3 / 5
3.暗闇へ
しおりを挟む
その言葉に違わず、イシコロは踊りが下手だった。
ホムラとイシコロは、踊りの輪に入ると、太鼓の音に合わせて踊ろうとした。踊りといっても、なにか特定の形式があるわけではない。音楽と掛け声に合わせて飛び跳ね、腕を振り上げ、足踏みし、回り、思い思いに体を動かすことが基本だった。中には曲芸じみた動きを披露する者もいたが、それでも、基本的には単純なものだった。
そのような単純な踊りであるのに、二人は大変な思いをしていた。
ホムラは別段小柄なわけではなかったが、イシコロが大きいせいで、背の隔たりが大きい。その上、イシコロは力の加減ができておらず、腕を取って回ったり、跳ねたりすると、ホムラは自分の体が浮かび上がってしまうような気がした。
しかしホムラもまた、踊りの下手なことではイシコロに負けなかった。
踊りはじめると、ホムラには周りが見えなくなった。血が騒いでしょうがなく、体が勝手に動いてしまう。それは一人で踊る時には問題ではなかったが、人と踊るとなると困ったことになった。ホムラは何度もイシコロの足を払いかけ、いきなり回ったり、調子外れに跳んでは困らせた。
二人が転げそうになりながら踊るのを、若者たちは喝采し、大笑いした。踊りは下手だったが、とにかく笑いを誘うことには成功した。それを求めて踊ったわけではなかったのだが。
踊りながら、ホムラはじっとイシコロのことを見ていた。イシコロは、笑っていた。汗を流し、頬を紅潮させ、転びそうになりながら、屈託なく笑っていた。ホムラには、その笑顔を近くで見られることが、たまらなく幸せだった。
やがて二人は踊り疲れて、輪を抜け、人垣を離れた。人混みを歩く間、周囲から手が伸びて二人を掴まえては、踊りっぷりを讃えて乱暴に揺すった。みな陽気に笑っていた。ホムラも笑った。しかしイシコロは、踊り終えると、また元の仮面のような顔に戻ってしまっていた。
二人は大焚き火のそばを離れると、小さな焚き火の間にある暗がりに腰を落ち着けた。二人とも、ずっと前から胸元をはだけ、半裸になっていた。肌は赤くなり、汗でべっとりと濡れている。ホムラはさっそく、その場で寝転んだ。地面は背の低い草で覆われていて、火照った肌に冷たく、心地がよかった。
しばらくの間、二人はなにも言わず、ただ休んでいた。ホムラは身を起こすと、なんとはなしに大焚き火に集まる若者たちを眺めたり、足を投げ出しているイシコロを見たりしていた。イシコロは、ぼうっとして、どこを見ているとも知れなかった。
ホムラは、なにか話したいと思いながら、どう話せばいいか分からなかった。切実に、ヒノコがここにいればと思った。ヒノコなら、なんであれとにかく話し出すことができるだろう。最後に見た時、ヒノコは火のそばで、青枝の氏族の若者と踊っていた。たぶん、いまもまだ踊っているのではないだろうか。
そう思っていると、出し抜けにイシコロが口を開いて、楽しかった、と呟いた。イシコロは大焚き火に顔を向けていた。
「おれも楽しかった。」
そう言ってからホムラは、ややためらって、続けた。
「あんたは、あんまり笑わないよな。さっきは笑ってけど。」
イシコロがホムラに顔を向けた。その顔には、やや驚きの色が浮かんでいた。もしや気分を害してしまったかとホムラが心配していると、イシコロが言った。
「おれ、けっこう笑っているよ。笑っているように、見えないかな。」
ホムラは小首を傾けた。
「分かんないなあ。踊っている時は、笑って見えたけど。」
ふうん、と、イシコロは大焚き火に顔を向け直した。
「今日はずっと笑ってるんだぜ。楽しいからな。」
ホムラはイシコロの横顔を見つめた。遠くの焚き火に照らされてぼうっと浮かび上がる顔は、どう見ても笑っているようには見えなかった。だが、ほんの少しだけ、口の端が上がっているようにも見えた。そして目が無邪気な少年のようで、光を受けてきらきらと輝いて見えた。
「おれ、踊るのがすきなんだ。」
イシコロはぽつりと言った。
「けど、いつもはあんまり踊らないな。いつもは見てるだけだ。見てるのも楽しいけど、踊ったらもっと楽しいな。」
「おれも、一緒だなあ。おれも下手くそだからなあ。笑われんのがいやなんだよな。けど、あんたとだったら、自分でも笑えるから、楽しかった。」
