冷酷無慈悲な宰相は小動物系王女に振り回される

黒木メイ

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第五話

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 お互いの高ぶった気持ちが落ち着いてきてようやく二人は身体を離しソファーに座りなおした。ヴィクターはロベリアの体調を気遣いながらも「そういえば」と気になっていたことを口にする。

「ライアン王子と何があったんだ? 陛下はロベリアに直接聞けと言っていたが」

 ロベリアの肩がピクリと揺れ、視線が左右に泳ぎ始める。

「できれば、この後の対応のこともあるので聞かせて欲しいのだが……」

 内容次第では王子であろうともとことん追い詰めてやろうと心の中で企む。しばらく待っていたが、ロベリアは何度も口を開閉して言い辛そうにしていた。

「まさか、ライアン王子を殴ったとかか? それならば、俺が上手いこと情報操作して揉み消し」
「違いますっ。いえ、ある意味それも事実ではあるけれど……ねぇ、ヴィクター」
「なんだ?」

 ロベリアは覚悟を決めた顔で、背筋を真っすぐに顔をあげて言った。

「今の私、いつもとどこか違っていないかしら?」

 目を瞬かせ、ヴィクターは少し距離を開けて改めてロベリアの全身を眺める。上から下まで見て違和感を覚えて、もう一度をソコを確認した。明らかにソコだけサイズアップしている。いや、ソコが目立つだけでよくよく見れば全体的にも少々サイズアップしている気がする。これは一体どうしたことだろうかと首をひねった。

 ロベリアはよくぞ気づいてくれたとばかりに頷き、真剣な顔で語り始めた。話を聞いている途中で、コレは本来自分が聞いていい話ではないと気付いたが、アドニスが許可を出したということはなのだろうと勝手に解釈をした。

「エストリア王家には王族にしか伝わらない秘薬があるの。『美の秘薬』はその一つ。効果は状態維持。飲み続ければ若さを保つことが可能よ。元々は妊娠適齢期の状態を維持して後継者を一人でも多く産ませる為にとつくられたものなの……でも、いつからか『いつまでも若くいたい』という王妃の私欲に使われるようになってしまった。かくいう私もその秘薬を十歳の頃から少量ずつ使用していたのだけれど」

 そんなものがあるとはと、驚いたが歴代の王妃達を思い出してみると確かに年齢不詳の方が多かった。多産な者が多かったのも納得できる。しかし、今気にすることはそんなことではない。

「ロベリア、何故そんな無茶を?」

 ロベリアはショックを受けたような、悲し気な表情を浮かべ、視線を斜め下に向けた。

「私には必要だったの。王女とはいえ、幼女のような見た目なら男性も求婚しづらいでしょう? たとえ結婚したとしても、未発達な身体を理由に白い結婚のままでいられる。……それに、子供のままでいれば、ヴィクターに甘えても変に思われないでしょう?」

 不安気にこちらをちらりと見る。正直、複雑な思いだが、そこまで思われていたのかと思うと怒ることもできない。気づけば手を伸ばし、頭を撫でていた。これまでは頭を撫でられれば嬉しそうにしていたのに、今はどことなく面白くなさそうな顔をしている。それでもヴィクターの手を払いのけようとはしないのを見る限り、嫌ではないのだろうが。

「それで?」

 先を促すと、ロベリアは一安心した様子でヴィクターの手を握り、骨ばった指の関節部分を弄ったりと手遊びをしながら続きを話し始めた。

「公爵家の次男とは上手に婚約破棄できたと思っていたのに、まさかのライアン王子から申し出があって……しかも、お父様も乗り気。このままだと近いうちに本当に結婚することになる。相手が王子ともなれば、世継ぎのことも避けられない。早く何とかしなければと思い、必死にヴィクターにアタックしてはみたものの脈無し。しまいには独身貴族を辞めて、結婚をするとかいうから……そういえばお相手の方とは?」

 誤解を解いていなかったことを思い出し、今度はヴィクターが気まずげに視線を逸らした。

「実は……あの時点ではまだ見合い段階だったんだ。あの時は誤解してもらっていた方がいいと思い否定しなかったが。すまなかった。ちなみにだが、見合い相手にはその場で断られたよ。詳細が知りたいなら陛下にでも聞いてみればいい。腹を抱えて笑いながら教えてくれるだろう」

 ロベリアは目を瞬かせ、「そう」と何でもないことのような顔で頷いた。だが、その目元は嬉しそうに緩んでいる。

「ええと、それで……私はその時ヴィクターは結婚するものだと思っていて、さすがに既婚者になったヴィクターにつきまとう訳にもいかないから……さすがに諦めようと考えたの。だから、もう秘薬を飲む必要もないと思って飲むのをやめたら、成長が一気に始まって。気づけばこの状態よ……肩が凝るって本当だったのね」

