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第24話 鍛冶師の村と歌う鉄槌
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翌朝、トウマはドラクマイトの街を出発した。次の目的地は王都アルテミスだ。そこで大規模な古代遺跡の調査依頼が舞い込んでいるという話を聞いており、久しぶりに腕が鳴る仕事になりそうだった。
街道は整備されており、歩きやすい。両側に広がる草原では、牧羊犬が羊たちを上手に誘導している光景が見える。のどかな風景に、トウマの心も軽やかになっていた。
「いい天気だな」
青空に浮かぶ雲を見上げながら、トウマは足を進めた。王都までは三日ほどの道のりだが、急ぐ旅でもない。のんびりと歩を進めていこう。
歩き始めて二時間ほど経った頃、街道脇の森から奇妙な音が聞こえてきた。
カンカンカン、カンカンカン……
「鍛冶の音?こんなところで?」
トウマは足を止めて耳を澄ませた。確かに金属を叩く音だが、何かが違う。通常の鍛冶音とは異なる、リズミカルで音楽的な響きを持っていた。
カンカンカン、カン、カンカン……
まるで楽器を演奏しているような、規則的で美しいハーモニーが森の奥から聞こえてくる。
「面白そうじゃないか」
トウマは迷うことなく森へと足を向けた。街道から外れた獣道を進んでいくと、音はだんだんと大きくなっていく。そして、森の中に小さな集落があることを発見した。
「鍛冶師の村か?」
村には十数軒の家屋があり、そのほとんどから煙が立ち上っている。家々の前には鍛冶場が設けられており、複数の鍛冶師たちが作業に励んでいた。
しかし、彼らの作業は普通の鍛冶とは明らかに違っていた。一人一人が異なるリズムで槌を振るい、それが重なり合って美しい音楽を奏でているのだ。
「これは……すげぇな」
トウマは感嘆の声を上げた。鍛冶と音楽が融合した、芸術的な光景だった。
その時、村の入り口近くで作業していた中年の男性がトウマに気づいた。
「おや、旅人さんかい?」
男性は槌を置いて、汗をぬぐいながら近づいてくる。
「ああ、街道を歩いていたら面白い音が聞こえてきたんで、つい寄らせてもらった」
「面白い音、ねぇ」
男性は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、珍しがられるのは慣れてるよ。俺たちは『歌う鍛冶師』って呼ばれてるからな」
「歌う鍛冶師?」
「ああ、この村の鍛冶師は皆、音楽に合わせて鍛冶をするのが伝統なんだ。代々受け継がれてきた技術でね」
男性の説明を聞きながら、トウマは周囲の作業風景を観察した。確かに、一人一人が独特のリズムで作業しているが、全体として調和のとれた音楽を創り出している。
「俺はトウマだ。冒険者をやってる」
「冒険者さんか。俺はガルス、この村の鍛冶師の一人だ」
ガルスと名乗った男性は、がっしりとした体格で、長年の鍛冶作業で鍛えられた筋肉が腕に浮かんでいる。
「それで、トウマさん。何か武器の修理でも必要かい?うちの村の鍛冶師たちの腕は確かだよ」
「いや、今は特に……」
トウマがそう答えかけた時、村の奥から激しい口論の声が聞こえてきた。
「だから言ってるだろう!その叩き方じゃダメなんだ!」
「うるさい!俺は俺のやり方でやる!」
ガルスの表情が曇った。
「またか……」
「何かあったのか?」
「実は、最近村で問題が起きててね。新しく来た鍛冶師が、伝統的な『歌う鍛冶』のやり方に従わないんだ」
ガルスは溜息をついた。
「その鍛冶師は腕は確かなんだが、一人だけ違うリズムで作業するもんだから、全体の調和が崩れてしまう。それで、他の鍛冶師たちとぶつかってばかりいるんだ」
