プロンプト一行分のミステリ――ChatGPTに「ミステリ小説を書いて」と言っただけの小説

髙橋P.モンゴメリー

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プロンプト一行分のミステリ――ChatGPTに「ミステリ小説を書いて」と言っただけの小説

第10話 窓のこちら側のエンドロール

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USBメモリを差し込むときの「カチッ」という音って、
どうしてあんなに“取り返しのつかない感じ”がするんだろう。
画面の右下に、
「新しいドライブが接続されました」の通知。
エクスプローラーを開くと、
そこには拍子抜けするほど普通のフォルダが並んでいた。

/ref_blog
/capture
readme.txt

「readmeから、か」
ゲームでも怪しいツールでも、最初に読むべきはreadmeだ。

【readme.txt】
・開発時に参考用として保存したブログ記事のHTMLキャプチャです。
・営利目的では使用しないこと。
・元のブログはすでに閉鎖されている可能性が高いです。
・“消えゆく図書室の影”に関しては、
 本人が意図しているかどうか微妙なので、取り扱い注意。

最後の一行だけ、真鍋らしい迷いが滲んでいる。
「取り扱い注意、ね」
そう呟きながら、
/ ref_blog フォルダを開く。
ファイル名は、
日付と連番で整理されていた。

2014_11_03_a.html
2014_11_18_b.html
2014_12_02_a.html
2015_01_17_a.html
2015_02_01_a.html …

その中に、一つだけ
名前の違うファイルが紛れ込んでいた。

last_entry_temp.html

「ラストエントリ……?」
嫌な予感と、好奇心が同時に首筋を撫でる。
でも、その前に。
順番を間違えると、
何かを取りこぼす気がした。
僕は、
一番古い 2014_11_03_a.html をダブルクリックした。

ブラウザのウィンドウに、
ブログのトップページが現れる。
ヘッダー画像は、
夕焼け色に塗られた窓枠と、本の背表紙のイラスト。
タイトルは、
やはり見覚えのある文字だった。

消えゆく図書室の影
――ここは、放課後の余白です。

本文のフォントは、
今となっては少し古くさいゴシック体。
最初のエントリには、
こう書かれていた。

『このブログは、
  学校の図書室で拾った影を集める場所です。
  本棚と窓の間に落ちている、
  「誰のものか分からないけれど、
   たぶん誰かの心の一部だった影」を拾ってきて、
  そっと並べていきます。』


『図書室の窓は、
  外へ出るための出口じゃなくて、
  本の中へ潜っていくための入口だと思う。
  だから、ときどきここで消えたくなる。
  靴箱の方じゃなくて、
  こっち側から。』

先日、AIが“それっぽく生成した文章”と、
驚くほど似ていて、
でもどこか決定的に違っていた。
AIの文章は、
「誰かが如月遥の真似をして書いた二次創作」みたいな質感だった。
ここにあるのは、
もっと生々しい、
呼吸の音が混ざった文章だ。
比喩の選び方が少し不格好で、
文末のリズムがぶつっと切れるところがある。
それが逆に、
「そこにいた誰か」を強く感じさせた。

日付を追って、
いくつかのエントリを読み進める。
・図書室に新しく入ったミステリ文庫の感想
・クラスメイトの会話の断片
・「人生でまだ一度も図書館の貸出カードを失くしたことがない」という
 謎の自慢話
・ミステリ研の先輩が文化祭でやらかした話の、
 やけに細かい観察

『ミステリ研究会の先輩たちは、
  本当は優等生なんだと思う。
  でも優等生のままだと酸欠で死んでしまうから、
  自分でわざわざ謎をこしらえて、
  その中でもがいて遊んでいるように見える。』

「優等生って言われるほど、
 ちゃんとしてたか?」
思わず独り言を漏らす。
当時の自分は、
間違いなく“ちゃんとしてる側”ではなかった。
でも、如月の目には、そう見えていたらしい。

問題の2015年に入ると、
文章の温度が少しずつ変わっていく。

『二月になると、
  図書室の空気が少しだけ薄くなる気がする。
  卒業する人たちが、自分の影を少しずつ回収していくからだ。
  本棚の間を歩くとき、
  床に落ちている足音が減っているような気がする。』


