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第六十九話
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未だ計画とも呼べぬほどにぼんやりとしたものだが、取るべき行動はなんとなく見えていた。呪い師に怨念を持たせ、それが解き放たれるのを再び目にする──という目的を果たすまでの工程は、様々であれどどれも単純とは言えない。今のままではいけないということ、まずは何事もできるだけ大きくしておくということ。後者はどちらかといえば、自分が何か大きいものの上に立ちたいという情熱の方が強かったが。
とある旅芸人の一座が芸をしているのを見て、これだと思った。自分も腕のいい芸人を集め、一つの大きな団体を作る。それを移動させながら、金を稼ぎ、目的に向けてもまた行動する。思いついた瞬間に、扈珀にそのことを話した。扈珀は「急には無理でしょう。まず、あなたは芸などしたことがあるのですか」と言って、目を見開かせた。さすが元村長ながらに、物事を冷静に考えられるだけの頭は持っているらしい。しかし、そこで悩んでも仕方がない。考えは変わりそうになかったし、扈珀の言うことも聞かずに、俺は目に止まった芸人に片っ端から話しかけた。とにかく、燃えていた。顔の綺麗で、腕もまた良い芸人だけを集めたいと熱心に語ると、芸人は皆自分について行こうと言った。顔の綺麗な者を探すのには苦労したが、次第に自分の下につく数は増えていった。彼らの芸を常に熱心に見て、普通とどこが違うのかを見極める。自分が出来なくとも、芸をみる目は育てるべきだと思った。
また、芸というものは、限りなく美しいとも思うようになった。まるで呪いの如く、不思議な力が働いているように見えるのだ。素晴らしい芸をする者は、その周りの空気が変る。あの時見た、怨念が解き放たれる瞬間の快さ、美しさと僅かだが似ていた。特に、歌と手妻がいい。形容し難いが、それをする芸人が、何か人間ではないような気さえ感じる。
「紅隆様。とても良い菓子をお客様からくださったの。奥様にも御差し入れしたいのですが」
女が、弾んだ声でそう言いながら自分に駆け寄ってくる。名は、白藍といった。
「水晶にか?」
「ええ」
不思議な娘だった。ただ、お転婆なだけとは言い難い。芸人としての素質もあるが、何より行動に首を傾げるようなものがあった。陰気で、とても人間を寄せ付けないような性格である、扈珀と水晶に妙に近寄りたがるのだ。扈珀に恋心を抱いているというのならば、多少納得がいくが、それが何故水晶にまで……。
「駄目かしら」
大きな瞳が、こちらを見上げている。嫌いではないが、理解の及ばない類の人間だと思った。
「やってこい」
言うと、白藍がぱっと顔を綻ばせた。
「ありがとうございます」
頭を下げて、駆け出していく。と思えば、何かを思い出したように立ち止まって、またこちらの方に急いで寄ってきた。
「紅隆様にもひとつ、どうぞ」
腕を取られた瞬間、掌に小さな包みが乗せられる。白藍の顔を見た。白藍は、先程よりもずっと明るく、にこりと笑った。
*
とある村で、鄭義と李順という子どもを拾った。特に、鄭義という方は何か独特で、そこらにいる子どもとは違った。いや、明らかに違う。水晶を見て、すぐに普通の人間ではないの気づいたのだ。何が見える、と聞くと、鄭義は「変なもの」と答えた。
「それは、黒い影のようなものか?」
鄭義だけを自分のもとへ呼んで、そう問う。その目はどこか不気味で、子どもらしいとも言えなかった。
「……いや。黒くはない」
「ほう。では、なんだ」
「変なものだよ。いきものみたいで、でもそれが……なんというか」
鄭義が、顔を顰めた。いきもの、という単語を、頭の中で繰り返す。
「あの女にまとわりついてた、その変なものってのは、あの女とはまた違ういきものみたいに見えたんだ」
鄭義の眉間に、更に皺が寄る。必死に、言葉を選んでいるかのようだった。