なるほど、とトウマは納得した。音楽的な鍛冶において、一人だけ違うリズムで作業すれば、全体の調和が乱れるのは当然だろう。
「その鍛冶師はどうしてここに?」
「リカルドって若い奴なんだが、故郷の村が魔物の襲撃で壊滅してしまってね。技術を身につけるため、うちの村に弟子入りを申し込んできたんだ」
ガルスの声には同情の色が混じっていた。
「だから、村長も追い出すに追い出せなくて……でも、このままじゃ村の伝統が……」
口論の声がますます激しくなってきた。トウマは興味深そうにその方向を見つめる。
「ちょっと、様子を見てきても良いか?」
「ああ、構わないよ。ただし、あまり深入りしない方が良いかもしれない」
トウマはガルスの警告を聞きながらも、口論の声がする方向へと歩いていった。
村の中央近くにある大きな鍛冶場で、二人の男性が激しく言い合いをしていた。一人は五十代ほどの貫禄のある男性、もう一人は二十代前半の若い男性だった。
「リカルド、お前はこの村の伝統を理解していない!」
年上の男性が怒鳴る。
「伝統なんてクソくらえだ!俺は良い武器を作りたいだけだ!」
若い男性——リカルドが言い返した。
「良い武器?お前の作った剣を見たが、確かに切れ味は良い。だが、魂が込もっていない!」
「魂?そんな曖昧なものより、実用性の方が大事だろう!」
二人の間には、明らかに深い溝があった。トウマは少し離れた場所から、その様子を観察していた。
年上の男性の方は、恐らく村の古参の鍛冶師だろう。伝統を重んじ、先祖代々受け継がれてきた技術を大切にしている。
一方のリカルドは、実用性を重視し、効率的な鍛冶を目指している。どちらも間違ってはいないが、考え方が根本的に異なっている。
「おい、リカルド!」
年上の男性が槌を振り上げた。
「その態度は何だ!村の先輩に向かって!」
「先輩?笑わせるな!俺の方が良い武器を作れるんだから、技術的には俺の方が上だろう!」
リカルドも負けじと槌を構える。
「やめろ、二人とも!」
トウマが間に割って入った。
「何だ、お前は?」
リカルドがトウマを睨む。
「トウマだ。冒険者をやってる。ちょっと話を聞かせてもらえないか?」
「冒険者?」
年上の男性が少し警戒を解いた。
「俺はドルフィンだ。この村の鍛冶師長をやってる」
「俺はリカルドだ」
若い鍛冶師も渋々名乗った。
「それで、何の話だ?」
「単純な疑問なんだが、なんで一緒に作業できないんだ?」
トウマの質問に、二人は呆れたような表情を浮かべた。
「この若造が村の伝統を理解しないからだ!」
ドルフィンが怒りを込めて言う。
「伝統に縛られて、新しい技術を受け入れないからだ!」
リカルドも反論する。
「なるほどな」
トウマは顎に手をやって考え込んだ。そして、ふと思いついたように口を開いた。
「じゃあ、勝負してみるか?」
「勝負?」
二人が同時に振り返る。
「ああ、どっちの方法が良い武器を作れるか、実際に試してみればいいじゃないか」
「面白い提案だな」
ドルフィンが興味深そうに言った。
「でも、どうやって判断するんだ?」
「俺が判定する。冒険者として、色んな武器を使ってきたからな。実用性も、職人の技術も、ある程度は分かるつもりだ」
トウマの提案に、二人は顔を見合わせた。
「いいだろう」
リカルドが最初に答えた。
「俺の技術を見せてやる」
「ふん、若造に負けるものか」
ドルフィンも応じた。
――――――
鍛冶勝負が始まった。村の鍛冶師たちも作業の手を止めて、興味深そうに見守っている。
「お題は短剣だ。材料は同じものを使う。制限時間は三時間」
トウマが条件を設定した。
「よし、始めろ」
ドルフィンとリカルドが、それぞれの鍛冶場で作業を開始した。
