見つけた、いこう

かないみのる

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翌日の月曜日、週の始まりということもあり、ひどく憂鬱な気分で学校に行ったが、いつもと変わらず何もおこらず授業を終えた。

変わらず、というのには、奈菜との距離感も含まれている。

つまり、いまだに俺は奈菜と仲直りできていない。



奈菜と分かり合えない寂しさを紛らわすために、俺は放課後、またしても公園に向かった。

ブランコにでも揺られて、頭を真っ白にしたい。

そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に公園に着いた。

公園に入ると、そこにはすでにトオルがいた。

トオルは俺を見つけると、手を振りながら近づいてきた。

手には小さな手提げを持っている。



「カナトお兄ちゃん、今日も来たんだね!」


「うん。トオルくんも来ていたんだね」


「うん!」

トオルの顔には擦りむいたような傷ができていた。

転んだだけだろうか。

考えるまでもない、虐待の痕だろう。

分かりきっているのに現実から目を背けようとしている自分が情けなかった。


トオルの複雑な家庭環境のことを考えると、俺は憂鬱で複雑な気分になる。

人の表情の変化に敏感なのか、トオルは俺の顔を心配そうにのぞき込んだ。



「いや、何でもないよ。考え事をしていたんだ」



トオルは首を傾げるが、すぐに気を取り直して、手提げの中から白いコピー用紙のようなものを取り出した。



「一緒に紙飛行機作ろうよ!」


「うん、いいよ」



俺とトオルは、しゃがんでベンチを机代わりにしながら、紙飛行機を折った。

木製のベンチは、板の境目がデコボコしているし、ところどころ繊維が逆立っていて使い心地のいいものではなかったが、紙を折るにはここが一番適していたので妥協した。

トオルは手つきこそたどたどしいが、上手に紙の角と角を合わせて折り目を付けていた。

楽しそうな表情をしているが、目つきは真剣だ。



「トオル君は紙飛行機を作るのが上手なんだね」


「うんっ。飛行機大好き。ボクね、大きくなったら飛行機に乗る人になるのっ」


「飛行機に乗る人?パイロットかな?」


「ぱいろっと?」


「飛行機を運転する人だよ」


「うんっ。それになる!」



小さい子には夢があっていいな。

俺は急に老け込んだ気分になる。

それくらいトオルは眩しい。

どんなにつらい目に遭っていても、屈託なく笑う。

虐待を受けている子は、もっと攻撃的だったり塞ぎ込んだりするのかと思っていたが、この間読んだ本によると子どもによって性格はそれぞれらしい。

愛情を受けていない分、誰かにべったりと甘える子もいるらしい。



俺は自分の紙を折りながら、トオルの手元の紙を見る。

俺の知っている折り方とは全く違う、複雑な手法で紙を折っている。



「難しい作り方を知っているんだね」


「うん、お兄ちゃんに教えてもらったの!」


「いつもお兄ちゃんと一緒に作っているの?」


「うん。お兄ちゃん、いつも怒ってて恐いけど、ぼくが飛行機作ってると教えてくれるんだよ!」


「そうなんだ」



トオルの境遇を考えると胸が痛む。

母も、叔父も、母が愛情を注いでいる不倫相手からも愛されず、唯一愛してくれる父親はほとんど会えない。

トオルはどんな気持ちで家での時間を過ごしているのだろうか。



「できたあ!ねえ、飛ばそうよ!」



勢いよく立ち上がってトオルが叫ぶ。

余計なことを考えている俺をよそに、早々と飛行機を完成させたようだ。

俺の作った細長いフォルムの飛行機とは違い、少し羽の幅が広い。



「よし、一緒に飛ばそうか」



俺も弱弱しい紙飛行機を片手に立ち上がる。

トオルは、池の向こう側にある大きな杉の木を指さして、「あの木の近くまで行った方が勝ちだよ!」と元気に言った。

トオルは近くに落ちていた木の枝を地面に置き、その枝をスタートラインにすると言った。



「この線から足出したらだめだよ」



枝の手前に二人で立つ。



「せーのっ」の掛け声で紙飛行機を飛ばす。

投げ方が悪かったのか作り方が悪かったのか、俺の飛行機は地面めがけて一直線に降下し、三メートルほど先で落下した。

一方トオルの飛行機はスピードこそないものの、ゆったりと風を受けて飛んでいる。

目標の木までたどり着くと思いきや、木の手前の小さな池にゆったりと着水した。



「あー」



トオルは池に向かって走った。

池は子供が落ちないように周りを低いフェンスで囲んでいるが、老朽化のせいか一か所だけフェンスが外れているところがあった。

俺は慌ててトオルを追いかけた。

トオルはフェンスのないところから池の縁に入ろうとしていたので、俺はトオルを抱き上げる。



「危ないよ。落ちておぼれちゃうかもしれない」


「飛行機落ちちゃった」



トオルは口をとがらせて言った。



「また一緒に作ろう。今度は池を飛び越えるくらいの」



トオルは落ち込んでいたが、涙を堪えるように黙ってうなずいた。

日が暮れて薄暗くなってきたころ、公園の入り口に叔父のモコが止まっているのをトオルが見つけた。



「カナトお兄ちゃん、また遊ぼうね。」


「うん。あ、ごめん。明日は遊べない」



明日は水曜日、塾のアルバイトだ。



「えー、遊べないのー?」



トオルは駄々をこねるように言った。



「一人じゃいやだ!」


「ごめんね。明後日、また来るから」


「明日も!」


「ごめんね」


トオルは駄々をこねたが、俺がかたくなに態度を変えないからか、しぶしぶ「明後日絶対だよ!」と言って、モコに向かっていった。