ホムラの言葉に、イシコロは、少し考え込むような様子を見せた。それから、ホムラに顔を向けた。真正面から見つめられて、ホムラは胸の鼓動が早まるのを感じた。
「また、踊りに行かないか?」
イシコロが言った。
汗が冷えて、体が冷たかった。ホムラは頷いた。二人は立ち上がって、手を取り合い、大焚き火に向かった。
それから、二人は長いこと踊った。イシコロが踊ることがよほど珍しいらしく、青枝族の若者たちは興奮して囃し立て、それどころか、ホムラからイシコロを引ったくって踊る者も、何人もいた。すると、ホムラを相手していた時には曲がりなりにも踊れていたイシコロが、調子を大きく外し、力加減を間違えて、相手を転がしてしまった。転がされた若者も、それを見ていた若者も、もちろんホムラも、声を上げて笑った。ただイシコロは、恥ずかしそうにも、困ったようにも見える顔で、微笑んでいた。
「あいつ、お前と相性がいいんだな。」
しばらくしてホムラが人垣に退き、踊りを見ていると、隣にいた若者が言った。立ち振る舞いから、いくつか歳上と見えた。腕に刻まれた模様から、青枝族の者だと知れる。口ぶりからして、イシコロと同村の若者だろう。
青枝族の若者は、笑いながらホムラに言った。
「お前、どうやってあいつと踊ってたんだよ。大変だったんじゃねえか。」
「おれも下手だもんな。下手同士、息が合うんだろ。」
ホムラはそう応じながら、その目はじっとイシコロに注がれていた。イシコロは、いま、黄金火の若者と踊っていた。イシコロは眉をひそめて困ったような笑みを浮かべ、相手は笑いながら転げそうになっている。
隣の若者が、また言った。
「今夜はあいつを連れてけよ。」
ホムラは若者を振り向いた。相手はにやにやと笑っている。連れていく、という言葉の意味を図りかねて、ホムラは眉を上げた。
「なんだって。どういう意味なんだ?」
「そのまんまの意味だよ。」
若者は笑って、ホムラの背を叩くと、顔を向こうに向けた。ホムラは、大焚き火からイシコロと、その相手とが向かってくるのを見た。隣にいた青枝の若者は、イシコロを相手していた黄金火の若者と肩を抱き合うと、焚き火から離れていった。
イシコロが、ホムラの横に来て、並んで立った。夜風に吹かれて、汗の匂いが漂ってきた。二人とも長いこと踊っていて、体は熱く火照っていた。
ふと、ホムラは太鼓を打つ人の数が減って、音が小さくなっていることに気がついた。まだ焚き火の周りでは踊る者もいるが、これまでよりずっと少ない。火のそばから、二人か三人、多くても四人くらいで連れ立って、小声で語らいながら、若者たちが静かに離れていく。その中の一つを目で追うと、若者らは暗がりへと消えていった。
連れ立って暗闇に消えていく若者たちの親密そうな様子を見て、ああ、とホムラは、胸中で呟いた。なにが起こっているのか、そして、連れていく、という言葉の意味も、理解した。
ホムラは横目でイシコロを見た。イシコロは体を動かして乱れた息をつきながら、大焚き火を見つめていた。元の不思議な無表情に戻っていた。だが、ほんの短い間とはいえ一緒に過ごしてきて、イシコロが笑っているのが、ホムラには分かった。
しばらく、二人は黙ったまま、大焚き火の周りで踊る人たちを見ていた。二人の近くには、人はいなかった。踊り手を見る者は、これもまた二人か三人くらいで、ほとんど等間隔になって集まっていた。人が減って場所が空いたので、座り込んでいる者も多くいた。
やがて、火の周りにいた踊り手たちも、踊るのを止めて、座るか、あるいは踊りの相方とともに暗がりに退いていった。大焚き火も勢いを弱め、周りにおぼろげな黄色い光を放つだけで、その外側には淡い影と、真っ暗な闇が広がっていた。
そして、ホムラはびっくりして、目を大きく開けた。
火の明かりの輪の中にいる若者たちが、艶めかしい仕草で口づけをしたり、肩を抱いたりしはじめた。すぐに、それらは愛撫に変わった。小さく押し殺した甘い声が、ところどころで上がった。
それまでにも、ホムラも、他の若者たちも、親密そうに口づけしたり、肩を組んだりすることはしょっちゅうあった。だが、いま目の前で起こっていることは、もっと性的な事柄だった。
淡い火明かりの中に浮かぶ若い恋人たちから、ホムラは目が離せなかった。心臓がどきどきと痛いほど脈打ち、喉がからからになった。色事の経験がないホムラではなかったが、それでも、この夜はなにかが違っていた。なにかがホムラの心を揺さぶっていた。踊りの興奮だろうか、それとも見知らぬ若者たちと集まっているからだろうか。
