公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

文字の大きさ
66 / 87

第64話『宙ぶらりんの命』

しおりを挟む


この短時間の間に、何度回復魔法を使っただろうか。

黒い闇のオーラに触れるだけで、体が切り刻まれて体中から血が吹き出す。


白魔法を使うことですら体力を消耗してしまうというのに、白魔法を使わざるおえない状況に、レオ王子の表情は険しさを増した。


「この威力でも“魔法使い”かよ」


皮肉交じりにレオ王子が言葉を落とす。


それまで無表情だった男は、ここでようやく表情を柔らかくした。


『魔法使い』の格上なる存在は『魔女』

男性の魔法使いは、あくまでも魔法使い止まりであり、魔女になれる存在は女性だけ。
つまり、ここまでの力を見せつけておきながらも、この男は魔女の格下の存在である『魔法使い』なのだ。


「ふんっ、俺は魔法使いなんかじゃない」


男の体からは絶え間なくドス黒い玉が蠢きながら飛んでくる。ぼろぼろになった刀の歯で何とかその玉を弾きながらも、レオ王子は目を丸めた。


「魔法使い‥じゃない?」


「ああ」


男が両手を天に翳した。
どこまでも高く、黒いオーラが突き抜ける。まるで、馬鹿みたいに大きな黒い翼を羽ばたかせるように、その黒いオーラは形を変えた。


レオ王子が目を細めて息を止め、迫り来る攻撃に身構える。



なんて孤独な瞳をしてるんだろう。



そんな孤独な瞳の男から放たれた攻撃は、塔の上半分が大きく崩れるほどの威力があった。

体ごと粉々に消えてしまいそうになる寸前で、レオ王子はとある白魔法を唱えた。


防御の魔法ーーつまり、バリアだ。
球体状の物体がその身を包み込み、レオ王子の体は先程の攻撃を免れた。


なんという威力。


この男の攻撃を避けるだけでも体力は削がれているのに、今の防御魔法やこれまでの回復魔法の影響で、レオ王子の息はもはや荒い。


自信のある剣術は、男の黒いオーラに触れる度に威力が消滅してしまう。

肩で息をするレオ王子とは打って変わって、男は汗ひとつかかず、眉すらピクリとも動かない。


レオ王子が黒い玉を弾き返す最中、男が太く逞しい腕を思いっきり振り落とした。 
その拳だけでも、本来相当の威力を持つだろう。

闇の力を纏ったその拳は、それまで経験してきたどのパンチよりも重く、想像を絶するものだった。

まるで夜空を彩る流れ星のように、レオ王子の体はいとも簡単に斜め下へと飛んでいく。
階数で言えば5.6階程あるだろうか。


カハッと、口から血が噴き出し、呼吸が出来なくなった。
肋骨が何本か逝った。足も、腕も‥


最後の気力を振り絞り、なんとか白魔法を唱える。
白魔法を唱えられなくなった時、俺は死ぬ。

ソフィアの血を飲んでおいて良かったと心から思うのと同時、もっと白魔法の勉強をしておくんだったと悔いた。


旅路の中、こんな戦いが待っているなんて想像していなかったのだ。



白魔法が唱え終わると、生まれ変わったように体の痛みが消える。傷は塞がり、湧き上がるパワーをその都度感じるのだ。

ただ、戦い始めた頃よりも明らかに体は重い。そして、呼吸がままならない。白魔法を使い過ぎているのは明白だった。


回復した体を起き上がらせた瞬間、背中を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

ああ、死ぬ、と咄嗟にバリアの魔法を唱えるも、体は階段を突き破り数階下まで落下していく。


これ、バリアがなかったら確実に死んでたな。


背中を殴られた痛みすら、悶え苦しむほどのものだったのに。



もう一階は近い。



アイツらはうまく逃げれただろうか。



レオ王子は、唇から垂れ落ちる血を乱暴に拭き取りながら、一向に歯が立たない闇の男を睨みあげた。








仲間たちの中で一番身軽なはずのキノの体は、蛸の足のように動く蔦に足首を取られ、いとも簡単に宙に逆さ吊りになっていた。


「キノ!」


ネロが背中から弓矢を取り出してその蔦を狙うも、簡単に他の蔦に払われてしまう。


「面倒だから、1匹ポイしようと思ってん」


ルージュはそう言って笑うと、塔の窓にキノの体ごと勢いよくぶつけた。背中から窓にぶつかったキノは、もう意識は消えかかっている様子。

足首一本を蔦で巻かれ、塔の外に宙ぶらりんの状態のキノ。誰がどう見ても絶体絶命な状況だった。



「ねぇ、取引しません?」


ネロが笑顔でルージュに問いかける。
この作り笑いは、ネロの得意技と言えるだろう。ヘラヘラ笑っているが、内心本当はかなり焦っている。


この高さから落とされたら、キノは絶対に死んでしまうのだから。


「はぁ?取り引き?」


「そう、取り引き。
お姉さんさぁ、あの闇の男の人が好きなんでしょ?」


「ふん、誰があんたなんかに教えるかっての」


「お姉さんが宙ぶらりんにしてる俺の仲間さ、薬草の調合のプロフェッショナルなんですよねぇ」


「薬草ぉ?」



何言ってんだ?こいつ、と言わんばかりの怪訝そうな表情を浮かべるルージュ。

これが、ネロの言葉を聞いた途端に目の色を変えるのだ。


「惚れ薬、作れちゃうんですよ。
まぁ媚薬?っていうかねぇ。欲しくないですか?」


ルージュは衝撃を受けたように固まったあと、静かに、そしてゆっくりと、嫌な笑顔を浮かべた。


「‥‥そんな手に乗るかいな」


はんっと鼻で笑うと、ルージュは悪魔のような笑顔を浮かべたまま宙にぶら下がるキノを解放した。


「キノッ!!!!!」



ネロの悲痛な声が、塔に響いた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...