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第1話 地獄への片道切符
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今、もしあなたが当時の俺と同じような境遇にいて、この文章を読んでいるなら、まずは深呼吸をしてほしい。そして、俺がこれから書く失敗を、絶対に繰り返さないでほしい。
たとえ手元に金がなくても、奨学金をつぎ込んででも、あるいは休学してでも、大学だけはしがみついて卒業するべきだ。大卒という切符があれば、もっとまともで、もっと給料の良い仕事は山のようにある。当時の俺は、その「当たり前」を想像するには、あまりに社会経験が乏しすぎた。
これは、一人の人間が自ら首を絞め、社畜と化した時の記録だ。
あの冬のことを思い出すたびに、胸の奥が少しだけ冷たくなる。
当時の俺は、東京のFラン大学に通う、普通の大学生だった。特別に意識が高いわけでもなければ、将来の夢がはっきり決まっていたわけでもない。ただ、授業に出て、バイトをして、友達と飯を食って、たまに将来のことをぼんやり考える。そんな平凡な毎日を送っていた。大学生活というのは、永遠ではないと分かっていても、どこかで「しばらくはこのまま続く」と信じてしまうものだ。俺もそうだった。
大学三年の冬が来るまでは。
その冬、父が突然倒れた。
病名を聞いたときの衝撃は、今でも言葉にしきれない。電話口の母の声は震えていて、俺は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。頭では聞こえているのに、意味が入ってこない。病院の白い廊下、消毒液の匂い、青白い蛍光灯の明かり。あとから思い返すと、記憶に残っているのはそんな断片ばかりだ。父はベッドの上で、以前よりずっと小さく見えた。
その日を境に、俺の中で「普通」はあっけなく壊れた。
うちは裕福な家庭ではなかった。俺は奨学金を借りて大学に通っていたし、母はずっと専業主婦だった。父が働いて、家計を支えていた。だから父が倒れたという事実は、そのまま家の経済が傾くことを意味していた。病気そのものへの不安ももちろん大きかったが、それと同じくらい、いや場合によってはそれ以上に、金のことが現実として重くのしかかってきた。
入院費はどうするのか。今後の生活費は。俺の学費は。奨学金の返済だって、先の話だと思っていたのに、急に目の前へ引き寄せられた気がした。
あの頃の俺は、まだ子どもだったんだと思う。年齢だけ見れば大人の入口に立っていたかもしれない。でも、社会を知らなかった。働くことの現実も、雇われることの意味も、自分の労働がどんな条件で買われるのかも、何ひとつ分かっていなかった。ただひとつ分かっていたのは、「今すぐ金が必要だ」ということだけだった。
父が倒れたのは冬だった。当然、世の中では新卒の就活シーズンから外れていた。企業の採用活動には波がある。今ならそんな当たり前のことも分かる。でも当時の俺は、とにかく働ける場所が必要だった。正社員でなくてもいい。アルバイトでもいい。とにかく、すぐに雇ってくれるところ。俺が学歴や経歴を問われる前に、「来ていいよ」と言ってくれる場所を必死で探した。
求人サイトを見て、聞いたことのない会社名を何度も検索した。怪しいと思う気持ちより、条件に目が向いていた。「即勤務可」「未経験歓迎」「人柄重視」。そんな言葉に救われるような気持ちになっていた。いや、救われたかったんだと思う。
そうして見つけたのが、隣の県にあるその会社だった。
募集内容は、今振り返ると妙に曖昧だった。仕事の説明もふわっとしていたし、待遇も細かく見るとよく分からない部分が多かった。でも当時の俺には、それよりも大きく見えたものがあった。「面接は形だけ」「ほぼ確実に採用」という言葉だ。百パーセント採ってくれる、という話を聞いたとき、俺はそれだけで胸をなで下ろした。選ばれないかもしれない恐怖より、選んでもらえる安心のほうが、ずっと魅力的だった。
実際に会社にも訪問した。
駅から少し離れた場所にあって、建物自体は決して立派ではなかったが、古びているというほどでもなかった。中に通されると、社員の人たちはみんな感じがよかった。受付で案内してくれた人も丁寧だったし、すれ違った社員も笑顔で挨拶してきた。面接室に通されるまでのあいだに話しかけてくれた人もいて、「緊張しなくて大丈夫ですよ」と言ってくれた。
人がいい会社なんだな、と思った。
