見つけた、いこう

かないみのる

文字の大きさ
8 / 46

6

しおりを挟む
 七月の下旬、俺は代数学Cのテストと向き合っていた。

周囲のシャープペンが紙を擦る音に焦りを感じながら自分の頭をフル回転させて問題に取り組んでいく。

aやb、sinxやlimなど、数学なのに数字よりもアルファベットを書く方が多いのはなんとも不思議だとは常々思っているが、今はそんな事を考えるよりも手を動かさなければならない。



 半分ほどの学生が解答用紙を提出して教室を出て行ったあたりで、俺も最後の問題の証明を終えてペンを置いた。

荷物をまとめて解答用紙を提出し、潔く教室を出た。

談話室へ行くとテストを終えた拓也や、健吾が椅子にだらしなく座って解放感を満喫していた。



 これで前期最後のテストが終わり、最後にガイダンスを受ければ夏休みに入る。

夏休みと言っても、八月には教育実習があるため今年はそんなにのんびりもできない。

教育実習は眠る暇がないほど忙しいと聞くし、少し憂鬱ではある。

しかし今から心配しても仕方ないし、テストや課題が終わった今だけは頭を空っぽにしていたい。



「可那人、テストどうだった?」



テーブルにリュックを置き拓也の隣の椅子に腰を下ろすと、健吾が聞いてきた。



「まずまずかな。健吾は?」


「聞かないでくれ」


「なら俺にも聞くなよ。拓也は?」


「今日は空が綺麗だな」


「この部屋からじゃ見えないだろ」



 中身のない会話を一通り続けて、俺たちは深くため息を吐いた。

連日のテスト勉強で寝不足が続き頭が働いていない。



「今年の夏のご予定は?」


長い沈黙を破って俺は二人に話題を振った。



「おれは志保と東京行く」



 健吾がその話題を待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに答えた。

健吾は化学科の同学年の女の子と付き合っているのだ。



「彼女持ちは去れ」


「土産話聞かせてやるよ」


「食えない土産に興味はない」



俺と健吾が話していると、拓也がフッフッフと気味悪く笑った。



「オレもチーちゃんと出かける」


「え?拓也も彼女できたん?」



 健吾が驚いて聞き返した。



「ラブラブだよ。毎日一緒に寝てるし」


「健吾、真に受けるなよ。ペットの犬の話だ」


「夏休みといったら積みゲー解消だろうがよ!」



 俺のツッコミでやけっぱちになった拓也が嘆いた。

独り身の俺たちの長期休暇と言ったらもっぱらゲームが定番である。

買うだけ買ってソフトを詰んだ状態で放置している、いわゆる積みゲーのプレイをするにはまとまった休暇が丁度いいのである。

一人で黙々と遊ぶこともあれば、パソコンの通話ツールを使って友達と会話しながら小さなモンスターを対戦させたり大きなモンスターを狩ったりしている。



 テストで溜まったフラストレーションを爆発させるべく、くだらない会話を続けていると、隣のテーブルに誰か座った。

いきなり視線を向けるのも失礼だと思って横目で盗み見るようにした。入って来た人を確認すると、俺は急に緊張した。



藤谷菜奈さんだ。



 俺は心の中でガッツポーズをした。

藤谷さんを一目見ることができ、テンションが上がった。

自分から話しかける勇気がないので視界に入れる事が精一杯だが、それでも嬉しかった。



「あ、藤谷さん」



 勇敢にも拓也が声をかけた。

根暗な俺と違って根明な拓也は男子だろうと女子だろうと、どこの学部学科だろうと学年が違おうと、とにかく話しかける。その割に彼女ができないのが不思議なところだ。



「お疲れ様」



藤谷さんはアルカイックスマイルで答えた。



「やっとテスト終わったね」



藤谷さんは大きく伸びをした。

袖から腕が出て、腕時計控えめに光った。

その奥ゆかしいデザインが彼女に似合っていて素敵だった。



「うん。最後の問題、難しくなかった?」


「難しかったー」



 二人が当たり障りのない会話を続けた。



「先生が出すって言ってた部分群の判定、出なかったよね?ずるいよな」



 俺もここぞとばかりに会話に入っていった。

藤谷さんと話すチャンスだ。

しかし皆は、俺の言葉を受け、ぽかんとした顔で俺を見た。



「え?何?」



がっついたのが引かれたか、テンションが高過ぎて空回ったか。

どちらにしろ予想外の反応で俺は焦った。



「部分群の判定、出てたよ?第二問で」



藤谷さんが言いづらそうに答えた。



「え?」


「可那人、やらかしたな。あれサービス問題だろ」



終わった。

さらば、俺の代数学の単位……。



「藤谷さんがこっちの談話室に来るの、珍しいね」



打ちひしがれている俺をよそに健吾が藤谷さんに聞いた。



「うん。待ち合わせ中。お疲れ様会やるんだ」


「いいねえ、楽しそう」



 健吾と藤谷さんが話していると談話室に恭平が入ってきて、藤谷さんの向かいに座った。

健吾を牽制するように睨みつけた。



「菜奈、テストどうだった?」


「どうって聞かれても、難しかったとしか」


「そうか。俺が教えたところ、出ただろ?」



 恭平が藤谷さんと話し始めた。

少し上から目線なのが気になったが、藤谷さんとそんなに深い仲になっているなんて知らなかったから少しショックだった。

いや、少しどころではない。かなりダメージを受けた。

いつからこの二人はこんな関係になっていたのだろう。

果たして付き合っているのだろうか?

どちらにせよ藤谷さんに、親しい男がいると知って俺は勝手に失恋したような気持ちになった。



 藤谷さんは、その後友人である 佐藤公佳さとうきみかさんが迎えにきて帰っていった。

恭平も後を追うように帰っていった。

残された俺はテスト惨敗と失恋とで哀れみを浮かべた拓也と健吾の横で放心状態だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

その出会い、運命につき。

あさの紅茶
恋愛
背が高いことがコンプレックスの平野つばさが働く薬局に、つばさよりも背の高い胡桃洋平がやってきた。かっこよかったなと思っていたところ、雨の日にまさかの再会。そしてご飯を食べに行くことに。知れば知るほど彼を好きになってしまうつばさ。そんなある日、洋平と背の低い可愛らしい女性が歩いているところを偶然目撃。しかもその女性の名字も“胡桃”だった。つばさの恋はまさか不倫?!悩むつばさに洋平から次のお誘いが……。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...