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第23話 竜鱗の街と消えた薬師
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ドラクマイトの街は、その名前が示す通り、竜との深い関わりを持つ街だった。石造りの建物の屋根には竜の意匠が施され、街の中央広場には古い竜の石像が威厳を放っている。トウマは街道から続く石畳を歩きながら、街の活気を肌で感じていた。
「やっと着いたか」
琥珀色の瞳で街並みを見渡すと、遠くに見える山脈の岩肌が独特の青みを帯びている。ドラクマイト鉱石の影響だろう。この鉱石は魔法の触媒として珍重されるが、採掘は危険を伴う。それゆえに、この街には腕の立つ冒険者が多く集まっていた。
冒険者ギルドの建物は、他の街より一回り大きく、入り口には竜の頭部を模した装飾が取り付けられている。中に入ると、ざわめきに満ちた広いホールが広がっていた。
「いらっしゃいませ」
受付カウンターから、赤い髪の女性が顔を上げた。年の頃は二十代半ば、落ち着いた笑顔が印象的だ。
「初めてお見かけしますね。登録はお済みですか?」
「ああ、他の街で登録済みだ。トウマって言う」
「トウマさん、ですね。私はレイナです。それでは、冒険者証を確認いたします」
トウマは冒険者証を差し出した。レイナがそれを確認すると、少し驚いた表情を見せる。
「Aランク?あぁ、あのトウマさんでしたか。本日はどのような依頼がご希望でしょう?」
「何か困っているものはあるか?なければ、適当に地元に根ざした依頼を頼む」
「承知いたしました。少々お待ちください」
レイナが依頼書の束を取り出そうとした時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「すいません!緊急事態です!」
入ってきたのは、三十代ほどの男性だった。商人らしい服装をしているが、額には汗が浮かび、息も荒い。
「どうされました?」
レイナが慌てて対応する。
「薬師のエルザさんが行方不明なんです!三日前から薬草採りに出かけたきり、戻ってきていないみたいで……」
男性の声に、ギルド内の冒険者たちがざわめき始めた。エルザという名前に、皆が反応している。
「エルザさんが?」
レイナの表情も心配そうに変わる。
「ええ、うちの子供が熱を出していて、薬をもらいに行ったんですが、お店が閉まったままで……近所の人に聞いたら、三日前から姿を見ていないって」
トウマは腕を組んで聞いていた。薬師が行方不明という状況に、何か嫌な予感がする。
「その薬師さんは、普段どこで薬草を採っているんだ?」
男性がトウマの方を向く。
「北の竜眠の森です。でも、最近あの森は魔物が……」
「魔物?」
「ええ、ドラグウルフという魔物が住み着いています。それに、最近はさらに大きな魔物の影も目撃されていて、調査する予定の場所だったのですが……」
レイナが心配そうに付け加える。
「エルザおばあちゃんは、この街の人たちにとって大切な存在なんです。薬が必要な時は、いつでも分けてくれて……」
「おばあちゃん?」
「ええ、もう七十を過ぎていますが、とても元気で。ただ、最近は一人で森に入るのが心配で……」
トウマは考え込んだ。七十過ぎの老人が、魔物の出没する森で行方不明。時間が経つほど、生存の可能性は低くなる。
「詳しい話を聞かせてくれるか?」
「あ、あなたは冒険者さんですか?」
男性が希望を込めた目でトウマを見る。