かさっ、と隣で音が立った。見ると、イシコロがこちらに体を向けていた。固い無表情な顔で、こちらを見ている。
「来て。」
イシコロは短く言って、大焚き火の向こうの闇に、半身を向けた。その声が、みょうに上擦って聞こえたのは、気のせいだろうか。ホムラはそんなことを考えながら、焚き火に背を向けた。
イシコロが先を歩き、ホムラがそれに一歩遅れて続いた。二人は火から遠ざかり、暗がりに向けて歩いていた。何度か肩を組んで座ったり、歩いたりする若者たちに行き当たった。別の若者に覆いかぶさり、腰を打ち付けている若者も見た。抱き合って口づけする二人連れも、二人の先輩から愛撫を受けてよがる新入りも見た。そうやって色事に興じているところを見ながら、互いの性器を愛撫し合う者たちもいた。もちろん中には、小さな焚き火のそばで静かに飲んでいる若者たちもいたが、大部分は性的に興奮し、その欲望を人目も憚らずに満たそうとしていた。
しばらく歩いて、二人は焚き火が点々とあった砦前の広場から離れた。地面は下っており、あたりにはまばらに木が生えている。最初は暗いと思ったが、目が慣れてくると、月明かりがぼんやりとあたりを照らしていて、歩くに支障はなかった。
イシコロは、太い木の影で足を止めた。ホムラも足を止めた。あたりに人の気配はなく、夜風に吹かれて梢がさらさらという音が聞こえるくらいで、静まり返っていた。
イシコロが振り返った。暗いせいで、イシコロの顔は見えなかった。二人は無言で、長いこと見つめ合った。ホムラは緊張して、身を固くした。喉がからからに渇いた。
やがて、イシコロが手を差し出した。
「来て。」
ホムラは近づくと、イシコロの手を取った。ただ触れ合うだけで、指先から甘い感触が、じわっと染み込んでくるように思われた。息が乱れ、体の奥に火が点った。
イシコロは片手でホムラの肩を優しく掴んで、ゆっくりと引き寄せた。ホムラは息をすることを忘れ、ただイシコロの微笑みを見つめた。
二人の顔はゆっくりと近づき、やがて唇が触れ合った。
ホムラとイシコロは、踊りの輪に入ると、太鼓の音に合わせて踊ろうとした。踊りといっても、なにか特定の形式があるわけではない。音楽と掛け声に合わせて飛び跳ね、腕を振り上げ、足踏みし、回り、思い思いに体を動かすことが基本だった。中には曲芸じみた動きを披露する者もいたが、それでも、基本的には単純なものだった。
そのような単純な踊りであるのに、二人は大変な思いをしていた。
ホムラは別段小柄なわけではなかったが、イシコロが大きいせいで、背の隔たりが大きい。その上、イシコロは力の加減ができておらず、腕を取って回ったり、跳ねたりすると、ホムラは自分の体が浮かび上がってしまうような気がした。
しかしホムラもまた、踊りの下手なことではイシコロに負けなかった。
踊りはじめると、ホムラには周りが見えなくなった。血が騒いでしょうがなく、体が勝手に動いてしまう。それは一人で踊る時には問題ではなかったが、人と踊るとなると困ったことになった。ホムラは何度もイシコロの足を払いかけ、いきなり回ったり、調子外れに跳んでは困らせた。
二人が転げそうになりながら踊るのを、若者たちは喝采し、大笑いした。踊りは下手だったが、とにかく笑いを誘うことには成功した。それを求めて踊ったわけではなかったのだが。
踊りながら、ホムラはじっとイシコロのことを見ていた。イシコロは、笑っていた。汗を流し、頬を紅潮させ、転びそうになりながら、屈託なく笑っていた。ホムラには、その笑顔を近くで見られることが、たまらなく幸せだった。
やがて二人は踊り疲れて、輪を抜け、人垣を離れた。人混みを歩く間、周囲から手が伸びて二人を掴まえては、踊りっぷりを讃えて乱暴に揺すった。みな陽気に笑っていた。ホムラも笑った。しかしイシコロは、踊り終えると、また元の仮面のような顔に戻ってしまっていた。
二人は大焚き火のそばを離れると、小さな焚き火の間にある暗がりに腰を落ち着けた。二人とも、ずっと前から胸元をはだけ、半裸になっていた。肌は赤くなり、汗でべっとりと濡れている。ホムラはさっそく、その場で寝転んだ。地面は背の低い草で覆われていて、火照った肌に冷たく、心地がよかった。
しばらくの間、二人はなにも言わず、ただ休んでいた。ホムラは身を起こすと、なんとはなしに大焚き火に集まる若者たちを眺めたり、足を投げ出しているイシコロを見たりしていた。イシコロは、ぼうっとして、どこを見ているとも知れなかった。
ホムラは、なにか話したいと思いながら、どう話せばいいか分からなかった。切実に、ヒノコがここにいればと思った。ヒノコなら、なんであれとにかく話し出すことができるだろう。最後に見た時、ヒノコは火のそばで、青枝の氏族の若者と踊っていた。たぶん、いまもまだ踊っているのではないだろうか。
そう思っていると、出し抜けにイシコロが口を開いて、楽しかった、と呟いた。イシコロは大焚き火に顔を向けていた。
「おれも楽しかった。」
そう言ってからホムラは、ややためらって、続けた。
「あんたは、あんまり笑わないよな。さっきは笑ってけど。」
イシコロがホムラに顔を向けた。その顔には、やや驚きの色が浮かんでいた。もしや気分を害してしまったかとホムラが心配していると、イシコロが言った。
「おれ、けっこう笑っているよ。笑っているように、見えないかな。」
ホムラは小首を傾けた。
「分かんないなあ。踊っている時は、笑って見えたけど。」
ふうん、と、イシコロは大焚き火に顔を向け直した。
「今日はずっと笑ってるんだぜ。楽しいからな。」
ホムラはイシコロの横顔を見つめた。遠くの焚き火に照らされてぼうっと浮かび上がる顔は、どう見ても笑っているようには見えなかった。だが、ほんの少しだけ、口の端が上がっているようにも見えた。そして目が無邪気な少年のようで、光を受けてきらきらと輝いて見えた。
「おれ、踊るのがすきなんだ。」
イシコロはぽつりと言った。
「けど、いつもはあんまり踊らないな。いつもは見てるだけだ。見てるのも楽しいけど、踊ったらもっと楽しいな。」
「おれも、一緒だなあ。おれも下手くそだからなあ。笑われんのがいやなんだよな。けど、あんたとだったら、自分でも笑えるから、楽しかった。」
ホムラの言葉に、イシコロは、少し考え込むような様子を見せた。それから、ホムラに顔を向けた。真正面から見つめられて、ホムラは胸の鼓動が早まるのを感じた。
「また、踊りに行かないか?」
イシコロが言った。
汗が冷えて、体が冷たかった。ホムラは頷いた。二人は立ち上がって、手を取り合い、大焚き火に向かった。
それから、二人は長いこと踊った。イシコロが踊ることがよほど珍しいらしく、青枝族の若者たちは興奮して囃し立て、それどころか、ホムラからイシコロを引ったくって踊る者も、何人もいた。すると、ホムラを相手していた時には曲がりなりにも踊れていたイシコロが、調子を大きく外し、力加減を間違えて、相手を転がしてしまった。転がされた若者も、それを見ていた若者も、もちろんホムラも、声を上げて笑った。ただイシコロは、恥ずかしそうにも、困ったようにも見える顔で、微笑んでいた。
「あいつ、お前と相性がいいんだな。」
しばらくしてホムラが人垣に退き、踊りを見ていると、隣にいた若者が言った。立ち振る舞いから、いくつか歳上と見えた。腕に刻まれた模様から、青枝族の者だと知れる。口ぶりからして、イシコロと同村の若者だろう。
青枝族の若者は、笑いながらホムラに言った。
「お前、どうやってあいつと踊ってたんだよ。大変だったんじゃねえか。」
「おれも下手だもんな。下手同士、息が合うんだろ。」
ホムラはそう応じながら、その目はじっとイシコロに注がれていた。イシコロは、いま、黄金火の若者と踊っていた。イシコロは眉をひそめて困ったような笑みを浮かべ、相手は笑いながら転げそうになっている。
隣の若者が、また言った。
「今夜はあいつを連れてけよ。」
ホムラは若者を振り向いた。相手はにやにやと笑っている。連れていく、という言葉の意味を図りかねて、ホムラは眉を上げた。
「なんだって。どういう意味なんだ?」
「そのまんまの意味だよ。」
若者は笑って、ホムラの背を叩くと、顔を向こうに向けた。ホムラは、大焚き火からイシコロと、その相手とが向かってくるのを見た。隣にいた青枝の若者は、イシコロを相手していた黄金火の若者と肩を抱き合うと、焚き火から離れていった。
イシコロが、ホムラの横に来て、並んで立った。夜風に吹かれて、汗の匂いが漂ってきた。二人とも長いこと踊っていて、体は熱く火照っていた。