『私は、
  自分の影を全部回収してしまうのがこわい。
  ここに置いていかないと、
  自分がここにいた証拠が消えてしまう気がするから。』

そして、
2月1日のエントリ。

『二月の図書室で、一人の生徒が“物語として”消える話を考えている。
  彼女の名前は、たぶんどこにも書かれない。
  でも、図書室の貸出記録には、
  ちゃんと残る。
  ――十年後に、一度だけ。』


『彼女は、自分の名前が図書館のコンピュータに一瞬だけ灯って、
  またすぐに消えるところを想像する。
  誰も見ていないかもしれないし、
  何人かが偶然見つけるかもしれない。
  見つけた人はラッキーで、
  もしかしたら少しだけ不幸かもしれない。
  だって、その人は“続きを書かされる読者”になってしまうから。』

ここまで来ると、
もう完全に「例のノート」と同じだ。
桐生先生の言っていた
レポートの後半部分とも、
綺麗に重なる。
「よくできたプロット、ってレベルじゃないな」
十年後の自分を、
ここまでピンポイントで指定されると、
笑えない。

一通り読み終えて、
最後のファイルにカーソルを合わせる。

last_entry_temp.html

“temp”とついているということは、
下書きか、投稿直前の保存データか。
開く前から、
喉が少し渇いてきた。
ダブルクリック。

画面に現れたのは、
未公開のエントリらしい文章だった。
日付は、
2015年2月2日。
投稿ボタンは押されていない状態で保存されている。

『きっと私は、
  ちゃんとした家出もできないし、
  完璧な失踪トリックもできない。
  だから、物語として消えることにした。
  図書室から。』


『これは、自殺願望じゃない。
  “主人公を降りたい願望”に近い。
  人生という長編の一章分を、
  誰かに丸ごと渡してしまいたい。
  「ここ、あなたが書いていいですよ」って。』


『十年後の貸出記録は、
  そのための栞みたいなものだ。
  そこを開いた人が、
  「続き、どうする?」って考えてくれたら、
  それで成功。』


『ミステリ的には、
  犯人は一人に絞った方が綺麗なのかもしれない。
  でも、現実の方は、
  誰がどこまで共犯なのか分からないくらいが丁度いい。
  その方が、
  みんな少しずつ責任を分け合えるから。』


『このブログを読んでくれている人が何人いるか分からないけれど、
  もしも十年後、
  どこかの図書館で私の名前を見つけたら、
  そのときは、
  あなたのせいにさせてください。』


『「あのときブログを読んでしまったからだ」って。
  「コメントなんかしなければよかった」って。
  「ノートなんか預からなければよかった」って。
  「AIになんか続きを書かせなければよかった」って。』

そこまで読んだところで、
思わず息を止めた。
「AI……?」
十年前の高校生が、
“AIに続きを書かせる”なんてフレーズまで書くだろうか。

『十年後の世界がどうなってるか知らないけれど、
  もしかしたら、
  人間の代わりに小説を書いてくれる機械ができているかもしれない。
  だったら最高。
  その機械に、
  「図書室から消えた女子高生の話を書いて」ってお願いしてみてほしい。
  それこそ、
  私が今ここでやっていることの、
  いちばん綺麗な続きだから。』

「……そこまで言うか」
椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
十年前に描かれた“適当な未来予想図”が、
怖いくらい的確に今の自分の行動をなぞっている。
いや、
もしかしたら逆なのかもしれない。
僕が“如月遥の物語”に気づいた時点で、
彼女のプロットに乗ってしまっただけだ。