「ああ、トウマだ。その薬師さんを探してみる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
男性は深々と頭を下げた。
――――――
レイナから詳しい説明を受けた後、トウマは竜眠の森に向かって歩いていた。薬師のエルザは、月に一度森へ薬草採りに出かけるのが習慣だったという。しかし、三日前に出かけてから音沙汰がない。
「七十過ぎで、一人で魔物の森か……」
心配になりながらも、トウマは足を速めた。街の人々が慕う薬師らしい。一刻も早く見つけ出したい。
ドラクマイトの街から北に向かう道は、徐々に山道となっていく。道の両側には、青みがかった岩肌が露出しており、ところどころでドラクマイト鉱石の結晶が光を反射していた。
歩いていると、道端に小さな花が咲いているのを発見した。淡い紫色の花弁が美しい。
「これは……ルナベルか?」
トウマは立ち止まって花を見詰めた。ルナベルは通常、月光の下でのみ満開になる珍しい花で、魔法薬の材料として重宝される。しかし、今は昼間だというのに花が咲いていた。
「ドラクマイト鉱石の影響で、植物の生態も変化しているのか?」
興味深い発見だったが、今は薬師の捜索が優先だ。トウマは歩みを再開した。
やがて、前方に深い緑の森が見えてきた。竜眠の森の入り口だ。森の手前で、トウマは地面に落ちている薬草採りの籠を発見した。
籠を手に取って調べると、側面に深い爪痕があった。爪痕の大きさから判断して、相当大型の魔物のものだ。
「ドラグウルフにしては爪が大きすぎる」
森の中を見渡すと、木々の間に何かが動いている気配がした。トウマは剣の柄に手をかけながら、慎重に森の中に足を踏み入れた。
森の中は、昼間だというのに薄暗い。頭上を覆う木々の葉が、陽光を遮っているためだ。しかし、ところどころでドラクマイト鉱石が放つ青い光が、幻想的な雰囲気を作り出していた。
地面を注意深く調べながら進んでいると、確かに人の足跡を発見した。小さな足跡で、恐らく老人のものだろう。エルザの足跡に違いない。
足跡は森の奥へと続いている。トウマはその跡を追いながら、周囲の警戒も怠らなかった。
すると、前方から低い唸り声が聞こえてきた。
「魔物か」
声のする方向に向かうと、木々の向こうに炎のような赤い光が見えた。ドラグウルフだ。
トウマは慎重に近づいていく。すると、意外な光景が目に飛び込んできた。
三匹のドラグウルフが、大きな木の根元で何かを囲んでいる。そして、その中央には——
「エルザさん!」
白髪の老婆が、木の根元にもたれかかって座り込んでいた。エルザに違いない。彼女は意識があるようだが、足を負傷しているらしく、動けない状態のようだった。
ドラグウルフたちは、エルザを襲うでもなく、ただ彼女の周りを歩き回っている。まるで、何者かから彼女を守っているようにも見えた。
「どういうことだ?」
トウマは困惑した。魔物が人間を守るなど、通常ありえない。しかし、ドラグウルフたちの様子を見る限り、確かにエルザを保護しているようだった。
その時、森の奥から地響きのような足音が聞こえてきた。
「何だ?」
現れたのは、全身が岩のような硬い殻に覆われた巨大なトカゲだった。体長は優に三メートルを超えている。
「ロックリザード……!」
この魔物は非常に凶暴で、縄張りに入った者は容赦なく攻撃する。恐らく、エルザが薬草採りをしている最中に遭遇し、逃げる途中で足を負傷したのだろう。
そして、ドラグウルフたちが彼女を守るためにロックリザードと対峙していたのだ。
――だが、なぜドラグウルフたちは彼女を守っているんだ?
