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薬の効果が切れるまで後六日(1)
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雲一つない快晴の下。ソフィアは馬上にいた。腕には昼食が入ったバスケットを抱え、ただ乗っているだけ。馬を操っているのはソフィアではない。後ろに乗っているクリスティアーノだ。
最初は馬に乗るという行為そのものに緊張していたが、今一番気になっているのはそこではない。時折触れる彼の厚い胸板と、まるで腕の中に囲われているかのような状況に体が強張る。異性と二人で馬に乗って出かける、なんて経験がないソフィアにとってはハードルが高いシチュエーションだったのだ。意識するなという方が難しい。
しかも、こういう時に限ってクリスティアーノは黙ったまま。
(なにか私から話題を提供するべきなのかしら。……いえ、無理ね)
まともな会話を続けられる自信がない。ふざけていたら落馬する可能性だってある。
諦めたソフィアは遠い目になり、どうしてこうなったのかと記憶をたぐり寄せることにした。
◇
午前中、ソフィアはクリスティアーノの執務室で仕事をしていた。昨日の事件の影響か、今日の仕事量はいつもよりも多めだった。
軽口を叩く暇もなく、ひたすら仕事に没頭する。護衛騎士の前ということもあり、レオンとの会話も事務的な内容のみ。
正午近くになり、ソフィアはなんとか自分に割り振られた仕事を終わらせることができた。しかし、レオンの机の上には書類の山がまだまだ高く積まれている。
(あれじゃあ今日中に終わるか怪しいわね。……仕方ない。見ても大丈夫なものだけでも私が……)
立ち上がり、声をかけようとした時。ノック音が鳴った。
「二人ともお疲れ!」
とやってきたのはクリスティアーノ。彼の手には大きめのバスケットが。
「今日の昼食は外でとろう」と言い、ソフィアに見せるようにバスケットを掲げて見せた。
「え」と固まるソフィアと、声には出さないものの「はあ?」という表情のレオン。
昨日、彼から『デート』は許可しないと言い渡されたばかりだ。
(殿下はわざとやってるのかしら……)
二人の反応を気にも留めず、クリスティアーノは「さあ、行こう」とソフィアの背中を押す。
慌ててソフィアは振り向いた。レオンと目が合う。
すかさずレオンが動いた。クリスティアーノの手首を掴み、出ていくのを止める。
「どうかしました?」と首を傾げるクリスティアーノ。それに対し、レオンは頬をぴくぴくさせ尋ねる。
「ソフィア嬢をどこへ連れていくつもりかな? 仕事はまだ終わってないんだけど?」
「はて?」とクリスティアーノは首を傾げる。
「ソフィーの分なら終わっているように見えますが……。まさか、自分の仕事をソフィーに押し付けよう……なんてしていませんよねえ?」
「も、もちろんだとも。終わっているならいいんだ。うん」
と言いつつ、レオンの笑顔は強ばっている。仕方なくソフィアが助け船を出そうとした。が、またしてもクリスティアーノに遮られてしまう。
「それじゃあ、殿下は仕事の続きを頑張ってください。どうしても助けが必要な時は裏の森へ。そこで俺たちは昼食を取る予定なんで。ああ、それと……これは『デート』ではなく、ただの『食事』だからね」
最後だけレオンにのみ聞こえる声量で囁き、今度こそソフィアを連れて出ていく。何も言い返せなかったレオン。
こうして、ソフィアは半ば強引に連れ出されたのだった。
◇
「ふぅっ」
後ろから聞こえてきた吐息でソフィアは我に返る。
いつの間にか開けた場所に出ている。馬の足が緩やかに止まった。
クリスティアーノの手を借り、降りる。その際、彼の表情が目に入った。
「……もしかして、殿下も緊張してました?」
ほぼ無意識に口から出た問いかけ。慌てて口を手で押さえるがもう遅い。