ドルフィンは、他の村人たちと同じように、リズミカルに槌を振り下ろしていく。カンカンカン、カン、カンカン……美しい音色が響く。
一方のリカルドは、効率性を重視した作業スタイルだった。無駄な動きを省き、的確に鉄を叩いていく。音は単調だが、作業の速さは目を見張るものがあった。
トウマは両者の作業を交互に観察しながら、それぞれの技術の特徴を把握していった。
ドルフィンの鍛冶は、確かに美しい。まるで踊りを踊っているような流れるような動作で、見ているだけで芸術性を感じる。鉄を叩く音も、他の村人たちの音と調和して、素晴らしいハーモニーを奏でていた。
しかし、リカルドの鍛冶にも魅力があった。一つ一つの動作に無駄がなく、効率的に作業を進めている。何より、鍛冶に対する情熱が感じられた。
「どちらも、本当に鍛冶が好きなんだな」
トウマは小さくつぶやいた。
三時間後、二人の短剣が完成した。
「できたぞ」
ドルフィンが自信に満ちた表情で短剣を差し出す。
「俺もだ」
リカルドも負けじと自作の短剣を見せた。
トウマは両方の短剣を手に取って、重さやバランス、刃の鋭さなどを確認した。どちらも確かに素晴らしい出来だった。
「うーん、甲乙つけがたいな」
ドルフィンの短剣は、美しい装飾が施されており、まさに芸術品と呼ぶにふさわしい仕上がりだった。握りやすさも計算されており、長時間の使用にも耐えるだろう。
リカルドの短剣は、シンプルな外見だが、実用性に特化した設計になっている。軽くて丈夫で、戦闘において非常に使いやすそうだった。
「それで、どっちが勝ちなんだ?」
リカルドが催促する。
「正直言って、どちらも素晴らしい。でも……」
トウマは二つの短剣を見比べながら続けた。
「どちらも、何かが足りない気がするんだ」
「足りない?」
ドルフィンが眉をひそめる。
「ああ。ドルフィンさんの短剣は美しいが、実戦での厳しさを想定した作りになっていない。リカルドの短剣は実用的だが、使い手への愛情が感じられない」
トウマの言葉に、二人は黙り込んだ。
「つまり、お互いに相手の良い部分を学べば、もっと素晴らしい武器を作れるんじゃないか?」
「相手から学ぶ、だと?」
リカルドが困惑した表情を見せる。
「そうだ。ドルフィンさんは、リカルドの効率的な技術を取り入れれば、より実用的な武器を作れる。リカルドは、ドルフィンさんの芸術性を学べば、使い手への配慮ができるようになる」
トウマの提案に、村の鍛冶師たちもざわめき始めた。
「でも、それじゃあ伝統が……」
ドルフィンが心配そうに呟く。
「伝統は大切だ。でも、伝統を守るだけじゃなく、発展させることも必要だろう?」
トウマはドルフィンを見つめて言った。
「リカルドの技術を取り入れても、『歌う鍛冶』の精神は失われない。むしろ、より多くの人に愛される武器を作れるようになるんじゃないか?」
そして、リカルドの方を向く。
「そして、リカルド。お前の技術は確かにすごい。でも、武器は道具じゃない。使い手の命を預かる、大切なパートナーなんだ。その気持ちを込めて作れば、もっと素晴らしい武器になる」
リカルドは複雑な表情を浮かべながら、自分の作った短剣を見つめた。
「使い手への愛情……」
「そうだ。武器は使い手と共に戦う仲間なんだ。だから、作り手の愛情が必要なんだよ。お前の鍛冶道具だってそうなんじゃないのか?」
トウマの言葉に、リカルドはハッとしたように手元の道具に目を落とした。そして、しばらく考えるような間を置いた後、顔を上げたリカルドの目には何かが宿っていた。
「分かった。やってみよう」
リカルドがドルフィンの方を向く。
「俺に教えてくれ。その『歌う鍛冶』とやらを」
ドルフィンも驚いた表情を見せたが、やがて笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。俺達も、お前の効率的な技術を教えてもらいたい」
