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番外編
67 王太子殿下は長生きしたい ②
「ほら、愛しの旦那様が見えてきたよ」
ちょうど話が途切れた辺りで、ハランシュカは視線の先にいる人を指さした。
連れてこられた場所は、騎士団の訓練所。
その一画で、金色の髪を頭の高い位置で結い上げたルディオが、木剣を手にとある人物と相対していた。
「ルディオ様と……ロイアルド殿下?」
ルディオの前には同じように木剣を手にした、第二王子のロイアルドが立っている。
額に汗を滲ませて肩で息をしているルディオとは違い、こちらは涼しげな表情で剣を構えていた。
「もう少し近くに行こうか」
そう言ってハランシュカは訓練所の敷地内に足を踏み入れる。そのあとにシェラも続いた。
ある程度の近さまで来ると、小気味よい剣戟の音が聞こえてくる。
ルディオは集中しているのか、シェラたちの存在には気づいていないようだ。
「ルディも一般騎士程度には剣を扱えるけど、さすがにロイアルド殿下には手も足も出ないねぇ」
自衛のために剣は習っていたと、以前聞いたことがある。だがそれも最低限のレベルであって、国内随一と言われている弟の剣捌きには、全く敵いそうもない。
「あの……どうしてお二人が剣を?」
「どうしてだと思う?」
逆に問い返されてしまい、しばし考える。
特別思いたるものはないが、ひとつだけ気になっていたことを思い出した。
「先日、妙に深刻な顔で考え込んでいたのですが、もしかしてそれと関係が――」
「あると思うよ?」
ハランシュカは大きく頷いた。
「最近運動不足が続いていたみたいだからねぇ」
確かにフルカにいた間は雪の影響で、ほとんど外には出ていない。
ルディオの場合は単純な休暇というわけではなく、フルカとの外交関係の政務もこなしていたが、会議や視察が主で運動はろくにできていなかった。
「そのせいかシュニー殿下に指摘されてね」
「指摘?」
「兄さん太った?って」
シュニーの口調を真似ながら言った。
シェラからしたら、ルディオの体型に特に変化はないように思う。
「冗談で言ったんだと思うんだけど、ルディったら間に受けちゃってねぇ」
当時を思い出したのか、ハランシュカはくすくすと笑い続けている。
「肥満は病気の元だ……運動しなければ! って言って、いきなり近衛に稽古を頼みだしたんだよ。ほら、年齢的に妃殿下よりもルディの方が早く死ぬ可能性が高いでしょう? そうしたら魔力を渡せなくなるからねぇ」
確かに彼の方が八つ年上であるし、寿命の面だけで考えれば、シェラの方が長く生きるだろう。
妻を想うがゆえの行動だと分かり、少しだけ嬉しくなった。
「まあ結局、近衛全員に断られてね。仕方なくロイアルド殿下が相手してるってわけ。下手に怒らせたら、取り返しのつかないことになる可能性があるからねぇ」
汗を拭いながらロイアルドと剣を交えるルディオを見る。
何度押し負けてもあきらめずに向かっていくその姿が、とても眩しく見えた。彼からしたら、きっとこんな格好悪い姿をシェラに見せたくはないだろう。
だけど、見られてよかったと思う。
どんな姿であれ、シェラの目には彼は輝いて見えるのだ。
そしてそれはきっと、この子も同じ――
「……確かに長生きしてもらわないと困りますね。わたしと、もうひとりのために」
そっとお腹をさすったシェラを見て、ハランシュカは僅かに目を見開いた。
「……おや、それは初耳だ」
「知っているのは、わたしとルーゼさんだけなんです」
「ルディも知らないのかい?」
「ええ、今夜話そうと思っていたので」
なるほど、と呟いて、ハランシュカは意地の悪い笑みを浮かべる。
それから大きく息を吸って、前方で打ち合いを続ける二人に声を投げた。
「ルディ、父親になるんだから、そろそろかっこいいところを見せた方がいいんじゃないかい?」
突然横から飛んできた声に、ルディオは驚いた顔をしてシェラたちのいる方を見た。
「は!? 父親!? なにを言って――」
シェラを瞳に映したルディオが、大きく目を見開く。
その視線が下がっていき、腹部を大事そうに触れる妻を見て、何かを察した。
「いや、ちょっと待て、まさか――――っっ!?」
言いかけた言葉は、ロイアルドの剣技によって止められる。
木剣同士がぶつかり合う大きな音が響き、間一髪のところでルディオは受け止めた。
「兄上、訓練中のよそ見は厳禁だ」
「待て、いったん中断を――」
「却下」
にやりと笑って、ロイアルドは剣を握る腕に力を込めた。
「俺の休日を潰したんだ。最後まで付き合ってもらうぞ、兄上」
「それはあとで詫びをっ――」
ルディオの言葉を無視して、ロイアルドは斬り込んだ。
再び始まった剣戟の音色に、シェラはハランシュカと顔を見合わせて苦笑をもらす。
「これはまだだいぶ掛かりそうだねぇ」
「そうですね」
打ち合いを再開した二人に視線を戻す。
きらきらと光る太陽光が、大好きな人を照らしていた。
夏の匂いをのせた優しい風が、頬を撫でていく。
その穏やかな様子は、これからも続いていくだろう幸せな未来を予感させた。
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