見つけた、いこう

かないみのる

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俺は藤谷さんを連れて、キツネと触れ合える施設にやってきた。

昔、父に連れられてよく遊びに来ていた場所である。

藤谷さんは、「キツネって近くで見たことないから、すごくドキドキする」と少し興奮していた。

もう冬も間近に迫っており、彼女の頬は寒さで紅潮していた。



最近俺と藤谷さんは、放課後一緒に宿題やレポートをやったり、夜に少し電話をしたりと、前より確実に距離が近くなっていた。

普段の藤谷さんは相変わらず無表情だが、俺と話すとよく笑うし、自分の話も結構してくれているように思える。

思い違いかもしれないが、その考えがプラスに働いてくれているので良しとしよう。

そんな藤谷さんのおかげで、俺も以前より人と、特に女性と落ち着いて話ができるようになった。

それが顕著に現れたのがアルバイト中で、女子生徒の授業をした後、太田先生から「橘先生、なんか大人になったね」と褒められた。

素直に喜ぼうとしたが、「評判いいから教え子大量に増やすね」と言われたので全力で拒否をした。


それくらい、最近の俺は心に余裕が出てきており、安定している。

だから俺はついに、藤谷さんとの関係に、新たなる一歩を踏み出そうとしている。


 
受付で入園料を払い、ウサギ用とキツネ用の餌をそれぞれ買い、園内に入った。



「うわあ、キツネだ、本物だっ」



園内では首輪でつながれたキツネがのんびりと床や小屋の上で眠っており、癒しの空間が広がっていた。

冬前のキツネの毛はフワフワしており、丸くなると毛玉のようだった。

藤谷さんはキツネに近づいて、目を輝かせながら見入っていた。キツネ達の小屋には名前が書いてあり、藤谷さんは名前を一生懸命覚えようとしていた。



「藤谷さん、こっち。ウサギに餌をあげよう」



キツネの他にも、ウサギやモルモットがそれぞれ柵の中で自由に動き回っている。

俺はウサギの柵の前で藤谷さんを呼んだ。



「ええ?餌をあげられるの?やったー!」



 子どものようにはしゃぐ藤谷さんに、ウサギ用の餌である細長く切られたニンジンを渡し、ウサギにあげるよう促した。

藤谷さんは、細長いニンジンを小さいサイズに手でちぎり、ウサギの檻のなかにそっと落とした。

ウサギは我先にとニンジンにモコモコ群がった。

おそらくウサギは必死なのだろうが、ふわふわとした生き物がもぞもぞと動く様子は非常に愛らしい。

そして、それを見て「かわいいいい」と悶えている藤谷さんも非常に可愛らしかった。

可愛いものと可愛いものが一緒になったら可愛いに決まっているのだ。



ウサギに餌をあげ終わった後、キツネが放し飼いになっているエリアへ向かった。

入り口を通ると、木々が生い茂った広場に、キツネが所々丸まって寝ているのが目に入った。

いたるところでうずくまって幸せそうに眼を閉じている様子を見る限り、野生としての本能が完全に退化してしまったようだ。



藤谷さんは先程にも増して目を輝かせて広場内を見渡していた。

喜びと驚きが、声帯を震えさせずにため息となってあふれているようだ。



広場内を歩くと、黒っぽいキツネが俺と藤谷さんのところへ寄ってきた。

確かギンギツネという種類だ。

胴体は白い毛と黒い毛がまだらに混ざり合っているが、含有量は黒い毛が多い。

日光が眩しいのか、目を『ハ』の字を逆さにしたように細めており、口は『ω』の文字のようにして微笑んでいる。

微笑んでいるように見えるだけであって、怒っている時も悲しんでいる時も同じような表情をしているのかもしれないが、少なくとも今は、機嫌がよさそうに見える。



「へー、キツネって、もっとシャープな感じだと思ってたけど、意外にふわふわで丸っこいんだね」



藤谷さんがギンギツネを見つめて言った。



「今の時期は冬毛だからね。毛が長くて、モフモフ丸っこいんだよね。夏だと、イメージ通りのシャープなキツネが見られるよ」


「そうなんだ。でも、このふわふわ感、幸福の塊みたいで、わたしはこっちのほうが好きかなー。あ! あそこ見て! いっぱいいるよ」



少し離れた木を指さした。

木の陰に、六匹ほどのキツネが丸まって昼寝をしている。

藤谷さんは、トコトコと歩いているキツネや横になって休んでいるキツネの写真を携帯電話で撮りながら、エリア内を自由に歩き回っている。

俺はそんな藤谷さんを見ながら、近くの木でできたベンチで一休みした。

今の俺の頭は、キツネよりも他のことでいっぱいなのである。



「なんて言おう」



藤谷さんが遠くにいるのを確認してから、俺はつぶやいた。



「普通に、『好きです』でいいのかー?ちゃんと言えるかー?」



俺は今日、ついに藤谷さんに告白するつもりだ。

お互いの仲を考えると、そろそろいい頃合いだろう。

昨日からずっと頭でシミュレーションし、余計なことをせずにシンプルに告白しようと決めていたが、ここに来て迷いが生じてきた。

伝え方によって結果が変わってくることもあるだろうし、慎重にいきたい。



 俺が頭を抱えていると、先ほどのギンキツネがベンチに飛び乗り、俺の左隣に座った。

お行儀よく、黒く艶やかな前足をそろえて、微笑みながら俺を見ている。

俺が告白の場所をここに決めたのは、それほど人が多くなく、そして大勢のキツネが俺の緊張感を緩和してくれるのではないかと思ったからである。

夜景の見える丘などの方がムードがあり女性受けするのだとは思うが、恋愛経験がからっきしの俺の場合は緊張しすぎて逆に情けない失態を犯す可能性がある。

ここにくれば、たくさんのキツネの眠そうな顔や笑った顔が、自分をリラックスさせてくれて、いつもの会話の延長線上でさらりと告白できるのではないか。

そう思ったのである。



「とは言ったものの、やっぱり簡単じゃないよなあ」



俺は隣のギンギツネに泣き言を吐いた。

藤谷さんと一緒にいる時間が増えたせいか前ほど緊張はしなくなったが、さすがに告白するとなるとなかなか勇気が出ない。

自分の心情を打ち明けると言うのはなんと恥ずかしいものなのだろう。



「ああ、なんて俺は情けない人間なんだ。お前もそう思うよな」



ギンギツネは鼻を鳴らしてにおいを嗅ぎながら、俺の膝に乗ってくる。

予想外のアプローチに驚いた。

優しく首の辺りに触れると気持ちよさそうに目を細めた。


「好きです。いや、ずっと好きでした。俺と付き合ってください」



俺はギンギツネの背中をなでながらつぶやく。

告白相手がいなければこんなに簡単に言えてしまうのに、なぜ本人には言えないのだろうか。

なんて自分はダメなやつなんだ。

こんな俺と藤谷さんが付き合えるわけない。

きっと俺のことは男としてではなくただの友達として仲良くしてくれているのだ。

もし俺が告白してこの関係にひびが入ったら悔やんでも悔やみきれない。

だったらずっと友達でいい。

ネガティブ思考が加速し、フラれた時のことを考え始めている。

ああ! 駄目人間! 



ギンギツネは俺の上着のポケットが気になるようで、執拗に匂いを嗅いでくる。

そんなに匂うか?

朝風呂に入って身を清めてきたんだが。



だめだ、こんなことを考えていては上手くいくものもいかなくなってしまう。

今はとりあえず告白することだけを考えろ。

フラれた時のことはその時考えればいい、そう自分に言い聞かせ、平常心を取り戻そうとする。



「好きです。俺と付き合ってください」



ギンギツネに向かって何度も反復する。ギンギツネは俺の上着を齧っている。



「わー! 橘君、その子とすごく仲良しじゃん!」



斜め前から藤谷さんが近づいてきた。

遠くにいると思っていたら唐突に近くにいたため、俺は驚いて体をビクっと震わせた。

藤谷さんは、ギンギツネが俺にくっついている事に驚いているようだ。



彼女は満面の笑みを浮かべていた。

キツネ達とのふれあいをかなり楽しんでいるらしい。

俺にくっついているギンギツネを愛おしそうにそっと撫でた。



「ねえ、橘君」


「ん?なあに?」


「好きな子できた?」


「ええ?好きな子!?」



藤谷さんからの予想外の質問に俺は慌てた。

急に何を言い出すんだろう?

好きな女の子?君に決まってるじゃないか! 

彼女から恋の話題を振られ、俺は嘘を誤魔化す小学生のように落ち着きを無くした。



「まーちゃんも可愛いし、シホちゃんもかわいいよねー」



なんで急に彼女の友達であるまーちゃんの話をし始めたのだろう?シホちゃんって誰だ?他の学科の女の子か?ああ、健吾の彼女か。

藤谷さんの意図が掴めない。

ひょっとしたら今日の俺の雰囲気から何か感じ取るものがあったのか?



これは……彼女なりの挑発かもしれない。

今日俺が告白しようとしているのを察して、早く告白してこいよ、と急いているのかもしれない。

とにかく、彼女は俺の気持ちを聞きたがっているのだ。

彼女に手を差し伸べられているのだ。

女の子にここまでお膳立てしてもらったのだから、ここは男らしく決めなければ。



俺はギンギツネを避けてベンチから立ち上がり、藤谷さんの目を真っ直ぐに見つめた。


「俺は、奈菜さんが好きです」


決まった。

ついに言えた。

あえて今までと違い名前を呼んだのも我ながら悪くないと思う。

いつもの俺と覚悟が違う事を分かってもらえただろうか。

心臓が壊れるのではないかと思うくらい激しく鼓動している。

身体が熱を帯びる。

早く彼女の返事を聞きたいと思う一方で、返事を聞くのを怖がっている自分もいる。



しかし彼女の反応は予想したものとは全く違うものだった。

方向が違うというか、むしろ異次元レベルだった。



「え?ナナって子もいるの?わたしと同じ名前だ! どの子?」


「え?」


「ナナってキツネが橘君のお気に入りなんでしょ?どの子か教えてよー」


「え!?キツネの話!?」


「え?」



どうやら俺は盛大な勘違いをしていたらしい。

全身の力が抜けて地面に座り込んでしまった。ギンギツネがまた寄ってくる。



「橘君、大丈夫?」



なんて事だ。

藤谷さんは最初からキツネの話をしていたらしい。

藤谷さんはたくさんのキツネと触れ合って、お気に入りのキツネを見つけたのだろう。

彼女はキツネについての情報を共有しようとしたに過ぎなかったのだ。

俺はてっきり人間のことだと思い、勢いで告白してしまった。

しかも気づいてもらえなかった……。



「いや、ナナって名前のキツネはいないよ。聞かなかったことにして……」


「橘君……?」



藤谷さんが何か言おうとしたので俺はそれを阻むようにギンギツネの背中に顔をうずめた。

もう喋る気力はない。



「俺のお気に入りはこの子」



俺はやけになってギンギツネを抱きしめた。

ギンギツネは嫌だったのか少し暴れた。

ギンギツネがいなければ俺は恥ずかしさのあまり藤谷さんから逃げていたかもしれない。

ギンギツネに心の中でお礼を告げる。



「で、藤谷さんのお気に入りは?」



もはや投げやりだった。

勘違いで告白が失敗に終わったのだ。

もうどうにでもなってくれ。



「んー、カナト君かなー」


「へー、そんな名前のキツネいるの?」


「いないよ」


「ん?」



投げやりになっていた俺は危うく聞き流しそうになった。

もしかして、カナトというのはキツネではなく……?



「ごめん、さっきの言葉、理解した。聞かなかった事になんてできるわけないじゃん!」



藤谷さんは悪戯っぽく笑った。

顔が紅潮している。

俺は顔が再び熱くなるのが分かった。

顔だけでなく、身体全体が喜びのあまり、火照っているようだ。

身体だけハワイに旅立っているようだ。

行ったことあるのかというツッコミはご遠慮願いたい。



藤谷さんが言うカナトというのは、キツネではなく俺のこと。

つまり俺のことが好きということ。


両思いになれたんだ。


気持ちが通じ合えるという事がこんなに嬉しいことだなんて、今まで知らなかった。

彼女はこんな情けない俺でも受け入れてくれた。

俺が彼女を受け入れる事を許してくれた。

恋が成就する喜びを全身で感じた。



「ね、もう一回、言って?」


「え?」


「さっきの告白のことば。今度は真剣に聞くから!」



藤谷さんからのお願いに俺は焦った。

両想いだと分かったとはいえ、直接本人に言うのはやはり恥ずかしい。

しかも二回目。

さっきの緊張をもう一度味わうなど耐えられるはずがない。



「ええと、それはちょっと」



藤谷さんは目を細めて、俺を睨み付けた。

少し頬を膨らませている。

そんな顔も美しい。



「待って待って、そんな怒らないで。じゃあ、言います。奈菜さん、好きです。俺と付き合ってください」



藤谷さんは俺の言葉を聞いてすぐに笑顔に戻った。

怒り顔からの笑顔。

表情の緩急が俺の心をくすぐった。

どうしてこんなに愛おしいのだろう。



「わたしも、可那人君のことが好きです。ずっと一緒にいてください! 」



ずっと彼女から欲しかった言葉を、ついに藤谷さんが言ってくれた。

彼女と出会えてよかった。

勇気を出してよかった。

そんな感慨深さが込み上げてきた。

いやこれで終わりじゃない。

ここからが始まりなんだ。

藤谷さんからこんな笑顔を引き出せるのなら、俺は何回だって勇気を出すつもりだ。



俺は急に恥ずかしくなって顔を伏せてしまった。

藤谷さんはそんな俺に近づいて、俺の顔を見上げて、俺の左頬に触れた。



「可那人君のほっぺ、触ってみたかったの」



藤谷さんは恥ずかしそうに言った。

俺は彼女の手を頬から離し、握りしめた。



気付くと近くにキツネ達が寄ってきていた。

俺と藤谷さんを祝福しているかのようだった。

ギンギツネは背伸びをして俺の上着を齧っていた。

相当構って欲しいようだが、俺はもう藤谷さんしか眼中になかった。

ごめんよキツネ君達。

俺は罪な男だ。

だが今は藤谷さんと二人の時間に浸っていたいんだ。

そんな事を考えていたが、キツネ達は俺の上着のポケットから漂う餌の香りにつられてきていただけだと知るのは数分後のことだった。
 
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