見つけた、いこう

かないみのる

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 日曜日の昼、俺は藤谷さんと二人で商店街の通りを歩いていた。

本屋や喫茶店など適度に店があり、夏には祭りが催される通りだ。

通りを北方向へ進めば歴史的建物もある。

この県の中では比較的便利な町である。

今は歩行者天国になっており、雑貨やアクセサリーの露店、芋煮やどんどん焼きなどの名物の出店などが並んでいる。



「でね、テストが終わった日の夜、公佳とマーちゃんとで莉子のアパートに行って、四人で徹夜でDVD鑑賞会したの。テストの鬱憤を、感動的な映画で涙と一緒に流そうって話になって」


「そうなんだ。なんのDVDを観たの?」


「色々観たけど、強烈だったのは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。ダントツ」


「あ、それ、親が観てた。俺も少しだけ見たことある。ところどころでミュージカルのようなシーンが入るんだよね?」


「そうそう」


「線路の上でのミュージカルシーンだけ覚えてる。面白かった?」


「わたしとマーちゃんは、あまりの展開に観ていられなくなって、途中で脱落した」


「脱落?」


「マーちゃんは、寝てた。わたしはイヤホンで音楽聴きながら本読んでた」


「なるほど」


「公佳と莉子は最後まで観てたんだけど、最後の方は失意のどん底みたいな顔してた」


「え、そんな話なの?」


「下手なホラーより怖いよ」


「テストの鬱憤は晴らせた?」


「むしろテスト前より疲れた」


「なんでそんなDVD選んだの?」


「莉子が選んだんだけど、パッケージの主人公の幸せそうな笑顔に騙されたんだってー」

 
 藤谷さんと地域教育学部棟で話した日の夜、俺は意を決して藤谷さんに電話をかけた。

「今電話をしたら迷惑なのではないか」や「番号を教えてもらってその日中に電話をしたら必死だと思われて引かれてしまうのではないか」など、グダグダと悩み続けたが、時間が経てば経つほどかけづらくなるだろうと思い、意を決して電話をかけた。

2コールほどで藤谷さんは出た。

藤谷さんは「待ってたよー」と嬉しそうな声を上げた。

俺は「今忙しいんだけど」と怒られる最悪のシチュエーションを予想していたので、藤谷さんの明るい声を聞いて安心した。



「ごめんね、こんな遅くに」


「まだ八時だし、そんなに遅くないよー」



藤谷さんが笑って答える。



「ありがとう。えーっと……」



電話をしたのはいいが、何から話すか全く決めていなかった。

いきなり本題から入るのはいささか気が引けたので当たり障りのない話題から入ろうとしたが、話題が全く思い浮かばない。

女の子はどんな話をすれば喜ぶのだろうか。

俺は緊張も相まってひどく混乱してしまった。



「ごめん、なんの話をするべきか、全く考えてませんでした」



結局正直に言うことにした。

気の利いたことも言えない自分が心底嫌になる。



「まだ三十秒くらいしか話してないよ」



藤谷さんはけらけら笑っている。

電話の向こうではあのあどけない笑顔を浮かべているのかと想像する。

絶対可愛い。



「今日はありがとう。藤谷さんのピアノ、本当にきれいな音だった」


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな」


「また聴かせてくれる?」


「むしろ、また聴いてくれるの?」


「うん!」


「じゃあ、違う曲も練習しておくね。アマリリスとか」


「楽しみにしてる」



 なんとか話をしてみたものの、すぐに話題がなくなてしまった。

何か話を続けないと、電話を切られてしまうかもしれない。

早くしなければ。

テスト以上に頭を働かせるが何一つ思い浮かばない。


もういい!本題だ!



「藤谷さん、急ですが、今度の日曜日、俺と会ってくれませんか?」



俺は顔から火が出るのではないかというくらい熱くなった。

あらかじめ伝えておいた事だが、デートに誘うというのはこんなにも精神に負担をかけるものなのか。

世のプレイボーイ諸君はどれだけのメンタルをしているのだろう。



「うん。もちろん!」


藤谷さんは誘われるのを分かっていたかのように即答した。



「ありがとう。今、面白そうなイベントをやってるんだけど、行ってみない?」



俺は母がもらってきたであろうテーブルの上に置いてあったクラフトフェアのチラシを読みながら言った。



「へー、どんなイベント?」


「商店街の通りを歩行者天国にして、手作りの品物を売ってたりするらしいよ」



ほぼチラシを読み上げただけである。

棒読みもいいところだ。

俺の説明はひどく抽象的で全く想像を駆り立てないものであったが、気を使ってくれたのか、藤谷さんは興味を示してくれた。

会う時間を決め、俺が車で藤谷さんの家まで迎えに行くと約束し、電話を切った。



そして当日、約束の時間どおり、藤谷さんを迎えに行き、駅近くの有料駐車場に車を停めて、二人で商店街まで歩いてきた。


 
「お祭りとかイベントとかの雰囲気って、ワクワクするよね」


「――うん」



俺は同意するのを一瞬躊躇った。

それはあの夏祭りのことを思い出したからだ。

優実ちゃんにフラれた、あの出来事が思い起こされる度に俺を自己嫌悪の渦に陥れた。

また、優実ちゃんの人生を大きく変えてしまったことで、良心の呵責に苛まれた。

自分は数か月前に塾の生徒に好意を持たれ、傷つけてしまい、人生を踏み外させたひどい男である。

それなのに今、自分は好きな女の子と一緒に過ごしている。


優実ちゃんとも藤谷さんとも正式に付き合っているわけではないのに、乙女心をもてあそんでいるような気分になり、自己嫌悪に陥る。

自分はなんて自分勝手な嫌な奴なんだろう。

ひょっとしたら気にするほどの事ではないかもしれないが、小心者で恋愛経験の少ない俺にとっては深刻なトラウマだ。

俺がそんな余計な事をぐだぐだと考えていると、藤谷さんが近くの露店に吸い寄せられるように近づいていった。

俺も藤谷さんの後についていく。



藤谷さんが向かった露天は、アクセサリーを取り扱っている所だった。

テーブルの上には黒い布が敷かれ、その上に様々な天然石を用いたアクセサリーが並んでいた。



「パワーストーンさ。石の種類によって、もたらされる効果も違うから、自分にあった石を選んでみるといい」



露店の店主は三十代後半くらいの男性だ。

緩いウェーブのかかった茶髪に、グレーのつなぎを着ている。

自分の携帯電話をいじりながら、気だるそうにして藤谷さんに言った。

芸術家体質なのか、接客態度は非常に悪い。



藤谷さんは、淡いピンク色の石の付いたストラップを手に取って眺めた。

店主は携帯電話からチラリと目を逸らし藤谷さんを盗み見ると、少し目を見開き、そのまま少し固まっていた。

どうやら見惚れているようだ。

慌てて携帯電話をポケットにしまい、藤谷さんに視線を合わせた。



「それはローズクォーツ。女神のエネルギーが宿ると言われていて、女性の魅力をアップさせる効果があるよ。お嬢さんにぴったりだと思う」



藤谷さんは次に無色のしずく型の石がついたピアスを手に取った。

光に反射して青く輝いている。



「それはムーンストーンといって、名前通り、その光は月光を象徴しているんだ。月の出た夜に月光浴をさせるとエネルギーが高まるんだ。あ、それはサンストーンで、太陽を象徴する石。その黒いのはオニキスで、ああ、もうちょっとゆっくり見なよ」



藤谷さんは店主の話など一切聞いていないような素振りで次々とパワーストーンの品定めをしていた。

そして、無色透明で花の形の石のついたネックレスを手に取り、じっくりと眺めた。

その石はサンカヨウを思わせた。



「それはトパーズ。誠実という意味を持つ石だよ。持っていると、必要なものと出会わせてくれる効果を持つ。自分にとって必要な人と結び付けやすくしてくれるんだ。運命を感じさせる石だね。今の君と俺みたいに」



店主は藤谷さんの手からネックレスを取り、彼女の顔の目の前にトパーズが来るよう持ち上げた。

そしてネックレス越しに見つめ合うようにした。

店主の目は狙った獲物を逃さないような猛禽類の鋭さを帯びていた。

見た目とは違い、ずいぶんとキザな男である。



藤谷さんは店主の手からネックレスを取ると、俺の方を向いた。



「これにしようかな!ね?綺麗じゃない?橘君はどう思う?」



今まで蚊帳の外だった俺に藤谷さんが笑顔を向けてくれた。

店主とのやりとりを見ているだけでフラストレーションが溜まっていたので話しかけられたのは嬉しかった。

悩み、ストレス、進路の不安、社会問題などなど全てが吹っ飛んだように気持ちが晴れた。



「うん。綺麗でかわいいね。似合ってると思うよ」


「まだ決めるのは早いよ。これだけあるんだ、じっくり選びなよ。そうだね、お嬢さんには、女性の魅力を高めてくれるストロベリークォーツとか」



店主が話に割り込んで来る。

自分に注意を向けようと必死なのが伝わってくる。



「橘君に褒めてもらったし、これ買おうかなー」



藤谷さんは店主の発言を無視して俺の方を振り向いた。

トパーズの透明感にも劣らない純真そうな笑顔で俺を見つめる。

俺は今まで感じたことのない優越感でいっぱいだった。

店主は俺をあからさまに不機嫌そうな顔で睨みつけた。



「これ、お願いします」



藤谷さんはそう言って店主にネックレスを渡し、会計を依頼した。

店主は藤谷さんの勢いに困惑しながらもネックレスを受け取って、うっすらと笑みを浮かべた。



「お代はいらないよ。ここでお嬢さんに会えたのが俺にとっては報酬みたいなものだ。ひょっとしたら、このトパーズのおかげかもしれないね」


「俺が払います」



俺は自分の財布を取り出し、店主に言った。

藤谷さんの気に入った品物を、店主からのプレゼントにされるなんて絶対に認めない。

藤谷さんとの思い出を横取りされてたまるか。



「二万円」



店主は吐き捨てるように言った。

おい。値札には五千円と書いてあったではないか。

店主は底意地の悪い顔で俺を睨み付けている。

俺が「払えません」と言って藤谷さんの前で恥をかくのを期待している顔だな。

俺は自分の財布を見ると、案の定福沢諭吉と樋口一葉が一人ずつしかいないことに気付いた。



「それ、値札に五千円って書いてありましたよ。税込みですよね?はい」



藤谷さんは何事もないかのように自分の財布から樋口一葉を一人取り出し、テーブルに置いた。

いがみ合っていた俺と店主は藤谷さんの行動に呆気にとられた。



「すぐに着けるので袋いらないです」


「ああ、そう」



店主はネックレスについていた値札を外した。



「着けてあげるよ」



店主はネックレスを広げて藤谷さんを見る。

藤谷さんとの距離を縮められる最後のチャンスを逃したくないようだ。

獲物を狙うアンコウのようにネックレスを囮にして藤谷さんが近づくのを待っている。



「自分でできます。ありがとうございました」



奈菜は店主の手から奪うようにしてネックレスを取り、店主に笑顔でお礼を言って、可那人の袖を引っ張って露店を後にした。

藤谷さんは結構大胆な正確なのかもしれない。

後ろを振り返ると、店主はネックレスを広げていた体制のまま、悔しそうに俺を睨み付けていた。

おーこわいこわい。



藤谷さんは歩きながらネックレスをつけようとしたが、なかなかうまくいかないようだ。

「あれ?ん?」と言いながら首の後ろで手を動かしている。

歩きながらだと、ふらふらしていて少し危なっかしい。



「大丈夫?」


「ううん、うまくいかない。ちょっと待ってね」



藤谷さんはそう言って歩道の端の方へ行き、ネックレスと本格的に格闘し始めた。

付けてあげるよ、と言って手伝ってあげれば良いのだが、それは気持ち悪がられるかもしれないと思いやめておいた。

藤谷さんはやっとの思いで、ネックレスをつけることができたようだ。

金色の細いチェーンに、透明な花形のトパーズが一つついているシンプルな造りだ。

そのシンプルさが、藤谷さんのエキゾチックな顔を引き立たせていて、とても似合っている。



「どうかな?」



藤谷さんが胸元のネックレスに触れながら俺に聞く。

俺は藤谷さんの表情に見とれていたため、急に話しかけられて驚いてしまった。



「あ、うん、すごく似合ってるよ」



胸元をまじまじと見るのも失礼だと思い微妙に視線を外して答えた。



「ちょっとチェーンが長い気がするけど、大丈夫だよね。」



藤谷さんはトパーズを指でいじりながら言った。

トパーズは、宝石店のような美しく見せるために計算された形状とは違い、シンプルでなめらかな形をしていたが、日の光を受けて綺麗に輝きを放っていた。



「ごめんね、急に振り回しちゃって。せっかく来たんだし、何か欲しいなって思って、何かいい店ないかなって探してたら、さっきのお店みつけちゃって、身体が勝手に動いてたの」



藤谷さんは悪戯っぽい笑顔でそういった。

露店を見つけてからネックレスを買うまでの彼女の行動は驚くほど速かった。

案外思い切った性格なのかもしれない。藤谷さんと話すようになってから、今まで知らなかった彼女の性格を知ったり、今まで見たことがなかった表情を見ることができ、その度に俺の心は動かされた。

藤谷さんの意外な一面を見るたびに、彼女との距離が近づいているようで、俺の心は幸福感で満たされた。

小鳥が巣の中で抑えきれないようにモゾモゾと動くように、俺の心は興奮していた。



「透明な花、サンカヨウってこんな感じ?」


「え?うん。そうだね。もう少し半透明かな?」


「そうなんだー、早く本物見たいなあ」



トパーズを嬉しそうに眺めている藤谷さん、そして藤谷さんに見とれる俺。

好きな女の子の笑顔はまるで麻薬のようだ。

嫌なことを忘れさせてくれて、気持ちを高ぶらせる。

俺はもう藤谷さんの笑顔の中毒になってしまったかもしれない。



「本当に綺麗だね」



藤谷さんの美しい表情を眺めながら、俺は心の中で思った。

しかし、どうやら口に出してしまったらしい。



「え?」


「あ、トパーズって、初めて見たけど綺麗だなって思って……」



慌てて誤魔化したが、ここで、「君のことだよ」と正直に言っていたら、藤谷さんに意識してもらえたかもしれない。

新たな関係に一歩踏み出せたかもしれないのに!俺は自分の不器用さに嫌気がさした。



藤谷さんは何も言わずに、嬉しそうな顔でもう一度ネックレスを指でいじり、俺を見て微笑んだ。

何か言ってほしそうな表情だったが、臆病な俺には何も言えなかった。
 
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