転生令嬢はキューピッドになりたい!?

市瀬 夜都

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10 無力な僕には

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* * * *


「ラチア兄様!!」

「ん…?バイオレット?」

末弟の珍しく慌てた声が僕を呼び止めた。
父と母をそのまま足した紫の髪色と瞳色の彼は顔立ちは似ていれど、兄弟の中でも誰に似ているとはいえない。
両親のどちらに似たのか末の弟はその年若さにもかかわらず非常に優秀で現在は国外に留学中の身だ。
留学から帰れば飛び級で双子の弟達と同じ学年に編入する予定でいるかなりの秀才だ。
その聡さからいつも余裕があり、見た目にそぐわず子供らしさがあまり見られない彼が焦っている。
これはただ事ではないとその様子を見てラブラ様の事なのではないかと直感した。
お願いだから、今浮かんだ嫌な予感だけは的中しないで欲しい。

「ラブラ様は!?」

「まだお会いしてないけど…何かあったのかい?」

そう問われて不穏な予感は更に現実味を含み、高まっていく。
彼女には家族揃っての挨拶以降、一度も会えていない。
いの一番に彼女と踊りたかったのも本音だが、僕のダンスへの参加は他の子息子女よりも遅かった。
会場で一番位が高いのもあり、一番初めに彼女と踊る事も出来ない話ではなかったが、こんな時に限って公務関係の所要があり彼女の初めのダンスは地の使い手の彼にとられてしまった。
その後も中々彼女をダンスに誘えずただただ時間だけが経つことに焦燥を抱いていた。
社交界での二度のダンスは自然とそういう意味を持つ、そういった事に疎そうな彼女ならば受けてしまうのではないかと柄にもなく焦っていた。
けれどそんな不安や焦燥は些末な事だったと思い知らされる事となる。

「ラブラ様が……居なくなったんです…」

「っ!?」

不測の事態に動揺の隠せない弟は華やかなパーティー会場には似つかない面持ちのまま告げた。
王族たるもの動揺と隙は見せられないと自分を奮い立たせると、小さく深呼吸する。

「まずは彼女の使用人に報告しよう、万が一もあるからバイオレットはもう少し会場を探してみて」

「はい!」

彼の事だから既に探しての結果なのだろうが王家の舞踏会ほどではないとはいえ広い会場だ、すれ違った可能性も完全にないとはいえない。

────むしろ大いにそれに越したことはないのだが。

駆け出して行った弟を見送ると僕も彼女の専属である使用人を探すために会場の端へ向かって急いだ。
彼女────ラブラ専属の使用人であるハウはなにやら特殊な出自らしくライト家の中でもメイド長などよりも地位が高いと以前小耳に挟んだ。
緊急を要する有事の今は指示の通せる彼女に話すべきだと判断した。
会場に控える多くの使用人達の中から何度か会ったことのある白い髪に黒い毛先の女性を探し出すと急いで駆け寄った。

「ハウ殿!」

「ラチア様!?如何されましたか?」

呼び止められた彼女はまさか僕に声を掛けられると思っていなかったのか、僕を見るなり瞠目していた。
自分が何かやましい事をした訳では無いのに何故か気持ちがずんと重くなった気がした。
その一瞬の間に察するものがあったのか彼女の表情は心做しか硬くなる。

「ラブラ様が居なくなったらしいのです」

「っ……ラチア様は先程と変わらずお過ごしくださいませ、私はライト家の使用人総出で捜索にあたります。どうかこの事はご内密にお願い致します」

僕の言葉に彼女が血相を変えたのはほんの一瞬だけだった。
すぐに感情を抑えた表情に変え僕に深く頭を下げると周りの使用人達を引き連れ会場の外へと走り出して行った。
この状況で王族の僕に一体何が出来ていたというのだ、弟に聞かれて初めて彼女が居ないことに気が付いた。
闇魔術に関与しているとされるレコードキーパーにはいっそう気にかけて、彼らが水の魔力持ちを狙ってると知って殊更何か起こるのではないかと警備強化として騎士団に協力要請も出して守れるようにとつとめていたつもりだった。
それなのに実際はどうだ、居なくなったことにすら気付かず誘拐を許してしまったどころか彼女の使用人には手出し無用と言われてしまうざまだ。
もちろん僕だけの責任という訳ではない、けれど後悔だけは募っていくばかりだ。
会場を探し回る弟を探すものの彼すら見つけられていないとは不甲斐ないにも程がある。