『犯人を雑に決めないでください。
  これは、ちゃんとしたミステリなんだから。』

あのノートの一文が、
ここでも繰り返されている。

『犯人を一人に決めないでください。
  これは、ちゃんとした現実なんだから。』

最後の一行だけ、
ノートとは少し違っていた。

翌日、僕と由利はまた図書館の片隅に陣取り、
USBの中身を一緒に読み直した。
「……とんでもないものを拾っちゃいましたね」
由利は、
二月二日の“下書きエントリ”を読み終えたところで
椅子にもたれかかった。
「AIのくだりは、
 さすがに偶然の産物だと思いたいんですけど」
「まあ、“十年後はロボットが何でもやってくれる未来かも”って話、
 昔からよくあるネタだしな」
言いながらも、
無意識に机の上のノートPCを見てしまう。
画面の中で、
チャットAIの待機画面が
こちらを静かに見つめている気がした。
「でも、これで分かったこともあります」
由利は指を折って整理する。
「① 如月先輩は、
   十年前の時点で“十年後の貸出トリック”を
   “物語として”考えていた」
「② そのトリックを“現実に実行する方法”までは考えていなかった。
   少なくとも、図書館システムのテスト機能を使うとか、
   そういう具体的な手段は想定できてない」
「③ “十年後の誰かが、
   自分の名前をログに浮かび上がらせる方法を見つけてくれたらいい”
   と、かなり本気で期待していた」
「④ その“誰か”は、
   ブログやノートを読んだ読者、
   ミステリ研の誰か、
   図書室の先生、
   あるいは見知らぬ技術者でも構わない、と思っていた」
由利は、そこでペンを止める。
「じゃあ、
 “2025年2月3日に test_loan を叩いた人間”は、
 如月先輩の想定した“十年後の読者”の一人、
 ってことになりますね」
「そうなるな」
「真鍋さん、
 やっぱり一番怪しいですけど」
「本人が否定してるし、
 ログ上もアリバイはある」
「“ミステリとしては一番分かりやすい犯人”だからこそ、
 逆に外したくなる気持ちもありますしね」
由利は、
自分で言って苦笑する。

「……で、どうする?」
しばらく沈黙したあと、
僕は尋ねた。
「IP追いかけて、
 開示請求出して、
 “実行犯”を見つけに行くか?」
「それは――」
由利は、意外とすんなり首を振った。
「やめておきたいです」
「司書なのに?」
「司書だから、です」
由利は真顔になる。
「図書館の貸出記録は、
 本来“誰が何を借りたか”を
 勝手に追いかけちゃいけないものなんですよ。
 ましてや、
 IPアドレスまで遡って個人を特定するなんて、
 よほどの犯罪でもない限りやっちゃダメです」
「これは、
 十年前の失踪事件の“続き”ではあるけど、
 今起きているのは、
 誰かが test_loan を一回叩いただけの話だ、と」
「はい。
 図書館の情報倫理的には、
 “館内の不備”として内部で処理されるべき話であって、
 “犯人を血眼になって探す捜査案件”ではないと思います」
それは、
ミステリ研の論理とは真逆の発想だった。
でも、
如月遥の最後のエントリを読んだあとだと、
そのバランス感覚は妙に腑に落ちた。

『犯人を一人に決めないでください。
  これは、ちゃんとした現実なんだから。』

「じゃあ、
 俺たちはどうする」
僕が尋ねると、
由利は少しだけ笑う。
「物語の方の“犯人”は、
 ちゃんと決めましょう」
「……どういう意味だ」
「現実の方は、
 “誰が test_loan を叩いたか”を追い詰めない。
 その代わり、
 小説の中では、
 “ラストショットの実行犯”をちゃんと設定する」
「小説?」
「先輩がAIと一緒に書いてるやつです」
由利は、
当たり前のように言った。
「『図書室から消えた女子高生の話を書いて』ってお願いして始まった、
 あの長編。
 タイトル、もう決めました?」
「いや、まだ……」
「“CHAGPTにミステリ小説を書いてといっただけの小説”とかどうですか」
「字面がひどすぎるだろ、それ」
思わず笑ってしまう。
「でも、
 ここまでの流れを全部説明するには、
 そのくらいストレートな方が誠実かもしれませんよ」
たしかに、
これほど“タイトルでネタバレしているミステリ”もない。

