公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第70話『別れ』

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ーーーシンドラは、明るくなり始めた空を薄目で見ながら、懐中時計を開くことなく握り締めた。

その想いの大きさを感じて、何故か懐中時計を開くことはできなかった。


塔の外には人はいなかった。
街中の人々がこの塔に対し『無関心』になるように、ミルフィが塔に心の魔法をかけてくれていたらしい。


先程薄っすらと目を覚ましたキノは、説明を聞くなり両手で顔を覆ったままだ。横たわったままのキノの嗚咽が、辺りに響く。


ネロといえば、塔の瓦礫の上に腰をかけたまま、一向に動こうともしない。

泣きもせず、話もせず、どこか一点を眺め続けている。




契約を破ったことにより、キリスは死んだ。体が爆発すると聞いていたが、爆発というよりも強い光が体内から発生したという表現の方が正しいだろう。
その光が周囲に漏れないよう、ユーリはキリスを強く抱きしめるようにして、共に逝った。

魔力を使い果たしたニッカが体丸ごと消滅したように、ユーリとキリスの体は光と共に消えた。


大切な人の体が目の前で弾けてバラバラになるよりは、精神的にはまだマシかもしれないが、その代わりにユーリの痕跡は跡形もなく消えてしまった。


その魂は、その体は、果たしてどこへ逝くのだろうか。



その後すぐに反応したのはルージュだった。
キリスを失った悲しみで我を忘れ、シンドラ達に最大級の魔法をぶつけようとした。

だが、ネロが憂いを帯びた瞳で、無言のまま左胸に剣を突き刺したのだ。

たったの一撃で、ルージュは血を吐き出しながら倒れた。

シンドラの魔法により力が増強していたとしても、本来ならば簡単に魔法使いを仕留められるものではない。


足元に転がるルージュの死体に目もくれず、何も言葉を発さないまま瓦礫に腰をかけたネロは、まるで電池が切れた玩具のよう。


早くレオ王子達を追いかけなくてはならないが、シンドラはネロにどう話しかけていいのかわからなかった。


ワープの魔法を使えば簡単にレオ王子達を飛ばした場所まで移動できるが、この魔法が案外魔力を消費するのだ。
そのうえ、ここまでの戦いでシンドラの魔力も底を尽きかけていた。

ワープの魔法は1回につき2人までしか使えないため、3人となると2回魔法を使わなくてはならない。



ーーどう考えても2回使う魔力は足りない。キノさんも歩ける状況ではない。早く追いつきたいけど、ここで少し回復を待たなくてはいけない‥。


シンドラは、ミルフィの魔法に感謝した。
本来ならば、ここまで街のシンボルである塔が破壊されたとなれば、警察に連行されることも多いにあり得た。

なにせ、みんな満身創痍。

いまこの状態では逃げることはできない。




「‥‥置いてってくれ‥‥」


キノがぽつりと言葉を落とす。
未だに顔は覆われていて、その表情は窺い知れない。


「え?」


「俺を置いてってくれよ!」


キノは、またぶわっと涙が溢れたのを感じた。
でもそれを悟られないよう、顔を覆う手は頑なに外さない。

ーーー足手まといでしかなかった。
すぐにやられ、目が覚めたらレオ様もソフィアもいなかった。そして、ユーリは死んだ。
そのうえ、こんな状態じゃすぐに追いかけることもできない。また足手まとい‥そんなの嫌だ。


「そんな‥みんなで追いかけましょうよ!」


シンドラの声には焦りが感じられた。
それを察して、キノの涙は更に勢いを増す。


「2人でワープするくらいの魔力は残ってるんだろ?」


「‥‥でも、2回ワープする魔力はありません。だからここで少し魔力を回復をさせてからーー」


「そんな悠長なこと言ってられないでしょ」



ーーー俺も行きたいよ。
足手まといでも、本当は‥


「俺はもうあんな敵と戦いたくない!
お前らにも着いて行きたくない!」


「そ‥んな」


「もうこりごりだよ!もう嫌だ!!!
お願いだから解放してくれ!」



嗚咽を抑えるので精一杯だ。
悟られたくない。

本当は、俺も行きたいって。






ネロが立ち上がり、ゆっくりとキノの元に近付いてきた。


しゃがみ込み、ぽんっとキノの頭に手を置く。



「今までありがとう」


そう言って、ネロは立ち上がった。



「ま、待ってください、ネロさん!」


シンドラが思わずネロを呼び止める。


「‥なに?」


「っ‥‥ここに置いて行くにしても、無関心の魔法が解けてしまったら‥」



いつ魔法が解けるかわからない。
そんな中、動けないキノをこんなところに1人で置いて行けない。

関係者として捕らえられてしまう可能性が大きいのだから。


ネロは少し離れた木の陰に視線を送った後、キノを見下ろした。


「‥そのくらいの世渡り、なんとかなるでしょ。
もう仲間じゃないんだから、そんなの気にしなくていいよ。早く行こ、シンドラさん」


それは何とも冷たく、棘のある言葉だった。


「そんな冷たいこと言わないでくださいよ‥」


「ねぇ、俺らはさぁ‥仲良し仲間ごっこやってるわけじゃないですよね」


「え‥」


「命賭けてレオ様たち守ろうとしてんでしょ?」


「‥‥」


「優先事項考えてよ」


シンドラを射抜くネロの眼光は、何とも冷ややかなものだった。


確かにこの街でキノが人目につかず、体を休ませられる場所などないのかもしれない。
そのうえで、塔の魔法が切れた時‥遅かれ早かれ、キノと結び付けられてしまう可能性もある。

悠長にキノを安全な場所まで運ぶ時間は確かに無いし、キノの世渡り術に賭けなくてはいけないというのも一理あった。


シンドラは唇をぎゅっと結んだ。


「ごめんなさい、キノさん‥
ごめんなさい‥」


シンドラ自身、もう何が正しくて何が正しくないのか、判断がまるでできなくなっていた。


ただただ、悲しみと焦りだけが心を強く揺さぶる。



2人は、ワープにより姿を消した。

2人の姿が無くなってから、キノは声を上げてわんわん泣いた。



しばらくすると、ネロが先程視線を送った木の陰から、ひょこっと1人の少女が姿を表した。
その少女は、キノに近付いて腰を下ろすなり、キノに話し掛ける。


「あのお兄さんの悲しみが余りにも強くて、思わず少し逃げちゃったよ‥」


「だれ‥だよ、お前」


「あのお兄さん、わたしが隠れてること気付いてたね」


「だから、だれなんだよ!」


「心の魔法使いだよ。
安心して、君が回復するまで魔法を掛け続けてあげる」


「え‥」



それは、つまり‥
ネロがミルフィの存在に気付き、キノを置いていっても大丈夫だと判断したということ。


あの冷たい言葉は、キノが自分たちを忘れて新しく生きられるようにするためのもの。


キノは、更に声を上げて涙を流し続けた。







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