「あれ?ラチア様、どうかされたのですか」

「……ヘリオ様…それが……」

先程と同様に彼女が行方不明になっている事を伝えれば普段は冷静かつ柔らかな雰囲気の彼も瞠目してほんの一瞬だけ固まった。

「っんのバカ……だから気を付けろって……」

固まっていた表情が苦虫を噛み潰したように顰められたかと思うと彼は漏れ出た素を隠すためか小さな声でそう言った。
もしかしたら何か知っているのではとも思っていたがこの事態は情報の早い彼も気付いていなかった様だ。
実際、彼は彼女とのダンスが最初だったのもあり知らなかったのも仕方が無い。

「やはりヘリオ様も知りませんか……」

「どこへかは分かりませんが、犯人は恐らく噂のレコードキーパーでしょう。私が予想しているよりも遥かに手出しが早かった……本当ならこれは来年の…パーティーのはず……」

「え……?」

犯人の予想は彼と大方同じであったが後半部分、彼がぼそぼそと何か呟いていたことが聞き取れず、そして意味も分からず聞き返すも曖昧に苦笑いを返されただけだった。
彼は一体何を知るのだろう。
そんな彼はそのまま真剣な顔で僕を真っ直ぐに見据えると口を開く。

「ところで……ラブラ様に最後に会った人は誰です?」

「恐らく……最後に会ったのは僕に報告してきた弟のバイオレットでしょう。万が一もあるからともう一度会場を探して貰っていますが…」

その言葉にほんの一瞬だけ瞠目したかに見えたがすぐさま険しい表情で額を押さえた。
末弟が何かしたというのだろうか、先程から見つからないのもよもや関与しているせいなのではと正直挙げればキリのない疑心暗鬼に陥りそうになる。
ペースを乱されるとなんでも疑わしく見えてしまう昔からの悪い癖をどうやら思い出してしまったようだ。

「そんな顔しないでください、ラチア様。恐らく犯人はラブラ様には危害を加えないはずです、見つかりさえすれば無事に戻って来られる。そう、場所が見つかりさえすれば…」

希望的観測であるのを理解しているのか尻すぼみになっていく言葉と表情に何故だか弟を重ねて、自然と気持ちは前向きになりつつあった。
そうだ、第一王子である僕がこんなではいけない。
皆それぞれ出来ることをしている、それならば自分も出来ることからやっていけばいい。
ひとまず、教会や騎士団の隠密部隊に協力を仰ぐのも一つの手だが、ライト家は大事にしたくないようだし尚のこと諜報は必要になるだろう。

「ヘリオ様、ドール家の諜報機関は動けそうですか?」

「実はもう既に対策として数名調査に当たらせていました。…しかし目撃情報は無く、目星も無い状況です。追跡ならば同族のライト家の方が優秀やもしれません」

「水の使い手同士だけが感知できる残留魔力……水紋残留特性クロイゼルングですか。ならば家族であるペクト様……いや、うちのサファでも辿れるかもしれませんね」

しかし、サファはともかくペクト様が知ればある意味大事になるのではないだろうか。
あんなにも妹を溺愛しているのならライト家の総力を挙げてでも探し出すだろう。
直ぐに見つからなければいずれ起きる光景とはいえ、パーティーはまだ終わっていない。
主催のライト家の人間を動かすよりも自分の身内の方が気が楽だ、サファにも応援を頼もう。
我が王家に現れている水の魔力のルーツは何代も前のライト家にある、であればライト家の人間が探すのと変わらないだけの成果は得られる。

「良いのですか?王家の方達を巻き込んで…」

「構いません、僕の弟ですし…社会勉強という事で」

「意外と弟使いが荒いんですね…」

「非常事態ですから」

サファを呼べばもれなくラトナも付いてくるがまあその程度は些事だろう。
僕の力でどうすることも出来ない以上、この際使えるものは使うべきだ。
探し回っているはずのバイオレットも見つけなくてはならない、やる事は探せば山積みだ。
動くなと言われたところで一国の王子が事態を知っていて何もしない訳には行かない。

