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第64話『宙ぶらりんの命』
しおりを挟むこの短時間の間に、何度回復魔法を使っただろうか。
黒い闇のオーラに触れるだけで、体が切り刻まれて体中から血が吹き出す。
白魔法を使うことですら体力を消耗してしまうというのに、白魔法を使わざるおえない状況に、レオ王子の表情は険しさを増した。
「この威力でも“魔法使い”かよ」
皮肉交じりにレオ王子が言葉を落とす。
それまで無表情だった男は、ここでようやく表情を柔らかくした。
『魔法使い』の格上なる存在は『魔女』
男性の魔法使いは、あくまでも魔法使い止まりであり、魔女になれる存在は女性だけ。
つまり、ここまでの力を見せつけておきながらも、この男は魔女の格下の存在である『魔法使い』なのだ。
「ふんっ、俺は魔法使いなんかじゃない」
男の体からは絶え間なくドス黒い玉が蠢きながら飛んでくる。ぼろぼろになった刀の歯で何とかその玉を弾きながらも、レオ王子は目を丸めた。
「魔法使い‥じゃない?」
「ああ」
男が両手を天に翳した。
どこまでも高く、黒いオーラが突き抜ける。まるで、馬鹿みたいに大きな黒い翼を羽ばたかせるように、その黒いオーラは形を変えた。
レオ王子が目を細めて息を止め、迫り来る攻撃に身構える。
なんて孤独な瞳をしてるんだろう。
そんな孤独な瞳の男から放たれた攻撃は、塔の上半分が大きく崩れるほどの威力があった。
体ごと粉々に消えてしまいそうになる寸前で、レオ王子はとある白魔法を唱えた。
防御の魔法ーーつまり、バリアだ。
球体状の物体がその身を包み込み、レオ王子の体は先程の攻撃を免れた。
なんという威力。
この男の攻撃を避けるだけでも体力は削がれているのに、今の防御魔法やこれまでの回復魔法の影響で、レオ王子の息はもはや荒い。
自信のある剣術は、男の黒いオーラに触れる度に威力が消滅してしまう。
肩で息をするレオ王子とは打って変わって、男は汗ひとつかかず、眉すらピクリとも動かない。
レオ王子が黒い玉を弾き返す最中、男が太く逞しい腕を思いっきり振り落とした。
その拳だけでも、本来相当の威力を持つだろう。
闇の力を纏ったその拳は、それまで経験してきたどのパンチよりも重く、想像を絶するものだった。
まるで夜空を彩る流れ星のように、レオ王子の体はいとも簡単に斜め下へと飛んでいく。
階数で言えば5.6階程あるだろうか。
カハッと、口から血が噴き出し、呼吸が出来なくなった。
肋骨が何本か逝った。足も、腕も‥
最後の気力を振り絞り、なんとか白魔法を唱える。
白魔法を唱えられなくなった時、俺は死ぬ。
ソフィアの血を飲んでおいて良かったと心から思うのと同時、もっと白魔法の勉強をしておくんだったと悔いた。
旅路の中、こんな戦いが待っているなんて想像していなかったのだ。
白魔法が唱え終わると、生まれ変わったように体の痛みが消える。傷は塞がり、湧き上がるパワーをその都度感じるのだ。
ただ、戦い始めた頃よりも明らかに体は重い。そして、呼吸がままならない。白魔法を使い過ぎているのは明白だった。
回復した体を起き上がらせた瞬間、背中を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
ああ、死ぬ、と咄嗟にバリアの魔法を唱えるも、体は階段を突き破り数階下まで落下していく。
これ、バリアがなかったら確実に死んでたな。
背中を殴られた痛みすら、悶え苦しむほどのものだったのに。
もう一階は近い。
アイツらはうまく逃げれただろうか。
レオ王子は、唇から垂れ落ちる血を乱暴に拭き取りながら、一向に歯が立たない闇の男を睨みあげた。
*
仲間たちの中で一番身軽なはずのキノの体は、蛸の足のように動く蔦に足首を取られ、いとも簡単に宙に逆さ吊りになっていた。
「キノ!」
ネロが背中から弓矢を取り出してその蔦を狙うも、簡単に他の蔦に払われてしまう。
「面倒だから、1匹ポイしようと思ってん」
ルージュはそう言って笑うと、塔の窓にキノの体ごと勢いよくぶつけた。背中から窓にぶつかったキノは、もう意識は消えかかっている様子。
足首一本を蔦で巻かれ、塔の外に宙ぶらりんの状態のキノ。誰がどう見ても絶体絶命な状況だった。
「ねぇ、取引しません?」
ネロが笑顔でルージュに問いかける。
この作り笑いは、ネロの得意技と言えるだろう。ヘラヘラ笑っているが、内心本当はかなり焦っている。
この高さから落とされたら、キノは絶対に死んでしまうのだから。
「はぁ?取り引き?」
「そう、取り引き。
お姉さんさぁ、あの闇の男の人が好きなんでしょ?」
「ふん、誰があんたなんかに教えるかっての」
「お姉さんが宙ぶらりんにしてる俺の仲間さ、薬草の調合のプロフェッショナルなんですよねぇ」
「薬草ぉ?」
何言ってんだ?こいつ、と言わんばかりの怪訝そうな表情を浮かべるルージュ。
これが、ネロの言葉を聞いた途端に目の色を変えるのだ。
「惚れ薬、作れちゃうんですよ。
まぁ媚薬?っていうかねぇ。欲しくないですか?」
ルージュは衝撃を受けたように固まったあと、静かに、そしてゆっくりと、嫌な笑顔を浮かべた。
「‥‥そんな手に乗るかいな」
はんっと鼻で笑うと、ルージュは悪魔のような笑顔を浮かべたまま宙にぶら下がるキノを解放した。
「キノッ!!!!!」
ネロの悲痛な声が、塔に響いた。
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