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2章

18 迎えにきたのは

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 眉間に深くしわを刻んだルディオは、苦痛を含んだ声音で言う。

「……見つけた」
「ル、ディオさま……どうして、あなたがここに」

 強く握られた右手が痛い。
 だが彼の迫力に、それを気にしている余裕はなかった。

「離宮に戻ったら、ルーゼから君が居なくなったと聞いた。主城に続く道に女性物の靴の足跡があったから、まさかと思ったが……」

 大きく息を吐いて、彼は続く言葉を言う。

「私から、逃げようとしたのか?」
「違います!」
「なら何故、一人で出歩いた?」
「それはっ……」

 本当のことは、話せない。でも、言い訳も思い浮かばない。
 鋭い緑の眼光が突き刺さり、まるで猛獣に捕らえられた小動物の気分だ。

 視線から逃れるように俯き、言葉を濁したシェラを見て、ルディオは片手で眉間を押さえる。
 浅い呼吸を繰り返し、喉から絞り出すように言葉を吐き出した。

「頼むから……あまり、私を怒らせないでくれ」

 それは、懇願に近い声だった。
 苦しそうに息をする様子からして、よほどの怒りを買ってしまったのか。
 大人しく言いつけを守らなかったことを後悔する。

「……申し訳ありません。ですが、あなたの立場を悪くするようなことはしていません」
「それが信じられると?」

 疑うように返された言葉に、ごくりと唾を飲みこむ。
 数日前に初めて会ったばかりのシェラを全面的に信じるなど、無理な話だ。
 自分の浅はかな行動が恨めしい。せっかく信頼を築きかけていたというのに。

 どうしたらいいのか分からなくて、黙り込む。

「私にも言えないことか?」
「……はい」

 ルディオは何も言わずシェラを見下ろし、少ししてから纏う空気を変えた。先ほどまでの威圧感を消して、呆れたような声で言う。

「君の事情については黙認するつもりでいたが、あまり度が過ぎると、そう言うわけにもいかなくなる。悪いが、勝手な行動は控えてくれ。でないと私がもたない」
「……はい、すみませんでした」

 彼は小さく息を吐いて、シェラに顔を近づけた。

「顔色が悪いな」
「あ……」

 聖女の力を使ったことで、体調が悪くなったのは事実だ。
 ここ数日は比較的状態の良い日が続いているが、さすがにまともに未来を視たあとでは、体力の落ち込みが激しい。正直なところ、いますぐ横になって休みたい気分ではあったが、この状況でそれをできるはずもなく。

 気力だけで立っているようなシェラの変化に気づいたのか、彼は掴んでいた手を放し、今度は額に触れてきた。

「熱は……ないな。むしろ低いくらいか」

 彼の体温が心地よくて、自然とまぶたを閉じる。
 視界がなくなると、触れられたところから何か温かいものが流れ込んでくるのを感じた。

 なんだろう、これは。

 あまりの心地よさに寝入ってしまいそうになり、慌てて目を開く。
 次にシェラの瞳に映ったものは、見たことのない薄暗い廊下だった。

「え……」

 思わず声を漏らすも、答えてくれる人は無く。
 石造りの暗く冷たい通路に、シェラ一人がぽつんと佇んでいた。

 薄日が差し込む窓には鉄格子が取り付けられており、その物々しい雰囲気から、何かを収容しておく施設なのかと推測できる。

 現状に、思い当たるものがあった。
 これは恐らく、彼の記憶。

 体力が落ち込んだことにより、以前のように触れた人の記憶を勝手に覗いてしまっているのだろう。

 だめだ、これ以上見てはいけない。
 彼の記憶を、覗いては――

 早く現実に戻らなければと思うのに、視線の先にあるものから目が離せない。
 通路の奥にある、あの扉がどうしても気になるのだ。

 思考とは裏腹に、己のからだは一歩を踏み出す。
 二歩三歩とゆっくり歩いて辿り着いたのは、頭の高さの位置に格子窓のついた、金属製の扉の前だった。

 恐る恐る取っ手に触れる。
 指先から伝わる金属の冷たさに、身体を震わせた。

 思い切って引いてみると、ギィという音を立てて扉が徐々にひらいて行く。

 シェラは己の瞳に映ったものに、大きく目を見開いた。

 それは、傷だらけの石の床に散らばる、金色の――


「シェラ」

 名前を呼ばれ、我にかえる。
 現実へと戻った視界に映ったのは、一瞬だけ見えたものと同じ、長い金の髪だった。
 その金髪の持ち主は、緑の瞳を大きく見開いて言う。

「いま、――何をした?」

 ルディオの声は、あきらかに動揺を含んでいた。

 彼は何を以て、その質問をしたというのか。
 たとえ記憶を覗いたとして、それを相手に感づかれることはまずない。痛みや不快感などは全くないのだから。

 しかし彼はいま、シェラがあきらかに何かをしたと確証をもって尋ねてきた。
 それを聞くに至った理由は、いったい何なのか――

「なに、も、していません……」

 震える声で、こう答えることしかできなかった。

 先ほどまでシェラの額に添えていた手のひらを、ルディオはまじまじと見つめる。何か考え込むように眉を寄せ、そのまま手を握りこんだ。

「……戻って休もう。倒れられたら困る」
「はい……」

 一連のやり取りなどなかったかのように、彼は歩き出す。慌てて、その広い背中を追いかけた。
 主城の出入り口へと続く道を歩きながら、ふと浮かんだ疑問を口に出す。

「――あの、どうしてあの場所が、分かったのですか?」

 シェラがいたのは、王城の中でもそれなりに奥まったところにある通路だ。間違っても、他国の王族がくるような場所ではない。
 彼は前を向いたまま、質問に答えた。

「入り口から、城内に点々と雪が落ちていたからな。途中で水滴に変わったが」

 きれいに払い落としたつもりでいたが、長いスカートや髪に引っかかった雪が残っていたのだろう。

「水滴すら見えなくなった辺りで、王妃と会った。昨夜の詫びをされたんだが、そのあと、何て言ったと思う?」

 先に戻っていったレニエッタと、ルディオが遭遇していたというのか。
 無言で首を傾げると、彼はさもつまらなさそうに言った。

「探しものはあちらですよ、って言われてな。まさかと思って行ってみれば、君がいた。正直、なにかの罠かとも思ったんだが……」
「どうして……」

 罠と思いながらも、どうしてシェラを探しにあのような危険な場所まできたのか。
 思わずもらした声に、ルディオはこう答えた。

「君にいなくなられては困る」

 ――その言葉の意味は?

 今度は、声に出せなかった。
 答えは決まっている。シェラがいなくては、ヴェータとの関係はふりだしに戻ってしまう。
 所詮は二国をつなぐための道具でしかないのだ。
 シェラという存在は。

 前を歩く彼に気付かれないように、そっと目尻を拭った。

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