「色は、黒じゃなかった。何色にも見えるよ、白だったり、灰色だったり、青だったり。何かの動物に似ている訳でもない。あの女の一部のように、ただ振舞ってるだけだ。動物でいう尻尾みたいに、違和感なく」
「……」
「というか、あんたらもおかしいと思う。いや、あんたじゃないが、芸人ってやつがそもそもおかしいな。特にすごかった芸人は、いくらかあの女と似たような雰囲気を感じた。あの女ほど、強くないけど」
「なに?」
鄭義の目を、じっと見た。ますます、関心が高まってくる。
「俺は、芸人というものは今日、はじめて見た。でも、まるで人間じゃないと思ったな。やっぱり、うっすら『変なもの』がついてるんだよ。そういうもんなのか?」
「……それが見えているのは、たぶんお前だけだぞ」
「そうか。でも、見えてるのは確かなんだ。もし芸人がそういうもんなら、あの女、とんでもなくすごい芸人なんだろう?」
俺は首を振って、ついにやりと笑った。なんという出会いをしたものだ。この少年は、もしかすると呪い師よりも貴重な存在かもしれない。
「水晶は、呪い師というものでな」
鄭義の目が、見開く。
「呪い師?」
「ああ。芸人よりも、もっとすごい。世にも不思議な力を使う」
「え……」
俺は笑って、鄭義の肩を叩いた。腰をかがめて、耳元で囁く。
「俺は、その呪い師を欲している。水晶だけでは、足りんのでな。お前には、それを探す仕事をしてほしい。それとお前が言った、芸人にも変なものがついているというのも、忘れないでおくよ」
鄭義が、とりあえずというように、小さく頷く。
「他になにかわかったら教えてくれ。いいか、俺だけにだ。扈珀にも言うな」
「扈珀にも……?」
「俺の言うことだけを聞いていろ。俺がいちばん、偉いのだからな」
鄭義の肩が、僅かだが動いた。もう一度、その肩をぽんと叩く。手にいくつかの銭を渡して、俺はまた笑った。目の前の少年は、手の中の銭を、しばらくの間じっと見つめていた。
*
「水晶」
呼ぶと、白すぎるほどに白い顔がゆっくりと上がった。既に寝台に腰掛けていて、自分のことを待っていたようにも見える。
隣に、息をついて座った。昨夜まで移動で、今日久々に興行をしたのだ。少し大きな町なので、しばらくはここに滞在することになる。宿も、多少いいものを借りた。
「お前も、何か芸をするか?」
半ば、冗談だった。笑わずに言ったが、水晶は理解しているかもわからない。水晶は、黙ったまま首を振った。
「他の芸人にも劣らない、なかなかの美人だと思うがな」
本当にそう思っているのかは、考えなかった。必要がないからだ。
「興味が、ありません」
「そうか」
水晶は、動じる素振りをも見せない。確かに、水晶は芸人の芸をまともに見ようとしたことがなかった。ふと、水晶の手元を見る。水晶は、何か紙切れのようなものを手に握っていた。しばらく見ていて、それが菓子の包みだとわかった。
「菓子を、食べていたのか」
「いえ……。これは、白藍の」
「白藍? ああ、この間の」
しかし、あれはもっと前のことだったはずだ。今も、大事に持っているのだろうか。
「白藍のことが、好きなのだな」
下を向いて、水晶が包みを懐にしまった。やはり、寂しいのだろう。扈珀から聞いたことを、ぼんやりと思い出した。両親が死んでからはずっとひとりで、それまで水晶を崇拝していた人間も離れていったのだという。
それでも、不思議と情は湧いてこなかった。どうでもいいのだ。呪い師とは、そんなものだとも知っている。自分も同じように、道具として見ているところがあるのかもしれない。
呪い師で思い出して、俺は鄭義から聞いたことを話してみようと思った。もう大分慣れたのだし、恐らく答えてはくれるはずだ。
「お前、自分の身に、何か生き物のようなものがついているという感じはするか?」
水晶が、ぴくりと眉を動かした。少しの間のあとに、小さな声で言う。
「特に」
「ほう、そうか。なら、芸人が他の人間となんとなく違う、と感じることは?」
水晶は、顔を上げて私を怪訝そうに見た。
「……それも、特には」
「うむ、わかった。ならいい」
