公爵家のだんまり令嬢(聖女)は溺愛されておりまして

茶歩

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第73話『継母』

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日は沈み、夜が更ける。
湖の真ん中には満月が浮かんでいた。

湖に映ったその満月の上に寝転ぶのはシンドラ。
ぼーっと天に佇む満月を見つめる。


ーーーあの顔。


あの、ネロさんの傷付いた顔。



私の発言はあまりにも無神経だったのかもしれない。
ネロさんの真意を確かめるのは、今じゃなかったのかも。

ユーリさんが亡くなり、キノさんと別れてから‥
まだ時間が経っていないのに。


仲間が減ってしまって、レオ王子も目を覚まさなくて。
そんな漠然とした焦り‥

‥ネロさんには、今までと同様仲間でいてほしい。
私の恋心とか関係なく‥

レオ王子とソフィア様の為に仲間でい続けてほしい。



「はぁ‥」



ユーリさんが亡くなったことも‥ネロさんに、どう声をかけていいのかわからないまま。
『触れないでくれ』というオーラがひしひしと伝わって‥

まるで、みんなの時間が止まってしまったようで。


この時間が動き出すのは‥
レオ王子が目を覚ました時なのかな‥


「‥‥あ」


ふと、思い出したかのように胸元から懐中時計を取り出した。
あの時すぐには開く気にならなかったこの時計。
ユーリさんがネロさんから貰ったという、思い出の懐中時計。

耳を澄ませるとちくちくと秒針を刻む音が聞こえてくる。


開いた途端に気付いた。


「これは‥魔法道具‥?」


この湖同様、魔力が鍵となるような仕組みがされている。ただの人間では、開くことが出来ない仕様ーー


気付いた時にはもう遅かった。
文字盤が目に入るなり、針は突然反時計回りに猛スピードでくるくると回り出す。


ーーなんの魔法が掛けられているの?!


閉じることも、懐中時計も手放すこともできない。シンドラの体は、その時計の中に吸い込まれるように消えていった。



懐中時計に掛けられた魔法が‥
もし過去に戻れるものだとしたら‥


あの塔に着く前に戻りたい。


そしたら、誰も失わずに済んだかもしれないのだから‥







ーーーダンッ


床に叩きつけられて、私は目を瞬かせた。
どうやら魔法で『どこか』に送り込まれたらしい。

叩きつけられた左頬がじんじんと痛む。


そっとさするように頬に触れると、頭上から声が聞こえた。


「‥‥だれ?」


ぱっとその声の主を見て、私は目を丸くした。


ベッドの上から、驚いた表情で私を見下ろすその少年を私は知っている。
黒い髪、切れ長の瞳、中性的な綺麗な顔立ち。

幼いけど、面影がありすぎる。
間違いなく、ネロさんだ‥。

声はまだ高く、その雰囲気は今よりも随分とピュアに見える。というか、すごく可愛い。
好きな人の幼い姿だからかな。とても良いものを見られたというお得感が凄い。


「‥‥あ、えっと‥‥」


薄暗い室内、シルク生地のパジャマを着た少年。
寝る前だったのかな‥

そういえば、元貴族って言ってたっけ。
随分と立派な部屋‥だけど、従者は部屋内にはいないみたい。


「‥‥‥魔法使い??」


突然部屋に現れた私を見ながら、幼きネロさんはそう言った。
ああ、この時からどことなく察しが良くて聡い人なんだなぁとぼんやり思う。


「まぁ、そう‥ですね」


まだじんじんと痛む左頬が、これが夢ではないことを証明していた。


ーーなぜここに飛ばされたんだろう。
ぐるぐるとそんな考えが頭を過る。


「ねぇ、魔法使いがどうしてここに?
もしかして、俺を助けに来てくれたの?」


幼きネロさんの瞳が揺れている。
縋るように、切望するように。 


ーーこの時代のネロさんを助ける為に飛ばされたの‥?


私は思わず頷いていた。
きっと意味なく魔法が掛かっていたわけではないはず。
それならば、今ここでネロさんを助けなくては。


でも、一体なにから‥?


「何から助ければいいのでしょうか‥」


「継母」


「え」


思わず目を丸くしてしまった。
幼きネロさんは肩を抱えてかたかたと震えている。

継母‥


「もう‥もうくるんだよ。
俺、多分今日‥喰われるんだ」


「く、喰わ?!」


なんてこと‥
人肉を食べるの‥継母だとしても、仮にも母親が?!
貴族の息子であるネロさんを殺して食べるだなんてそんな‥!

あ‥その企てがあるから、この室内に従者がいないの‥?


私はぐっと唇を噛み締めた。



実際にはネロさんは生き延びて私たちと出会っている。
ここでネロさんが死んでしまったら、未来が変わってしまう‥

つまり‥ここで私がネロさんを継母から守ることこそ、魔法道具でこの時代に飛ばされた使命‥!


ーーートントントン


不意に叩かれた扉を見て、私とネロさんはゴクリと息を飲んだ。

作戦を立てる時間もない‥。


「ネロさん、鍵をかけてらっしゃるの?」


若い女性の声が響く。



私は、変身魔法でネロさんに変化した。
驚くネロさんに手をかざし、透明化の魔法をかけた。


「貴方は、離れたところで身を潜めていてください‥透明化になっているので、安心して‥。
私が証拠を掴んで、貴方を救います!」


「す、すごい‥」



下手に継母を殺してしまえば、どういう問題に発展してしまうかわからない。
ここは隙を見て継母を捕らえ、証拠を掴むのが得策‥!


私はネロさんになりきり、扉の鍵を開けた。



「あぁ、やっと開けて下さったのね!」


継母が姿を現した。
甘ったるい香水の匂いが鼻の奥を刺激する。

ネロさんの『母』というには、あまりに若いその女性は、胸元がやけに開かれたネグリジェに身を包んでいた。



ーーーこの人が‥?
なんだか‥今からネロさんを殺すような殺気は‥
感じられないんだけど‥



そして、私は数分後‥
とてつもない経験をすることになる。



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