トウマがそんなことを考えている間にも、ロックリザードは口を大きく開けて、エルザの方に向かってきた。ドラグウルフたちが炎を吐いて応戦するが、ロックリザードの硬い殻にはほとんど効果がない。
「考えるのはあとか、まずはあいつを何とかしないとな」
トウマは剣を抜いて、ロックリザードの前に立ちはだかった。
「エルザさん、大丈夫か?」
「あ、あなたは……冒険者さん?」
エルザが驚いた声を上げる。
「ああ、街の人から頼まれて探しに来た。今、助けてやる」
ロックリザードがトウマに気づいて、攻撃の矛先を変えた。巨大な尻尾が、トウマめがけて振り下ろされる。
トウマは軽やかに飛び退いて攻撃を避けると、反撃に転じた。剣がロックリザードの脇腹を狙う。しかし、硬い殻が剣を弾き返した。
「硬いな……だが」
トウマは剣を構え直した。ロックリザードの殻には、継ぎ目がある。そこを狙えば、攻撃が通るはずだ。
ロックリザードが再び尻尾を振り回してくる。トウマはそれを利用して、魔物の背中に飛び乗った。
「そこだ!」
継ぎ目を狙って剣を突き立てる。今度は、剣が深々と刺さった。ロックリザードが苦痛の咆哮を上げる。
しかし、まだ倒れない。ロックリザードは身体を激しく振って、トウマを振り落とそうとした。
その時、一番大きなドラグウルフが動いた。炎を集中させて、ロックリザードの頭部を狙い撃ちする。強烈な炎がロックリザードの目を直撃した。
魔物は大きくよろめき、そのまま地面に倒れ込んだ。完全に気絶している。
「やったな」
トウマはドラグウルフに向かって親指を立てた。ドラグウルフは満足そうに小さく鳴くと、エルザの元に歩いて行った。
「フェリル……あなた、フェリルなのね」
エルザがドラグウルフの名前を呼ぶと、ドラグウルフは優しく彼女の手を舐めた。
「エルザさん、この子は?」
「昔、怪我をして倒れていた子狼を助けたことがあるの。この子がそのフェリルだったみたいです。傷が治った後、森に帰してからは見かけなかったけれど……いつのまにか、こんなに大きくなって」
エルザの目に涙が浮かんでいる。フェリルも、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「そういうことか。他の子たちも?」
「そうですね。森に入った時に傷ついた子が居たら、簡単な手当てをしてあげていたのですけれど、まさかあんな魔物から助けてくれるとは思いませんでした」
なるほど、それでドラグウルフたちがエルザを慕っていたのか。トウマは納得した。
「足の怪我は大丈夫か?」
「ちょっと捻挫しただけよ。でも、一人では歩けなくて……」
トウマはエルザを背負って立ち上がった。
「それじゃあ、俺が街まで送っていこう」
「ありがとう、若い人」
フェリルと他のドラグウルフたちが、トウマたちを森の出口まで見送ってくれた。森を出る際、フェリルがエルザに向かって鳴き声を上げた。それは、別れの挨拶だった。
「フェリル……元気でね。また薬草を採りに来るから」
エルザの言葉に、フェリルは嬉しそうに尻尾を振った。そして、仲間たちと共に森の奥へと戻っていった。
――――――
夕暮れ時、トウマとエルザは無事にドラクマイトの街に到着した。ギルドでは、レイナが心配そうに待っていた。
「エルザおばあちゃん!」
「レイナちゃん、心配をかけてごめんなさい」
エルザは無事の報告と、森で起きた出来事を話した。皆、フェリルの話に感動していた。
「トウマさん、本当にありがとうございました」
依頼した商人の男性も駆けつけて、深々と頭を下げる。
「礼はいい。エルザさんが無事で何よりだ」
「いえ、そういうわけには……」
男性が財布を取り出そうとするが、トウマは手を振った。
「気にするな。街の人が困っているなら、助けるのは当然だ」
「トウマさん……」
レイナが感動した表情を浮かべる。
「それより俺から提案がある」
「何でしょうか?」
「ギルドの方で、竜眠の森で採れる薬草の採取依頼を出してやってくれないか?今回のこともあるし、エルザさんが一人で森に入るのは危険だろう。必要なら、前金は俺が出しても良い」
トウマの頼みを聞いて、レイナは頷いた。
「もちろんです。依頼料もギルドから捻出しますよ。エルザさんの薬には皆助けられていますから」
「トウマさん、レイナさん、本当にありがとうございます」
彼らのやり取りを聞いて、エルザは嬉しそうに感謝の言葉を口にした。
その夜、トウマは街の宿屋で一人酒を飲んでいた。窓の外には、青白いドラクマイト鉱石の光が街を照らしている。
「愛情を注いで育てた動物は、大きくなっても恩を忘れないんだな」
グラスを傾けながら、今日の出来事を振り返る。エルザとフェリルたちの絆は、とても美しいものだった。
「さて、明日はギルドの依頼をこなしに行くか」
トウマはグラスを片付けると、穏やかな気持ちで眠りについた。
「やっと着いたか」
琥珀色の瞳で街並みを見渡すと、遠くに見える山脈の岩肌が独特の青みを帯びている。ドラクマイト鉱石の影響だろう。この鉱石は魔法の触媒として珍重されるが、採掘は危険を伴う。それゆえに、この街には腕の立つ冒険者が多く集まっていた。
冒険者ギルドの建物は、他の街より一回り大きく、入り口には竜の頭部を模した装飾が取り付けられている。中に入ると、ざわめきに満ちた広いホールが広がっていた。
「いらっしゃいませ」
受付カウンターから、赤い髪の女性が顔を上げた。年の頃は二十代半ば、落ち着いた笑顔が印象的だ。
「初めてお見かけしますね。登録はお済みですか?」
「ああ、他の街で登録済みだ。トウマって言う」
「トウマさん、ですね。私はレイナです。それでは、冒険者証を確認いたします」
トウマは冒険者証を差し出した。レイナがそれを確認すると、少し驚いた表情を見せる。
「Aランク?あぁ、あのトウマさんでしたか。本日はどのような依頼がご希望でしょう?」
「何か困っているものはあるか?なければ、適当に地元に根ざした依頼を頼む」
「承知いたしました。少々お待ちください」
レイナが依頼書の束を取り出そうとした時、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
「すいません!緊急事態です!」
入ってきたのは、三十代ほどの男性だった。商人らしい服装をしているが、額には汗が浮かび、息も荒い。
「どうされました?」
レイナが慌てて対応する。
「薬師のエルザさんが行方不明なんです!三日前から薬草採りに出かけたきり、戻ってきていないみたいで……」
男性の声に、ギルド内の冒険者たちがざわめき始めた。エルザという名前に、皆が反応している。
「エルザさんが?」
レイナの表情も心配そうに変わる。
「ええ、うちの子供が熱を出していて、薬をもらいに行ったんですが、お店が閉まったままで……近所の人に聞いたら、三日前から姿を見ていないって」
トウマは腕を組んで聞いていた。薬師が行方不明という状況に、何か嫌な予感がする。
「その薬師さんは、普段どこで薬草を採っているんだ?」
男性がトウマの方を向く。
「北の竜眠の森です。でも、最近あの森は魔物が……」
「魔物?」
「ええ、ドラグウルフという魔物が住み着いています。それに、最近はさらに大きな魔物の影も目撃されていて、調査する予定の場所だったのですが……」
レイナが心配そうに付け加える。
「エルザおばあちゃんは、この街の人たちにとって大切な存在なんです。薬が必要な時は、いつでも分けてくれて……」
「おばあちゃん?」
「ええ、もう七十を過ぎていますが、とても元気で。ただ、最近は一人で森に入るのが心配で……」