羞恥心で頬を赤らめるクリスティアーノを見て、かすかな罪悪感が生まれる。
「す、すみませっ」
「いや、いいよ。緊張していたのは事実だから」
「え?」
「でも、一つ言い訳をさせてもらうとするなら。誰かを乗せて馬を走らせるのはこれが初めてだったんだ」
「……え?」
(マルゲリータ様は?)と思ったものの、高貴な二人が馬車ではなく馬に乗ってデートをしている風景が浮かばず、それが答えなのだとすぐに理解した。
先ほどまでの緊張感も相まって、笑いが込み上げてくる。
しかし、その反応はクリスティアーノ的にはよろしくなかったらしい。クリスティアーノの眉が不機嫌そうにぴくりと上がる。ただ、その表情の変化すらもソフィアにとっては年相応の反応にしか見えず、笑みは深まるばかり。
「ソフィー」
「あ、はい?」
名前を呼ばれたと思ったら、眼前にクリスティアーノの顔。
「っ!」
「ぐっ」
近づいてくる顔を反射的に手で押しのけてしまった。彼の首あたりからぐきっと変な音が鳴る。
(や、やっちゃった! いや、でも、いまのはっ)
「あ、謝りませんからね! 先に変なことをしようとしたのは殿下なんですからっ!」
「……心外だなあ。そんなつもりはなかったのに」
と胡散臭い笑顔を浮かべるクリスティアーノにジト目で返す。
「いいえ。嘘ですね。その笑顔、私には通じませんよ」
「……はあ。だって、ソフィーが悪いんだよ。僕のこと馬鹿にするし。約束したのに殿下って呼ぶし」
「べ、別に馬鹿になんて……。殿下って呼んだのも、いつもの癖でわざとでは……」
「ふーん……。じゃあ今呼んでよ」
「え?」
「僕の名前、呼んで。後、敬語もなしね。これは約束を破った分のペナルティ」
笑顔にもかかわらず妙な圧を感じて、つばを飲み込む。
「わ、わかったわ。クリス、これでいいでしょ」
「うん」
嬉しそうにほほ笑むクリスティアーノ。先ほどとは違い、初めて見る類の笑み。見てはいけない素を覗いてしまったような気分になり、ソフィアは思わず視線をそらした。
「よし、じゃあ食べよっか」
「え、ええ」
クリスティアーノがシートを敷き、ソフィアはその上に、バスケットの中身を広げようとして……動きを止めた。
「……クリス?! この中、いったいどうなってるの?!」
最初、バスケットの蓋を開けた時。中に入っていた料理は一品だった。「あれ? これだけ?」と疑問に思いつつも取り出すと、次にバスケットの中を見た時には違う品が入っていたのだ。
なんでもないことのようにクリスティアーノが言う。
「ああ、それも魔女の魔法がかかったアイテムなんだよ。見た目以上に物を入れることができて、保温も保冷も可能」
「便利だよね~」と笑っているが、ソフィアは震えあがらずにはいられなかった。
ここ数日で国宝級のアイテムをいくつも見ている気がする。
(これが王族にとっては普通なの?! それとも……)
クリスティアーノの顔を見て真意を探ろうとしたが、すでに彼は食事に夢中になっている。これ以上考えても無駄だと判断し、ソフィアも食事に集中することにした。
「あ~お腹いっぱいだ」
「私も……正直、食べすぎてしまった気も……」
心なしかぽっこりした下腹を撫でていると、向かいから「ふふふ」という笑い声が聞こえてきた。
「なに?」
とにらめば、なんでもないとばかりに両手を挙げて首を振る。
「いや~お腹が満たされた後って眠くなるよねえ?」
「いいえ。私は全く。でも、クリスは眠たいんだよね? だったらどうぞ? 寝てください?」
(そして肥えてしまえ! ……ん? でもこの場合太るのはレオンの体か……ちっ)
ソフィアの皮肉が通じたのか、クリスティアーノがくすくすと笑う。
「そんなこと言って。ソフィアってば、僕が寝ている間に一人で帰る気でしょ?」
「……残念ながら、私は馬に乗れないんで。ちゃんとクリスが起きるまで待ってるわ」
(そうじゃなかったら、置いて帰っていたでしょうけどね!)
