戦士の帰郷

火吹き石

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6.木立の会話

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 二日目の訓練が終わり、夕が来て、夜が降りた。夕食の後、一同はまた三つの班に分かれ、最初の夜番がはじまった。

 タカネは昨夜と同じく最後の番だった。だから、仲間らとともに塔の広間に集まり、横になっていた。広間のそこここで、すぐにいびきが上がりはじめた。みな疲れているのだ。

 タカネもまた、疲れてはいた。朝、ツムジに言われてその場を離れ、頭を冷やした後は、別の若者の相手をした。慣れているとはいえ、一日の訓練の後、疲れていないはずもなかった。

 いつもなら目をつむればすぐに眠れるというのに、しかし、この夜は眠れなかった。イワオのことが、ひどく気にかかっていた。

 明日の訓練を終えれば、村人はそれぞれの村に帰り、戦士たちは砦に留まる。そしてその次の朝に、十人隊は砦を離れることになっていた。別の土地に行き、そこでも訓練を施す予定になっていたのだ。それから何日もこの地域に留まった後、再び元の戦士団の砦への帰路につく。

 だから、イワオと話すことができるのは、明日いっぱいだった。

 イワオのことを考えると、無性に腹が立った。叩きのめしてやりたいと思う。とにかくどなってやりたかった。喧嘩でもしてみたかった。

 そしてそうやって考えていると、タカネは自分の子どもっぽさにうんざりした。

 タカネは静かに身を起こした。広間は暗いが、中央の炉には火が焚かれており、まったくものが見えないというほどでもない。夜気に当たって頭を冷やせば、少しは落ち着くだろうと、立ち上がろうとした。

 すると、そばに寝ていたハルが、囁いた。

「なに。タァ、どうしたの。」

 ハルは寝ぼけた声で言った。タカネは身を低くして、囁き返した。

「なんでもない。寝てな。」

 タカネは立ち上がって、それまで体にかけていた外套を羽織ると、戸口に向けて一歩を踏み出した。

 その時、後ろで誰かが動く音が聞こえた。肩越しに振り返ると、大きな人影がそびえていた。よくは見えないが、もちろんイワオだろう。話し声で起きたのか、それとも元から起きていたのか、それは分からなかったが。

 一瞬、また寝てやろうかと思った。だがイワオと話す機会はもうあまりない。それに、ハルとツムジが話すようにと勧めていたこともあって、タカネは一緒に外に出ることに決めた。

 タカネが塔の外に出ると、冷たい空気にぶるっと震えた。振り返ると、やはりイワオがついてきていた。

 二人は並んで歩いた。櫓の間を歩いている青年が何人かいて、二人に気づくとちらと目を向けたが、なにも言わなかった。みな寒さに悩まされ、疲れていて、わざわざ話しかける気力もないようだった。

 とくにどこに向かうともなく歩き、いつの間にか門の近くにいた。そのまま門をくぐってしまおうとすると、門の脇で壁にもたれていた青年が、弾かれたように顔を上げた。

「おい、どこに行くんだ。」

 青年は短く言った。それでタカネは、そういえば訓練の間は勝手に外に出てはいけないのだということを思い出した。あえて外に行かなければならない理由もないので、門に背を向けた。

 すると、向こうからツムジが来るのが見えた。

 ツムジもタカネたちと同じく最後の夜番だったから、いまは寝ているはずだった。それがどうしてここにいるのかと訝しんだが、もしかしたらタカネらが起きたことに気づいて、ついてきたのだろうと思い至った。