どうやら、呪い師本人にもわからないらしい。だとすれば、鄭義が特別なのか、それともでたらめな勘のようなものなのか。確かめようも信憑性もないが、かといって忘れる訳にもいかなかった。
「お前自身、呪い師そのものについては何も知らないのだな?」
「ほとんど。呪いの使える、特殊な人間なのだということくらい」
ため息をつく。それが当たり前なのかもしれないが、どうしても呪い師には何かがあると思ってならない。しかもそれが、芸人との結び付きがあるということ。それなら、自分が旅芸人の一座の興行を見て感銘を受けたことは、偶然ではないはずだ。
「紅隆様」
水晶が、ぽつりと俺の名を呟いた。
「私は、書に記されてある呪いしか、使うことができないのです。だから、私は能無しなのです。持ってきた少ない書に記されているものも、覚えている模様もあと僅かとなりました」
水晶が、拳を握りしめる。そればかりは、どうしようもなかった。自分がいた村にも、書はあったのかもしれない。しかし、どちらにせよ焼けてしまっている。
「紅隆様は、様々な呪いを見てみたいのでしょう。呪い師が各地に存在しているならば、その分種類もあるだろうと」
「まあ、ここまで簡単に見つからぬものとは思わなかった」
「やはり、私ひとりでは足りませんね。他の呪い師が見つかれば、私は用無しになります」
「何を、言うのだ」
突然ひねくれたようなことを言うので、俺は少し驚いた。水晶が、続ける。
「私は、役立たずですから」
「お前は、俺の妻だろう。そんなことは関係ない。お前との間に、子も欲しい」
「呪い師の、子ですか」
「まあ、できればそうだといいが……」
何か、試されているのだろうか。しかし、どうしようもない。とりあえず、言えることだけ言っておこうと思った。
「たとえ子が呪い師でなくても、俺はお前を愛し続ける。捨てもしない。愛しているからだ」
肩に腕を回す。水晶が、自分から顔を逸らした。照れている時の仕草だったので、俺は聊か安心した。
「お前は、俺にとって世界一の女だよ」
目を、瞑る。僅かな頭痛が、一瞬だけ走った。世界一。本当に、か?
暗闇の中で、ひとつの影が浮かび上がる。呂江の、母だった。世界一美しい、呂江の母の顔。胸が締め付けられるような感覚、まさにあの時と同じ痛みが──。
瞼を無理に開き、水晶を強く抱いた。胸に顔を埋めても、瞼の裏からは、呂江の母は消えなかった。
とある旅芸人の一座が芸をしているのを見て、これだと思った。自分も腕のいい芸人を集め、一つの大きな団体を作る。それを移動させながら、金を稼ぎ、目的に向けてもまた行動する。思いついた瞬間に、扈珀にそのことを話した。扈珀は「急には無理でしょう。まず、あなたは芸などしたことがあるのですか」と言って、目を見開かせた。さすが元村長ながらに、物事を冷静に考えられるだけの頭は持っているらしい。しかし、そこで悩んでも仕方がない。考えは変わりそうになかったし、扈珀の言うことも聞かずに、俺は目に止まった芸人に片っ端から話しかけた。とにかく、燃えていた。顔の綺麗で、腕もまた良い芸人だけを集めたいと熱心に語ると、芸人は皆自分について行こうと言った。顔の綺麗な者を探すのには苦労したが、次第に自分の下につく数は増えていった。彼らの芸を常に熱心に見て、普通とどこが違うのかを見極める。自分が出来なくとも、芸をみる目は育てるべきだと思った。
また、芸というものは、限りなく美しいとも思うようになった。まるで呪いの如く、不思議な力が働いているように見えるのだ。素晴らしい芸をする者は、その周りの空気が変る。あの時見た、怨念が解き放たれる瞬間の快さ、美しさと僅かだが似ていた。特に、歌と手妻がいい。形容し難いが、それをする芸人が、何か人間ではないような気さえ感じる。
「紅隆様。とても良い菓子をお客様からくださったの。奥様にも御差し入れしたいのですが」
女が、弾んだ声でそう言いながら自分に駆け寄ってくる。名は、白藍といった。
「水晶にか?」
「ええ」