「ああ、そっか。なら、ちょっと寝ようかな。おやすみ」
「おやすみなさ……って、ちょっと!」
ソフィアの膝上に寝転んだクリスティアーノ。
たしなめようとしたが、すでにクリスティアーノは目を閉じてしまっている。退く気は一切ない姿勢だ。
「……はあ」
(まったく。入れ替わってからのクリスってば、まるで別人かってくらい自由に振舞ってるわね。それとも、これが本来のクリスなのかしら……)
だとしたら、レオンと仲が良いのもうなずける。
目を閉じ、気持ちよさそうに寝ているクリスティアーノをじっと見下ろす。
(黙っているとレオンにしか見えない。けど、中身はクリスなのよね……)
元の姿でなら絶対にクリスティアーノは森で横になったりしないだろう。『皆が望む王子様像』を誰よりも大切にしているのは彼だ。そのことをソフィアは知っている。きっと、レオンも。
三人が知り合ったきっかけはローレン王立学院。
ソフィアとクリスティアーノは統治と管理を専門とする行政科に。レオンは騎士科に在籍していた。
行政科で常にトップ争いをしていた次期女伯爵のソフィアと王太子候補第一位のクリスティアーノ。そして、騎士科のトップの座に入学から卒業までの間ずっと君臨し続けていたレオン。三人とも他の学生たちから一目置かれるような存在だった。そのせいか、同じ目線に立って仲良くしてくれるような人はいなかったのだ。そして、似たような境遇にいた彼らは、自然と会えば会話をするような仲になった。
とはいっても、特別仲がよかったかと聞かれると微妙だ。
(レオンとは会えば口喧嘩ばかりだったし、学生時代の私はレオンのことを完全に婿候補から除外していたのよねえ。それなのに、レオンをクリスの専属護衛騎士に、しかも隊長職に就かせるために、王家主導で婚約が結ばれることになるなんて……本当なにがあるかわからないわ……)
どちらかというと学生時代に接点があったのはレオンよりも、同じ科にいたクリスティアーノのほうだ。だからこそ、ソフィアもまた王家から目をつけられたのかもしれない。と、今になって思う。
(ただ、だとしたら王家から見た私の印象って最悪だったと思うけど……。あの頃の私ってばクリスのことを敵視していたもの。若気の至りというか……今考えたら恥ずかしい)
次期女伯爵として気負っていたのか。それとも、女だからと舐められたくなかったのか。とにかく、当時のソフィアは首位に固執していた。王族を立てることなど頭の片隅にもなく、本気でクリスティアーノと張り合っていたのだ。そんなソフィアに対し、不敬だと言う外野もいたが、そんな外野を諌めてくれていたのもクリスティアーノだった。その一方で、彼はこっそりソフィアを煽ってくることもあった。だから当時から彼が見た目通りではなく、実はいい性格をしていることも知っていたのだ。あの頃はその態度に逐一腹を立てていたが、今考えれば王太子教育も受けていた彼から同じ土俵に立っている者として認められていたことが、どんなにすごいことだったかがわかる。彼の立場からしてみれば無視しても構わなかっただろうに。にもかかわらず、彼はソフィアを無視することはしなかった。
(クリスは昔から『天才』とか『完璧王子』だなんて言われているけど、『努力型の秀才』だし『完璧に見えるよう振舞っている負けず嫌い』だわ。だからこそ、限界がきて今回の入れ替わりを画策したんだろう……と最初は思っていたんだけど)
眉間に皺を寄せ、さらに深い思考に入ろうとした時、馬の足音が聞こえてきた。
最初は馬に乗るという行為そのものに緊張していたが、今一番気になっているのはそこではない。時折触れる彼の厚い胸板と、まるで腕の中に囲われているかのような状況に体が強張る。異性と二人で馬に乗って出かける、なんて経験がないソフィアにとってはハードルが高いシチュエーションだったのだ。意識するなという方が難しい。
しかも、こういう時に限ってクリスティアーノは黙ったまま。
(なにか私から話題を提供するべきなのかしら。……いえ、無理ね)
まともな会話を続けられる自信がない。ふざけていたら落馬する可能性だってある。
諦めたソフィアは遠い目になり、どうしてこうなったのかと記憶をたぐり寄せることにした。
◇
午前中、ソフィアはクリスティアーノの執務室で仕事をしていた。昨日の事件の影響か、今日の仕事量はいつもよりも多めだった。
軽口を叩く暇もなく、ひたすら仕事に没頭する。護衛騎士の前ということもあり、レオンとの会話も事務的な内容のみ。
正午近くになり、ソフィアはなんとか自分に割り振られた仕事を終わらせることができた。しかし、レオンの机の上には書類の山がまだまだ高く積まれている。
(あれじゃあ今日中に終わるか怪しいわね。……仕方ない。見ても大丈夫なものだけでも私が……)
立ち上がり、声をかけようとした時。ノック音が鳴った。
「二人ともお疲れ!」
とやってきたのはクリスティアーノ。彼の手には大きめのバスケットが。
「今日の昼食は外でとろう」と言い、ソフィアに見せるようにバスケットを掲げて見せた。
「え」と固まるソフィアと、声には出さないものの「はあ?」という表情のレオン。
昨日、彼から『デート』は許可しないと言い渡されたばかりだ。
(殿下はわざとやってるのかしら……)
二人の反応を気にも留めず、クリスティアーノは「さあ、行こう」とソフィアの背中を押す。
慌ててソフィアは振り向いた。レオンと目が合う。