 ツムジは二人に近づくと、口を開いた。

「散歩か。」

 タカネはイワオとちらと目を合わせて、肩をすくめた。

「ちょっと話があるだけです。」

 タカネが言うと、ツムジは二人をそれぞれじっと見つめた。そして、ふっと笑いを零すと、タカネの肩を元気づけるように叩く。それから門番に顔を向けると、言った。

「こいつらは通してやってくれていい。すぐ戻るだろうから。」

 門番の青年は、少し驚いたようにタカネとイワオを見比べた。タカネはツムジを振り仰いだ。

「ツムジさん、そんな特別扱い――」

「ここは先輩の言うことを聞きな。それに、このくらいどうってことない。なあ?」

 ツムジは門番に声をかけた。青年は、二人をまた見比べて、苦笑しながら頷いた。

「とっとと仲直りしてこいよ。」

 青年は言った。ツムジはイワオと目を合わせたが、すぐに、ばつが悪くて顔を伏せた。普段から頼っているツムジや、仲のいいハルならともかく、他の人にまでこうやって心配されていたのだと、恥ずかしかった。

 二人は門をくぐると、小丘を少し下った。堀のところで立ち止まる。堀のこちら側には、疎らな木立があり、二人はその陰に入った。

 二人は木立で向かい合った。おぼろな月明かりもあまり入らず、互いが影のようにしか見えなかった。二人とも、どちらからもすぐには話し出そうとはせず、黙ったまま見つめ合っていた。

 イワオが息をついて、先に口を開いた。

「今朝の訓練の時、驚いた。お前の力、本当に強くなってたな。」

 またか、とタカネは思った。またそんなふうにおだてようというのか。

 イワオは続けた。

「昔は、ちっちゃくて、弱っちかったのにな。手が痺れちまった。やっぱり、戦士団の訓練は厳しかったか。」

 タカネは鼻を鳴らした。

「そりゃあ、ちょっとは力もついたさ。誰だって鍛えりゃ、少しは力がつく。」

 語気は自然と荒くなった。イワオを睨みつける。暗闇の中では顔は見えなかったろうが、どうやら気配を察したのか、イワオは身を固くしたようだった。

「お前は、おれが戦士にはなれないって言ったな。だけど、どうだ、戦士になってみせたぞ。お前、なにか言うことはないのか。」

 タカネは言った。イワオはしばし黙って俯いたが、顔を上げると、答えた。

「悪かった。あの時は、悪かった。お前をあんなふうにばかにしちまって。おれが間違ってた。」

 イワオの謝罪を、タカネは冷たい気持ちで聞いた。そして意識しないうちに、口から言葉が出ていた。

「それだけか。」

 イワオがひるんだのを、タカネは感じた。自分自身の声が、驚くほど冷たかった。

「それで、言うことは終わりなのか。お前は――お前は、なにを考えてるんだ。どう思ってるんだ。おれは――」

 言いかけて、タカネは首を振った。自分の声が震えているのが分かった。声だけではない、体も震えていた。震えながら、ようやく、タカネはイワオと話す糸口を見つけた。

「お前は、あの時のことをどう思ってるんだ。お前、いままでなにを考えてたんだ。おれのこと、どう、思ってたんだ。」

 タカネは言い切ると、口を閉ざし、イワオを真っ直ぐに見上げた。

 イワオはたじろぎ、口を開こうとしては、また閉じた。それを何度か繰り返す。煮え切らぬ態度に、タカネは血が逆巻くようないかりを感じた。イワオは、なにも、感じてはいないのだろうか。それを口に出すことを、この期に及んで逃げるのだろうか。

