公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第66話『希望と絶望』

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ソフィアは前を歩くシンドラの肩を不安げに見つめていた。未だ嘗て、シンドラがこんなにも苦しそうに呼吸をしているところを見たことがないのだ。


キノは戦闘不能、
火の魔法使いニッカは消滅。

果たして、レオ王子とネロは無事なのか。


シンドラとソフィアは、焦る気持ちを抱えて塔内へと戻った。

そんな2人の目の前に、まるで玩具のようにレオ王子が降ってきた。


「え‥?」


2人は目を丸くし、すぐに事態を把握することができなかった。



まるでボロ切れのようなレオ王子の姿。
いくら白魔法で回復をしても、身に付けた衣服まで元に戻るわけではない。レオ王子の破れ果てた服は、もう何十回ものだということが明白だった。


服が、赤い。
黒に近い赤や、鮮やかな赤。

何度も何度も血を吹き出して蓄積された『赤』なのだと2人は瞬時に察した。


目の前にレオ王子は、指をぴくりと震わせるだけ。一向に白魔法を唱えようとしない。
白魔法を唱える力すら、もう残っていないのだ。辛うじて生きているけれど、この状態で更に攻撃を受けたら確実に死んでしまうだろう。


ソフィアがレオ王子に駆け寄る。
シンドラは、レオ王子をここまでぼろぼろにした相手を視界に映し、そして納得した。


ーーー闇の魔法‥。
でも、ここまでの威力を持つ闇の魔法使いは居ないはず。
となると、答えは1つ‥。


この男は、ノートリアムに魂を売った人間なのだろう。それしか考えられないのだ。
シンドラはごくり、と生唾を飲み込んだ。

レオ王子やガブリエルがソフィアの血を飲んで一時的に魔法使いになれるように、ごくごく普通の人間も魔法使いの血によってその力を手にすることができる。

だが、その一時的な魔法使いの力というのは、やはり本物の魔法使いと比べられるものではない。

一方、契約を結んで魂を売った場合に得られる力は凄まじいものである。
要はハイリスクハイリターンということ。

この男はノートリアムに命を捧げた代わりに、ただ血を飲むだけの似非魔法使いとは違い、本物のノートリアムにより近い力を手に入れたのだ。


「‥よりによって闇の魔女‥ノートリアムとの契約者ですか」


シンドラは指の先まで神経を尖らせ、男の攻撃にどう太刀打ちしようかと脳をフル稼働させていた。

レオ王子は虚ろな瞳にシンドラを映して、安堵したかのように目を閉じた。
ソフィアがレオ王子の首筋に手を当てて脈を測る。あまりにもズタボロな彼の体を揺さぶるわけにもいかないし、大声でレオ王子の名を呼び掛けることもできない。
こうすることしか、レオ王子の生存確認ができないのだ。

小さくか細い脈を確認したソフィアは、己の血で固まったレオ王子の髪に触れた。
頬一面の擦り傷、至る所がぱっくりと裂けた切り傷、ぼろぼろの服の隙間から見える痣たち。


ーーーキノさんも、レオも‥
私が白魔法を唱えられたら良かったのに。


ソフィアは自分が情けなくて仕方なかった。
一番非力な自分が、傷1つ負ってないのだ。



少し上では、ネロとルージュが戦っている。なんとか応戦しているが、ネロも手負いであるということは下から見ていても分かった。



ここにいる仲間たちの誰もが、シンドラに委ねるしかないと思っているだろう。

例え、シンドラが先程膨大に魔力を放出して疲れ果てている状態だとしても、それでもシンドラに頼るしかないのだ。


そんな希望を一身に抱きながら、シンドラは目を黄金に輝かせた。



(レオ王子があの状態である以上、白魔法には期待できない。私の魔力も、限られたもの‥。むやみに魔法を放つことは避けなければ‥)


『よりによって』という先程のシンドラの言葉は、この状況を悲観したものだった。

『闇』や『心』の魔法には、物理的に太刀打ちできる黒魔法は存在しない。

聖の魔法、いわゆる白魔法でなければまともに戦うことはできないのだ。
付け焼き刃とも言えるレオ王子の力では白魔法での攻撃はできない。そして、いくら全知の魔女と呼ばれるシンドラでさえ、その黒魔法でこの男に勝利することは不可能なのだ。


「‥‥はぁ。
話には聞いていたんです。
ノートリアムと契約した人間の話を‥」


男が無表情のまま近付いてくる。
一見、ただのワイルドな男。髪は後ろに流され、無精髭が良く似合う。鋭い瞳をした派手な男だけど、かといって欲がありそうには見えない。

魔女と契約を結ぶような人間は大抵欲深いはずだけど‥この男はそうは見えないのだ。

それどころか哀愁漂うその雰囲気は、どこか見たことのある面影を感じさせる。


「‥‥俺は有名人なんだな」


男がフッと笑った。
依然、男の周りには禍々しい黒いオーラが蠢く。


あのオーラに触れるだけで肌は裂けてしまう。
なんて厄介な力。


「‥‥まさか、レストール家とノートリアムが繋がっているとは驚きましたよ」


シンドラの頬に一筋の汗が光った。


「あの女は強欲だからな。
レストール家の金に目がないんだろ」


男はまるで他人事な様子でそう呟く。
その口振り的に、ノートリアムに忠誠を誓っているというわけではなさそうだ。

シンドラはこの状況下、今のやりとりでとある憶測を深めた。


『目が眩んだ』わけではなく『目がない』という言葉。
まるで前から繋がっているかのような言い回しとも取れる。


シンドラにとってそれは大きな収穫だった。




ただし、この場を上手く切り抜けられなければその収穫も無いものと同じ。

キノとレオ王子は瀕死の状態。
ネロが思いのほか奮闘しているが魔法使いとの一対一であることを考えれば、一種の時間稼ぎにすぎない。

ソフィアを守りながら瀕死の仲間たちを連れてうまく逃げ出せる方法など考えもつかない。



託された希望をひしひしと感じながらも、シンドラはこの絶望的な状況を打ち破る術を見付けることはできなかった。



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