すかさずレオンが動いた。クリスティアーノの手首を掴み、出ていくのを止める。
「どうかしました?」と首を傾げるクリスティアーノ。それに対し、レオンは頬をぴくぴくさせ尋ねる。
「ソフィア嬢をどこへ連れていくつもりかな? 仕事はまだ終わってないんだけど?」
「はて?」とクリスティアーノは首を傾げる。
「ソフィーの分なら終わっているように見えますが……。まさか、自分の仕事をソフィーに押し付けよう……なんてしていませんよねえ?」
「も、もちろんだとも。終わっているならいいんだ。うん」
と言いつつ、レオンの笑顔は強ばっている。仕方なくソフィアが助け船を出そうとした。が、またしてもクリスティアーノに遮られてしまう。
「それじゃあ、殿下は仕事の続きを頑張ってください。どうしても助けが必要な時は裏の森へ。そこで俺たちは昼食を取る予定なんで。ああ、それと……これは『デート』ではなく、ただの『食事』だからね」
最後だけレオンにのみ聞こえる声量で囁き、今度こそソフィアを連れて出ていく。何も言い返せなかったレオン。
こうして、ソフィアは半ば強引に連れ出されたのだった。
◇
「ふぅっ」
後ろから聞こえてきた吐息でソフィアは我に返る。
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クリスティアーノの手を借り、降りる。その際、彼の表情が目に入った。
「……もしかして、殿下も緊張してました?」
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「す、すみませっ」
「いや、いいよ。緊張していたのは事実だから」
「え?」
「でも、一つ言い訳をさせてもらうとするなら。誰かを乗せて馬を走らせるのはこれが初めてだったんだ」
「……え?」
(マルゲリータ様は?)と思ったものの、高貴な二人が馬車ではなく馬に乗ってデートをしている風景が浮かばず、それが答えなのだとすぐに理解した。
先ほどまでの緊張感も相まって、笑いが込み上げてくる。
しかし、その反応はクリスティアーノ的にはよろしくなかったらしい。クリスティアーノの眉が不機嫌そうにぴくりと上がる。ただ、その表情の変化すらもソフィアにとっては年相応の反応にしか見えず、笑みは深まるばかり。
「ソフィー」
「あ、はい?」
名前を呼ばれたと思ったら、眼前にクリスティアーノの顔。
「っ!」
「ぐっ」
近づいてくる顔を反射的に手で押しのけてしまった。彼の首あたりからぐきっと変な音が鳴る。
(や、やっちゃった! いや、でも、いまのはっ)
「あ、謝りませんからね! 先に変なことをしようとしたのは殿下なんですからっ!」
「……心外だなあ。そんなつもりはなかったのに」
と胡散臭い笑顔を浮かべるクリスティアーノにジト目で返す。
「いいえ。嘘ですね。その笑顔、私には通じませんよ」
「……はあ。だって、ソフィーが悪いんだよ。僕のこと馬鹿にするし。約束したのに殿下って呼ぶし」
「べ、別に馬鹿になんて……。殿下って呼んだのも、いつもの癖でわざとでは……」
「ふーん……。じゃあ今呼んでよ」
「え?」
「僕の名前、呼んで。後、敬語もなしね。これは約束を破った分のペナルティ」
笑顔にもかかわらず妙な圧を感じて、つばを飲み込む。
「わ、わかったわ。クリス、これでいいでしょ」
「うん」
嬉しそうにほほ笑むクリスティアーノ。先ほどとは違い、初めて見る類の笑み。見てはいけない素を覗いてしまったような気分になり、ソフィアは思わず視線をそらした。
「よし、じゃあ食べよっか」
「え、ええ」
クリスティアーノがシートを敷き、ソフィアはその上に、バスケットの中身を広げようとして……動きを止めた。
「……クリス?! この中、いったいどうなってるの?!」
最初、バスケットの蓋を開けた時。中に入っていた料理は一品だった。「あれ? これだけ?」と疑問に思いつつも取り出すと、次にバスケットの中を見た時には違う品が入っていたのだ。
なんでもないことのようにクリスティアーノが言う。
「ああ、それも魔女の魔法がかかったアイテムなんだよ。見た目以上に物を入れることができて、保温も保冷も可能」
「便利だよね~」と笑っているが、ソフィアは震えあがらずにはいられなかった。
ここ数日で国宝級のアイテムをいくつも見ている気がする。
(これが王族にとっては普通なの?! それとも……)
クリスティアーノの顔を見て真意を探ろうとしたが、すでに彼は食事に夢中になっている。これ以上考えても無駄だと判断し、ソフィアも食事に集中することにした。
「あ~お腹いっぱいだ」
「私も……正直、食べすぎてしまった気も……」
心なしかぽっこりした下腹を撫でていると、向かいから「ふふふ」という笑い声が聞こえてきた。
「なに?」
とにらめば、なんでもないとばかりに両手を挙げて首を振る。
「いや~お腹が満たされた後って眠くなるよねえ?」
「いいえ。私は全く。でも、クリスは眠たいんだよね? だったらどうぞ? 寝てください?」
(そして肥えてしまえ! ……ん? でもこの場合太るのはレオンの体か……ちっ)
ソフィアの皮肉が通じたのか、クリスティアーノがくすくすと笑う。
「そんなこと言って。ソフィアってば、僕が寝ている間に一人で帰る気でしょ?」
「……残念ながら、私は馬に乗れないんで。ちゃんとクリスが起きるまで待ってるわ」
(そうじゃなかったら、置いて帰っていたでしょうけどね!)
