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3.手合わせ
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砦に入ると、まずは主塔の一階で荷を解いた。みな三日分の食料を持参していたし、他にも細々とした持ち物があった。これから二夜と三日、村の青年たちは十人隊の指導の下、村の砦で過ごす――といっても、見習いから上がったばかりのタカネは、ほとんど村の仲間と一緒になって、先輩の指示を受ける側に回っていたが。
一息入れると、いくつかの組に分かれて、まずは砦の保守点検がはじまった。
砦の建物そのものは、そう傷んではいない。基本的に無人のこの砦は、近隣の村々の催事や集会、少年や若者たちの遊び、はたまた恋人たちの逢引の場所など、いろいろな仕方で使われていた。万年放置されているわけではないので、補修の必要な部分はそう多くはなかった。
主塔の半地下にある武器庫からは、武具が引っ張り出された。主要な武器は、槍、投げ槍、それから戦のための、金属の頭を持った棍棒だった。剣がそれほど多くないのは、それが高価だからだった。もちろん鎧兜といった防具も多くあった。それらを点検し、錆を落とし、油を塗ってやらなければならなかった。
他にも必要な仕事はあった。全体的な清掃はもちろん必要だし、堀の底を浚って維持しなければならない。烽のための丸太や薪も確認しなければならなかった――おうおうにして村人はそれを使ってしまうのだった。それに当然、料理もしておかなければならなかった。
そうしていろいろな仕事が終わると、もう昼過ぎになっていた。一同は遅い昼食を手早く取った。それから、主塔と倉庫群とに囲まれた中庭で、武芸の訓練がはじまった。
武器には、練習用の棍棒や、槍代わりの杖が使われた。金属は使われておらず、ただの木の棒ではあったが、重みはあり、これだけでも十二分に殺傷力のある武器だった。刃のないことに気を緩め、防具も着けずに稽古をはじめてしまい、頭をかち割られた愚かな若者の話は、少年への警告としてどこの町や村でも聞かれた。
もちろん防具は、実戦のためのものを着込んだ。鉄片を縫い込んだ胴着に、兜と籠手と脛当てで一揃いだった。それらに加えて、円い盾もあった。こちらは木でできており、多くは縁が金属で補強されていた。
一同はみな慣れたもので、装備を身につけるのに苦労はなかった。訓練が初めてである最年少の若者らは少し手間取っていたものの、大きな困難はなかった。義務付けられてはいないものの、少年たちはよくちゃんばらをして遊んだし、たいてい武芸を習ってもいた。使う武器こそもっと軽い棒か、それともただの木の枝だったが、大人が砦について来てくれる時には、防具を身につける機会もあったのだった。
タカネは戦士団の一員として、支給された防具を元から身につけていた。もちろん鎧の着方も心得ており、不慣れな仲間たちを手助けした。
そうして装備が整うと、いよいよ訓練がはじまった。
まずは全体をいくつかの班に分け、それぞれを一人の戦士が指導する。それぞれの班で一組ずつに分かれて手合わせを繰り返し、担当する戦士が助言し、時に手本を見せ、あるいは実際に練習相手をする。
みな戦士の言うことをじっと聞き、動きを見、必要ならば質問をした。武芸は戦士だけのものではない。村人にとってそれはただ義務であるだけでなく、競技や遊び、余興でもあったから、直に戦士から指導を受ける機会は貴重だった。
ただ、すでに訓練を経験している歳上の世代から、前の冬に成人したばかりの若者たちは、別の班として特別に分けられていた。まだ経験が浅いから、いきなり手合わせをしたりはしないのだった。勢い込んで、まさか頭をかち割ってしまったら大変なのだ。
年少の若者は、今年は九人いた。その指導に当たったのは、同じ歳のタカネと、壮年のツムジだった。ツムジはなにかとタカネを気にかけて可愛がってくれる、頼りになる先輩だった。
ツムジの指示に従って、タカネは仲間たちに型を実演して見せた。同輩たちに見られながら技を見せるのは、なかなか緊張する。だがそれよりも、自分の戦士たるところを示すことができる誇らしい思いのほうがいくらも強かった。
しかしそうして手本になっている間も、タカネはイワオのことを意識していた。
イワオは仲間たちの後ろのほうで立っていたが、巨体の持ち主だったから、頭一つ抜きん出ていた。その視線は厳しい。そして巨躯のイワオが防具を着込んだすがたは、まるでタカネの技を吟味する歳上の先輩のようで、腹立たしいくらいに凛々しかった。
やがて指導が進むと、若者たちも実際に手足を動かすことになった。二人一組になり、一定の型を繰り返し練習する。
年少の若者は九人だったから、二人で組を作れば、一人余ってしまう。ツムジが口を開く前に、タカネは先輩をくるりと振り返った。
「おれが入りますよ。それで十人です。」
「そうしてもらおう。――さあ、適当に組になってくれ。」
ツムジがそう言うと、タカネは友人たちの間に入った。久々に幼馴染みと武芸の稽古ができるので、喜ばしかった。
陽気なハルがタカネの肩に腕を回した。にこにこ笑いながら、友人たちに言う。
「誰が戦士殿の相手をする? こいつはえらい役目になるぜ。」
タカネはその言葉に、気楽に笑った。
「よせよ。試合じゃなくて、型の稽古をするだけだぜ。別に大したことじゃない。」
「――イワオがいいだろうな。」
そうハルは言った。タカネは口をぐっと閉ざし、笑みを消した。ハルは笑顔のままだったが、心なしか鋭い目つきになった。
「別に変じゃないだろ。イワオはおれたちの中で一番なんだ。それに、前はお前とよく手合わせしていたし、同村の出じゃないか。――なあ、お前らもそれでいいだろ。」
ハルはそう言って、仲間たちを見渡した。
タカネは周りの友人らを見た。みななにか真剣な目をして、タカネに促すような視線を向けていた。前もってハルが言い含めていたのか、それとも単にその場で呼吸を合わせたのか、いずれとも分からなかったが、どうやらイワオとタカネをくっつけようとしているようだった。
胸中で、お節介なやつらめ、と毒づく。
イワオが、ややうろたえたように左右に目をやった。だがそれも一瞬のことで、仲間の顔色を見て取ると、タカネに目を向け、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「おれは構わんよ。はじめようぜ。ぐずぐずしていたって意味がない。」
そうして、イワオはタカネに向けて足を踏み出した。そびえるようなイワオに見下されると、タカネは自分が少年時代に戻ったような気がした。
これまで何度もイワオを相手に、ちゃんばらであれ取っ組み合いであれ、勝負事で一度として勝ったことがなかった。それはあの喧嘩の前であれ、後であれ、そして戦士団の見習いになる直前であれ、そうであった。
友人たちも組になると、それぞれ距離を空けた。
それから、ツムジが言った。
「さあ、はじめろ。」
一息入れると、いくつかの組に分かれて、まずは砦の保守点検がはじまった。
砦の建物そのものは、そう傷んではいない。基本的に無人のこの砦は、近隣の村々の催事や集会、少年や若者たちの遊び、はたまた恋人たちの逢引の場所など、いろいろな仕方で使われていた。万年放置されているわけではないので、補修の必要な部分はそう多くはなかった。
主塔の半地下にある武器庫からは、武具が引っ張り出された。主要な武器は、槍、投げ槍、それから戦のための、金属の頭を持った棍棒だった。剣がそれほど多くないのは、それが高価だからだった。もちろん鎧兜といった防具も多くあった。それらを点検し、錆を落とし、油を塗ってやらなければならなかった。
他にも必要な仕事はあった。全体的な清掃はもちろん必要だし、堀の底を浚って維持しなければならない。烽のための丸太や薪も確認しなければならなかった――おうおうにして村人はそれを使ってしまうのだった。それに当然、料理もしておかなければならなかった。
そうしていろいろな仕事が終わると、もう昼過ぎになっていた。一同は遅い昼食を手早く取った。それから、主塔と倉庫群とに囲まれた中庭で、武芸の訓練がはじまった。
武器には、練習用の棍棒や、槍代わりの杖が使われた。金属は使われておらず、ただの木の棒ではあったが、重みはあり、これだけでも十二分に殺傷力のある武器だった。刃のないことに気を緩め、防具も着けずに稽古をはじめてしまい、頭をかち割られた愚かな若者の話は、少年への警告としてどこの町や村でも聞かれた。
もちろん防具は、実戦のためのものを着込んだ。鉄片を縫い込んだ胴着に、兜と籠手と脛当てで一揃いだった。それらに加えて、円い盾もあった。こちらは木でできており、多くは縁が金属で補強されていた。
一同はみな慣れたもので、装備を身につけるのに苦労はなかった。訓練が初めてである最年少の若者らは少し手間取っていたものの、大きな困難はなかった。義務付けられてはいないものの、少年たちはよくちゃんばらをして遊んだし、たいてい武芸を習ってもいた。使う武器こそもっと軽い棒か、それともただの木の枝だったが、大人が砦について来てくれる時には、防具を身につける機会もあったのだった。
