武徳JK ~山川異域、風月同天!

盛桃李もりももり

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第二章

第二話 嘲笑の獲物

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 教室のざわめきがまだ消えきらぬ中、窓際からふっと小馬鹿にしたような笑いがれた。

 三人の少女が並んで歩いてくる。
 その歩みは、まるで舞台ぶたいの中央を奪う光を当然のごとく背負っているかのよう。
 彼女たちが進むごとに、生徒たちは気圧きあつされるように道を開けていった。

 先頭――佐々木ささき綾香あやか
 ショートヘアの毛先は軽く跳ね、口元には常の嘲笑ちょうしょうを含んだ笑み。
 アイラインはするどく、吊り上がったまゆと合わせ、視線ひとつで相手の心臓を締め上げる。

 その隣に森下もりした里奈りな
 背は低いが、茶色に染めた髪が揺れ、赤く光るネイルを見せびらかすように指先を動かす。
 語尾ごびをだらりと伸ばす気怠けだるげな口調で、いつも綾香のかたわらであざけりを重ねる。

 最後に高村たかむら紗希さき
 長身ちょうしんで、氷のようにややかな顔立ち。
 生まれながらにまとった傲気ごうき一目ひとめで伝わり、口数くちかずこそ少ないが、その一言はやいばのようにするどい。

 ――三人が現れた瞬間、教室は変わった。
 雑音ざつおんは一気にほそり、「何か始まる」という期待と緊張の視線が集まる。

「……ねえ、佐藤さとう彩音あやね。」

 綾香が顎をしゃくり、小さな声で名を呼ぶ。
 しかし、その声音にはこばめぬ圧力あつりょくがあった。

 突然全名ぜんめいで呼ばれた彩音の肩が震え、笑顔がすっと消える。
「……う、うん。なに?」
 蚊の鳴くような声で立ち上がった。

「水、買ってきて。」
 小銭こぜにを机に「チャリン」と投げ落とす。その響きは命令にひとしかった。

 里奈はあくびを隠しながら、あまえをよそおった声を重ねる。
「ついでにさ~、ポテチお願い。アタシの好きなやつ、わかるよねぇ?」

 彩音の指先が机の下で固く握られ、視線が揺れる。
 それでも小さく頷き、「……わかった」と呟いて歩き出した。

 背後から笑いが散った。
 まるで獲物えものが素直に従ったことを喜ぶ捕食者ほしょくしゃの声のように。

 彩音の背中せなかは小さく、さびしげにしずんでいた。

 だが次の瞬間、三人の視線が一斉に高橋惠美たかはしめぐみへとそそがれる。

「ふーん、よく来れたじゃん。」
 綾香が片唇かたくちを吊り上げる。その声は小さいが、周囲の耳をさらっていく。

 里奈も長い髪を揺らし、机を指で「コン、コン」と叩いてニヤリ。
「へえ~、また学校来るなんて意外~。どーせ家で引きこもってると思ったのにさ。しかも……演技えんぎっぽくなぁい?」

 紗希は冷たい瞳を細め、短く切りつける。
「見せかけなんて無駄むだ中身なかみは変わらないでしょ。」

 ――そのとき。

 惠美はゆっくりと顔を上げた。
 背筋せすじは真っぐ、瞳は澄み切り、波ひとつ立たぬ湖のように冷ややか。

 その眼差まなざしは、まるで千里せんり山河さんがへだてて相手を見下みくだろすかのごとく、揺らぎもひるみもなかった。

「……っ」
 張り詰める空気に、生徒たちが固唾かたずを飲む。

「無視とか、マジうけるんですけど?」
 綾香の笑みが変わり、鋭さを増す。

「――いつまでその芝居続けんの?」
 里奈がねっとりと追い打ちをかける。

「逃げられると思わないで。覚悟かくごしておきなさい。」
 紗希が冷たく告げた。

 再び広がる含み笑い。
 好奇心こうきしん悪意あくいが混ざり合い、教室の空気はさらに重くなる。

 だが惠美は動じなかった。
 机を指で軽く叩き、石像せきぞうのように凛然りんぜんと座り続ける。

覚悟かくご……?」

 低く漏らしたその声には、氷のような重みがあった。

昔日せきじつ軍陣ぐんじんに立ち、百万ひゃくまんへいを相手に矢雨やあめ降り注ぐも、われ一歩いっぽたりとも退しりぞかず。されば――いくばくの嘲言ちょうげんなど、取るに足らぬ。」

 胸の奥から鋭く吐き出された言葉。

 だがクラスメイトの耳には――ただの「中二病の台詞セリフ」としか届かなかった。

「ぷっ、やっぱ中二~!」
「ゲームか漫画の台詞セリフっしょ!」
「マジ怪物女だわ~!」

 爆笑が再び広がり、空気を揺さぶる。

 しかし李守義りしゅぎの胸奥には、別の響きが芽生めばえていた。

「――中二病?」

 心の中でその言葉を反芻《はんすう》する。

嘲弄ちょうろうの響きの裏に、若気わかげ気炎きえんあり。荒唐こうとうに見えて、浪漫ろまんの火をひそませるか……。」

 胸奥にふと震えが走る。
 この奇妙きみょうな言葉に――武人ぶじんの魂は、不思議ふしぎかれていた。
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