二人が握手を交わすと、村の鍛冶師たちから拍手が起こった。
――――――
それから一週間、トウマは村に滞在して、二人の鍛冶師の成長を見守った。
最初はぎこちなかったが、ドルフィンとリカルドは徐々にお互いを理解し始めた。ドルフィンはリカルドの効率的な技術を学び、リカルドはドルフィンの芸術性と使い手への配慮を身につけていった。
そして、二人が協力して作った初めての武器——それは見事な長剣だった。
「思った通り、素晴らしい武器に仕上がったな」
トウマはその長剣を手に取って感嘆した。リカルドの実用性とドルフィンの芸術性が見事に融合した、素晴らしい作品だった。
「ありがとう、トウマさん」
リカルドが深々と頭を下げる。
「あなたのおかげで、本当の鍛冶師になれた気がします」
「俺達も感謝するよ。あんたには伝統を守りながら発展させる、その大切さを教えてもらった」
ドルフィンも感謝の気持ちを込めて言った。
村全体の雰囲気も変わっていた。以前よりも活気にあふれ、鍛冶師たちの作業音もより美しいハーモニーを奏でている。
「いや、俺はただ思ったことを言っただけだ。だが、上手くいって良かったよ」
そうしてトウマが別れを告げると、村人たちが総出で見送りに来た。
「トウマさん、本当にありがとうございました」
ガルスが代表して感謝の言葉を述べる。
「また、いつでも村に遊びに来てください」
「ああ、機会があったらな」
トウマは手を振りながら、村を後にした。
街道に戻ると、再び王都への道のりが始まる。しかし、トウマの心は充実感に満ちていた。
「技術も大事だが、心も大切だよな」
青空を見上げながら、トウマは歩を進めた。遠くから、村の鍛冶師たちの美しい作業音が風に乗って聞こえてくる。それは、新しい伝統の始まりを告げる音色だった。
「さて、結局また道草を食っちまったし、今度こそ王都に向かわないとな」
トウマは軽やかな足取りで、街道を歩き続けた。道の向こうには、また新しい出会いが待っているかもしれない。それを思うと、自然と笑みが浮かんできた。
街道は整備されており、歩きやすい。両側に広がる草原では、牧羊犬が羊たちを上手に誘導している光景が見える。のどかな風景に、トウマの心も軽やかになっていた。
「いい天気だな」
青空に浮かぶ雲を見上げながら、トウマは足を進めた。王都までは三日ほどの道のりだが、急ぐ旅でもない。のんびりと歩を進めていこう。
歩き始めて二時間ほど経った頃、街道脇の森から奇妙な音が聞こえてきた。
カンカンカン、カンカンカン……
「鍛冶の音?こんなところで?」
トウマは足を止めて耳を澄ませた。確かに金属を叩く音だが、何かが違う。通常の鍛冶音とは異なる、リズミカルで音楽的な響きを持っていた。
カンカンカン、カン、カンカン……
まるで楽器を演奏しているような、規則的で美しいハーモニーが森の奥から聞こえてくる。
「面白そうじゃないか」
トウマは迷うことなく森へと足を向けた。街道から外れた獣道を進んでいくと、音はだんだんと大きくなっていく。そして、森の中に小さな集落があることを発見した。
「鍛冶師の村か?」
村には十数軒の家屋があり、そのほとんどから煙が立ち上っている。家々の前には鍛冶場が設けられており、複数の鍛冶師たちが作業に励んでいた。
しかし、彼らの作業は普通の鍛冶とは明らかに違っていた。一人一人が異なるリズムで槌を振るい、それが重なり合って美しい音楽を奏でているのだ。
「これは……すげぇな」
トウマは感嘆の声を上げた。鍛冶と音楽が融合した、芸術的な光景だった。
その時、村の入り口近くで作業していた中年の男性がトウマに気づいた。
「おや、旅人さんかい?」
男性は槌を置いて、汗をぬぐいながら近づいてくる。
