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第68話『たいせつなひと』
しおりを挟む「あんたほんま小賢しいわ」
「一度やられた相手にまた簡単にやられるのは御免なんですよね」
ネロを追いかけるようにキリスの隣に並んだルージュに対し、ネロが軽口を叩いた。
「どっからどう見ても重傷なのに何強がってるん」
ケッとルージュがネロにガンを飛ばす。
息が上がっていないルージュと、至る所から血を流しているネロ。どちらが優位に立っていたのかなど一目瞭然だ。
一方キリスは、ネロが先程発した「ユーリ」という言葉に内心動揺したが、ただの同名なのだと聞き流した。
まさか、10年程前に死んだはずの兄なわけがない。
だってもしも、もしも兄なら。
キリスのこの10年間は一体なんだったのか。
幼かったあの日、泣き崩れて絶望の淵に立ち‥
ノートリアムに心臓を預けて生きてきたこの10年なのだ。
誰にも気付かれないよう、キリスは小さく息を吐いた。
いつものように冷静になれるように、小さく。
「何か悩み事でも?」
ネロが小さく笑いながら、挑発するかのようにキリスに問う。誰にも気付かれないように振舞っていたのに、それを見破られたのかとキリスはほんの少し驚いた。
キリスと同じように、幼い頃に絶望の淵に立っていたネロ。兄代わりのユーリに支えられ、育てられ、ここまで来たが‥。まさか今目の前にいるこの男が、ユーリの本当の弟などと思うわけがない。
「いや、昔を少し思い出しただけだ」
「へえ?」
「まぁ‥お前には関係ない。
早く死んだ方がお前のためだぞ」
「嫌ですよ。できることなら死にたくない」
同じ年齢の2人。ひとりの『兄』を想う2人。
哀愁漂わせるキリスは冷たくもネロを思いやり、ただの人間であるネロは、相変わらず飄々と明るく笑う。
「その‘ユーリ’って奴に会いたいからか」
ふんっと、小さく笑ったキリスに対し、ネロは小さく頷いた。
「ユーリだけじゃないですよ。
俺は生きて、またみんなで生きたい」
つい先ほど、シンドラと死の覚悟を決めたばかり。
けれど本音はもちろん生きたいのだ。
この会話の隙に、シンドラはネロに対して攻撃力増量と防御力増量の補助系の魔法をかけた。
防御力を増量させる魔法に特に魔力を掛ける。
全知の魔女と呼ばれても、所詮この程度の力だったのかとシンドラは己の無力さを痛感した。
これまで実践はいくつもあった。ただ、ここまでの苦戦を強いられたのは初めてだった。
いまネロに補助系魔法を施しただけで、呼吸が苦しい。ニッカの魔力に対抗したのが運の尽きだったか。あそこで膨大な魔力の放出をさせられるのは、本当に予想外だった。ただ、あれは対抗しない限り皆の命が尽きたはず。こうせざる終えなかったのだ。そして、その上でこの2人と戦う力が、シンドラにはなかったのだ。
「なんか漲ってきましたけど」
シンドラの魔法に気が付いたネロは、シンドラに視線を送った。
いつも以上に張り詰めた表情のシンドラ。ここに来てからというもの、瞳は常に金色に光り、その小さな体で仲間の期待を一身に背負う彼女に、ネロは眉を下げた。
「俺1人生き残っても仕方ないんですよ」
「全滅よりはマシです」
いくらブラックホールのようにキリスの魔法を吸収しても、いずれシンドラの魔力は尽きる。
シンドラはよほど、ネロを生かしたかったのかもしれない。
シンドラはここにきてやっと素直に自分の気持ちと向き合った。
レオ王子とソフィア様を逃した今‥
ここにいる全員が死ぬだろう。
ただ、もし望みがあるならば。
ネロさんも生きて欲しい。
逃げ延びて欲しい。
そうして、いつかレオ王子達と合流して‥
大好きなユーリさんとも再会して‥
幸せに過ごして欲しい。
シンドラの肩が揺れる。
よほどの魔力を使って、ネロの防御力と攻撃力を上げたらしい。ネロは複雑そうに、眉を下げて笑った。
「俺は複雑なだけ。
貴女だろうけど貴女じゃないかもしれない。
なにせ、10年以上前のことですから」
「え??
何がですか??」
「ふふっ。
やっぱり、人違いみたいですね」
そんな言葉を残して、ネロがキリスに飛びかかった。
それだけで、ネロの体から血が吹き出る。
それ程までに、体は悲鳴を上げているのだ。
反撃をしようとしたキリスの手が止まった。
塔の入り口を見て、ただただ呆然と。
「ーー無事か?!」
人一倍寡黙なはずの優しい声が響く。
ネロはユーリをその視界に映して、盛大に溜息をついた。
「ユーリさぁ‥そういうところあるよね」
ユーリに白けた視線を向けつつも、ネロは心底安心したように小さく笑った。シンドラも、その瞳を揺らして安堵の表情を浮かべた。
ネロがユーリに会えて良かったと、心底そう思う。
「悪い‥俺はつくづく運が回ってこないらしい」
「本当だよ‥レオ様とソフィア様、もうここにはいないんだからね。ユーリが最初からいてくれたら違ったかもしれないのに」
事態を把握しようと押し黙ったユーリに対し、シンドラは簡潔に今の状況を伝えた。
「そうか‥。なら、早く2人を追いかけないといけないな」
一体ユーリに何があったのか。誰もがそう思うほどにユーリの体調は悪そうだ。
だがユーリは自身の体調を省みずに、敵をその目に捉えた。
そして、目を見開き‥言葉を失った。
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