俺はトオルがモコに乗までずっと手を振った。



トオルは素直だ。

俺と遊べないことを正直に寂しがってくれている。

自分もそんな正直に自分の気持ちを打ち明けられたら───奈菜と仲直りできるかもしれないのに。



奈菜と言葉を交わさないまま十日以上経っている。

あれから言葉は一切交わしていない。

以前のように電話やメールをすればいいのだが、もし返事がなかったら、と考えると胃が重くなる。

着信拒否やメールブロックの設定をされていたとしたら、一生立ち直れないだろう。


俺を拒むなら、面と向かって拒んでほしい。

気付かないうちに、一方的に拒まれていたなんてことになっていたら、俺は耐えられない。

頼むから、俺が嫌なら面と向かって言ってくれ。

直せることなら直すから。



違う。

拒んだのは俺の方だ。

奈菜の話も聞かずに、激高して奈菜を傷付け、奈菜が近づけないよう追いやったのは俺だ。

自分から拒んでおいて、拒まないでくれなんて、身勝手にもほどがある。



奈菜に電話をしよう。

そして、この間のことを謝ろう。

今の、寂しいという気持ちを、素直に伝えよう。



夜、俺は携帯電話を持ったまま固まっていた。

あれほど心に決めていたのに、いざ電話をかけようとすると、どうにも行動に起こせない。

電話を持つ手が震えている。

臆病が自分を支配する。



時刻は二一時。いつも奈菜と電話をしていた時間だ。

さあ、電話をかけろ。

この時間のために早々と食事及び入浴を済ませたのだ。

風呂で奈菜との会話のシミュレーションもしたではないか。

ブツブツ言っているところに父親が間違って入ってくるというハプニングがあったが、それが奈菜へ電話をすることの妨げにはなっていないはずだ。



準備はできている。

あとは勇気を出すだけである。

俺は鏡に映る自分の姿を見た。

と言っても風呂上りだから、映っているのは部屋着だけだが。

自分はいまどんな顔をしているのだろうか。


 
着信履歴の画面を開き、奈菜の名前を選択する。

恐怖心を抑え、やっとの思いで通話ボタンを押す。

コール音が鳴る。

一回、二回、三回───。



「もしもし」



久しぶりの奈菜の声だ。

か細く少し声が震えているように聞こえた。

悲しげな声だったが、俺は声が聞けただけで嬉しかった。



「もしもし、奈菜?俺だけど」


「可那人くん」


奈菜は恐る恐るといった様子で答える。

俺の出方をうかがっているのだろうか。



「奈菜、あの、その」



大事な一言が言えない。

まだ臆病な自分が制御権を握っている。

勇気を出せ。



「ごめん。この間はひどいこと言って、それからずっと意地張ってて」



大きく息を吐いて呼吸を整え、続けた。



「俺、あれからずっと、後悔してた。奈菜と話せなくてすごく寂しかった。できることなら、仲直りしたいと思ってる」



俺は奈菜に自分の気持ちを打ち明けた。

喉に引っかかっていた骨がやっと抜けたような気持ちだ。

しかし、刺さっていたものは抜けても、痛みは残っている。

傷が癒えるか抉れるかは、奈菜の返答にかかっている。



「ううん、謝らなくちゃいけないのはわたしの方だよ。ごめんね、自分勝手なことしちゃって。でも、可那人くん、私と同じことを考えていてくれてたのがうれしい」



「同じこと?」



「うん、話せなくて寂しいって。私もずっとそう思ってた」



「なんだ、良かった」



心の痛みが消えていくのがわかった。

傷は癒えたようだ。

心なしか、奈菜は甘えたような話し方をしてきた。

そんなに寂しい思いをさせてしまったのかと胸が痛んだ。



「ねえ、可那人くん、久しぶりにビデオ電話したい」


「え?ビデオ?」



俺はたじろいだ。

風呂で水を帯びた肌は、またしっかりと乾いていないため、もちろんまだ透明である。



「このままでいいじゃん」


「久しぶりの電話だよ?お互いの顔をみて話したいと思わない?」



奈菜は食い下がる。



「いや、俺はこのままでいいよ」


「わたしが可那人くんの顔を見たいのっ」


「でも、ちょっと、それは」


「そんなに見られたくない理由があるの?」



奈菜の語勢が強くなった。

こんな態度を取られたのは初めてだ。



「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと風呂入った後で身だしなみが……」


「わたしに見られて困るようなことがあるの?何か隠しているの?もしかして、誰かほかに女の人でもいるの?」


「そんなわけないだろう!」



どうしてテレビ通話をしないだけでそんな方向に話が飛ぶのだ。

奈菜の口調に比例して俺の口調も強くなっていった。



「じゃあ、なんでだめなの?理由を話してよ!」



なんで奈菜はこんなことで急に怒り出したのだろう?

いつもの奈菜ならこんな事で怒ったりしない。

何か神経質になっている。

この間と逆で、奈菜は俺のことを浮気か何かしていると勘違いしている。

しかし、弁解ができない。隠し事をしているのは本当だから、奈菜に何も言うことができない。



「もういい!」



電話が切れた。

無機質なツー、ツーという音だけ耳に響いた。

どうしてこうなるのだろうか。

奈菜と仲直りがしたかっただけなのに。



奈菜に見放された。

目の前が真っ暗になった。

自分から突き放した時とは全く違う、不安と悲しみで身体が覆い尽くされるような絶望。

これで本当に終わりなのだろうか。

もう元に戻れないのか。



人を好きになることがこんなに苦しくつらいことだなんて思わなかった。
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