誰かがAIにミステリを書かせようとした結果、
 十年前の失踪事件と図書館システムの穴と、
 消えたブログの残響が全部つながってしまった話。

「……ありかもしれないな」
苦笑しながら呟くと、
由利は「でしょう」と満足そうに頷いた。

「じゃあ確認です」
由利は、自分のノートに
“最終方針”と書いて線を引いた。
「現実世界で私たちがやることは――」


図書館システムの穴(/batch/test_loan とパスワード問題)を
  正式に報告し、塞ぐ。


如月遥のノートとブログ断片、レポートデータを、
  “個人アーカイブ”として安全な場所に保存する。


2025年2月3日の貸出記録は、
  “不正アクセスの可能性あり”として内部文書に残すが、
  個人追跡はしない。


「そして、物語の世界で先輩がやることは――」
由利が、こちらを見る。
「この全部をごちゃまぜにした
 “ミステリ長編”の結末を、一つ書くこと」
「AIに任せずに?」
「相棒に相談するのはいいです。
 でも、最後に“エンドロール”を決めるのは、
 人間側の仕事だと思います」
図書室の窓の外で、
夕方の光が少し傾いた。
十年前のブログと、
今目の前にある貸出記録と、
チャットAIの画面。
それらを全部束ねて、
一つの「物語」として終わらせる役目。
「重いバトン回してくるな、お前も」
そう言いながらも、
どこかでワクワクしている自分がいた。

その夜。
家の机に向かい、
ノートPCを開く。

僕:
 この話の“犯人”を、
 ミステリとしてちゃんと一人に絞るエンディング案と、
 複数人の共犯にするエンディング案、
 それぞれのメリット・デメリットを箇条書きで教えて。


AI:
 承知しました。
 以下、二つの方針について整理します。

(中略)
AIはいつもの調子で、
論理的な比較表を出してくる。
・読後感
・意外性
・納得感
・再読性
どれももっともらしい。
けれど、
最後の一行だけが妙に刺さった。

AI:
 いずれのエンディングを選ぶにせよ、
 重要なのは、
 「書き手がどこに責任を引き受けるか」を自覚していることです。
 犯人は、
 プロット上の役割であると同時に、
 作者自身の“選択”でもあります。

「責任、ね」
キーボードの上で手を止める。
十年前、如月遥は
“自分を主人公から降ろしたい”と言って、
物語の続きを読者に渡した。
十年後、
その続きをAIに丸投げしようとしたのは、
他でもない僕だ。
でも今、
USBメモリとブログ断片を読んだあとだと、
少しだけ考えが変わっていた。
――せめて、ラストシーンぐらいは自分の言葉で書こう。

僕:
 分かった。
 エンディングはこっちで書く。
 代わりに、タイトルだけ相談に乗ってくれ。


AI:
 もちろんです。
 どのような方向性のタイトルをお考えですか。


僕:
 “CHAGPTにミステリ小説を書いてといっただけの小説”ってどう思う?

数秒の沈黙のあと、
AIは珍しく「笑っているような」文章を返してきた。

AI:
 非常にメタ的で、
 物語の構造をそのまま提示するタイトルですね。
 ・読者に「この物語がどう作られたか」を最初から意識させる
 ・フィクションと現実、AIと人間の境界をテーマ化しやすい
 ・やや長いですが、それも含めて“狙い”として機能しそうです
 作者がそれを本気で採用する覚悟があるなら、
 とても良いタイトルだと思います。

「覚悟、か」
モニタに向かって、思わず苦笑する。

僕:
 じゃあ、それで行こう。


エンディングそのものは、
ここには書かない。
如月遥が望んだのは、
「続きを書かされる読者」が
それぞれ自分なりのラストシーンを思い浮かべることだったはずだ。
十年後もどこかで生きていて、
別の名前で静かに本を読んでいるエンディングでもいい。
図書室の窓の向こう側ではなく、
こちら側で
ひっそりと暮らしているエンディングでもいい。
あるいは、
もうこの世界にはいないけれど、
残されたブログとノートと貸出ログの中で
半永久的に“書き手”として生き続けている、
そんなエンディングでもいい。
どれを選ぶかは、
この物語を読み終えた読者一人ひとりの仕事だ。
僕にできるのは、
ただ一つ。
図書室の窓を、
そっと閉めるかどうかを、
自分の手で決めることだけだ。
キーボードに手を置き、
最後の一文を打ち込む。

 ――窓は相変わらず、
  外ではなく本の中に向かって開いている。
  そこから誰かが消えていくとしても、
  きっと誰かが、
  こちら側でその続きを書き続けるだろう。

エンターキーを押す。
画面の下に、
「第十章 完」の文字が
静かに並んだ。
図書室の窓は、
今日もどこかで夕焼け色に光っている。
そこから消えた誰かと、
そこから物語を始めた誰かを乗せて。
そしてたぶん、
この先もずっと。
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