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第62話『異様な空気』
しおりを挟むソフィアとミルフィが2人で過ごした時間は、そう長くはなかった。
だけどその時間は、初対面の人同士が通常過ごすような、距離を感じるようなものとは違った。
ミルフィにとってソフィアは、とある裏切りで声を失い、追われている可哀想な聖女だと思っていた。
だけどその心はあまりにも濁っていない。
こんな場面でさえ、仲間を心から信じ‥
そのうえ、仲間の身だけでなくミルフィの身さえ案じている。
話をすればするほど、『人間の真意はどうせ汚い』と決め付けていたミルフィにとってソフィアの真意は新鮮で仕方がなかった。
ソフィアもまた、立場上敵であると分かっていながらも、会話が成り立つことに感動し、仲間を案じながらもミルフィとのやり取りを楽しんだ。
ーーーねぇ、ここから出られたら‥私達と一緒に来ない?
まだ幼いこの少女が、暗い世界で生きているのが何とも辛い。
安全な旅ではないけれど、もっと広い世界を見せてあげたい。ソフィア自身がこの旅で色々なことを感じ、世界の広さを知ったように‥
「‥ソフィアさんの場合は全て心の声だからなぁ。それ本気で言ってるんだもんね」
ミルフィは少し視線を下げて、しばらく押し黙った後に小さく笑った。
「私にも1人だけ、ちゃんと私のことを心配してくれてる大人がいるんだ。
だから、ソフィアさん達と一緒には行けない」
嬉しそうにも、恥ずかしそうにも見えるミルフィの表情を見て、ソフィアは少し安心したように笑顔を返した。
ーーーそっか。ミルフィちゃんにも大切な人がいるんだね。
「うん」
兄のような、親のような、そんな人。
例えその唯一の大切な人が、魔女に魂を売った悪魔と呼ばれる人間だとしても‥
ミルフィにとってその人は、唯一の大人だった。
✳︎
炎の柱がおさまると同時、シンドラも水の柱を消し去った。ニッカの姿はもう見当たらない。文字通り、命を燃やしてこの世を去ったんだろう。
魔法使いにとっての最悪の末路が、いまの死に方だ。
シンドラは肩で息をする様に荒い呼吸を繰り返して、がくがくと震える膝に手を当てた。
魔力の暴走は、当該魔法使いの魔力の限度をはるかに超える。
シンドラはその暴走が燃え尽きるまで、対応し続けたのだ。いくら全知の魔女とはいえ、シンドラの身にかかる負担は相当なものだった。
「はぁ、はぁ‥
皆さん、無事ですか‥?!」
そう言って、懸命に辺りを見渡してある事に気が付いた。
「ソフィア様?!」
後ろにいるはずのソフィアの姿が見当たらない。
塔を囲む炎の壁はニッカが消えた事で無くなったはず。むしろ、我を失って暴走してる間にも炎の壁は無くなっていたかもしれない。
そうなると、あのどさくさに紛れて『誘拐』だって有り得てしまう。
レオ王子達3人の安否もまだ分からないが、すぐにソフィアを探しに行けるのはシンドラしかいない。
シンドラはオーバーヒートして疲れ果てた体に鞭を打ち、ソフィアの捜索に出た。
✳︎
「やっと死んだか‥
なんちゅう迷惑なやつ」
水気のある大きな葉で全身を包み込む様に守っていたルージュは、ニッカの死を悲しむ様子もなく淡々と言葉を落とした。
「薄情なもんだな」
マントで口元を覆っていたレオ王子が、ルージュに憐れむような視線を送る。
ルージュはそんな視線を心地好さそうに受け止めて高らかと笑った。
「今のでシンドラもでかいダメージ受けたやろ?
そんでここにはターゲットもおるし、オウジサマまでおるやろ。いやぁ、ご褒美が多すぎるわ」
にんまりと嫌な笑顔を浮かべるルージュに対し、レオ王子は鋭い視線を向け、ネロは小馬鹿にしたように笑い、キノはその悪女っぷりに顔が引き攣っていた。
「レオ様、どうします?」
ネロが敵の戦闘員から奪っていた刀を手に、首を傾げる。
戦力になる男3人がかりだとしても、相手は魔法使い。
シンドラの援護もおそらく望めない状況。
ーーどうやってずらかります?
という真意を汲み取ったレオ王子は、どうやってルージュの隙を付けるか脳をフル回転させていた。
「あんたらねぇ、みんな顔面偏差値は高いけどなぁ。
あの人には敵わんのよ」
誰かを思い浮かべてウットリとした表情を浮かべるルージュ。
ただの人間を相手にするということは、ルージュにとってよほど余裕たっぷりのようだ。
「俺が隙を作るからその間に‥」
と言いかけたレオ王子の言葉が思わず途切れた。
突然の悪寒。
その場にいた誰もが、その理不尽な居心地の悪さに圧倒された。
コツ、コツ、とゆっくりその原因が降りてくるのがわかる。
「きゃっ」
唯一ルージュだけが頬を染めた。
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