 しみじみと呟きながら両手で持ち上げるロベリア。さすがに恥じらいを持って欲しいとジトっとした目でみると、慌てて手を離した。
 だが、確かにこれは危険だ。幼女体型の頃の王女に表立って求婚する者は今までいなかったが、隠れ愛好家は結構な数いた。ところが、こうなってくると少なからず「身体も大人になっているのならば」とかなんとか理由をつけて新たな害虫が湧き出てくるだろう。この姿を公に出す前に手を打っておかねばと対策案を考えていると、ロベリアがライアンの名をだした。
 そうだった。その男の話を知りたかったのだ。

「ライアン王子に城内を案内している途中、私が転びそうになった所を彼が助けてくれたのだけど……その時、たまたまココにライアン王子の手が触れたのよ。思わず私ライアン王子の頬を叩いてしまって、一応すぐに謝ったのよ? でも、ライアン王子は茫然と自分の手を見つめていて。さすがに、心配になってどうしたのかと尋ねたら……いきなり『騙された!』とか騒ぎ始めたの。あの男、ロリコンだったのよ! どうりで色気むんむんの美人な婚約者をフッてまで私に求婚してくるはずだわ! 私頭にきて、わざとその場で騒ぎ立てて大事にして、皆の前で性癖をバラしてやったの! 確か、カイザーだったかしら? ヴィクターと気が合いそうな護衛騎士の方が喚くライアン王子を押さえて謝ってくれたの。カイザーのに免じて許してあげたわ。その後は、そそくさと国へ帰っていって……以上よ」

 ひとしきり喋り切ったロベリアはスッキリした表情で晴れやかに笑っていたが、ヴィクターとしては気になる点が多すぎてそんな余裕はなかった。低く唸るような声が出る。

「いろいろと言いたいことはあるが……あのクソ王子は触ったんだな? 俺よりも先に? ……なるほど」
「ヴィ、ヴィクター?」
「いくら気持ちを自覚する前だとしても腹立たしい。……さて、どうしてくれようか」

 クックックッと悪魔のようだと評される笑い声が腹の底から込み上げてくる。脳裏にいくつものパターンが浮かび上がる。まずは、所有している領地を調べ上げて……

「あ、それは待って。とりあえずコレでも触って落ち着いて、ね?」

 ロベリアが慌てた様子でヴィクターの手をとると己の胸に乗せた。固まるヴィクターをよそにロベリアはヴィクターの手の上に己の手を重ねたまま一生懸命説得を試みる。

「実は個人的なツテを使って報復の一手はもう打ってあるの! だから、私が満足するまではまだ手を出さないで欲しいなって」

「お願い」と首を傾げるロベリア。ヴィクターはといえば手に伝わる柔らかい感触とロベリアのあざとさに衝撃を受けて、すでにライアンのことはどうでもよくなっていた。それよりも理性をフル動員させるのに忙しい。長い間封印されていた感情を抑えるのに必死なのだ。
 ヴィクターの表情が険しいことにようやく気づいたロベリアが慌てて離れようとするがもう遅い。

「ロベリア。おまえには今一度淑女としてのマナーを学んでもらった方がいいようだな。俺がきっちりと教えこんでやろう。マナーを守らなかった場合どうなるのかをな」

 そう言ってニタリと笑ったヴィクターは悪魔を通り越して魔王の如き雰囲気を纏っていた。それを間近で見たロベリアはと言えば顔を真っ赤にしてうっとりと見上げている。
 そうだった、昔からこの子は何故かヴィクターが凄めば凄むほどキラキラした目で見つめてくるのだ。最初は幼すぎてヴィクターの怖さを理解できていないのかと思っていたがいつまで経っても変わらない。むしろ、懐き具合は年を取ることに増していた。気が付けば、絆されていたのはヴィクターの方だった。きまぐれに頭を撫でたのが最初だったが、その時のロベリアがあまりにも嬉しそうに喜んだので、ヴィクターも何かあった時はロベリアの頭を撫でるのが癖になった。

 そうか、もしかしたら自分にとってロベリアはとっくの昔に唯一の人になっていたのかもしれない。

「その顔を俺以外の前でするなよ」
「ヴィクターも私以外を可愛がってはダメよ」
「ああ、もちろん」

 言われずとも、ロベリア以外を可愛がるつもりも、他に与える優しさも持ち合わせてはいない。二人は本日何度目かわからない口づけを交わした。

 その後、無意識に煽りまくるロベリアにいよいよ理性を保てなくなったヴィクターが覆いかぶさったタイミングでセバスを引き連れたアドニスがけたたましい音を立てて扉を蹴破り入ってきた。この時のアドニスの顔からは珍しく表情が抜け落ち、瞳孔が開き切っていた。

 小一時間たっぷり、チクチク、グサグサと存分に二人を言葉で刺したアドニスはスッキリした顔で、一枚の婚姻成約証を取り出した。まさかの、その場で婚姻が成立してしまったのである。
 その成約証がだいぶ前から用意されていたものだとヴィクターが気づいたのはそれから数日後のことである。思わず遠い目になったのは致し方ないだろう。
 そして、今日もまた執務室の扉がけたたましい音を立てて開けられるのである。
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