「ああ、街道を歩いていたら面白い音が聞こえてきたんで、つい寄らせてもらった」
「面白い音、ねぇ」
男性は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、珍しがられるのは慣れてるよ。俺たちは『歌う鍛冶師』って呼ばれてるからな」
「歌う鍛冶師?」
「ああ、この村の鍛冶師は皆、音楽に合わせて鍛冶をするのが伝統なんだ。代々受け継がれてきた技術でね」
男性の説明を聞きながら、トウマは周囲の作業風景を観察した。確かに、一人一人が独特のリズムで作業しているが、全体として調和のとれた音楽を創り出している。
「俺はトウマだ。冒険者をやってる」
「冒険者さんか。俺はガルス、この村の鍛冶師の一人だ」
ガルスと名乗った男性は、がっしりとした体格で、長年の鍛冶作業で鍛えられた筋肉が腕に浮かんでいる。
「それで、トウマさん。何か武器の修理でも必要かい?うちの村の鍛冶師たちの腕は確かだよ」
「いや、今は特に……」
トウマがそう答えかけた時、村の奥から激しい口論の声が聞こえてきた。
「だから言ってるだろう!その叩き方じゃダメなんだ!」
「うるさい!俺は俺のやり方でやる!」
ガルスの表情が曇った。
「またか……」
「何かあったのか?」
「実は、最近村で問題が起きててね。新しく来た鍛冶師が、伝統的な『歌う鍛冶』のやり方に従わないんだ」
ガルスは溜息をついた。
「その鍛冶師は腕は確かなんだが、一人だけ違うリズムで作業するもんだから、全体の調和が崩れてしまう。それで、他の鍛冶師たちとぶつかってばかりいるんだ」
なるほど、とトウマは納得した。音楽的な鍛冶において、一人だけ違うリズムで作業すれば、全体の調和が乱れるのは当然だろう。
「その鍛冶師はどうしてここに?」
「リカルドって若い奴なんだが、故郷の村が魔物の襲撃で壊滅してしまってね。技術を身につけるため、うちの村に弟子入りを申し込んできたんだ」
ガルスの声には同情の色が混じっていた。
「だから、村長も追い出すに追い出せなくて……でも、このままじゃ村の伝統が……」
口論の声がますます激しくなってきた。トウマは興味深そうにその方向を見つめる。
「ちょっと、様子を見てきても良いか?」
「ああ、構わないよ。ただし、あまり深入りしない方が良いかもしれない」
トウマはガルスの警告を聞きながらも、口論の声がする方向へと歩いていった。
村の中央近くにある大きな鍛冶場で、二人の男性が激しく言い合いをしていた。一人は五十代ほどの貫禄のある男性、もう一人は二十代前半の若い男性だった。
「リカルド、お前はこの村の伝統を理解していない!」
年上の男性が怒鳴る。
「伝統なんてクソくらえだ!俺は良い武器を作りたいだけだ!」
若い男性——リカルドが言い返した。
「良い武器?お前の作った剣を見たが、確かに切れ味は良い。だが、魂が込もっていない!」
「魂?そんな曖昧なものより、実用性の方が大事だろう!」
二人の間には、明らかに深い溝があった。トウマは少し離れた場所から、その様子を観察していた。
年上の男性の方は、恐らく村の古参の鍛冶師だろう。伝統を重んじ、先祖代々受け継がれてきた技術を大切にしている。
一方のリカルドは、実用性を重視し、効率的な鍛冶を目指している。どちらも間違ってはいないが、考え方が根本的に異なっている。
「おい、リカルド!」
年上の男性が槌を振り上げた。
「その態度は何だ!村の先輩に向かって!」
「先輩?笑わせるな!俺の方が良い武器を作れるんだから、技術的には俺の方が上だろう!」
リカルドも負けじと槌を構える。
「やめろ、二人とも!」
トウマが間に割って入った。
「何だ、お前は?」
リカルドがトウマを睨む。
「トウマだ。冒険者をやってる。ちょっと話を聞かせてもらえないか?」
