公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第72話『笑顔』

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あれから3日。
レオはまだ目を覚まさなかった。

シンドラは魔力が回復したようで、水や電気などのライフラインを充実させてくれた。

日中はシンドラとネロさんが狩に出たり、果物を採ってきてくれて、食べ物の問題もない。


誰も、こんな湖の中に私たちが潜んでいるとは思わないだろう。


敵襲のない、平和な時間ーーー


のはずなのに。



あの時ユーリさんを夜通しで探していたネロさんは、今もなお目の下にクマを作ったまま。

魔力の回復とともに顔色が良くなったはずのシンドラは、時折考え込むように一点を見つめている。



ーーーなぜ。



なぜ、ユーリさんとキノさんを迎えに行かないんだろう。

なぜ、説明してくれないんだろう。



シンドラとネロさんは、私を湖の外に出そうとはしない。
生活感のないこの民家では、私が日中することも無い。


裁縫セットや、キノさんが作ってくれた意思表示用のカードなんかが入った私の鞄は、あの塔に置いてきてしまった。

いつ目を覚ましてくれるのかわからないレオを見つめ続けるだけの孤独な時間、そして明らかに元気のない2人の姿は、私を心底不安にさせた。



聞きたいのに、聞けない。
それを察して、私の気持ちを汲み取ってくれていたはずのシンドラは、今はあえて私の気持ちを無視しているようだ。

聞かれたくない、話したくない。


そんな雰囲気を肌で感じてしまう。




‥‥負けてしまったのだろうか。
それじゃあ‥キノさんは?

‥‥それに、ユーリさんとは会えないまま?
何故探しに行かないの‥?
敵がまだあの街に残っているから‥?



‥山小屋が恋しい。そして、あの旅路が恋しい。


短い間だったけど、みんなで過ごしたあの時間が。
シンドラとネロさんがいないこの時間は‥私を酷く孤独にさせた。









深い森の奥、シンドラは魔法書を片手に黙々と魔法を放っていた。
少し離れた場所では、ネロが黙々と弓矢の矢を作り上げては遠くの木を狙って打ち込み続けている。


シンドラの魔法とネロの狩能力があれば食材の調達などすぐに終わるのだ。
2人は1日のほとんどの時間を、深い森の中で延々と己の技能を磨いていたのである。


ーーー私にもっと力があれば‥
魔法のバラエティがもっとあれば‥もっと魔力をうまく扱えれば‥!


シンドラが黙々と魔法を放っていると、背後から気配を感じた。


「そろそろ戻りません?」


ネロが鳥を抱えながらシンドラに呼びかけると、シンドラは振り返りながら頷いた。

ネロはシンドラの周りの惨状を見て苦笑いを浮かべた。地面は抉られ、数多くの大木は薙ぎ倒されている。


「鬼気迫ってますね~」


「‥お互い様でしょう。
‥‥ネロさん。‥キノさんは逃げられたでしょうか」


「‥さぁね」


「私、思うんです‥。
あの時のキノさんの言葉。あれは、本心なんかじゃなくて‥私たちを想ってのことだったんじゃないかと」


「‥‥」


ネロは黒い髪を靡かせながら、視線を落とした。
切れ長の瞳が小さく揺れている。

ユーリの死を目にしても涙も見せず、ユーリやキノの話題を口に出そうとしないネロは、いまのシンドラの言葉を聞いただけで瞳を揺らしたのだ。


繊細、寂しがり屋‥
あの日ユーリが話していた言葉がシンドラの頭の中を何度も行き来する。



「‥‥貴方は、どうなんですか」


「え?」


「‥‥‥レオ王子から聞きました」


「‥なにを?」


「貴方は『レオ王子を守ってくれ』と誰かに言われたから、仲間として行動してたんですよね?」


その言葉に、ネロの指先がピクリと反応する。


「そして、何よりも‥ユーリさんがいたから」


ユーリがレオ王子の味方になると決めたから。
シンドラの瞳には、どこか力が宿っていた。


これは、どうしても確かめなくてはいけないことだった。
例え、ユーリを失ったネロの心がどれ程までに弱っていたとしても‥


「何が言いたいんですか」


「‥わかりませんか?」


「‥‥」


「誰かに頼まれたから、そして、ユーリさんがレオ王子と共に行くと決めたから‥
それが理由なのだとしたら‥貴方は、今後も変わらず仲間として行動してくれるのですか?」


ネロがあれからずっとまともに眠れていないことは、シンドラも気付いていた。

涙を見せようとしないのは‥そして、ユーリの話をしないのは、ユーリの死を受け止められていないから。


ひたすら矢を射続けているのは、考えたくないから。



もちろん、まだ受け止められるわけがない。
兄と慕ってた人が、本当の弟と共に目の前でこの世を去ったのだから。

ただ、こちらとしては大きな戦力を失ったのだ。
ユーリとキノ、この2人の存在は大きい。


シンドラは、より奮起しなくてはならなかった。
ネロまでもが、消えてしまうのではないかと不安だったのだ。


「それ、貴女が言いますか。シンドラさん」



そう言ったネロの表情は、まるで傷付いた子どものような寂しい笑顔だった。


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