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第22話 人形師の影と偽りの商人
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クレストフィールドの冒険者ギルドは、朝の日差しに照らされて活気に満ちていた。しかし、トウマの表情は浮かない。エリーから聞いた人形師の話と、昨夜出会った商人の馬車——二つの出来事が、彼の頭の中で繋がりつつあった。
「おい、トウマじゃないか!」
受付カウンターから、壮年の男性が手を振っている。ギルドマスターのガルドンだった。
「よお、ガルドン。久しぶりだな」
「相変わらず予定通りには来ないな、お前は。ドラクマイトに向かうんじゃなかったのか?」
「ああ、まあな。でも、ちょっと気になることがあってな」
トウマは昨夜の出来事を簡潔に話した。ガルドンの表情が次第に険しくなっていく。
「人形師のオズワルド……そいつの名前は聞いたことがある。腕は確かだが、最近妙な噂があるんだ」
「妙な噂?」
「子供を亡くした親の依頼で、生前そっくりの人形を作る仕事を請け負っているらしい。だが、その人形を手にした依頼主が、なぜか体調を崩すケースが続いているとか」
トウマの琥珀色の瞳が鋭く光った。やはり、エリーの件は偶然ではない。
「そのオズワルドは、どこで商売をしているんだ?」
「町の北区画にある『古時計と人形の店』だ。だが、トウマ……」
ガルドンが心配そうに声をかけるが、トウマはすでに歩き出していた。
「心配するな。ちょっと顔を見に行くだけだ」
――――――
北区画は、クレストフィールドの中でも古い建物が立ち並ぶ静かな一角だった。石畳の道に、コツコツと靴音が響く。やがて、看板に『古時計と人形の店』と書かれた小さな店が見えてきた。
店の前に立つと、ショーウィンドウには精巧な人形が並んでいる。どれも美しく作られているが、どこか生気を感じさせる不気味さがあった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、白髪で痩せた老人が奥から現れた。これがオズワルドらしい。
「人形をお探しですか?それとも時計の修理でしょうか?」
「実は、友人から聞いてきたんだ。亡くなった子供そっくりの人形を作ってくれるって」
オズワルドの目が一瞬鋭く光った。
「ああ、そういうお仕事もお受けしております。ただし、お値段の方は……」
「金なら心配ない。でも、その前に聞きたいことがある」
トウマは一歩前に出た。
「エリーという女性に作った人形のことだ」
オズワルドの顔が強張る。
「他のお客様のことは……守秘義務というものがありまして」
「安心しろ。俺はエリーから直接聞いている。昨夜、その人形から悪い魔力を取り除いてやった」
「なんですって!?」
オズワルドが慌てふためいた様子を見せる。その反応で、トウマは確信した。
「やっぱりな。あんた、意図的にあの人形に呪いをかけたな」
「ち、違います!私は依頼通りに人形を作っただけで……」
「嘘をつくな」
トウマの声が低くなる。
「あの人形には、単なる魔法道具を超えた何かが込められていた。そして、それはエリーの生命力を奪っていた」
オズワルドは後ずさりしながら、奥の部屋へと逃げようとする。しかし、トウマの方が素早かった。
「待てよ、オズワルド」
店の奥は工房になっていた。そこには、完成した人形や制作途中の人形が並んでいる。しかし、トウマが目を見張ったのは、工房の中央に置かれた異様な祭壇だった。
「これは……」
祭壇の上には、黒い水晶玉と古い魔導書が置かれている。そして、その周りには小さな人形が円形に配置されていた。どの人形も、まるで生きているかのような表情をしている。
「悪魔召喚の儀式か」
「違う!私は……私はただ……」
オズワルドが震え声で弁解を始める。
「私の息子も、三年前の疫病で亡くなったんです。それからというもの、妻は塞ぎ込んでしまって……だから、息子そっくりの人形を作ったんです」
「それで?」
「でも、ただの人形では満足できませんでした。もっと本物らしく、もっと生きているように……そんな時、古い魔導書を手に入れたんです」
オズワルドは祭壇の上の魔導書を指差した。
「その本には、死者の魂を人形に宿らせる方法が書かれていました。最初は半信半疑でしたが、試してみると……息子の魂が本当に人形に宿ったんです」
「それで味を占めたってわけか」
「違います!私は本当に、同じ悲しみを抱える人たちを助けたかっただけなんです!」
オズワルドの目に涙が浮かんでいる。
「でも、何かがおかしかった。人形に宿った魂は、確かに子供たちの魂でしたが、同時に別の何かも一緒に憑いてきていたんです」
「別の何か?」
「闇の存在です。子供たちの魂を利用して、この世に現れようとする邪悪な霊体……それが人形を通じて、持ち主の生命力を吸い取っていたんです」
トウマは眉をひそめた。魔法で死者を蘇らせようとすれば、必ず代償が生じる。それは魔法の基本原則だった。
「で、あんたは今までに何体の人形を作った?」
「十……十二体です」
「じゃあ、他にも十一人の被害者がいるってことか」
オズワルドは頷くことしかできなかった。
その時、店の前から馬車の音が聞こえてきた。トウマが窓から外を覗くと、昨夜見た質素な馬車が止まっている。
「あの馬車……」
御者台から降りてきたのは、昨夜出会った中年男性だった。男性は店に向かって歩いてくる。
「オズワルドさん、約束の人形はできましたか?」
店に入ってきた男性を見て、トウマは直感した。この男性も、オズワルドの被害者の一人だ。
「あ、あなたは……昨夜の」
男性がトウマに気づいて驚く。
「おい、あんたの娘の具合はどうなんだ?」
「娘?」
男性の表情が困惑に変わる。
「昨夜、娘が病気だからクレストフィールドの医者に診せに行くって言ってただろう」
「いえ、私に娘はいません」
トウマの表情が険しくなった。
「じゃあ、昨夜馬車から聞こえた咳き込む音は何だったんだ?」
「それは……」
男性が振り返ると、馬車の中から小さな人影が見えた。しかし、それは生きた子供ではない。人形だった。
「やっぱりか」
トウマは店を出ると、馬車に近づいた。荷台を覗き込むと、そこには精巧に作られた女の子の人形が横たわっている。そして、その人形からは確かに微かな咳き込む音が聞こえていた。
「この人形も、オズワルドが作ったのか?」
男性は項垂れて頷いた。
「一年前に娘を亡くしまして……オズワルドさんにお願いして、娘そっくりの人形を作ってもらったんです」
「それで、その人形と一緒に暮らしているのか?」
「はい。最初は慰めになると思ったんですが……最近、人形が本当に生きているように感じて……でも、同時に体の調子がどんどん悪くなって……」
男性の顔色は土気色で、明らかに衰弱している。
「昨夜は、人形が『お医者さんに診てもらいたい』って言ったんです。だから、慌ててクレストフィールドに向かったんですが……」
トウマは深いため息をついた。オズワルドの作った人形は、持ち主を完全に支配下に置いているらしい。
「おい、オズワルド!出てこい!」
トウマが店に向かって叫ぶと、オズワルドが震えながら現れた。
「この人形も、あんたが作ったやつだな?」
「は、はい……」
「そして、この人も生命力を吸い取られている」
「申し訳ありません……でも、どうすることもできないんです。一度儀式を行った人形から、悪霊を取り除く方法が分からなくて……」
「分からない?作ったのはあんただろう」
「魔導書には作り方しか書かれていなかったんです!元に戻す方法は……」
その時、人形が突然動き出した。
「パパ……なんで私を見捨てるの?」
人形が起き上がり、男性を見つめる。その目には、確かに意識が宿っていた。
「あ、ああ、アリス……パパは見捨てたりしない……」
男性が人形に向かって手を伸ばすが、トウマがそれを制止した。
「触るな!その人形に触れるたびに、あんたの生命力が奪われる」
「でも……アリスが……」
「それはアリスちゃんじゃない。アリスちゃんの魂を利用した、別の存在だ」
トウマは剣の柄に手をかけた。
「オズワルド、あんたは十二人の命を危険に晒している。このままじゃ、全員死ぬぞ」
「で、でも……私の息子も……」
「あんたの息子も同じだ。本当に息子を愛しているなら、解放してやれ」
オズワルドは涙を流しながら、工房の祭壇を見詰めた。そこには、彼の息子の人形も置かれている。
「分かりました……全て、お話しします」
オズワルドは重い腰を上げて、魔導書を手に取った。
「この本には、確かにもう一つの儀式が書かれています。ですが、それを行うには……」
「何が必要なんだ?」
「術者の命です。すべての人形を元に戻すには、私が命と引き換えに儀式を行わなければなりません」
トウマの表情が厳しくなった。確かに、魔法には等価交換の原則がある。十二の魂を解放するには、それに見合う代償が必要だ。
「他に方法はないのか?」
「ありません……でも、もういいんです。私が始めたことですから……」
オズワルドは覚悟を決めたように頷いた。
「ちょっと待て」
トウマが制止する。
「本当に他に方法はないのか?その魔導書をもう一度よく調べてみろ」
「いえ、他の方法なんて……」
オズワルドは震える手で魔導書のページを見ながらそう答えようとして、儀式について見落としていたある一文に気づいた。
「あ……これは……」
「何だ?」
「強力な聖なる力を持つアイテムがあれば、術者の命の代わりの触媒になると。でも、そんな貴重なものなんてうちには……」
「聖なる力?」
トウマは咄嗟に道具袋を漁った。確か、かなり前にあるダンジョンの最奥で見つけた聖石とよばれるものが――
「あった!これならどうだ?」
「そ、それは確かに魔導書に書かれているような力を感じますが、そんな希少なものを使わせて貰う訳には……」
トウマがまさに必要としているものを取り出したことに、オズワルドは驚いた。しかし、受け取れないと言うように両手を振る。
「言ってる場合か!人の命より大事なものなんてない。良いから使ってくれ!」
「わ、分かりました。それでは……」
希望の光が見えたとき、突然、店の中に置かれた人形たちが一斉に動き出した。
「邪魔をするな……」
「我らを消そうとするな……」
人形たちから、子供の声とは思えない低い声が響く。悪霊たちが、儀式を阻止しようとしているのだ。
「まずいな」
トウマは剣を抜いた。人形たちが一斉に彼に向かってくる。
しかし、人形の中には確かに子供たちの魂も宿っている。むやみに斬るわけにはいかない。
「オズワルド!今すぐ儀式を始めろ!」
「は、はい!」
オズワルドが慌てて祭壇の前に立つ。しかし、彼の手は震えて魔導書をうまく開けない。
「落ち着け!」
トウマは人形たちを巧みに避けながら、オズワルドを守った。人形を傷つけずに動きを封じるのは容易ではない。
「パパ……どうして私を嫌いになったの?」
男性の娘の人形が、悲しそうな声で問いかける。その声に、男性の意識が朦朧としてきた。
「アリス……パパは……」
「だめだ!その声を聞くな!」
トウマが男性を支えるが、人形の魔力に引きずられて男性の生命力がどんどん奪われていく。
「急げ、オズワルド!」
「今、読み上げています!」
オズワルドが古代語で呪文を唱え始めた。同時に、聖石がより強く光る。
すると、人形たちの動きが止まった。
「光が……眩しい……」
人形たちから、今度は確かに子供らしい声が聞こえる。悪霊の影響が薄れているのだ。
「パパ……ありがとう……もう、大丈夫だよ……」
一体ずつ、人形から光が立ち上り、子供たちの霊が現れる。そして、その霊たちは皆、安らかな表情で光の中に消えていった。
最後に、オズワルドの息子の人形から霊が現れた。
「お父さん……ありがとう。でも、もう僕のことは忘れて。お母さんと一緒に、前を向いて生きて」
「カーム……ああぁ……」
オズワルドが涙を流しながら息子の霊を見送った。
儀式が完了すると、店の中に静寂が戻った。人形たちはただの人形に戻り、邪悪な魔力は完全に消え去っていた。
「終わったのか?」
「はい……皆、解放されました」
オズワルドは疲れ切った様子で祭壇にもたれかかった。
「ありがとうございます、トウマさん。あなたがいなければ……」
「礼はいらない。ただ、もう二度とこんなことはするなよ」
「はい……私は、人形作りから足を洗います。そして、残りの被害者の方々に謝罪して回ります」
男性も、ようやく正気を取り戻していた。
「私も……アリスのことを、きちんと心の中で見送ってあげます」
二人の決意を聞いて、トウマは満足そうに頷いた。
「それが良い。あんたらの子どもを想う気持ち自体は間違いじゃない。誠心誠意謝れば、他の人達もきっと分かってくれるさ」
トウマは店を出ると、空を見上げた。太陽は既に高く昇り、爽やかな風が頬を撫でていく。
「さて、今度こそドラクマイトに向かうか」
足取り軽く歩き出したトウマだったが、ふと足を止めた。
「そういえば、あの魔導書……どこから手に入れたんだろうな」
好奇心が頭をもたげてくる。しかし、今度は首を振って歩き続けた。
「いや、やめておこう。これ以上道草を食ったら、ドラクマイトに着くのが来月になっちまう」
そんなトウマの背中を、温かい陽光が優しく照らしていた。
「おい、トウマじゃないか!」
受付カウンターから、壮年の男性が手を振っている。ギルドマスターのガルドンだった。
「よお、ガルドン。久しぶりだな」
「相変わらず予定通りには来ないな、お前は。ドラクマイトに向かうんじゃなかったのか?」
「ああ、まあな。でも、ちょっと気になることがあってな」
トウマは昨夜の出来事を簡潔に話した。ガルドンの表情が次第に険しくなっていく。
「人形師のオズワルド……そいつの名前は聞いたことがある。腕は確かだが、最近妙な噂があるんだ」
「妙な噂?」
「子供を亡くした親の依頼で、生前そっくりの人形を作る仕事を請け負っているらしい。だが、その人形を手にした依頼主が、なぜか体調を崩すケースが続いているとか」
トウマの琥珀色の瞳が鋭く光った。やはり、エリーの件は偶然ではない。
「そのオズワルドは、どこで商売をしているんだ?」
「町の北区画にある『古時計と人形の店』だ。だが、トウマ……」
ガルドンが心配そうに声をかけるが、トウマはすでに歩き出していた。
「心配するな。ちょっと顔を見に行くだけだ」
――――――
北区画は、クレストフィールドの中でも古い建物が立ち並ぶ静かな一角だった。石畳の道に、コツコツと靴音が響く。やがて、看板に『古時計と人形の店』と書かれた小さな店が見えてきた。
店の前に立つと、ショーウィンドウには精巧な人形が並んでいる。どれも美しく作られているが、どこか生気を感じさせる不気味さがあった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、白髪で痩せた老人が奥から現れた。これがオズワルドらしい。
「人形をお探しですか?それとも時計の修理でしょうか?」
「実は、友人から聞いてきたんだ。亡くなった子供そっくりの人形を作ってくれるって」
オズワルドの目が一瞬鋭く光った。
「ああ、そういうお仕事もお受けしております。ただし、お値段の方は……」
「金なら心配ない。でも、その前に聞きたいことがある」
トウマは一歩前に出た。
「エリーという女性に作った人形のことだ」
オズワルドの顔が強張る。
「他のお客様のことは……守秘義務というものがありまして」
「安心しろ。俺はエリーから直接聞いている。昨夜、その人形から悪い魔力を取り除いてやった」
「なんですって!?」
オズワルドが慌てふためいた様子を見せる。その反応で、トウマは確信した。
「やっぱりな。あんた、意図的にあの人形に呪いをかけたな」
「ち、違います!私は依頼通りに人形を作っただけで……」
「嘘をつくな」
トウマの声が低くなる。
「あの人形には、単なる魔法道具を超えた何かが込められていた。そして、それはエリーの生命力を奪っていた」
オズワルドは後ずさりしながら、奥の部屋へと逃げようとする。しかし、トウマの方が素早かった。
「待てよ、オズワルド」
店の奥は工房になっていた。そこには、完成した人形や制作途中の人形が並んでいる。しかし、トウマが目を見張ったのは、工房の中央に置かれた異様な祭壇だった。
「これは……」
祭壇の上には、黒い水晶玉と古い魔導書が置かれている。そして、その周りには小さな人形が円形に配置されていた。どの人形も、まるで生きているかのような表情をしている。
「悪魔召喚の儀式か」
「違う!私は……私はただ……」
オズワルドが震え声で弁解を始める。
「私の息子も、三年前の疫病で亡くなったんです。それからというもの、妻は塞ぎ込んでしまって……だから、息子そっくりの人形を作ったんです」
「それで?」
「でも、ただの人形では満足できませんでした。もっと本物らしく、もっと生きているように……そんな時、古い魔導書を手に入れたんです」
オズワルドは祭壇の上の魔導書を指差した。
「その本には、死者の魂を人形に宿らせる方法が書かれていました。最初は半信半疑でしたが、試してみると……息子の魂が本当に人形に宿ったんです」
「それで味を占めたってわけか」
「違います!私は本当に、同じ悲しみを抱える人たちを助けたかっただけなんです!」
オズワルドの目に涙が浮かんでいる。
「でも、何かがおかしかった。人形に宿った魂は、確かに子供たちの魂でしたが、同時に別の何かも一緒に憑いてきていたんです」
「別の何か?」
「闇の存在です。子供たちの魂を利用して、この世に現れようとする邪悪な霊体……それが人形を通じて、持ち主の生命力を吸い取っていたんです」
トウマは眉をひそめた。魔法で死者を蘇らせようとすれば、必ず代償が生じる。それは魔法の基本原則だった。
「で、あんたは今までに何体の人形を作った?」
「十……十二体です」
「じゃあ、他にも十一人の被害者がいるってことか」
オズワルドは頷くことしかできなかった。
その時、店の前から馬車の音が聞こえてきた。トウマが窓から外を覗くと、昨夜見た質素な馬車が止まっている。
「あの馬車……」
御者台から降りてきたのは、昨夜出会った中年男性だった。男性は店に向かって歩いてくる。
「オズワルドさん、約束の人形はできましたか?」
店に入ってきた男性を見て、トウマは直感した。この男性も、オズワルドの被害者の一人だ。
「あ、あなたは……昨夜の」
男性がトウマに気づいて驚く。
「おい、あんたの娘の具合はどうなんだ?」
「娘?」
男性の表情が困惑に変わる。
「昨夜、娘が病気だからクレストフィールドの医者に診せに行くって言ってただろう」
「いえ、私に娘はいません」
トウマの表情が険しくなった。
「じゃあ、昨夜馬車から聞こえた咳き込む音は何だったんだ?」
「それは……」
男性が振り返ると、馬車の中から小さな人影が見えた。しかし、それは生きた子供ではない。人形だった。
「やっぱりか」
トウマは店を出ると、馬車に近づいた。荷台を覗き込むと、そこには精巧に作られた女の子の人形が横たわっている。そして、その人形からは確かに微かな咳き込む音が聞こえていた。
「この人形も、オズワルドが作ったのか?」
男性は項垂れて頷いた。
「一年前に娘を亡くしまして……オズワルドさんにお願いして、娘そっくりの人形を作ってもらったんです」
「それで、その人形と一緒に暮らしているのか?」
「はい。最初は慰めになると思ったんですが……最近、人形が本当に生きているように感じて……でも、同時に体の調子がどんどん悪くなって……」
男性の顔色は土気色で、明らかに衰弱している。
「昨夜は、人形が『お医者さんに診てもらいたい』って言ったんです。だから、慌ててクレストフィールドに向かったんですが……」
トウマは深いため息をついた。オズワルドの作った人形は、持ち主を完全に支配下に置いているらしい。
「おい、オズワルド!出てこい!」
トウマが店に向かって叫ぶと、オズワルドが震えながら現れた。
「この人形も、あんたが作ったやつだな?」
「は、はい……」
「そして、この人も生命力を吸い取られている」
「申し訳ありません……でも、どうすることもできないんです。一度儀式を行った人形から、悪霊を取り除く方法が分からなくて……」
「分からない?作ったのはあんただろう」
「魔導書には作り方しか書かれていなかったんです!元に戻す方法は……」
その時、人形が突然動き出した。
「パパ……なんで私を見捨てるの?」
人形が起き上がり、男性を見つめる。その目には、確かに意識が宿っていた。
「あ、ああ、アリス……パパは見捨てたりしない……」
男性が人形に向かって手を伸ばすが、トウマがそれを制止した。
「触るな!その人形に触れるたびに、あんたの生命力が奪われる」
「でも……アリスが……」
「それはアリスちゃんじゃない。アリスちゃんの魂を利用した、別の存在だ」
トウマは剣の柄に手をかけた。
「オズワルド、あんたは十二人の命を危険に晒している。このままじゃ、全員死ぬぞ」
「で、でも……私の息子も……」
「あんたの息子も同じだ。本当に息子を愛しているなら、解放してやれ」
オズワルドは涙を流しながら、工房の祭壇を見詰めた。そこには、彼の息子の人形も置かれている。
「分かりました……全て、お話しします」
オズワルドは重い腰を上げて、魔導書を手に取った。
「この本には、確かにもう一つの儀式が書かれています。ですが、それを行うには……」
「何が必要なんだ?」
「術者の命です。すべての人形を元に戻すには、私が命と引き換えに儀式を行わなければなりません」
トウマの表情が厳しくなった。確かに、魔法には等価交換の原則がある。十二の魂を解放するには、それに見合う代償が必要だ。
「他に方法はないのか?」
「ありません……でも、もういいんです。私が始めたことですから……」
オズワルドは覚悟を決めたように頷いた。
「ちょっと待て」
トウマが制止する。
「本当に他に方法はないのか?その魔導書をもう一度よく調べてみろ」
「いえ、他の方法なんて……」
オズワルドは震える手で魔導書のページを見ながらそう答えようとして、儀式について見落としていたある一文に気づいた。
「あ……これは……」
「何だ?」
「強力な聖なる力を持つアイテムがあれば、術者の命の代わりの触媒になると。でも、そんな貴重なものなんてうちには……」
「聖なる力?」
トウマは咄嗟に道具袋を漁った。確か、かなり前にあるダンジョンの最奥で見つけた聖石とよばれるものが――
「あった!これならどうだ?」
「そ、それは確かに魔導書に書かれているような力を感じますが、そんな希少なものを使わせて貰う訳には……」
トウマがまさに必要としているものを取り出したことに、オズワルドは驚いた。しかし、受け取れないと言うように両手を振る。
「言ってる場合か!人の命より大事なものなんてない。良いから使ってくれ!」
「わ、分かりました。それでは……」
希望の光が見えたとき、突然、店の中に置かれた人形たちが一斉に動き出した。
「邪魔をするな……」
「我らを消そうとするな……」
人形たちから、子供の声とは思えない低い声が響く。悪霊たちが、儀式を阻止しようとしているのだ。
「まずいな」
トウマは剣を抜いた。人形たちが一斉に彼に向かってくる。
しかし、人形の中には確かに子供たちの魂も宿っている。むやみに斬るわけにはいかない。
「オズワルド!今すぐ儀式を始めろ!」
「は、はい!」
オズワルドが慌てて祭壇の前に立つ。しかし、彼の手は震えて魔導書をうまく開けない。
「落ち着け!」
トウマは人形たちを巧みに避けながら、オズワルドを守った。人形を傷つけずに動きを封じるのは容易ではない。
「パパ……どうして私を嫌いになったの?」
男性の娘の人形が、悲しそうな声で問いかける。その声に、男性の意識が朦朧としてきた。
「アリス……パパは……」
「だめだ!その声を聞くな!」
トウマが男性を支えるが、人形の魔力に引きずられて男性の生命力がどんどん奪われていく。
「急げ、オズワルド!」
「今、読み上げています!」
オズワルドが古代語で呪文を唱え始めた。同時に、聖石がより強く光る。
すると、人形たちの動きが止まった。
「光が……眩しい……」
人形たちから、今度は確かに子供らしい声が聞こえる。悪霊の影響が薄れているのだ。
「パパ……ありがとう……もう、大丈夫だよ……」
一体ずつ、人形から光が立ち上り、子供たちの霊が現れる。そして、その霊たちは皆、安らかな表情で光の中に消えていった。
最後に、オズワルドの息子の人形から霊が現れた。
「お父さん……ありがとう。でも、もう僕のことは忘れて。お母さんと一緒に、前を向いて生きて」
「カーム……ああぁ……」
オズワルドが涙を流しながら息子の霊を見送った。
儀式が完了すると、店の中に静寂が戻った。人形たちはただの人形に戻り、邪悪な魔力は完全に消え去っていた。
「終わったのか?」
「はい……皆、解放されました」
オズワルドは疲れ切った様子で祭壇にもたれかかった。
「ありがとうございます、トウマさん。あなたがいなければ……」
「礼はいらない。ただ、もう二度とこんなことはするなよ」
「はい……私は、人形作りから足を洗います。そして、残りの被害者の方々に謝罪して回ります」
男性も、ようやく正気を取り戻していた。
「私も……アリスのことを、きちんと心の中で見送ってあげます」
二人の決意を聞いて、トウマは満足そうに頷いた。
「それが良い。あんたらの子どもを想う気持ち自体は間違いじゃない。誠心誠意謝れば、他の人達もきっと分かってくれるさ」
トウマは店を出ると、空を見上げた。太陽は既に高く昇り、爽やかな風が頬を撫でていく。
「さて、今度こそドラクマイトに向かうか」
足取り軽く歩き出したトウマだったが、ふと足を止めた。
「そういえば、あの魔導書……どこから手に入れたんだろうな」
好奇心が頭をもたげてくる。しかし、今度は首を振って歩き続けた。
「いや、やめておこう。これ以上道草を食ったら、ドラクマイトに着くのが来月になっちまう」
そんなトウマの背中を、温かい陽光が優しく照らしていた。
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しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~
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生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』
誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。
辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。
だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。
学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる
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俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。
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平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。
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