見つけた、いこう

かないみのる

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 七月の下旬、俺は代数学Cのテストと向き合っていた。

周囲のシャープペンが紙を擦る音に焦りを感じながら自分の頭をフル回転させて問題に取り組んでいく。

aやb、sinxやlimなど、数学なのに数字よりもアルファベットを書く方が多いのはなんとも不思議だとは常々思っているが、今はそんな事を考えるよりも手を動かさなければならない。



 半分ほどの学生が解答用紙を提出して教室を出て行ったあたりで、俺も最後の問題の証明を終えてペンを置いた。

荷物をまとめて解答用紙を提出し、潔く教室を出た。

談話室へ行くとテストを終えた拓也や、健吾が椅子にだらしなく座って解放感を満喫していた。



 これで前期最後のテストが終わり、最後にガイダンスを受ければ夏休みに入る。

夏休みと言っても、八月には教育実習があるため今年はそんなにのんびりもできない。

教育実習は眠る暇がないほど忙しいと聞くし、少し憂鬱ではある。

しかし今から心配しても仕方ないし、テストや課題が終わった今だけは頭を空っぽにしていたい。



「可那人、テストどうだった?」



テーブルにリュックを置き拓也の隣の椅子に腰を下ろすと、健吾が聞いてきた。



「まずまずかな。健吾は?」


「聞かないでくれ」


「なら俺にも聞くなよ。拓也は?」


「今日は空が綺麗だな」


「この部屋からじゃ見えないだろ」



 中身のない会話を一通り続けて、俺たちは深くため息を吐いた。

連日のテスト勉強で寝不足が続き頭が働いていない。



「今年の夏のご予定は?」


長い沈黙を破って俺は二人に話題を振った。



「おれは志保と東京行く」



 健吾がその話題を待ってましたと言わんばかりに嬉しそうに答えた。

健吾は化学科の同学年の女の子と付き合っているのだ。



「彼女持ちは去れ」


「土産話聞かせてやるよ」


「食えない土産に興味はない」



俺と健吾が話していると、拓也がフッフッフと気味悪く笑った。



「オレもチーちゃんと出かける」


「え?拓也も彼女できたん?」



 健吾が驚いて聞き返した。



「ラブラブだよ。毎日一緒に寝てるし」


「健吾、真に受けるなよ。ペットの犬の話だ」


「夏休みといったら積みゲー解消だろうがよ!」



 俺のツッコミでやけっぱちになった拓也が嘆いた。

独り身の俺たちの長期休暇と言ったらもっぱらゲームが定番である。

買うだけ買ってソフトを詰んだ状態で放置している、いわゆる積みゲーのプレイをするにはまとまった休暇が丁度いいのである。

一人で黙々と遊ぶこともあれば、パソコンの通話ツールを使って友達と会話しながら小さなモンスターを対戦させたり大きなモンスターを狩ったりしている。



 テストで溜まったフラストレーションを爆発させるべく、くだらない会話を続けていると、隣のテーブルに誰か座った。

いきなり視線を向けるのも失礼だと思って横目で盗み見るようにした。入って来た人を確認すると、俺は急に緊張した。



藤谷菜奈さんだ。



 俺は心の中でガッツポーズをした。

藤谷さんを一目見ることができ、テンションが上がった。

自分から話しかける勇気がないので視界に入れる事が精一杯だが、それでも嬉しかった。



「あ、藤谷さん」



 勇敢にも拓也が声をかけた。

根暗な俺と違って根明な拓也は男子だろうと女子だろうと、どこの学部学科だろうと学年が違おうと、とにかく話しかける。その割に彼女ができないのが不思議なところだ。



「お疲れ様」



藤谷さんはアルカイックスマイルで答えた。



「やっとテスト終わったね」



藤谷さんは大きく伸びをした。

袖から腕が出て、腕時計控えめに光った。

その奥ゆかしいデザインが彼女に似合っていて素敵だった。



「うん。最後の問題、難しくなかった?」


「難しかったー」



 二人が当たり障りのない会話を続けた。



「先生が出すって言ってた部分群の判定、出なかったよね?ずるいよな」



 俺もここぞとばかりに会話に入っていった。

藤谷さんと話すチャンスだ。

しかし皆は、俺の言葉を受け、ぽかんとした顔で俺を見た。



「え?何?」



がっついたのが引かれたか、テンションが高過ぎて空回ったか。

どちらにしろ予想外の反応で俺は焦った。



「部分群の判定、出てたよ?第二問で」



藤谷さんが言いづらそうに答えた。



「え?」


「可那人、やらかしたな。あれサービス問題だろ」



終わった。

さらば、俺の代数学の単位……。



「藤谷さんがこっちの談話室に来るの、珍しいね」



打ちひしがれている俺をよそに健吾が藤谷さんに聞いた。



「うん。待ち合わせ中。お疲れ様会やるんだ」


「いいねえ、楽しそう」



 健吾と藤谷さんが話していると談話室に恭平が入ってきて、藤谷さんの向かいに座った。

健吾を牽制するように睨みつけた。



「菜奈、テストどうだった?」


「どうって聞かれても、難しかったとしか」


「そうか。俺が教えたところ、出ただろ?」



 恭平が藤谷さんと話し始めた。

少し上から目線なのが気になったが、藤谷さんとそんなに深い仲になっているなんて知らなかったから少しショックだった。

いや、少しどころではない。かなりダメージを受けた。

いつからこの二人はこんな関係になっていたのだろう。

果たして付き合っているのだろうか?

どちらにせよ藤谷さんに、親しい男がいると知って俺は勝手に失恋したような気持ちになった。



 藤谷さんは、その後友人である 佐藤公佳さとうきみかさんが迎えにきて帰っていった。

恭平も後を追うように帰っていった。

残された俺はテスト惨敗と失恋とで哀れみを浮かべた拓也と健吾の横で放心状態だった。
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