精霊の庭

火吹き石

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2.炉端の会話

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 ホムラは館を出ると、若者組の連中と一緒に、家々と田畑との間を歩いていった。そして若者の家に着くと、そこで仲間に別れを告げ、少しばかり離れたところに建っている小屋に足を向けた。

 ホムラは黄金火の氏族の成員だから、青枝の若者の家に住むことはできなかった。それでイシコロと二人で、若者の家の近くに小屋を建てて暮らしているのだ。二人の他にもそうやって暮らしている者はおり、珍しいことではなかったが、ありふれているというわけでもなかった。

 戸口を覆う幾枚もの厚い垂れ布を掻き分けると、香の焼ける匂いが漂ってきた。小屋には調度品はそれほどない。中央に炉が設けられ、出入り口のすぐそばに大きな水瓶と大小の壺が置いてある。いくらかある身の回りの品を収めた箱があり、奥には干し草を積み上げた上に布を何枚も重ねた寝床がこしらえてあった。

 炉のそばで、二人の人物が、敷物の上にあぐらをかいている。一人は大柄なイシコロで、もう一人は、先に集会に出ていた若い呪い師の師匠だった。

 ホムラは部屋に静かに入ると、イシコロの向こうに腰を下ろして、恋人を見つめた。もともと大柄で肉付きもよかったイシコロだったが、やや肉が削げていた。幼い印象の顔が、痛々しくやつれている。火に照らされて目鼻の凹凸に陰がこごり、痩せたすがたと相まって、衰えて見えた。

 イシコロは目をつむってじっとしていた。呪い師が静かに、イシコロに語りかけている。

「ごらん、イシコロ。お前の足下には水がある。流れのない、だが泉から湧き出たばかりのように清らかな水が。お前は腰まで水に浸かっている。それは雪解けの水のように冷たい。お前を内から焦がす火と熱とが、ゆっくりと水に染み込み、衰えていく。」

 呪い師の言葉を聞いているのか聞いていないのか、イシコロはただ目を瞑って、身動きせずに座っていた。呪い師は間を置いて、イシコロに繰り返し語りかけた。ホムラはイシコロを見ながら、呪い師の言葉に耳を傾けた。

 少しして、呪い師がイシコロに瞑想を終えるように言った。イシコロが目を開けると、ホムラを見て、驚いた顔をした。ホムラは思わず笑った。

「なんだい。気づいていなかったのか。」

 ホムラは言いながら、イシコロの横に移った。イシコロは眠たげに笑った。

「気づかなかったよ。おかえり、ホムラ。」

 そう言ってから、イシコロは一つ瞬いて、真剣な顔をした。

「それで、集会はどうだった。」

「まあ、若者組で話した通りだよ。思ったより、反対はされなかった。おれとお前とで、旅に出る。だがその話をする前に――」

 と、ホムラはイシコロの肩に手をかけて、軽く揺すった。

「座ってないで、寝てくれよ。きっと疲れてるだろ。」

「疲れてない。気分はいいよ。少し熱があるけど。」

 イシコロがそう言うので、ホムラはあえて説き伏せようとはせず、集会で話し合われたことを説明した。話が終わると、イシコロが言った。

「これはもう何度も言っているけど――」

「お前を一人では行かせない。」

 ホムラは断固として言った。

「死ぬ危険のある道を、お前一人では行かせない。おれも一緒じゃなきゃだめだ。おれたちの立場が入れ替わったら、お前だってそう言うだろう。」

 イシコロは渋々頷いた。

「そうかもしれないな。」

「それに、おれはもう誓いをしちまったんだ。死ぬまで、おれはお前に仕える。」

 ホムラは笑いながら、手のひらの傷を見せた。イシコロは手を取ると、愛おしげに撫で、口づけして、放した。

 それからホムラは、呪い師に顔を向けて言った。

「これから何日くらいでイシコロは旅に出られましょうか。」

 少し考えて、呪い師は答えた。

「三日か四日、長くとも五日といったところだろうね。短すぎては準備ができず、長過ぎてもよいことは起こらないだろうから。――さて、私は帰ろうかね。私からする話もないことだし。」

 呪い師は立ち上がった。ホムラはさっと立ち上がり、呪い師に先立って戸口に向かうと、垂れ布を腕で開けた。

 イシコロは少しよろめきながら立つと、言った。

「ありがとうございます、呪い師さま。」

 呪い師は少し振り向くと、笑顔で軽く手を上げ、それから小屋を出ていった。

 二人きりになると、ホムラは炉の熾火を灰に埋めた。それからイシコロの手を引いて、寝床に連れて行った。そして服を脱いで横になると、ホムラは恋人の胸に頬を寄せた。イシコロの体は、ひどく熱を持っていた。

 イシコロはホムラの体に腕を回すと、自分の上に抱き上げた。病に衰えてもなお、この巨躯の若者は力持ちだった。

 ホムラは笑いながら、咎めるように言った。

「こら、イシコロ。無理すんなよ。これから旅に出るんだぜ。体力を保っておけよ。」

「心配しすぎだよ。そんなに弱ってない。それに――」

 と、イシコロはホムラの髪に口づけした。

「こうしていたほうが、元気が出るよ。」

 ホムラは顔を真っ赤にした。

「止めろよ。そんなことしたら、こっちも、元気になっちゃうだろうが。」

 イシコロは声を上げて笑った。

「元気になったらいいよ。可愛いホムラ。ねえ、これが最後かもしれないんだよ。」

 ホムラはすうっと青ざめた。口から出た言葉は、自然と強い口調だった。

「最後じゃない。そんなこと、言うんじゃない。黙って、休むんだ。」

「でも本当のことだ。ねえ、ホムラ。なにが起こるかわからないんだ。後悔したくないよ。」

 イシコロはホムラの背を撫で、髪に口づけした。ホムラは黙って身動きしなかった。イシコロの体は、ひどく熱かった。こんなに熱い肌に触れたことは、いままでなかった。まるで焚き火にずっと当たっていたかのようだった。

 まるでホムラが考えていることを読み取ったかのように、イシコロが言った。

「ホムラの体、冷たくて気持ちいいな。」

「お前が熱いんだ。休まなきゃ。」

「熱いかもしれないけど、苦しくはないんだ。不思議だけどな。いまのこの高い体温が、おれの普通になったみたいなんだ。だから、そんなに心配しなくていいよ。」

 イシコロは言いながら、繰り返し、ホムラの背を撫でた。ホムラは恋人の胸に頬を乗せて、黙っていた。二人とも肌が汗ばんでいて、微かに匂いがした。匂いがするのは、なにも体だけではなく、寝床の敷き布もだった。この一年の間、この寝床で、二人は何度も夜を過ごしてきたのに、敷き布をろくに洗っていなかった。

 再びイシコロが髪に口づけして、鼻面を埋めた。ホムラの腹の奥で、火が燃えはじめていた。それはイシコロも同様で、裸で抱き合っているから、互いの興奮は互いに明らかだった。

 ホムラはイシコロの顔を見上げた。暗闇に隠れて表情は窺えなかったが、イシコロもまたこちらを見つめているのが感じられた。

 ホムラは口を開いた。その声は上擦っていた。

「本当に……本当に、大丈夫か?」

 くすっとイシコロが笑った。

「大丈夫。おれも、したいんだ。最後かもしれないって思ったら、切なくなって。」

 語尾も弱々しく囁くと、イシコロはホムラをぎゅっと抱き締めた。ホムラは恋人の分厚い胸に頬を擦り寄せた。そうしながら、ホムラは言った。

「最後じゃない。イシコロ、これが最後じゃないからな。旅から帰ってきたら、もっとするんだからな。」

 ホムラは寝床に手と膝をつき、体を持ち上げた。イシコロはホムラの背に回した腕から力を抜いた。ホムラがよじ登るようにしてイシコロに顔を近づけると、二人は唇を触れ合わせた。
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