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第82話『燃ゆる炎を心の中に』
しおりを挟む目を覚ましたレオの第一声は「何日経った?」とう台詞だった。
窓の外には湖。
4人しか居ない特別な空間。
最小限の荷物しか持っていなかった私たちは、生活感のない部屋の中を彩れるほどの物を持ち合わせていない。
床の上にはシンドラのバッグ。
壁際にはネロさんの弓矢が立て掛けられている。
そう、ユーリさんとキノさんの物は何1つない。
「‥あの戦いから一週間ほどです」
シンドラがそう言うと、レオは上半身を起こした。
頭を抱えるようにして、恐る恐る確かめるように言う。
「‥なにが、どうなったんだ」
絶対的不利だったあの戦い。
途中で意識を失ったレオ。
それからどうなったのか。
シンドラが言葉を選びながら丁寧に伝えていくと、レオは小さく息を飲んだ。
毛布の上で握り締められた傷の癒えていないその手には、ぼたぼたと涙が零れ落ちていく。
「‥ご自身を責めないでくださいね」
ネロさんがそう声を掛ける。
まるで石のように固まったレオ。涙だけがレオが目を覚ました証明となり、次々と零れ落ちていく。
‥きっと、責めている。心の中で、自分を。
「‥‥俺だって死ぬほど辛いです。
ユーリが最後に見せた優しい笑顔を思い出すと、あいつにユーリを取られたっていう悔しさもあるし、弟を抱きしめて満足そうだったユーリを想うと良かったねって‥葛藤しかないよ」
ネロさんの中世的な顔立ちが切なそうに歪む。
ユーリさんの死は永遠に私たちの心に、影を落としていくのだろう。
「‥戦いの最中、キリスさんの言葉から感じたことですが‥」
そのシンドラの言い振りからして、きっとキリスさんのことは敵として話をしていない。
ノートリアムに騙された彼を、責めれる人はここにはいなかった。
「恐らく、ノートリアムとレストール家の繋がりは長いかと」
シンドラの言葉に、レオの拳が更に強く握り締められた。
そんなレオを見ながら、シンドラの言葉は続いていく。
「ノートリアム程の魔女と長く付き合いを持ちながら、他の魔女とも取り引きを続けることは容易ではありません。
つまり‥ソフィア様の声を奪い続けているのも、ノートリアムの可能性が濃厚かと」
ゾクリと背中を悪寒が襲う。
幼いキリスさんを騙し、結果ユーリさんの命を奪い‥
私の声を奪い続けている張本人‥
「ふっ」
ネロさんが自傷気味に笑みをこぼした。
その瞳はどこか冷たく冷え切ったもの。
「有難い話だね。
ターゲットである魔女が、仇でもあるなんて」
ネロさんの言葉に、ようやくレオも生き返ったように頷いた。
まるで生きる希望を見つけたかのように、その表情には生気が宿る。
「‥シーグリットがポスラにいるうちに、早く行かないとな」
そう言って、レオがベッドから立ち上がった。
シーグリットって誰だろう‥?あ、シンドラの先生のことか。
一体どんな魔女なんだろう。
シンドラは全く欲を見せないけど、本来魔女や魔法使いは欲深いんでしょう‥?ポスラに行ったところで協力してくれるのかな‥
「お待ちください、レオ王子。
1つご報告があります」
「なんだ?」
「数日前、レストール家に潜入してきました」
「‥‥そうか」
「ガブリエル様は被害者です」
「‥やっぱりか。敵はハロルドとノートリアム。
明確化されたな」
少しホッとしたかのように、レオは笑う。
シンドラがレストール家から戻ってくるなり話を聞いていた私は、同意するかのように頷いた。
被害者がこうも多くて泣けてくる。
レオも、ガブリエルも、私も、ユーリさんもキリスさんも。
みんな人生を弄ばれてる。
きっと私たちが知らないだけで、この世界には他にも犠牲にされてきた被害者が多くいるんだろうな。
目覚めたばかりのレオの体を気遣いながら、私たちは荷造りをした。とは言っても、荷物はとても少ない。
ほんのり冷える、澄んだ空気。
空はどこまで涼やかな淡い水色が広がって、鳥の囀りがぴちぴちと響く。
こんなに爽やかな自然の中で、4人の心には怒りの炎がゆらゆらと灯っている。
早朝、私たちは湖から旅立った。
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