「冒険者?」
年上の男性が少し警戒を解いた。
「俺はドルフィンだ。この村の鍛冶師長をやってる」
「俺はリカルドだ」
若い鍛冶師も渋々名乗った。
「それで、何の話だ?」
「単純な疑問なんだが、なんで一緒に作業できないんだ?」
トウマの質問に、二人は呆れたような表情を浮かべた。
「この若造が村の伝統を理解しないからだ!」
ドルフィンが怒りを込めて言う。
「伝統に縛られて、新しい技術を受け入れないからだ!」
リカルドも反論する。
「なるほどな」
トウマは顎に手をやって考え込んだ。そして、ふと思いついたように口を開いた。
「じゃあ、勝負してみるか?」
「勝負?」
二人が同時に振り返る。
「ああ、どっちの方法が良い武器を作れるか、実際に試してみればいいじゃないか」
「面白い提案だな」
ドルフィンが興味深そうに言った。
「でも、どうやって判断するんだ?」
「俺が判定する。冒険者として、色んな武器を使ってきたからな。実用性も、職人の技術も、ある程度は分かるつもりだ」
トウマの提案に、二人は顔を見合わせた。
「いいだろう」
リカルドが最初に答えた。
「俺の技術を見せてやる」
「ふん、若造に負けるものか」
ドルフィンも応じた。
――――――
鍛冶勝負が始まった。村の鍛冶師たちも作業の手を止めて、興味深そうに見守っている。
「お題は短剣だ。材料は同じものを使う。制限時間は三時間」
トウマが条件を設定した。
「よし、始めろ」
ドルフィンとリカルドが、それぞれの鍛冶場で作業を開始した。
ドルフィンは、他の村人たちと同じように、リズミカルに槌を振り下ろしていく。カンカンカン、カン、カンカン……美しい音色が響く。
一方のリカルドは、効率性を重視した作業スタイルだった。無駄な動きを省き、的確に鉄を叩いていく。音は単調だが、作業の速さは目を見張るものがあった。
トウマは両者の作業を交互に観察しながら、それぞれの技術の特徴を把握していった。
ドルフィンの鍛冶は、確かに美しい。まるで踊りを踊っているような流れるような動作で、見ているだけで芸術性を感じる。鉄を叩く音も、他の村人たちの音と調和して、素晴らしいハーモニーを奏でていた。
しかし、リカルドの鍛冶にも魅力があった。一つ一つの動作に無駄がなく、効率的に作業を進めている。何より、鍛冶に対する情熱が感じられた。
「どちらも、本当に鍛冶が好きなんだな」
トウマは小さくつぶやいた。
三時間後、二人の短剣が完成した。
「できたぞ」
ドルフィンが自信に満ちた表情で短剣を差し出す。
「俺もだ」
リカルドも負けじと自作の短剣を見せた。
トウマは両方の短剣を手に取って、重さやバランス、刃の鋭さなどを確認した。どちらも確かに素晴らしい出来だった。
「うーん、甲乙つけがたいな」
ドルフィンの短剣は、美しい装飾が施されており、まさに芸術品と呼ぶにふさわしい仕上がりだった。握りやすさも計算されており、長時間の使用にも耐えるだろう。
リカルドの短剣は、シンプルな外見だが、実用性に特化した設計になっている。軽くて丈夫で、戦闘において非常に使いやすそうだった。
「それで、どっちが勝ちなんだ?」
リカルドが催促する。
「正直言って、どちらも素晴らしい。でも……」
トウマは二つの短剣を見比べながら続けた。
「どちらも、何かが足りない気がするんだ」
「足りない?」
ドルフィンが眉をひそめる。
「ああ。ドルフィンさんの短剣は美しいが、実戦での厳しさを想定した作りになっていない。リカルドの短剣は実用的だが、使い手への愛情が感じられない」
トウマの言葉に、二人は黙り込んだ。
「つまり、お互いに相手の良い部分を学べば、もっと素晴らしい武器を作れるんじゃないか?」
「相手から学ぶ、だと?」
リカルドが困惑した表情を見せる。