「僕はサファを探して応援を頼みます、ヘリオ様はバイオレットを探して頂けませんか?」

「バイオレット様と言えば紫髪の方でしたよね?聞きたいこともありましたし、お任せ下さい」

そう言って意味深長な笑みを浮かべ、彼はバイオレットを探すべく立ち去って行った。
ヘリオ様はやけにバイオレットの存在に反応している様にも感じたが、彼らの間に一体何があったのだろう。
そう考えつつも見慣れた双子の弟の片割れである蒼髪を探す。
恐らくはラトナと共に行動しているだろうから蒼髪に並ぶ赤髪を探すのが手速いだろう。

「……ラチア王子?」

「貴方は……確かアンフィ家の……」

「はい、長男のジェードと弟の…」

「ネフラです!」

蒼髪を探していたはずなのだが見つかったのは翠髪の二人組だった。
交流のない二人だがエレメンツの人間である以上は会った事がある、ぼんやりと見覚えがある気がした。

「何かあったのですか?顔色があまりよろしくありませんが…」

明るい翠のネフラと名乗った少年が心配そうにこちらを見ている。
自分の顔に焦りが出てしまっていたのかと指摘されて初めて気付いた。
これ以上巻き込む人間を増やすのは現状として良くないだろう、上手く話を逸らさなければ。

「少し会場の熱気にあてられたようです…お恥ずかしい」

「そう、なんですか。なにかお持ちしましょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ。用もありますし少し外そうと思っているので」

そう言って笑いかければ腑に落ちなさそうな顔ではあるが「それは引き止めてしまってすみません」と引いてくれた。
騙すようで申し訳なくもあるが交流が多い訳では無いし、この程度で充分だろう。
 軽く挨拶を済ませ、翠髪の二人から離れると弟の姿を再び探し始めた。
意外にも僕は人を探すのが下手くそなのかもしれない、こんなにも目的の人物が見つからないなんて。
そう思っていた矢先、漸くよく見知った蒼髪が視界を過ぎった。

「サファ!」

「…ラチア兄さん?」

振り返ったサファの隣にいつも居るはずのラトナの姿が見受けられない。
一人で公の場に居ることを極端に嫌うサファにしては珍しい行動だけれど何があったのだろう。

「ラトナとは一緒じゃないんだね、珍しい」

「ええ……先程はぐれてしまって…」

「丁度よかった、サファに頼みたい事があって探していたんだ」

「僕なんかに頼みたい事…ですか?」

はぐれた事は不本意な事だったのだろう、不安気な表情のサファは僕が言った頼みたい事という言葉に物珍しそうに瞠目した。
『僕なんか』なんて言葉を言わせてしまうようになってしまった事に寂しさというか申し訳なさを感じたがこれは紛れもなくサファにしか頼めない事だ。

「サファにしか頼めない事なんだ、僕には出来ない事だから」

「ラチア兄さんが出来ないのに僕に出来ることなんて……」

「取り敢えず話を聞いて欲しいんだ、サファが水の使い手だからこそ出来ることなんだ」

僕が水の使い手、と言った瞬間サファはビクリと肩を震わせこちらを見る。
彼が兄弟の中で一人だけ水の使い手である事を気にしているのは知っている、しかし僕はそれは個性であり、悪い事ではないと思う。
たとえ周りがなんと言おうとサファはサファなのだから。
寧ろこの状況で言えば、僕が水の使い手であれば今すぐにでも探しに行けたのにと歯痒く思う程だ。

「先程ラブラ様の行方が分からなくなってね…サファに彼女の残留魔力の痕跡を調べて貰いたいんだ」

「な……誘拐ですか?」

「恐らくは」

「暫定ですか…会場には本当に居ないのですか?」

「警備兵からの彼女の目撃情報はないし闇雲に捜索する訳にも行かない、サファは何度か彼女に会っているし…出来るかい?」

「この人の多さですから…親族でもない僕が水紋残留特性クロイゼルングで検索してもあまりあてには出来ないと思いますが……」

「なんでもいいんだ、少しでも手掛かりになれば……」

何も成果が無いよりはほんの少しでも手掛かりになれば、何もしないよりはいくらか気分も軽くなるというものだ。
苦い顔をしていたサファだったが、やがて小さな溜め息と共に僕を真っ直ぐ見つめた。

「……分かりました、微力ながらお手伝いします」

「ありがとう、サファ」

そう言うとサファは手を水をすくうように広げると手のひらに水の膜のようなものを出現させた。
念を込めるように目を閉じ、再び目を開けると彼の手のひらに張られた水が何点かを中心に水紋を立てて水面が揺らぎ続ける。
中でも強い波紋を起こしている所がひとつ見つかる。