ふと、ホムラは太鼓を打つ人の数が減って、音が小さくなっていることに気がついた。まだ焚き火の周りでは踊る者もいるが、これまでよりずっと少ない。火のそばから、二人か三人、多くても四人くらいで連れ立って、小声で語らいながら、若者たちが静かに離れていく。その中の一つを目で追うと、若者らは暗がりへと消えていった。
連れ立って暗闇に消えていく若者たちの親密そうな様子を見て、ああ、とホムラは、胸中で呟いた。なにが起こっているのか、そして、連れていく、という言葉の意味も、理解した。
ホムラは横目でイシコロを見た。イシコロは体を動かして乱れた息をつきながら、大焚き火を見つめていた。元の不思議な無表情に戻っていた。だが、ほんの短い間とはいえ一緒に過ごしてきて、イシコロが笑っているのが、ホムラには分かった。
しばらく、二人は黙ったまま、大焚き火の周りで踊る人たちを見ていた。二人の近くには、人はいなかった。踊り手を見る者は、これもまた二人か三人くらいで、ほとんど等間隔になって集まっていた。人が減って場所が空いたので、座り込んでいる者も多くいた。
やがて、火の周りにいた踊り手たちも、踊るのを止めて、座るか、あるいは踊りの相方とともに暗がりに退いていった。大焚き火も勢いを弱め、周りにおぼろげな黄色い光を放つだけで、その外側には淡い影と、真っ暗な闇が広がっていた。
そして、ホムラはびっくりして、目を大きく開けた。
火の明かりの輪の中にいる若者たちが、艶めかしい仕草で口づけをしたり、肩を抱いたりしはじめた。すぐに、それらは愛撫に変わった。小さく押し殺した甘い声が、ところどころで上がった。
それまでにも、ホムラも、他の若者たちも、親密そうに口づけしたり、肩を組んだりすることはしょっちゅうあった。だが、いま目の前で起こっていることは、もっと性的な事柄だった。
淡い火明かりの中に浮かぶ若い恋人たちから、ホムラは目が離せなかった。心臓がどきどきと痛いほど脈打ち、喉がからからになった。色事の経験がないホムラではなかったが、それでも、この夜はなにかが違っていた。なにかがホムラの心を揺さぶっていた。踊りの興奮だろうか、それとも見知らぬ若者たちと集まっているからだろうか。
かさっ、と隣で音が立った。見ると、イシコロがこちらに体を向けていた。固い無表情な顔で、こちらを見ている。
「来て。」
イシコロは短く言って、大焚き火の向こうの闇に、半身を向けた。その声が、みょうに上擦って聞こえたのは、気のせいだろうか。ホムラはそんなことを考えながら、焚き火に背を向けた。
イシコロが先を歩き、ホムラがそれに一歩遅れて続いた。二人は火から遠ざかり、暗がりに向けて歩いていた。何度か肩を組んで座ったり、歩いたりする若者たちに行き当たった。別の若者に覆いかぶさり、腰を打ち付けている若者も見た。抱き合って口づけする二人連れも、二人の先輩から愛撫を受けてよがる新入りも見た。そうやって色事に興じているところを見ながら、互いの性器を愛撫し合う者たちもいた。もちろん中には、小さな焚き火のそばで静かに飲んでいる若者たちもいたが、大部分は性的に興奮し、その欲望を人目も憚らずに満たそうとしていた。
しばらく歩いて、二人は焚き火が点々とあった砦前の広場から離れた。地面は下っており、あたりにはまばらに木が生えている。最初は暗いと思ったが、目が慣れてくると、月明かりがぼんやりとあたりを照らしていて、歩くに支障はなかった。
イシコロは、太い木の影で足を止めた。ホムラも足を止めた。あたりに人の気配はなく、夜風に吹かれて梢がさらさらという音が聞こえるくらいで、静まり返っていた。
イシコロが振り返った。暗いせいで、イシコロの顔は見えなかった。二人は無言で、長いこと見つめ合った。ホムラは緊張して、身を固くした。喉がからからに渇いた。
やがて、イシコロが手を差し出した。
「来て。」
ホムラは近づくと、イシコロの手を取った。ただ触れ合うだけで、指先から甘い感触が、じわっと染み込んでくるように思われた。息が乱れ、体の奥に火が点った。
イシコロは片手でホムラの肩を優しく掴んで、ゆっくりと引き寄せた。ホムラは息をすることを忘れ、ただイシコロの微笑みを見つめた。
二人の顔はゆっくりと近づき、やがて唇が触れ合った。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる