武徳JK ~山川異域、風月同天!

盛桃李もりももり

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第四章

第三話 放課後のトリガー

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 放課後のチャイムが鳴り終わると同時に、教室は一気に羽ばたいた。
 鳥籠とりかごを開け放たれたみたいに、笑い声と椅子の音が交じり合う。

 惠美は静かにノートを閉じ、鞄に教科書をしまいながら、隣で小さく震える手元に気づいた。
 彩音の指が、ペンケースを握りしめたまま白くなっていた。

「……行こっか、彩音。」

 その瞬間、廊下の奥から影が伸びた。

 綾香がドアのふちに肩を預け、片唇を上げて笑う。
 まるで、台本をなぞる役者みたいに。

「待ってたんだよ、彩音。――ね?」

 里奈が炭酸たんさんの缶を軽く振りながら、指先で淡い茶髪ちゃぱつはじく。
「お菓子忘れないでね~。ほら、あんた、そういうとこマメでしょ?」

 最後に現れたのは紗希。
 壁にもたれたまま腕を組み、一言も発さない。
 その沈黙だけで、十分に威圧的いあつてきだった。

 彩音の喉がきゅっと鳴った。
「……うん。」
 かすれるような声がこぼれ、彼女はうつむき、小さな足音を残して歩き出した。


 美術室裏の倉庫。

 天井の蛍光灯は半分壊れ、光はぼんやりと滲《にじ》んでいる。
 古い石膏せっこう像の欠片と破れたキャンバスが山積みになり、
 油絵あぶらえの匂いに混ざって、乾いた涙の味だけが、静かに残っていた。

 彩音はドアの前で立ち尽くしたまま動けない。
 まるで処刑台しょけいだいの前に立たされた囚人しゅうじんみたいだった。

「――あんたさぁ。」
 綾香が講台に腰を下ろし、足を組む。
 ローファーのかかとが机のふちをコツコツと叩くたび、狭い空間に乾いた音が跳ねた。

「ねぇ、あんたさ、まだ“怪物女”と一緒にいるわけ?」

 ガムを噛む音。小さな破裂音。
 そのたびに、狭い部屋の空気がピキピキと張りつめていく。
 まるで、それがこの場所の“支配者”みたいに。

「ねぇ、そうそう。」
 里奈が絵具棚に背を預けながら、スマホをいじる指を止める。
「彩音ちゃん、ほんとお人好ひとよしだよねぇ。あんなのと仲良くしても何にもなんないよ?
 “怪物女”と一緒にいれば、同類に見られるだけ。」

 彩音の声は風のように小さくかすれた。
「……わ、私は……」

「聞こえねーな?」
 綾香が顔を近づけ、目を細める。
 笑みは完全に消え、その瞳には鋭い光が走った。

「言っとくけどさ。あんたみたいなのは、端っこでおとなしくしてりゃいいんだよ。
 余計なことすんな。――わかった?」

「そーそー!」
 里奈がケラケラ笑いながらあざける。
「彩音ちゃんってさ、ほんと影っぽいよね。
 でもね、影が目立つと――潰されんの。」

 高村紗希はずっと黙っていたが、やがて低く呟いた。
「忠告しとく。あの子と関わるのはやめときな。痛い目見るだけ。」

 あかりが一瞬ちらつき、部屋の影が揺れる。
 彩音は唇を噛みしめ、震える手をぎゅっと握りしめた。
「……わかった。」

 その声は涙と一緒に喉の奥でつぶれた。

 三人は顔を見合わせ、満足そうに笑う。
「いい子じゃん。」

 扉が開き、ローファーの音が遠ざかっていく。
 笑い声が細い廊下をゆっくり反響はんきょうしながら消えていった。

 そこに残されたのは、立ち尽くす彩音と――
 油絵の匂いに混ざる、乾いた涙の味が、微かに残っていた。
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