「どの反応も既に時間が経って微弱ですが…恐らく中でも強いこの反応の所がこの場所に居た最後の場所でしょう。……ですが…これは……」

やはり既に会場からは連れ去られた後のようでどの反応も弱いものらしい。
最後の反応はと言いかけたサファは信じられないものを見たような顔をしたまま固まっている。
一体なんだというのだ、そう思い彼を覗き込むとゆっくりと目が合う。

「会場の……二階バルコニーから反応がぱったり途絶えています…空を飛ぶか空間転移以外ではこのような事、不可能です…」

「空間転移……」

空を飛ぶということはさておき、空間転移となるとそれは闇の魔術に紐付く、そんなことが出来るのは魔王の憑代よりしろくらいなもの。
となればここに魔王の憑代が来ていたのか…?
しかし、敵の大将首のような存在が何故彼女を攫うためだけにこの場に?
敵の意図がまるで分からない、そうまでして水の使い手の彼女を攫わなければならない理由があるというのだろうか。
空間転移されては場所の手掛かりなど残っていないも同然、これは長期戦となりそうだ。
その間に彼女に危害が加えられないとも限らない不安が沸き起こる。
たとえ何があろうともあの時の笑顔を失わせたくないと、彼女に再会して思った。
再会する前の彼女に一体何があったのかはきっと何時か分かる時が来るから今はただ彼女と交流して親睦を深めたかった。
だからこそ彼女には安全な場所で笑っていて欲しい。

───そんな思いも虚しく僕は守り切れなかった訳だけれど。

守れなかったのなら奪還こそ僕の手でと思っていたのだがその唯一とも言える足掛かりさえもここで潰えることになろうとは。

「……ラチア兄さん…やはりこれは僕らには手に余る事です、後日教会に協力を……」

「───その必要はありませんよぉ」

険しい顔で考え込む僕をサファは気遣うようにおずおずと声を掛けてきてくれたがそれを遮るようにして柔らかな声が被る。

「貴女は……」

突然割り込まれた声にサファは声の主を見遣る。
その視線を追ってそちらを向けばふんわりとした白髪はくはつのおっとりとしていそうな使用人が立っていた。
彼女はふわりと僕らの前で頭を下げると、不気味な程綺麗に笑った。

「ライト家使用人のミルキーと申します~普段はお嬢様の衣装担当をさせて頂いている者なんですけどぉ……」

困ったように笑いながら彼女はまずは自己紹介をと名乗る。
正直、名乗りよりも先程の言葉の続きを急いで欲しいところだが先程手を出さなくていいと使用人の彼女達に言われた手前、急かすことも出来ない。

「自分で言うのもなんですけどぉ…こういった時のためのプチ教会要員と言いますかぁ…なんといいますか、教会最高ランクの神託機関がここにおりますので教会に行く必要はないのですよぉ~」

「教会関係者……それも聖職者が何故使用人なんて…」

彼女の言い方ならば使用人のような仕事をせずとも充分な待遇で生きていけるはずだ。
それを何故ライト家などで使用人を買って出ているのか。
それも神託を受けることが出来る人間は今代では数える程しか居ないと聞く、だとするならば教会の中でも要人に当たる筈だ。
神託を受ける予言者は変わり者だとでも言いたいのだろうか、困惑を通り越して脳内処理が追いつかず混乱しそうだ。

「神様のお告げでしたので~。話を戻しますけどぉ、今回の事はラチア様達には手を引いて頂きたいのですよねぇ…」

「何故でしょうか、理由を聞いても?」

「先程ハウ様も申したかと思いますが…此度こたびの案件、大事おおごとになってはならないのですよぉ」

「ですが、現状誘拐されて行方不明なのは確かです。事実を公にせず捜索など容易な事ではありません。……ましてや」

「王国に!介入されてはこの事件は解決しないと神託を受けたのです。お嬢様が帰らないなんてそんなこと、あってはなりません。…ですからどうか…手を引いて下さいませ」

先程の柔らかな口調は消え去り、険しい顔でそう言った彼女に気圧されて言いかけた言葉を飲み込んだ。
その後、パーティーは何事も無かったかのように進んでゆき、主役の行方は誰も知らぬまま終わりを告げた。



────結局、僕は彼女に強く止められた後何もすることは叶わなかった。



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