「ああ、そっか。なら、ちょっと寝ようかな。おやすみ」
「おやすみなさ……って、ちょっと!」
ソフィアの膝上に寝転んだクリスティアーノ。
たしなめようとしたが、すでにクリスティアーノは目を閉じてしまっている。退く気は一切ない姿勢だ。
「……はあ」
(まったく。入れ替わってからのクリスってば、まるで別人かってくらい自由に振舞ってるわね。それとも、これが本来のクリスなのかしら……)
だとしたら、レオンと仲が良いのもうなずける。
目を閉じ、気持ちよさそうに寝ているクリスティアーノをじっと見下ろす。
(黙っているとレオンにしか見えない。けど、中身はクリスなのよね……)
元の姿でなら絶対にクリスティアーノは森で横になったりしないだろう。『皆が望む王子様像』を誰よりも大切にしているのは彼だ。そのことをソフィアは知っている。きっと、レオンも。
三人が知り合ったきっかけはローレン王立学院。
ソフィアとクリスティアーノは統治と管理を専門とする行政科に。レオンは騎士科に在籍していた。
行政科で常にトップ争いをしていた次期女伯爵のソフィアと王太子候補第一位のクリスティアーノ。そして、騎士科のトップの座に入学から卒業までの間ずっと君臨し続けていたレオン。三人とも他の学生たちから一目置かれるような存在だった。そのせいか、同じ目線に立って仲良くしてくれるような人はいなかったのだ。そして、似たような境遇にいた彼らは、自然と会えば会話をするような仲になった。
とはいっても、特別仲がよかったかと聞かれると微妙だ。
(レオンとは会えば口喧嘩ばかりだったし、学生時代の私はレオンのことを完全に婿候補から除外していたのよねえ。それなのに、レオンをクリスの専属護衛騎士に、しかも隊長職に就かせるために、王家主導で婚約が結ばれることになるなんて……本当なにがあるかわからないわ……)
どちらかというと学生時代に接点があったのはレオンよりも、同じ科にいたクリスティアーノのほうだ。だからこそ、ソフィアもまた王家から目をつけられたのかもしれない。と、今になって思う。
(ただ、だとしたら王家から見た私の印象って最悪だったと思うけど……。あの頃の私ってばクリスのことを敵視していたもの。若気の至りというか……今考えたら恥ずかしい)
次期女伯爵として気負っていたのか。それとも、女だからと舐められたくなかったのか。とにかく、当時のソフィアは首位に固執していた。王族を立てることなど頭の片隅にもなく、本気でクリスティアーノと張り合っていたのだ。そんなソフィアに対し、不敬だと言う外野もいたが、そんな外野を諌めてくれていたのもクリスティアーノだった。その一方で、彼はこっそりソフィアを煽ってくることもあった。だから当時から彼が見た目通りではなく、実はいい性格をしていることも知っていたのだ。あの頃はその態度に逐一腹を立てていたが、今考えれば王太子教育も受けていた彼から同じ土俵に立っている者として認められていたことが、どんなにすごいことだったかがわかる。彼の立場からしてみれば無視しても構わなかっただろうに。にもかかわらず、彼はソフィアを無視することはしなかった。
(クリスは昔から『天才』とか『完璧王子』だなんて言われているけど、『努力型の秀才』だし『完璧に見えるよう振舞っている負けず嫌い』だわ。だからこそ、限界がきて今回の入れ替わりを画策したんだろう……と最初は思っていたんだけど)
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