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第63話『苦しい決断』
しおりを挟むその男が纏う空気はあまりにも重く、誰もが捕食される前の小動物のような気分にさせられた。
まだ距離はあるが、レオ王子たちは身構えるかのようにその男に視線を送る。
「あれ、普通の人間じゃない気がするんですけど」
ネロはいつも通り軽口を叩いているが、その表情はいつもより格段に真剣だった。
「普通の人間には体の周りに物理的な靄はかからないだろ」
レオ王子の言葉に、キノも頷いた。
その男の周りには、ドス黒いオーラを具現化したような黒い靄がかかっていた。
ルージュから逃げることを考えていた矢先、まさかここで更なる魔法使いが現れるとは誰が予想しただろうか。
「お、俺とネロがアイツと戦おう。レオ様はアイツに近付いちゃダメだ」
キノが、勝算がないからこその提案をした。
一国の王子をここであの男と戦わせて死なせてはいけない。そう咄嗟に判断した結果だった。
ネロも苦笑いしながら頷く。
「幸いソフィア様もシンドラさんも下にいるでしょ?きっとユーリとも再会できるし、そしたら最悪俺らが消えても、ね」
ルージュがうっとりと男を見つめている隙に、作戦会議をする3人だったが、状況は明らかに悪くなっていた。
ルージュが、3人の存在を思い返したかのように「ああ、そうやった」と発言するのと同時、ルージュは嫌な笑みを浮かべて何かを念じる。
レオ王子が咄嵯に察して刀で空を切ると、ばたばたっと地面にいくつかの蔦が落ちた。
「おー、やるやん」
ルージュのやけに妖艶な唇が弧を描く。
「ネロ、キノ。
お前らはこの女から何とかして逃げろ」
レオ王子が吐き出した言葉に、2人は目を丸めた。
「なに言ってんだよ!」
キノが声を荒げるが、ネロは何かを考えるようにジッとレオ王子を見据えていた。
あの黒いオーラは、恐らく『闇』属性によるもの。
レオ王子がいまその体に宿しているのはソフィアの力。白魔法‥つまり『聖』属性。
もちろん今まで『回復』に関する呪文以外、ソフィアもレオ王子も唱えたことはない。
ネロは、この旅の最中にも白魔法の力を活かせるようにとレオ王子がシンドラの魔法書を借りて学んでいたことは知っていたが、それでも命がかかった場面で『じゃあお願いします!』と托せるわけもない。だが‥
「俺なら回復しながら隙をつける。
でもお前らだけ戦って俺がその場を離れたら死にに行くだけだろ!」
キノが更に反論しようとしている最中、ネロは珍しく真剣な面持ちでキノの手を引いた。
「青い髪のメデューサさん、
こっちへおいでよ」
「なっ?!」
あからさまな挑発をルージュに仕向けると、何とも言い難いジト目でレオ王子にサインを送った。
ーー死なないで下さいよ、
そんな気持ちを込めて。
ネロは、レオ王子の気持ちを一番に汲んだのだった。
レオ王子の一番の目的は、ソフィアを救うこと。
そしてそれが叶えば王位継承の件も白紙に戻る。
仲間は死なせたくない、白魔法を使えるのは自分だけ。
そんな思いもあって、レオ王子はこの選択をした。
ソフィアとシンドラと合流して、ルージュをなんとか巻いたらすぐにレオ王子のもとに戻ろう。そう心に誓いながら、ネロはキノの手を引いて階段を駆け下りた。
「待てよ!レオ様を犠牲にするつもりかよ!」
キノがネロの腕を振りほどきながら叫んだ。
「違う。
レオ様は誰も犠牲にするつもりがないだけ。
レオ様自身を含めてね」
「なっ!なら、俺らも残ればいいじゃないか!一緒に戦えばいいだろ!」
「魔法使い2人を一気に相手にできるわけないだろ?
だから分散させたんだよ」
「っ、で、でも!」
「あの青い髪の魔法使いは、俺を瀕死にさせたことがあるからね。ほら、危ない」
2人の背中を狙う蔦を、ネロが間一髪のところで切り落とす。
この花の魔法使いに簡単にやられるくらいなら、あの闇の魔法使いに太刀打ちできるわけがない。
闇雲にあの黒いオーラの男に立ち向かい、秒でやられてしまっては、犠牲になる意味もないのだ。
キノはギリっと奥歯を噛んで、懐から煙幕を取り出してルージュに投げ付けた。
「そうそう、その調子」
ネロのヘラヘラとした笑顔を恨めしそうに睨みつけながらも、キノも覚悟を決めた。
「くっそぉ」
キノは自分が魔法を使えない、無力なただの人間だと思い知らされながらも、悔しさから自分を奮い立たせるように声を荒げた。
煙幕を大きな葉が仰ぐ。
煙が晴れていくと、怪訝そうな表情のルージュが顔を出した。
「小賢しいのは怠いだけや。
あんたら人間の男なんてちょちょいのちょいなんやから」
そう言って、けたけたと笑う。
シンドラが今どんな状態かわからない。
だけど、ネロもキノも、心の奥でシンドラに一縷の望みを抱いていた。
ルージュから上手く逃げるでも、シンドラの力を借りてルージュを倒すでも、なんでも良い。
とにかく、早くレオ王子の元に戻りたい。
そう願いながら、2人は階段を駆け下り続けた。
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