「もう、いい。」

 タカネは憎々しげに吐き捨てた。

「これで終わりなら、それでいい。もう、帰る。」

 タカネはくるりと背を向けると、砦の小丘を登りだした。

 すると、突然、後ろから力強い腕が抱きとめた。胴着の金属片が触れ合い、いやな音を立てる。イワオはタカネの肩に顔を寄せた。

「おれ――おれ、寂しかった。」

 イワオが言った。その声は乱れていた。

「寂しかった。辛かった。後悔した。お前にあんなこと言ったこと、後悔した。お前が、ほんとに、どっかに行っちまうなんて、思ってなかったんだ。悪かった。」

 イワオは口早に言うと、鼻をすすった。

 タカネは、回された腕に手を置いて、ぎゅっと握った。

「おれは、お前のことをずっと慕ってた。知ってるだろうけどよ。」

 体に回された腕に力が込もって、いっそう強くタカネを抱き締めた。タカネはその力強い抱擁に、懐かしさを感じた。

「お前のこと、ずっと憧れてた。大きくて、強くてさ。ずっと一緒にいるのが楽しかった。それで――」

 と、タカネの声が上擦った。ぐっと震えを飲み込んで、続ける。

「それで、お前にあの時言われて、すごく悔しかった。きっと戦士団に入って、お前を見返してやると思った。そう思ってたのに、お前、おれが帰ってきてから、なんとも思ってないみたいにしてただろ。それでずっと苛々していた。――なんで、お前、もっと早くにおれと話をしなかったんだ。」

 イワオが答えた。その声は涙声だった。

「なんて言えばいいか、分かんなかったんだよ。おれがタァにひどいこと言ったのに、いまさら、寂しかったなんて言えないだろ。ごめんよ、タァ。悪かったなあ。」

 それから、二人とも少年のように啜り泣いた。

 しばらくして、二人は泣き止んだ。イワオはずっとタカネのことを抱き締めていた。泣いて、タカネの目は熱くなっていた。

 ふいに、イワオが囁いた。

「すきだ、タァ。お前のこと、すきだ。」

 タカネは驚いて、肩越しに振り返った。暗闇の中、霞むイワオの顔には、まるで迷子のように心細げな表情が浮かんでいた。

 突然の告白に、タカネはなにも言えなかった。もちろん、すきというのは、恋しているということだろう。少年時代にはイワオをずっと慕ってきたが、それは仲のいい先輩に向けるような気持ちであって、恋心というわけではなかった。

「いつから、なんだ。」

 タカネはたずねた。イワオは絞り出すような声で答える。

「ずっとだ、たぶん。ずっと小さい頃から。お前がもっと小さかった頃から。」

「あの時も?」

 タカネが聞くと、イワオは頷いて、俯く。

「おれ、ほんとに、ばかなことした。お前のことがすきなのに、意地悪して。それで、お前がいなくなって、勝手に悲しくなって。おれ、ほんとにばかだった。」

 イワオの声音には、後悔の色がありありと滲んでいた。

 その弱々しい声を聞くと、タカネの胸に、なにか突き動かされるような感覚が浮かんだ。それは、泣いている幼い子どもを見て感じる、慰めなければならないという思いにも似ていたが、それよりももっと熱く、衝動的だった。

 タカネはイワオの腕を解いて振り向き、正面から向かい合った。そして改めて友人の肩に手を置くと、背伸びして、頬に口づけした。

 イワオは口を開いたが、声は出なかった。驚愕の表情に固まったまま、タカネを見下ろす。息すらも止まっているようだった。

 あんまり驚いているものだから、タカネはおかしくて、笑みを零した。すると、イワオはようやく気を取り直し、息を吹き返した。

「タァ、なんで――ごめん、おれ――タァ――その――おれ――」

 イワオはしどろもどろに言った。タカネは手を伸ばして、友人の口を押さえつけた。思わず笑ってしまう。

「落ち着けよ。お前がそんなに取り乱すの、初めて見たなあ。」

 そう言って笑うと、イワオはばつが悪そうに、ふいと目を逸した。だがすぐに、再びタカネに目を合わせる。目には、なにか火のように熱い光が宿っていた。

「タァ。おれ、お前のこと――」

 と、イワオはタカネの肩に手を置いて、掴んだ。興奮に息を荒げている。言葉を探すように、半開きの口がぱくぱくと動いているが、言葉は続かなかった。ただ切なげな、訴えるような目が、タカネに注がれている。

 タカネは、また笑った。

「言わなくていいぜ。言わなくたって、分かってる。」

 そう言って、イワオの頬を撫でた。

 すると大きな体の友人は、タカネの顔を両手で掴み、喰らい付くように唇を重ねた。
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