不思議な娘だった。ただ、お転婆なだけとは言い難い。芸人としての素質もあるが、何より行動に首を傾げるようなものがあった。陰気で、とても人間を寄せ付けないような性格である、扈珀と水晶に妙に近寄りたがるのだ。扈珀に恋心を抱いているというのならば、多少納得がいくが、それが何故水晶にまで……。
「駄目かしら」
大きな瞳が、こちらを見上げている。嫌いではないが、理解の及ばない類の人間だと思った。
「やってこい」
言うと、白藍がぱっと顔を綻ばせた。
「ありがとうございます」
頭を下げて、駆け出していく。と思えば、何かを思い出したように立ち止まって、またこちらの方に急いで寄ってきた。
「紅隆様にもひとつ、どうぞ」
腕を取られた瞬間、掌に小さな包みが乗せられる。白藍の顔を見た。白藍は、先程よりもずっと明るく、にこりと笑った。
*
とある村で、鄭義と李順という子どもを拾った。特に、鄭義という方は何か独特で、そこらにいる子どもとは違った。いや、明らかに違う。水晶を見て、すぐに普通の人間ではないの気づいたのだ。何が見える、と聞くと、鄭義は「変なもの」と答えた。
「それは、黒い影のようなものか?」
鄭義だけを自分のもとへ呼んで、そう問う。その目はどこか不気味で、子どもらしいとも言えなかった。
「……いや。黒くはない」
「ほう。では、なんだ」
「変なものだよ。いきものみたいで、でもそれが……なんというか」
鄭義が、顔を顰めた。いきもの、という単語を、頭の中で繰り返す。
「あの女にまとわりついてた、その変なものってのは、あの女とはまた違ういきものみたいに見えたんだ」
鄭義の眉間に、更に皺が寄る。必死に、言葉を選んでいるかのようだった。
「色は、黒じゃなかった。何色にも見えるよ、白だったり、灰色だったり、青だったり。何かの動物に似ている訳でもない。あの女の一部のように、ただ振舞ってるだけだ。動物でいう尻尾みたいに、違和感なく」
「……」
「というか、あんたらもおかしいと思う。いや、あんたじゃないが、芸人ってやつがそもそもおかしいな。特にすごかった芸人は、いくらかあの女と似たような雰囲気を感じた。あの女ほど、強くないけど」
「なに?」
鄭義の目を、じっと見た。ますます、関心が高まってくる。
「俺は、芸人というものは今日、はじめて見た。でも、まるで人間じゃないと思ったな。やっぱり、うっすら『変なもの』がついてるんだよ。そういうもんなのか?」
「……それが見えているのは、たぶんお前だけだぞ」
「そうか。でも、見えてるのは確かなんだ。もし芸人がそういうもんなら、あの女、とんでもなくすごい芸人なんだろう?」
俺は首を振って、ついにやりと笑った。なんという出会いをしたものだ。この少年は、もしかすると呪い師よりも貴重な存在かもしれない。
「水晶は、呪い師というものでな」
鄭義の目が、見開く。
「呪い師?」
「ああ。芸人よりも、もっとすごい。世にも不思議な力を使う」
「え……」
俺は笑って、鄭義の肩を叩いた。腰をかがめて、耳元で囁く。
「俺は、その呪い師を欲している。水晶だけでは、足りんのでな。お前には、それを探す仕事をしてほしい。それとお前が言った、芸人にも変なものがついているというのも、忘れないでおくよ」
鄭義が、とりあえずというように、小さく頷く。
「他になにかわかったら教えてくれ。いいか、俺だけにだ。扈珀にも言うな」
「扈珀にも……?」
「俺の言うことだけを聞いていろ。俺がいちばん、偉いのだからな」
鄭義の肩が、僅かだが動いた。もう一度、その肩をぽんと叩く。手にいくつかの銭を渡して、俺はまた笑った。目の前の少年は、手の中の銭を、しばらくの間じっと見つめていた。
*
「水晶」
呼ぶと、白すぎるほどに白い顔がゆっくりと上がった。既に寝台に腰掛けていて、自分のことを待っていたようにも見える。
隣に、息をついて座った。昨夜まで移動で、今日久々に興行をしたのだ。少し大きな町なので、しばらくはここに滞在することになる。宿も、多少いいものを借りた。
「お前も、何か芸をするか?」
半ば、冗談だった。笑わずに言ったが、水晶は理解しているかもわからない。水晶は、黙ったまま首を振った。