今なら分かる。職場の空気の良さと、労働条件の良さは、まったく別の話だ。いい人たちがいる会社でも、平気で人を壊すような働かせ方をすることはある。でもあの頃の俺は、そんなことを知らなかった。社員の人たちが親切だった、それだけでかなり安心してしまったのだ。むしろ、「こんないい人たちのいる会社なら大丈夫だろう」とさえ思っていた。
面接も、本当に形だけのようなものだった。志望動機らしいことを少し聞かれ、家から通えるのか、いつから来られるのかを確認され、それでほぼ終わった。俺が父の病気のことや、急いで働かなければならない事情を少し話すと、面接官の部長は何度もうなずきながら「大変だったね」と言ってくれた。その言葉に、俺はかなり救われた気持ちになった。追い詰められている人間は、正しい条件よりも、優しい言葉にすがってしまうことがある。
本来の話では、週二日の勤務になるはずだった。学生の身分のまま、自分の生活を賄うような働き方。最初に求人を見たとき、俺もそのつもりでいた。正直、それでは足りないと思っていたが、ゼロよりはましだと自分に言い聞かせていた。
ところが、面接の途中で部長がふと身を乗り出してきた。
「フルタイムで働いてくれるか?」
その一言で、話の流れが変わった。
部長は続けて、フルタイムになれば手当がつくこと、給料が今の想定の倍くらいになることを説明した。詳しい金額まではもう覚えていない。ただ、そのときの俺の頭の中に残ったのは、「倍になる」という言葉だけだった。倍。今必要な金を埋めるには、あまりにも魅力的な響きだった。
お金が必要だった。
それに尽きる。
俺は実際にはほとんど迷っていなかった。迷う余裕がなかったと言ったほうが正しいかもしれない。父は病院にいる。母は家にいる。俺が動かなきゃいけない。俺が稼がなきゃいけない。そう思い込んでいた。
「お願いします」
俺はそう言った。
その瞬間、自分が大人になったような気がした。家族のために働くことを選んだ。逃げなかった。そういう自己満足に近い感情も、少しはあったと思う。でも本当は、大人になったんじゃない。ただ、何も分からないまま、人生のハンドルを急に握らされただけだった。
面接の最後に、労働契約についての説明らしきものがあった。パソコンの画面に何かの書類が映されていて、給与や勤務時間らしき項目が並んでいた。でも、ちゃんと一枚ずつ確認したわけじゃない。印刷されたものを渡されることもなかったし、俺が署名をすることもなかった。画面を見せながら、「こういう形になるから」と軽く説明されただけだ。
そのとき、ほんの少しだけ引っかかった。
あれ、契約ってこんなものなのか、と思った。けれど、その違和感を言葉にするだけの知識がなかった。何が足りないのかも分からない。今ならはっきり言える。そこは、絶対に立ち止まるべきポイントだった。書面をもらうべきだったし、内容を確認すべきだったし、納得できなければ保留にすべきだった。でもあの頃の俺にとっては、「雇ってもらえる」という事実のほうが重かった。
こうして、俺はその会社で働くことを決めた。
大学の教務課で退学届けを出す。大学の同期たちは、試験を終えて冬休みだ。静かなキャンパスの中で、粛々と手続きは終わった。東京で借りていた賃貸は引き払った。学生の一人暮らし用の狭い部屋だったが、それでも俺にとっては自由の象徴みたいな場所だった。大学の教科書や着なくなった服、安い家具、使い込んだ炊飯器。生活の痕跡を段ボールに詰め込みながら、俺は自分が元の生活に戻れないことを薄々感じていた。
会社の近くで、安いアパートを借りた。築年数の古い、壁の薄い部屋だった。駅から遠く、周りにはコンビニと古びたドラッグストアがあるくらいで、夜になると静かすぎるほど静かだった。初めてその部屋に荷物を運び込んだとき、妙に空気が冷たく感じたのを覚えている。カーテンもまだついていない窓の向こうに、見知らぬ土地の夜が広がっていた。
不安がなかったわけじゃない。
でも、それ以上に俺は自分に言い聞かせていた。これでいいんだ、と。家族のためなんだから、と。今は選んでいられないんだから、と。
そうやって、自分の中の小さな違和感をひとつずつ消していった。
社員の人たちはいい人そうだった。面接でも優しくしてくれた。すぐに採用してくれた。給料も増えると言っていた。だから大丈夫だ。きっと何とかなる。そう思い込もうとしていた。
だけど、人生が崩れ始めるときって、派手な音はしない。
それは静かに始まるんだ。
都内の部屋を引き払い、見知らぬ土地の安アパートに移り住み、翌日から会社へ行く準備をした夜、俺は布団の上で天井を見つめていた。新生活への期待なんてものはなかった。ただ、明日からちゃんと稼がなければならないという焦りだけが、胸の中で重く沈んでいた。
あのときの俺は、まだ知らなかった。