トウマは考え込んだ。七十過ぎの老人が、魔物の出没する森で行方不明。時間が経つほど、生存の可能性は低くなる。
「詳しい話を聞かせてくれるか?」
「あ、あなたは冒険者さんですか?」
男性が希望を込めた目でトウマを見る。
「ああ、トウマだ。その薬師さんを探してみる」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
男性は深々と頭を下げた。
――――――
レイナから詳しい説明を受けた後、トウマは竜眠の森に向かって歩いていた。薬師のエルザは、月に一度森へ薬草採りに出かけるのが習慣だったという。しかし、三日前に出かけてから音沙汰がない。
「七十過ぎで、一人で魔物の森か……」
心配になりながらも、トウマは足を速めた。街の人々が慕う薬師らしい。一刻も早く見つけ出したい。
ドラクマイトの街から北に向かう道は、徐々に山道となっていく。道の両側には、青みがかった岩肌が露出しており、ところどころでドラクマイト鉱石の結晶が光を反射していた。
歩いていると、道端に小さな花が咲いているのを発見した。淡い紫色の花弁が美しい。
「これは……ルナベルか?」
トウマは立ち止まって花を見詰めた。ルナベルは通常、月光の下でのみ満開になる珍しい花で、魔法薬の材料として重宝される。しかし、今は昼間だというのに花が咲いていた。
「ドラクマイト鉱石の影響で、植物の生態も変化しているのか?」
興味深い発見だったが、今は薬師の捜索が優先だ。トウマは歩みを再開した。
やがて、前方に深い緑の森が見えてきた。竜眠の森の入り口だ。森の手前で、トウマは地面に落ちている薬草採りの籠を発見した。
籠を手に取って調べると、側面に深い爪痕があった。爪痕の大きさから判断して、相当大型の魔物のものだ。
「ドラグウルフにしては爪が大きすぎる」
森の中を見渡すと、木々の間に何かが動いている気配がした。トウマは剣の柄に手をかけながら、慎重に森の中に足を踏み入れた。
森の中は、昼間だというのに薄暗い。頭上を覆う木々の葉が、陽光を遮っているためだ。しかし、ところどころでドラクマイト鉱石が放つ青い光が、幻想的な雰囲気を作り出していた。
地面を注意深く調べながら進んでいると、確かに人の足跡を発見した。小さな足跡で、恐らく老人のものだろう。エルザの足跡に違いない。
足跡は森の奥へと続いている。トウマはその跡を追いながら、周囲の警戒も怠らなかった。
すると、前方から低い唸り声が聞こえてきた。
「魔物か」
声のする方向に向かうと、木々の向こうに炎のような赤い光が見えた。ドラグウルフだ。
トウマは慎重に近づいていく。すると、意外な光景が目に飛び込んできた。
三匹のドラグウルフが、大きな木の根元で何かを囲んでいる。そして、その中央には——
「エルザさん!」
白髪の老婆が、木の根元にもたれかかって座り込んでいた。エルザに違いない。彼女は意識があるようだが、足を負傷しているらしく、動けない状態のようだった。
ドラグウルフたちは、エルザを襲うでもなく、ただ彼女の周りを歩き回っている。まるで、何者かから彼女を守っているようにも見えた。
「どういうことだ?」
トウマは困惑した。魔物が人間を守るなど、通常ありえない。しかし、ドラグウルフたちの様子を見る限り、確かにエルザを保護しているようだった。
その時、森の奥から地響きのような足音が聞こえてきた。
「何だ?」
現れたのは、全身が岩のような硬い殻に覆われた巨大なトカゲだった。体長は優に三メートルを超えている。
「ロックリザード……!」
この魔物は非常に凶暴で、縄張りに入った者は容赦なく攻撃する。恐らく、エルザが薬草採りをしている最中に遭遇し、逃げる途中で足を負傷したのだろう。
そして、ドラグウルフたちが彼女を守るためにロックリザードと対峙していたのだ。
――だが、なぜドラグウルフたちは彼女を守っているんだ?