「他の芸人にも劣らない、なかなかの美人だと思うがな」
本当にそう思っているのかは、考えなかった。必要がないからだ。
「興味が、ありません」
「そうか」
水晶は、動じる素振りをも見せない。確かに、水晶は芸人の芸をまともに見ようとしたことがなかった。ふと、水晶の手元を見る。水晶は、何か紙切れのようなものを手に握っていた。しばらく見ていて、それが菓子の包みだとわかった。
「菓子を、食べていたのか」
「いえ……。これは、白藍の」
「白藍? ああ、この間の」
しかし、あれはもっと前のことだったはずだ。今も、大事に持っているのだろうか。
「白藍のことが、好きなのだな」
下を向いて、水晶が包みを懐にしまった。やはり、寂しいのだろう。扈珀から聞いたことを、ぼんやりと思い出した。両親が死んでからはずっとひとりで、それまで水晶を崇拝していた人間も離れていったのだという。
それでも、不思議と情は湧いてこなかった。どうでもいいのだ。呪い師とは、そんなものだとも知っている。自分も同じように、道具として見ているところがあるのかもしれない。
呪い師で思い出して、俺は鄭義から聞いたことを話してみようと思った。もう大分慣れたのだし、恐らく答えてはくれるはずだ。
「お前、自分の身に、何か生き物のようなものがついているという感じはするか?」
水晶が、ぴくりと眉を動かした。少しの間のあとに、小さな声で言う。
「特に」
「ほう、そうか。なら、芸人が他の人間となんとなく違う、と感じることは?」
水晶は、顔を上げて私を怪訝そうに見た。
「……それも、特には」
「うむ、わかった。ならいい」
どうやら、呪い師本人にもわからないらしい。だとすれば、鄭義が特別なのか、それともでたらめな勘のようなものなのか。確かめようも信憑性もないが、かといって忘れる訳にもいかなかった。
「お前自身、呪い師そのものについては何も知らないのだな?」
「ほとんど。呪いの使える、特殊な人間なのだということくらい」
ため息をつく。それが当たり前なのかもしれないが、どうしても呪い師には何かがあると思ってならない。しかもそれが、芸人との結び付きがあるということ。それなら、自分が旅芸人の一座の興行を見て感銘を受けたことは、偶然ではないはずだ。
「紅隆様」
水晶が、ぽつりと俺の名を呟いた。
「私は、書に記されてある呪いしか、使うことができないのです。だから、私は能無しなのです。持ってきた少ない書に記されているものも、覚えている模様もあと僅かとなりました」
水晶が、拳を握りしめる。そればかりは、どうしようもなかった。自分がいた村にも、書はあったのかもしれない。しかし、どちらにせよ焼けてしまっている。
「紅隆様は、様々な呪いを見てみたいのでしょう。呪い師が各地に存在しているならば、その分種類もあるだろうと」
「まあ、ここまで簡単に見つからぬものとは思わなかった」
「やはり、私ひとりでは足りませんね。他の呪い師が見つかれば、私は用無しになります」
「何を、言うのだ」
突然ひねくれたようなことを言うので、俺は少し驚いた。水晶が、続ける。
「私は、役立たずですから」
「お前は、俺の妻だろう。そんなことは関係ない。お前との間に、子も欲しい」
「呪い師の、子ですか」
「まあ、できればそうだといいが……」
何か、試されているのだろうか。しかし、どうしようもない。とりあえず、言えることだけ言っておこうと思った。
「たとえ子が呪い師でなくても、俺はお前を愛し続ける。捨てもしない。愛しているからだ」
肩に腕を回す。水晶が、自分から顔を逸らした。照れている時の仕草だったので、俺は聊か安心した。
「お前は、俺にとって世界一の女だよ」
目を、瞑る。僅かな頭痛が、一瞬だけ走った。世界一。本当に、か?
暗闇の中で、ひとつの影が浮かび上がる。呂江の、母だった。世界一美しい、呂江の母の顔。胸が締め付けられるような感覚、まさにあの時と同じ痛みが──。
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