その会社が、俺の時間も、体力も、感覚も、少しずつ削り取っていく場所だということを。
知らなかったから、眠ろうとした。
知らなかったから、朝が来るのを待った。
そして、俺の社畜生活が、次の日から始まった。
たとえ手元に金がなくても、奨学金をつぎ込んででも、あるいは休学してでも、大学だけはしがみついて卒業するべきだ。大卒という切符があれば、もっとまともで、もっと給料の良い仕事は山のようにある。当時の俺は、その「当たり前」を想像するには、あまりに社会経験が乏しすぎた。
これは、一人の人間が自ら首を絞め、社畜と化した時の記録だ。
あの冬のことを思い出すたびに、胸の奥が少しだけ冷たくなる。
当時の俺は、東京のFラン大学に通う、普通の大学生だった。特別に意識が高いわけでもなければ、将来の夢がはっきり決まっていたわけでもない。ただ、授業に出て、バイトをして、友達と飯を食って、たまに将来のことをぼんやり考える。そんな平凡な毎日を送っていた。大学生活というのは、永遠ではないと分かっていても、どこかで「しばらくはこのまま続く」と信じてしまうものだ。俺もそうだった。
大学三年の冬が来るまでは。
その冬、父が突然倒れた。
病名を聞いたときの衝撃は、今でも言葉にしきれない。電話口の母の声は震えていて、俺は一瞬、何を言われているのか理解できなかった。頭では聞こえているのに、意味が入ってこない。病院の白い廊下、消毒液の匂い、青白い蛍光灯の明かり。あとから思い返すと、記憶に残っているのはそんな断片ばかりだ。父はベッドの上で、以前よりずっと小さく見えた。
その日を境に、俺の中で「普通」はあっけなく壊れた。
うちは裕福な家庭ではなかった。俺は奨学金を借りて大学に通っていたし、母はずっと専業主婦だった。父が働いて、家計を支えていた。だから父が倒れたという事実は、そのまま家の経済が傾くことを意味していた。病気そのものへの不安ももちろん大きかったが、それと同じくらい、いや場合によってはそれ以上に、金のことが現実として重くのしかかってきた。
入院費はどうするのか。今後の生活費は。俺の学費は。奨学金の返済だって、先の話だと思っていたのに、急に目の前へ引き寄せられた気がした。
あの頃の俺は、まだ子どもだったんだと思う。年齢だけ見れば大人の入口に立っていたかもしれない。でも、社会を知らなかった。働くことの現実も、雇われることの意味も、自分の労働がどんな条件で買われるのかも、何ひとつ分かっていなかった。ただひとつ分かっていたのは、「今すぐ金が必要だ」ということだけだった。
父が倒れたのは冬だった。当然、世の中では新卒の就活シーズンから外れていた。企業の採用活動には波がある。今ならそんな当たり前のことも分かる。でも当時の俺は、とにかく働ける場所が必要だった。正社員でなくてもいい。アルバイトでもいい。とにかく、すぐに雇ってくれるところ。俺が学歴や経歴を問われる前に、「来ていいよ」と言ってくれる場所を必死で探した。
求人サイトを見て、聞いたことのない会社名を何度も検索した。怪しいと思う気持ちより、条件に目が向いていた。「即勤務可」「未経験歓迎」「人柄重視」。そんな言葉に救われるような気持ちになっていた。いや、救われたかったんだと思う。
そうして見つけたのが、隣の県にあるその会社だった。
募集内容は、今振り返ると妙に曖昧だった。仕事の説明もふわっとしていたし、待遇も細かく見るとよく分からない部分が多かった。でも当時の俺には、それよりも大きく見えたものがあった。「面接は形だけ」「ほぼ確実に採用」という言葉だ。百パーセント採ってくれる、という話を聞いたとき、俺はそれだけで胸をなで下ろした。選ばれないかもしれない恐怖より、選んでもらえる安心のほうが、ずっと魅力的だった。
実際に会社にも訪問した。
駅から少し離れた場所にあって、建物自体は決して立派ではなかったが、古びているというほどでもなかった。中に通されると、社員の人たちはみんな感じがよかった。受付で案内してくれた人も丁寧だったし、すれ違った社員も笑顔で挨拶してきた。面接室に通されるまでのあいだに話しかけてくれた人もいて、「緊張しなくて大丈夫ですよ」と言ってくれた。
人がいい会社なんだな、と思った。
今なら分かる。職場の空気の良さと、労働条件の良さは、まったく別の話だ。いい人たちがいる会社でも、平気で人を壊すような働かせ方をすることはある。でもあの頃の俺は、そんなことを知らなかった。社員の人たちが親切だった、それだけでかなり安心してしまったのだ。むしろ、「こんないい人たちのいる会社なら大丈夫だろう」とさえ思っていた。
面接も、本当に形だけのようなものだった。志望動機らしいことを少し聞かれ、家から通えるのか、いつから来られるのかを確認され、それでほぼ終わった。俺が父の病気のことや、急いで働かなければならない事情を少し話すと、面接官の部長は何度もうなずきながら「大変だったね」と言ってくれた。その言葉に、俺はかなり救われた気持ちになった。追い詰められている人間は、正しい条件よりも、優しい言葉にすがってしまうことがある。
本来の話では、週二日の勤務になるはずだった。学生の身分のまま、自分の生活を賄うような働き方。最初に求人を見たとき、俺もそのつもりでいた。正直、それでは足りないと思っていたが、ゼロよりはましだと自分に言い聞かせていた。
ところが、面接の途中で部長がふと身を乗り出してきた。
「フルタイムで働いてくれるか?」
その一言で、話の流れが変わった。
部長は続けて、フルタイムになれば手当がつくこと、給料が今の想定の倍くらいになることを説明した。詳しい金額まではもう覚えていない。ただ、そのときの俺の頭の中に残ったのは、「倍になる」という言葉だけだった。倍。今必要な金を埋めるには、あまりにも魅力的な響きだった。
お金が必要だった。
それに尽きる。
俺は実際にはほとんど迷っていなかった。迷う余裕がなかったと言ったほうが正しいかもしれない。父は病院にいる。母は家にいる。俺が動かなきゃいけない。俺が稼がなきゃいけない。そう思い込んでいた。
「お願いします」
俺はそう言った。
その瞬間、自分が大人になったような気がした。家族のために働くことを選んだ。逃げなかった。そういう自己満足に近い感情も、少しはあったと思う。でも本当は、大人になったんじゃない。ただ、何も分からないまま、人生のハンドルを急に握らされただけだった。
面接の最後に、労働契約についての説明らしきものがあった。パソコンの画面に何かの書類が映されていて、給与や勤務時間らしき項目が並んでいた。でも、ちゃんと一枚ずつ確認したわけじゃない。印刷されたものを渡されることもなかったし、俺が署名をすることもなかった。画面を見せながら、「こういう形になるから」と軽く説明されただけだ。
そのとき、ほんの少しだけ引っかかった。
あれ、契約ってこんなものなのか、と思った。けれど、その違和感を言葉にするだけの知識がなかった。何が足りないのかも分からない。今ならはっきり言える。そこは、絶対に立ち止まるべきポイントだった。書面をもらうべきだったし、内容を確認すべきだったし、納得できなければ保留にすべきだった。でもあの頃の俺にとっては、「雇ってもらえる」という事実のほうが重かった。
こうして、俺はその会社で働くことを決めた。
大学の教務課で退学届けを出す。大学の同期たちは、試験を終えて冬休みだ。静かなキャンパスの中で、粛々と手続きは終わった。東京で借りていた賃貸は引き払った。学生の一人暮らし用の狭い部屋だったが、それでも俺にとっては自由の象徴みたいな場所だった。大学の教科書や着なくなった服、安い家具、使い込んだ炊飯器。生活の痕跡を段ボールに詰め込みながら、俺は自分が元の生活に戻れないことを薄々感じていた。
会社の近くで、安いアパートを借りた。築年数の古い、壁の薄い部屋だった。駅から遠く、周りにはコンビニと古びたドラッグストアがあるくらいで、夜になると静かすぎるほど静かだった。初めてその部屋に荷物を運び込んだとき、妙に空気が冷たく感じたのを覚えている。カーテンもまだついていない窓の向こうに、見知らぬ土地の夜が広がっていた。
不安がなかったわけじゃない。
でも、それ以上に俺は自分に言い聞かせていた。これでいいんだ、と。家族のためなんだから、と。今は選んでいられないんだから、と。
そうやって、自分の中の小さな違和感をひとつずつ消していった。
社員の人たちはいい人そうだった。面接でも優しくしてくれた。すぐに採用してくれた。給料も増えると言っていた。だから大丈夫だ。きっと何とかなる。そう思い込もうとしていた。
だけど、人生が崩れ始めるときって、派手な音はしない。
それは静かに始まるんだ。
都内の部屋を引き払い、見知らぬ土地の安アパートに移り住み、翌日から会社へ行く準備をした夜、俺は布団の上で天井を見つめていた。新生活への期待なんてものはなかった。ただ、明日からちゃんと稼がなければならないという焦りだけが、胸の中で重く沈んでいた。
あのときの俺は、まだ知らなかった。
その会社が、俺の時間も、体力も、感覚も、少しずつ削り取っていく場所だということを。
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そして、俺の社畜生活が、次の日から始まった。
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