「そうだ。ドルフィンさんは、リカルドの効率的な技術を取り入れれば、より実用的な武器を作れる。リカルドは、ドルフィンさんの芸術性を学べば、使い手への配慮ができるようになる」
トウマの提案に、村の鍛冶師たちもざわめき始めた。
「でも、それじゃあ伝統が……」
ドルフィンが心配そうに呟く。
「伝統は大切だ。でも、伝統を守るだけじゃなく、発展させることも必要だろう?」
トウマはドルフィンを見つめて言った。
「リカルドの技術を取り入れても、『歌う鍛冶』の精神は失われない。むしろ、より多くの人に愛される武器を作れるようになるんじゃないか?」
そして、リカルドの方を向く。
「そして、リカルド。お前の技術は確かにすごい。でも、武器は道具じゃない。使い手の命を預かる、大切なパートナーなんだ。その気持ちを込めて作れば、もっと素晴らしい武器になる」
リカルドは複雑な表情を浮かべながら、自分の作った短剣を見つめた。
「使い手への愛情……」
「そうだ。武器は使い手と共に戦う仲間なんだ。だから、作り手の愛情が必要なんだよ。お前の鍛冶道具だってそうなんじゃないのか?」
トウマの言葉に、リカルドはハッとしたように手元の道具に目を落とした。そして、しばらく考えるような間を置いた後、顔を上げたリカルドの目には何かが宿っていた。
「分かった。やってみよう」
リカルドがドルフィンの方を向く。
「俺に教えてくれ。その『歌う鍛冶』とやらを」
ドルフィンも驚いた表情を見せたが、やがて笑顔を浮かべた。
「もちろんだ。俺達も、お前の効率的な技術を教えてもらいたい」
二人が握手を交わすと、村の鍛冶師たちから拍手が起こった。
――――――
それから一週間、トウマは村に滞在して、二人の鍛冶師の成長を見守った。
最初はぎこちなかったが、ドルフィンとリカルドは徐々にお互いを理解し始めた。ドルフィンはリカルドの効率的な技術を学び、リカルドはドルフィンの芸術性と使い手への配慮を身につけていった。
そして、二人が協力して作った初めての武器——それは見事な長剣だった。
「思った通り、素晴らしい武器に仕上がったな」
トウマはその長剣を手に取って感嘆した。リカルドの実用性とドルフィンの芸術性が見事に融合した、素晴らしい作品だった。
「ありがとう、トウマさん」
リカルドが深々と頭を下げる。
「あなたのおかげで、本当の鍛冶師になれた気がします」
「俺達も感謝するよ。あんたには伝統を守りながら発展させる、その大切さを教えてもらった」
ドルフィンも感謝の気持ちを込めて言った。
村全体の雰囲気も変わっていた。以前よりも活気にあふれ、鍛冶師たちの作業音もより美しいハーモニーを奏でている。
「いや、俺はただ思ったことを言っただけだ。だが、上手くいって良かったよ」
そうしてトウマが別れを告げると、村人たちが総出で見送りに来た。
「トウマさん、本当にありがとうございました」
ガルスが代表して感謝の言葉を述べる。
「また、いつでも村に遊びに来てください」
「ああ、機会があったらな」
トウマは手を振りながら、村を後にした。
街道に戻ると、再び王都への道のりが始まる。しかし、トウマの心は充実感に満ちていた。
「技術も大事だが、心も大切だよな」
青空を見上げながら、トウマは歩を進めた。遠くから、村の鍛冶師たちの美しい作業音が風に乗って聞こえてくる。それは、新しい伝統の始まりを告げる音色だった。
「さて、結局また道草を食っちまったし、今度こそ王都に向かわないとな」
トウマは軽やかな足取りで、街道を歩き続けた。道の向こうには、また新しい出会いが待っているかもしれない。それを思うと、自然と笑みが浮かんできた。
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