10 / 10
第10話 バイトと暮らし
しおりを挟む
平日の夜。
リビングに入ると、ナオミがソファでスマホを見つめていた。
膝にはピピが丸くなり、足元ではナッツが画面を覗き込んでいる。
「ただいま。」
「おかえり。」
返事はしたものの、ナオミの視線はスマホから離れない。
求人サイトの一覧が映っていた。
「……仕事探してるの?」
「うん。ちょっとね、バイトでもしようかなって。」
「いいんだけどさ……急にどうして?」
「別に大した理由じゃないよ。
少しでも家計の足しになればいいし、
家にばっかりいると、ちょっと退屈ある。」
言ってから、ナオミはスマホを伏せた。
その表情には、不安よりも“少し迷いのある強さ”があった。
たしかに、僕たちが結婚してからの七年間、
ナオミはずっと家を支えてくれていた。
大学を出て貿易会社で働き、
今よりもっと“社会の中の人”だった彼女。
でも母の病気で帰国し、
再び日本に戻る頃には仕事も辞めざるを得なかった。
「家にいるの、嫌ってわけじゃないよ。」
「でもね、世界がちょっと小さくなる感じがある。
誰とも話さない日も多いし……
なんか、もったいない気がして。」
胸の奥が静かに揺れた。
「無理に働かなくてもいいんだよ。」
「無理じゃないよ。ちょっと外の空気吸いたいだけ。」
僕は少し考えて言った。
「……お金のためだけに働くのは、しんどいよ。
せっかくなら、ナオミが好きなことのほうがいいと思う。」
ナオミは意外そうに目を上げた。
「好きなこと、か……」
その瞬間、ふと思い出した。
以前ナオミが見せてくれた中国語の記事のことを。
「全部満たす必要はない。
足りないものがあっても、
いま、ちょうどいい幸せを感じられること。
それを“小満”って言うある。」
あの時の彼女の声を、
僕は妙に鮮明に覚えている。
人生には、“満ちすぎない幸せ”というものがある。
欠けているようで、実はそれがちょうどいい。
僕たちの暮らしは、きっとそういう形なんだと思えた。
ナオミは言う。
「わたしたち、家も小さいし、特別なもの何もないけど……
二人と二匹で暮らしてるだけで十分幸せあるよ。」
僕は少し照れながら笑った。
「僕もそう思う。
豪華なものなんてなくても……
家に帰ればナオミがいて、猫がいて、
ご飯食べて、文句言って、笑って……
それだけで“足りてる”。」
ナオミの表情がふっとやわらかくなる。
「でもね、」ナオミが続けた。
「満足してても……もっと世界見たい気持ちもある。
ちょっと働いて、人と話して、外に出て……
それも悪くないと思う。」
「うん。いいと思う。
ナオミがやりたいなら、僕は応援するよ。
お金じゃなくて……ナオミのために。」
ナオミは少し照れたように視線をそらした。
「じゃあね、あなたも中国語勉強するある?
バイトして帰ったら、中国語で“おかえり”って言ってほしい。」
「それハードル高いな……」
「大事あるよ。言葉って、思ってる以上に力あるから。」
ピピが「にゃ」と鳴き、
ナッツがお腹を見せて転がった。
二人の間に、いつもの空気がふわりと戻っていく。
外へ向かう彼女の気持ちも、
今を大切にする彼女の気持ちも、
どちらもナオミの本音なんだ。
そして僕らの暮らしはきっと、
欲張らず、足りすぎず、
“小満”というちょうどいいバランスで続いていく。
リビングに入ると、ナオミがソファでスマホを見つめていた。
膝にはピピが丸くなり、足元ではナッツが画面を覗き込んでいる。
「ただいま。」
「おかえり。」
返事はしたものの、ナオミの視線はスマホから離れない。
求人サイトの一覧が映っていた。
「……仕事探してるの?」
「うん。ちょっとね、バイトでもしようかなって。」
「いいんだけどさ……急にどうして?」
「別に大した理由じゃないよ。
少しでも家計の足しになればいいし、
家にばっかりいると、ちょっと退屈ある。」
言ってから、ナオミはスマホを伏せた。
その表情には、不安よりも“少し迷いのある強さ”があった。
たしかに、僕たちが結婚してからの七年間、
ナオミはずっと家を支えてくれていた。
大学を出て貿易会社で働き、
今よりもっと“社会の中の人”だった彼女。
でも母の病気で帰国し、
再び日本に戻る頃には仕事も辞めざるを得なかった。
「家にいるの、嫌ってわけじゃないよ。」
「でもね、世界がちょっと小さくなる感じがある。
誰とも話さない日も多いし……
なんか、もったいない気がして。」
胸の奥が静かに揺れた。
「無理に働かなくてもいいんだよ。」
「無理じゃないよ。ちょっと外の空気吸いたいだけ。」
僕は少し考えて言った。
「……お金のためだけに働くのは、しんどいよ。
せっかくなら、ナオミが好きなことのほうがいいと思う。」
ナオミは意外そうに目を上げた。
「好きなこと、か……」
その瞬間、ふと思い出した。
以前ナオミが見せてくれた中国語の記事のことを。
「全部満たす必要はない。
足りないものがあっても、
いま、ちょうどいい幸せを感じられること。
それを“小満”って言うある。」
あの時の彼女の声を、
僕は妙に鮮明に覚えている。
人生には、“満ちすぎない幸せ”というものがある。
欠けているようで、実はそれがちょうどいい。
僕たちの暮らしは、きっとそういう形なんだと思えた。
ナオミは言う。
「わたしたち、家も小さいし、特別なもの何もないけど……
二人と二匹で暮らしてるだけで十分幸せあるよ。」
僕は少し照れながら笑った。
「僕もそう思う。
豪華なものなんてなくても……
家に帰ればナオミがいて、猫がいて、
ご飯食べて、文句言って、笑って……
それだけで“足りてる”。」
ナオミの表情がふっとやわらかくなる。
「でもね、」ナオミが続けた。
「満足してても……もっと世界見たい気持ちもある。
ちょっと働いて、人と話して、外に出て……
それも悪くないと思う。」
「うん。いいと思う。
ナオミがやりたいなら、僕は応援するよ。
お金じゃなくて……ナオミのために。」
ナオミは少し照れたように視線をそらした。
「じゃあね、あなたも中国語勉強するある?
バイトして帰ったら、中国語で“おかえり”って言ってほしい。」
「それハードル高いな……」
「大事あるよ。言葉って、思ってる以上に力あるから。」
ピピが「にゃ」と鳴き、
ナッツがお腹を見せて転がった。
二人の間に、いつもの空気がふわりと戻っていく。
外へ向かう彼女の気持ちも、
今を大切にする彼女の気持ちも、
どちらもナオミの本音なんだ。
そして僕らの暮らしはきっと、
欲張らず、足りすぎず、
“小満”というちょうどいいバランスで続いていく。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる