公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第71話『湖の底』

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嵐の後のようにひっそりとした静寂が2人を包み込む。


隣で眠るレオは、まるで遊び疲れた子どものよう。
レオがどれ程までに苦戦を強いられて体力を消耗したのかが痛い程伝わってくる。


シンドラは、あの時‥
『さようなら』と言った。
今生の別れとでもいうかのような口振りを何度も何度も思い返しては言葉にできない不安に襲われる。


大きな湖が眼下に広がり、その周りは森が覆っている。
明るくなり始めた空が湖の水面を淡く照らしていた。


会えるよね。
みんなと、また‥

シンドラともキノさんともネロさんとも。
そして、はぐれたままのユーリさんとも‥
会えるよね‥?



目を閉じるレオは、なんとも穏やかで綺麗だ。
血にまみれているはずなのに綺麗と思えるなんて、どうかしているかもしれない。


もし、レオもこのまま目を覚まさなかったら‥
シンドラ達と再会できなかったら‥

私はどうすればいいんだろう。


辺りに人影はなく、民家などもない。
誰かに救いを求めることもできない。


ーーーここは、ただただ綺麗な湖のほとり。


声が出てくれれば‥
白魔法を唱えられるのに。


「‥‥‥‥」



喉に手を当てて出そうとするけど、声はやっぱり出てくれない。
私は自分の無力さと、この状況に対する焦りと不安から、大きく溜息を吐いた。


私の声を奪い続けている魔女。

それは恐らく、ガブリエルが白魔法を使えるようにする為‥そして、ガブリエルを王位継承者に仕立てる為の、レストール家の差し金。


一体その魔女は、どこにいるんだろう。
私の呪いは、どうしたら解けるんだろう。


ただただ守られているだけの私は、みんなの為に何ができるのかな。中心人物のはずなのに、仲間たちばかりが怪我をして、苦しんで‥。

戦えないし、非力なのは呪いのせいだけじゃない。
屋敷で草花を愛でていただけの中身のない生活。人生を諦めるかのように向上心もなく過ごしてきた。

結果、私1人では何もすることができない。


はぁ、とまた声にならない溜息を吐いて項垂れる。



ーーーガサガサッ


急に物音がして、驚いて顔を上げた。
敵‥?獣‥?

せめてレオを守らなければと、レオの懐から懐剣を取り出して握った。

きょろきょろと辺りを見渡すとーーー


「ソフィア様っ!!」


後方から、突然シンドラとネロさんが現れた。
金髪小柄のシンドラは、魔力の使いすぎか顔色が悪く‥
黒髪を靡かせるネロさんは、ここまでの戦いで流石に疲れているのか伏せ目がちでいつもの明るさは微塵もない。

うまく逃げてこられたのかな‥?
それとも、勝てたのかな‥?


シンドラは私の元に駆けてくるなり、膝からガクリと崩れ落ちた。
その小さな体を支えようとするけど、シンドラは私の手を制して自ら体制を立て直そうとする。

だけどふるふると小刻みに震え、項垂れた顔はけして上げようとしない。


ーーーよほど疲れてるんだな‥
キノさんとユーリさんは、無事なのかな‥


「‥ソフィア様‥‥」


力なく私の名を呼んだシンドラは、レオに視線を移した。


しばらくそのまま沈黙すると、シンドラはパッと顔を上げた。目と目が合う。つんっと、シンドラの肩を突いたらそのまま後ろに倒れてしまうのではないかと思うほど、その瞳は弱っているように感じた。


「‥‥ここではなんですから、中に入りましょう」


ーーー中??
ここは湖のほとりなのに‥?


シンドラは、湖に向かって手のひらをかざした。


「鍵みたいなものなんです‥
この扉を開くのに魔力は要らないので‥」


シンドラの手から出てきた魔法陣に反応するように、湖にも魔法陣が浮かび上がり、その2つの魔法陣は互いに共鳴するかのように1つに重なった。

その途端、湖を割くかのように一本の道ができ、その道は湖の奥底へとどこまでも続いていった。


「安心してください。
この湖の底に眠るのは、私の生まれ故郷‥
もう20年以上前に沈んだ、誰もいない小さな村です」


ただの湖じゃなかったんだ‥。
信じがたい光景だけど、外の世界に出てから様々な魔法を目にしてるせいか、わりとすぐに受け入れることができた。

口を開かないままのネロさんが、レオを担いでくれた。
目を合わせようとしてくれないネロさん。
普段であれば疲れていても、きっと目は合わせてくれるはず。

疲れだけが原因じゃなさそう。
私たちがここにワープした後‥何かあったのかな。

シンドラに続いて、突然現れた道を下っていく。
両脇は湖の水が高い壁になっていて、まるで自分が水の中にいるような幻想的な光景だった。

しばらくすると、一軒の民家がぽつりと現れた。
水の中にはちらほらと他の民家もあるけど、それらは長い間湖の底に沈んでいたせいで酷く朽ちている。
目の前の民家だけが、まるでずっと地上にあったかのように形を保っていた。


シンドラに促されるまま、その民家の中に入る。
木造の、生活感のない小さな民家。



「レオ王子はそこのベッドにお願いします」


「はい」



ネロさんは部屋の隅にあったベッドにレオを寝かせると、じっとレオの顔を見つめた。


「‥‥目、覚ますんですかね」


ぽつり、そんな言葉を落とす。


「覚ましてもらわなければ困ります。
恐らく、最後の一撃ではバリアを使っていたのかと‥
かなりの勢いで落ちてきた様子でしたが、致命的な外傷はありませんから‥恐らく、魔力切れと‥魔法の使いすぎによる代償です」


元々の魔法使いが魔力切れを起こした場合は、あの火の魔法使いのように暴走して消えてしまうけど‥

普通の人間に魔法使いの血を与えて魔法を使えるようになった場合は、今のレオみたいに意識を失ってしまう‥ということなのかな。


あまりにも短期間で白魔法を唱えすぎたせいで、レオの体内に入った私の魔力はもう消えてしまったらしい。


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