トウマがそんなことを考えている間にも、ロックリザードは口を大きく開けて、エルザの方に向かってきた。ドラグウルフたちが炎を吐いて応戦するが、ロックリザードの硬い殻にはほとんど効果がない。
「考えるのはあとか、まずはあいつを何とかしないとな」
トウマは剣を抜いて、ロックリザードの前に立ちはだかった。
「エルザさん、大丈夫か?」
「あ、あなたは……冒険者さん?」
エルザが驚いた声を上げる。
「ああ、街の人から頼まれて探しに来た。今、助けてやる」
ロックリザードがトウマに気づいて、攻撃の矛先を変えた。巨大な尻尾が、トウマめがけて振り下ろされる。
トウマは軽やかに飛び退いて攻撃を避けると、反撃に転じた。剣がロックリザードの脇腹を狙う。しかし、硬い殻が剣を弾き返した。
「硬いな……だが」
トウマは剣を構え直した。ロックリザードの殻には、継ぎ目がある。そこを狙えば、攻撃が通るはずだ。
ロックリザードが再び尻尾を振り回してくる。トウマはそれを利用して、魔物の背中に飛び乗った。
「そこだ!」
継ぎ目を狙って剣を突き立てる。今度は、剣が深々と刺さった。ロックリザードが苦痛の咆哮を上げる。
しかし、まだ倒れない。ロックリザードは身体を激しく振って、トウマを振り落とそうとした。
その時、一番大きなドラグウルフが動いた。炎を集中させて、ロックリザードの頭部を狙い撃ちする。強烈な炎がロックリザードの目を直撃した。
魔物は大きくよろめき、そのまま地面に倒れ込んだ。完全に気絶している。
「やったな」
トウマはドラグウルフに向かって親指を立てた。ドラグウルフは満足そうに小さく鳴くと、エルザの元に歩いて行った。
「フェリル……あなた、フェリルなのね」
エルザがドラグウルフの名前を呼ぶと、ドラグウルフは優しく彼女の手を舐めた。
「エルザさん、この子は?」
「昔、怪我をして倒れていた子狼を助けたことがあるの。この子がそのフェリルだったみたいです。傷が治った後、森に帰してからは見かけなかったけれど……いつのまにか、こんなに大きくなって」
エルザの目に涙が浮かんでいる。フェリルも、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「そういうことか。他の子たちも?」
「そうですね。森に入った時に傷ついた子が居たら、簡単な手当てをしてあげていたのですけれど、まさかあんな魔物から助けてくれるとは思いませんでした」
なるほど、それでドラグウルフたちがエルザを慕っていたのか。トウマは納得した。
「足の怪我は大丈夫か?」
「ちょっと捻挫しただけよ。でも、一人では歩けなくて……」
トウマはエルザを背負って立ち上がった。
「それじゃあ、俺が街まで送っていこう」
「ありがとう、若い人」
フェリルと他のドラグウルフたちが、トウマたちを森の出口まで見送ってくれた。森を出る際、フェリルがエルザに向かって鳴き声を上げた。それは、別れの挨拶だった。
「フェリル……元気でね。また薬草を採りに来るから」
エルザの言葉に、フェリルは嬉しそうに尻尾を振った。そして、仲間たちと共に森の奥へと戻っていった。
――――――
夕暮れ時、トウマとエルザは無事にドラクマイトの街に到着した。ギルドでは、レイナが心配そうに待っていた。
「エルザおばあちゃん!」
「レイナちゃん、心配をかけてごめんなさい」
エルザは無事の報告と、森で起きた出来事を話した。皆、フェリルの話に感動していた。
「トウマさん、本当にありがとうございました」
依頼した商人の男性も駆けつけて、深々と頭を下げる。
「礼はいい。エルザさんが無事で何よりだ」
「いえ、そういうわけには……」
男性が財布を取り出そうとするが、トウマは手を振った。
「気にするな。街の人が困っているなら、助けるのは当然だ」
「トウマさん……」
レイナが感動した表情を浮かべる。
「それより俺から提案がある」
「何でしょうか?」
「ギルドの方で、竜眠の森で採れる薬草の採取依頼を出してやってくれないか?今回のこともあるし、エルザさんが一人で森に入るのは危険だろう。必要なら、前金は俺が出しても良い」
トウマの頼みを聞いて、レイナは頷いた。
「もちろんです。依頼料もギルドから捻出しますよ。エルザさんの薬には皆助けられていますから」
「トウマさん、レイナさん、本当にありがとうございます」
彼らのやり取りを聞いて、エルザは嬉しそうに感謝の言葉を口にした。
その夜、トウマは街の宿屋で一人酒を飲んでいた。窓の外には、青白いドラクマイト鉱石の光が街を照らしている。
「愛情を注いで育てた動物は、大きくなっても恩を忘れないんだな」
グラスを傾けながら、今日の出来事を振り返る。エルザとフェリルたちの絆は、とても美しいものだった。
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