麻婆愛妻の日記 ― スパイシーな日々

盛桃李もりももり

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第7話 荷物と未来

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 仕事帰りに玄関を開けると、
 カサッ、カサッ、と聞き慣れない音がした。

 リビングに入ると、段ボールの山。
 緩衝材が雪みたいに散らばり、
 その真ん中でナオミが正座していた。

「……なにこれ。」
「ママからの荷物ある!」
 振り返ったナオミの顔が、子どもみたいに輝いていた。

 段ボールを覗くと、
 四川特産の袋菓子、干し野菜、調味料、そして謎の赤い粉……
 いかにも“辛さのプロ”が選んだラインナップがぎっしり詰まっていた。

「これね、本場の花椒。ママが送ってくれたある。」
「……ということは、しばらく麻婆率が上がるってこと?」
「当然でしょ。辛さ強化月間ある。」

 僕は内心そっと、胃薬の残りを数え直した。

 ナオミは次々と袋を並べては、
「これは炒め物に使う」「こっちはスープにもいける」
 と楽しそうに説明していく。

 その姿を見ていると、ふっと思った。
 彼女にとってこれは“荷物”じゃなくて、
 遠くの家から届いた匂いそのものなんだと。

「そういえばね。」
 ナオミがふと声を落とした。
「ママに聞かれたあるよ。二人、いつ子ども作るつもりって。」

 僕の手が止まった。

「……どう答えたの?」

 ナオミは開けていた袋をそっと置いた。
 表情はまっすぐで、少しだけためらいが混じっていた。

「わたしね、まだいい。
 二人で暮らす今が、すごく満足なの。
 だから無理に“次の段階”に行かなくてもいいある。」

 その声音は、強さと正直さがちょうど半分ずつ混ざっていた。

「でもママには、こう言ったある。」
 ナオミは少し照れたように笑った。

「子どもは縁のもの。
 来る時は来るし、来なかったら、それも人生ある。
 来たら来たで、ちゃんと受け止めるけど、
 でも今は……王子二匹で十分。」

 ピピが「にゃ」
 ナッツが「にゃっ」と低く鳴いた。
 タイミングが完璧すぎて、僕は思わず笑ってしまった。

「ナオミがそう思うなら、それでいいよ。」
 七年一緒に暮らして分かったのは、
 彼女が“未来より今日”を大切にする人だということだ。

 ナオミは勢いよく立ち上がり、赤い粉の袋を掲げた。

「よし、夕飯作るある!今日はママ直伝の麻婆豆腐!」
「……やっぱりそうなる?」
「当然でしょ。本番四川スタイルある。覚悟してよ。」

 覚悟……
 辛さだけじゃなく、いろんな意味で。

 テーブルに並んだ麻婆豆腐は、
 赤い湖みたいにぐつぐつと揺れていた。
 匂いだけで、舌がしびれる気がした。

「はい、食べるよ。」
「……いただきます。」

 一口目で、舌がビリッと痺れ、額に汗がにじむ。

「……辛っ!」
「これが本物あるよ。ママの味。」

 ナオミは満足げに頷く。

 箸を置きながら、ふと気づく。
 この真っ赤な皿の向こうで話した“未来”は、
 どこか遠いようで、どこかとても近く感じられた。

 ナオミがぽつりと言う。

「子どもいなくても、今みたいに一緒に食べて、笑って……
 それで十分あるよ。わたしはね。」

 その言葉は、花椒よりあたたかかった。

 僕は水を飲みながら、静かに思った。

 辛さの奥に、
 僕らの未来は、静かに続いていくのかもしれない。

 赤い湯気の向こうで、
 ナオミは嬉しそうに、おかわりをよそっていた。
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