タカネは戦士団の一員として、支給された防具を元から身につけていた。もちろん鎧の着方も心得ており、不慣れな仲間たちを手助けした。
そうして装備が整うと、いよいよ訓練がはじまった。
まずは全体をいくつかの班に分け、それぞれを一人の戦士が指導する。それぞれの班で一組ずつに分かれて手合わせを繰り返し、担当する戦士が助言し、時に手本を見せ、あるいは実際に練習相手をする。
みな戦士の言うことをじっと聞き、動きを見、必要ならば質問をした。武芸は戦士だけのものではない。村人にとってそれはただ義務であるだけでなく、競技や遊び、余興でもあったから、直に戦士から指導を受ける機会は貴重だった。
ただ、すでに訓練を経験している歳上の世代から、前の冬に成人したばかりの若者たちは、別の班として特別に分けられていた。まだ経験が浅いから、いきなり手合わせをしたりはしないのだった。勢い込んで、まさか頭をかち割ってしまったら大変なのだ。
年少の若者は、今年は九人いた。その指導に当たったのは、同じ歳のタカネと、壮年のツムジだった。ツムジはなにかとタカネを気にかけて可愛がってくれる、頼りになる先輩だった。
ツムジの指示に従って、タカネは仲間たちに型を実演して見せた。同輩たちに見られながら技を見せるのは、なかなか緊張する。だがそれよりも、自分の戦士たるところを示すことができる誇らしい思いのほうがいくらも強かった。
しかしそうして手本になっている間も、タカネはイワオのことを意識していた。
イワオは仲間たちの後ろのほうで立っていたが、巨体の持ち主だったから、頭一つ抜きん出ていた。その視線は厳しい。そして巨躯のイワオが防具を着込んだすがたは、まるでタカネの技を吟味する歳上の先輩のようで、腹立たしいくらいに凛々しかった。
やがて指導が進むと、若者たちも実際に手足を動かすことになった。二人一組になり、一定の型を繰り返し練習する。
年少の若者は九人だったから、二人で組を作れば、一人余ってしまう。ツムジが口を開く前に、タカネは先輩をくるりと振り返った。
「おれが入りますよ。それで十人です。」
「そうしてもらおう。――さあ、適当に組になってくれ。」
ツムジがそう言うと、タカネは友人たちの間に入った。久々に幼馴染みと武芸の稽古ができるので、喜ばしかった。
陽気なハルがタカネの肩に腕を回した。にこにこ笑いながら、友人たちに言う。
「誰が戦士殿の相手をする? こいつはえらい役目になるぜ。」
タカネはその言葉に、気楽に笑った。
「よせよ。試合じゃなくて、型の稽古をするだけだぜ。別に大したことじゃない。」
「――イワオがいいだろうな。」
そうハルは言った。タカネは口をぐっと閉ざし、笑みを消した。ハルは笑顔のままだったが、心なしか鋭い目つきになった。
「別に変じゃないだろ。イワオはおれたちの中で一番なんだ。それに、前はお前とよく手合わせしていたし、同村の出じゃないか。――なあ、お前らもそれでいいだろ。」
ハルはそう言って、仲間たちを見渡した。
タカネは周りの友人らを見た。みななにか真剣な目をして、タカネに促すような視線を向けていた。前もってハルが言い含めていたのか、それとも単にその場で呼吸を合わせたのか、いずれとも分からなかったが、どうやらイワオとタカネをくっつけようとしているようだった。
胸中で、お節介なやつらめ、と毒づく。
イワオが、ややうろたえたように左右に目をやった。だがそれも一瞬のことで、仲間の顔色を見て取ると、タカネに目を向け、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「おれは構わんよ。はじめようぜ。ぐずぐずしていたって意味がない。」
そうして、イワオはタカネに向けて足を踏み出した。そびえるようなイワオに見下されると、タカネは自分が少年時代に戻ったような気がした。
これまで何度もイワオを相手に、ちゃんばらであれ取っ組み合いであれ、勝負事で一度として勝ったことがなかった。それはあの喧嘩の前であれ、後であれ、そして戦士団の見習いになる直前であれ、そうであった。
友人たちも組になると、それぞれ距離を空けた。
それから、ツムジが言った。
「さあ、はじめろ。」
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