公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

文字の大きさ
71 / 87

第69話『弟』

しおりを挟む


大切な仲間との再会も束の間、ネロはユーリのただならぬ様子に、言葉には言い表せない漠然とした不安を抱いた。


「え、なにユーリ。
まさかの知り合いなの?」


そわそわと体の端から冷たくなっていく。
だが、ネロにはその理由がわからない。懸命に通常通りの軽いノリを演じるものの、何故か責めているような態度を隠しきれない。


「おまえ‥‥キリスか?」


ユーリの言葉に、ネロは唇を固く結んだ。


昔、ネロと同じ歳の弟がいたことを聞かされていた。
その弟は、若くして亡くなったと。

弟の名前は聞いたことがないが、ネロとユーリが出会った日、ユーリはなかなか名を名乗らなかったネロに対し『キリス』と仮名を付けようとした。


弟の名を聞いたことがなくても、それだけで。
それだけで、敵として立つこの男がユーリの実の弟であるといとも簡単に想像できてしまう。


「‥‥俺がわかるのか」


キリスはがくっと膝から崩れ落ちた。
幼かったキリスと、当時もう青年だったユーリ。ユーリの顔付きはそうそう変わらないが、ユーリと離れてから思春期を迎えて大人びたキリスは、もちろん当時の子どもの頃の見た目とは随分と変わっている。

それを、一目見ただけでユーリは見抜いてしまった。



キリスは、まるで一気に戦意を喪失したかのように、ユーリを見上げる。


「俺は‥‥俺の今までは何だったんだ‥」


「キリス、まさか本当にキリスなのか‥。
俺は、てっきりお前が死んだのかと‥」


ユーリは言葉に詰まったように、キリスの目の前で腰を下ろし、キリスの頬に手を当てた。


「元気にやってたのか?
辛い思いはしてなかったか‥?」


「っ‥‥」


「キリス‥?」


キリスがユーリから目を逸らして俯くと、地面にはぼたぼたっと涙が零れ落ちた。


「キリス様‥?!」


あまりの出来事に、ルージュが一歩二歩と後退りをしている。キリスの目から涙が溢れるなど、ルージュにとっては青天の霹靂でしかなかったのだ。


「俺は‥貴方の仇を討つことだけが生きる希望だった。
死んだって聞かされたから‥ノートリアムと契約を交わしたんだ‥。あの幼かった日から、今まで‥心を殺してっ‥。兄ちゃんっ‥‥」


闇の魔女、ノートリアム。
ユーリでさえその名は聞いたことがあった。

そのノートリアムと、キリスは契約を交わした。
自分の仇を討とうと、何も知らなかったあの幼き日に。

そして今、仲間に立ちはだかる敵として、キリスはここにいる。



「すまない‥キリス。
兄のくせに、俺はお前を全く守れていなかったな‥」


心を押し潰されながら、ユーリはキリスに想いを伝えた。
シンドラはただ、目を見張って黙りこくり、ルージュもまた事態を理解できずに口を閉ざしている。


唯一、ネロだけがこの場面をいち早く飲み込んでは、喉が焼け付くような心苦しさを抱いていた。


「ねえ‥ユーリ。
どうするつもり?」


ネロがユーリに問う。
ユーリはやっとキリスから視線を移し、ネロを見た。

その哀愁漂う表情がなにを考えているのか、そんなこと察したくもない。


「‥‥魔女との契約は絶対。そのキリスってやつは、俺らと戦わなきゃ確実に死ぬんだよ。
ユーリはどうするの。俺らの敵になるの?」


ネロにとって、ユーリはまさしく兄だった。
ユーリに救われ、ユーリに育てられここまで来たのだ。

ユーリの優しさは本物だった。

だが少なくとも、ユーリはネロにキリスを重ねていた。それが今、ネロの心を途方もなく苦しませる。


捨てられた子どもが親を憎む瞳のように、ネロの眼光は鋭かった。


「敵になるのなら、いくらユーリでも容赦はしない」


心が荒んで仕方がない。
ユーリにとって苦渋の決断でしかないことはわかってる。

だけど、本当の弟と感動の再会を果たしたユーリが、すぐさまキリスを敵として討つとも思えない。
最悪、ユーリは敵になってしまうのだ。

ネロにとって、ユーリとの思い出は深い。
そして、共にレオ王子と生きていくことを選んでからは、同じ目標を追って生きてきた。

だけど自信がないのだ。

ユーリが弟を捨てて、自分たちの元に戻ってきてくれる自信が。


「‥そうだな。俺は、レオやお前たちを裏切ることはしたくないよ」


ユーリが小さく笑った。思わずネロが目を見開く。


「じゃあ‥!」


「だが、最後くらいは兄でいたい」


「‥‥え?」


ネロの指先が、体が。
またもや熱を失い冷たくなっていく。


キリスが胸を押さえて苦しそうに唸り声を上げ始めると、ユーリはキリスの肩をそっと優しく抱いた。


ユーリは片方の手で何やら首から下げていたものを取り外すと、シンドラにそれを投げた。


「その懐中時計は、もう1人の大切な弟から貰った宝物なんだ。‥シンドラ、ネロを‥弟を頼んだぞ」


「ユ、ユーリさんっ!!」


「ちょっと待てよユーリ!!」


ネロがユーリに近寄ろうとするが、ユーリは片手で剣を振りかざし、ネロを遠ざける。



「ネロ、悪いな」


「嫌だっ!やめろ!!!」


ユーリが力なく笑った時、キリスの体が光った。



「兄ちゃん‥‥ありがとう」


涙を流しながら、ユーリの肩に頭を置いたキリスの表情は、村が焼けて以降初めて見せる人間味溢れるものだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...