楽観的ですね」
ネロもこうして、何気ない会話をすることだってできるのだ。いつもいつもシンドラを怒らせようとしてくるわけではない。
シンドラは、3人で飲んでいる最中も、先ほどのユーリの言葉を思い出してはぐるぐると考え続けていた。
こうして会話ができるのに、わざと怒らせることを言う。仲間たちの笑いになることにはもう慣れたし、その程度ならまだ良いが‥ここ数日は特に酷かった。
嫌がらせかと思っても、まるでシンドラに懐いてるかのように何かと絡んでくる。
でもその絡みは、シンドラに“好かれたい”行動ではないのだ。矛盾しすぎていて、さっぱり理解不能だ。
その行動の真意がわからないから、到底“繊細”で“寂しがり屋”とどう結びつくのかがわからない。
振り返ってみれば、シンドラはネロに過去の話をしたことがあるが、ネロの話は全くわからない。
その過去に、ネロの真意に繋がる鍵があるのだろうか。
「なにボーッとしてるんですか」
ネロがクスクスと笑いながら酒を飲む。ユーリはいつのまにかベリーマフィンを食べ終えて幸せそうだった。
シンドラは自分が悶々と目の前のこの男のことを考えていたのだと気付き、少し気まずそうに酒を飲んだ。
考えてどうするんだ、こんな男のこと。
‥いや、一応仲間として最低限の信頼関係は築かないと。
‥なんで近寄ってくるくせに嫌われようとするんだろう。
正直、子どもじゃないんだから幼い絡みしないでほしい。今みたいに、普通に話してほしい。
いや、話してほしいって言うほど別に絡みたいわけじゃないんだけど‥。
気がつくとまたこうして思考は振り出しに戻っていた。
レオ王子とソフィアのことしか考えていなかったはずなのに、憎たらしくもネロの存在がある意味大きくなってしまっていたのだ。
「‥俺は帰るぞ」
デザートを食べ終え、満足したユーリがそう呟く。
もういい時間だ。シンドラも酒を飲み干して立ち上がるが、ネロはその場を離れようとしなかった。
「ネロさん?まだ飲むんですか?」
「うん、誘われてるんですよね」
ーーああ、確かにトイレに行った時に何か会話をしていたな、と納得するも‥シンドラは何故だか無性に腹が立った。
別に今、茶化されたわけでもないのに。
「ほどほどにしとけよ、ネロ」
「うん。先寝てていいからね、ユーリ」
ネロとユーリは笑顔でそう挨拶を交わしていたが、シンドラだけは無表情だった。
会計を済ませ、ネロと逸れてユーリと酒場を出る。
酒場から離れていくにつれてその苛立ちは大きくなっていった。
自分はこんなに延々とネロのことを考えているのに、当の本人はあんなにも平然としているからだろうか。
どうせ、この後はあの女性たちと飲み直してデレデレして、あのスケべな男のことだから、ホテルにでも行くのかもしれない。
「‥‥ユーリさん、先帰っててください。
私、忘れ物したので」
「‥おう。‥ごゆっくり」
ユーリは何かを察したらしい。
暖かく見守るような、優しい表情でシンドラと別れた。
シンドラは、路地に入り込み、変身魔法で更に姿を変えた。自分の行動が信じられず、深く考えるのも嫌になり、最早無心でただただ容姿を変えていた。
赤髪のセクシーな女性の姿に匹敵するほどの美人だ。
金髪のサラサラなストレートヘアーが夜風に靡く。
この姿なら、あの女性たちではなく私を選んでくれるだろう。
なんでこんなに必死になっているんだろうと、自分自身にも腹が立つ。でもきっと、ネロのことを『知りたい』からだ。もちろん、仲間として。
シンドラが颯爽と酒場の扉を開く。
ネロを知るために、金髪美女に成りすまし‥ハニートラップをしかけるのだ。
既に女たちに絡まれているネロが視界に入った。そのままネロの元へ向かい、テーブルにバンッと両手を叩きつけた。
女たちはキョトンとしてシンドラを見上げている。
一方、ネロはもっとキョトンとした表情でシンドラを見ていた。
「こんばんは」
変身魔法のプロであるシンドラは、ネロに対して妖艶に微笑みかけた。
「‥‥‥こんばんは」
ネロはポカンとしながら、その金髪美女に挨拶を返した。
ーーーーーーネロが耳の形と匂いで、シンドラの変身を見抜ける得意技を持っていることを、シンドラは知らない。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる