武徳JK ~山川異域、風月同天!

盛桃李もりももり

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第一章

第二話 名もなき呪い

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 黒板に、歪んだ文字が粉筆ふんぴつで大きく殴り書かれていた。

『怪物女、気持ち悪い』

 クラスにくすくす笑いが広がる。
 机の中に押し込まれた紙切れを広げると――

『死ね』

 その一言が、李守義りしゅぎの目に突き刺さる。

 黒板の字が肥大化ひだいかし、笑い声は波のように押し寄せた。
 見えざる手で机に押し付けられるかのように、瞼は重く、呼吸は荒く、冷汗が背を伝う。
 拳を握り締めても、白くなった指先ではこの圧迫から逃れられない。

 紙片の『死ね』が、突如、血で染まったように真紅に燃え上がる。
 叫ぼうとしたが、喉は塞がれ、声は出ない。

 ――その瞬間。

「キーンコーン!」

 甲高いチャイムが耳を裂いた。
 号角ごうかくでも戦鼓せんこでもない、この時代の奇妙な合図。

 李守義りしゅぎは息を呑み、無意識に鞄から光沢のある小箱を取り出す。
 指は身体の記憶に導かれるまま、画面をなぞり、点滅する印を押し込んでいた。

 光が彼の顔を照らす。そこに浮かんだのは――

彩音あやね:惠美ちゃん、今日はどうして学校に来なかったの?』

「……っ!」

 文字が理解できることに驚き、さらに指が滑らかに動くことに戦慄する。
 この身体に染みついた習慣――しかし彼にとっては初めて触れる妖術ようじゅつ

「このうつわ……何だ?」

 胸中でうめく。

「掌に収めたまま影を映し、声を伝える……。
 軍にこれあらば、奏報そうほうは稲妻の如き速さで届こう!」

 思わず机横の鏡へ目をやる。そこに映るのは蒼白な少女の顔。

「……なるほど。これは筆と紙の代わりの信簡しんかんか。」

 彼は呼吸を整え、指を走らせた。

われやすらかにり。今日、学舎がくしゃおもむかずとも、友を思う心は変わらぬ。どうかなんじすこやかで……高橋惠美より』

 送信と同時に、大きく息を吐く。

「うむ、これで礼は尽くした。」

 そう頷いたが、すぐに画面上部の奇妙な印に目を奪われる。

 指が触れた瞬間――

「カシャッ!」

 乾いた音。画面には、蒼白な少女の顔が映し出された。

「……魂を吸う妖鏡ようきょうか!?」

 心臓が跳ね、砕こうと拳を構える――だが身体の記憶がそれを止めた。

 画面が切り替わる。そこには整然せいぜんと並ぶ数十の小像。

「……写真帳アルバム?」

 陣列じんれつのように整い、一枚ごとに人影が刻まれている。
「これで敵将の姿をしるせば……戦は必勝ではないか!」

 畏怖いふ感嘆かんたんが入り混じる。

 画面をめくると、ただの風景ばかり。
 夕暮れの歩道橋。雨上がりの路面。電車の窓からの街並み。
 人影はほとんどなく、まるで自分を中心に置くことを拒むかのように。

 さらに指を滑らせると――

 窓際に座る少女。陽光が頬を照らし、孤独な横顔が切り取られていた。
 次はプリクラ。彩音は無邪気に笑い、惠美は小さく肩を竦め、不自然な笑み。
 最後はクラス写真。端に押しやられ、半身は隣の影に隠れる。笑顔は凍りつき、視線は宙を漂っていた。

 李守義りしゅぎは長く息を吐き、画面を閉じた。

「絵師より精緻せいちに、史官しかんより正確に……。
 だが、なぜだ。なぜ彼女の笑みは、常にこんなにも痛々しいのか。」
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