ジュンケツノハナヨメ

かないみのる

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 何もない部屋。


 眩しすぎる白。


 ぼんやりと浮かぶ空色の花嫁。


 白い顔。


 真っ赤な三日月。


 激しい恐怖と嫌悪感で身体が動かない。


 花嫁のドレスの胸元に赤黒い染みが浮かんだ。


 その染みは瞬く間に大きくなり、花嫁をどす黒い赤に染めてしまった。


 まるで血が染み込んだみたいに。


 その禍々しさは花嫁などではない。

 
 ーー魔女だ。

 魔女は私の腹部に触れた。


 そしていっそう口を開けて笑い、私のお腹を弄った。


 魔女が私のお腹から手を離すと、お腹から淡い光の玉がゆっくりと出てきた。


 正体は分からないが大切なものだということは分かる。


 魔女はその光の玉を両手で包み、笑い声を上げた。


 そして光の玉を飲み込み、後ろへと遠ざかって行った。



 やめて! 連れて行かないで!



 わたしは飛び起きた。


 深夜の二時、外はまだ暗い。


 いつの間にか家に帰ってベッドで寝ていたらしい。


 息が荒い。


 呼吸を整えながら腹部に手をあてた。

ーーいない。


 あの時感じた命の存在。


 わたしの中から抜け出てしまった。


 あの花嫁ーー否、魔女に奪われた。


 あの胸騒ぎはこの事の予兆だったのか。


 嗚咽が漏れた。


 息ができない。


 涙が止まらない。


 友希哉と私を繋ぐ唯一の希望は、あの魔女に奪われてしまったーー。


 いやだ……そんなのいやだ! 返して! わたしの大切な宝物を! 友希哉を、子どもを返して! わたしから全てを奪わないで……。



……分かっている、子どもなんて最初からいなかったってこと。


 わたしの身体は子どもを宿すことができないのだから。


 あの時感じた魂はわたしの心が創り出した幻想に過ぎない。


 友希哉に戻ってきてほしいから、友希哉と繋がっていたかったから、無意識にみごもった幻。



 頭では理解していた。


 それでも奪われたという感覚が離れなかった。


 きっと認めたくなかったのだろう。


 誰かのせいにしたかった。


 あの醜い魔女のせいに。


 そんな事をしても無駄だとわかっているのにーー。



 悔しい、悔しい。


 どうしてわたしには子どもができないの?


 子宮がないから?


 生理がないから?


 それがなければ女じゃないの?


 だから彼は離れていったの?


 お願い、わたしを置いて行かないで。


 一人にしないで……。


 わたしを傷つけるのは誰?


 どうして私を苦しめるの?


 ーー本当の生理は、女性器から血が大量に出てくるんだよ。


 吉川の声が頭に響いた。


 忌々しいあの女。


 女、妊娠、血ーー。


 そうか。


 女はみんな、子どもをうむ為に血を流すのね。


 そんなの、下品、汚らわしい。


 みんな女は汚れているのね。


 女が股から血を滴らせるのは、処女を捧げる時だけでいいの。



 絶対に許さないーー。



 涙が枯れるまで泣き、空っぽになったわたしの中から、次第に何かが芽生えてきた。


 熱い、血のたぎるような強い何か。


 子どもなんて生優しいものじゃない、確固たる芽をみごもった。


 腹の底から愉悦が込み上げてくる。


 笑いが止まらない。



 わたしは窓を開け、夜の空気を浴びた。


 冷たい風が火照った私を冷やす。

 失うものは何もない。


 復讐の幕開けだ。



「なにも真由子さんが辞めることないじゃない!」



 翌日職場へ行き、わたしが退職の意を告げると、今田さんが語勢を強めて言った。


 縋り付くような口ぶりだ。


 今田さんにはお世話になった分、少し心が痛む。



「いいんです」


「あの二人の事なんて気にするなって言っても無理だろうけど、吉川さんは辞めるから顔を合わせなくてすむし、あなたの味方はいっぱいいるのよ」



 今田さんが優しい言葉をかけてくれる。ありがとう、今田さん。


 貴女のもとで働けて幸せでした。


 でも、わたしにはやるべき事があるんです。



「ありがとうございます。でも、違うんです。中嶋さん達の事を考えると、確かに胸が苦しくなりますが、そうじゃないんです。他にやりたい事が見つかったので、せっかくだし挑戦してみようと思っているんです」


「やりたい事?」


「はい! 系統の違う仕事です。恥ずかしいので内緒にします」



 わたしは努めて明るい声を出した。


 今田さんに心配をかけまいと、ぎこちなくではあるが笑顔をつくった。


 わたしは、眉間に皺を寄せて唇を噛んでいる今田さんをよそに、退職願の入った封筒を菅野に差し出した。


 菅野は興味なさそうに、読んでいる新聞から目を離さずにお茶を飲みながら片手で受け取った。


 中を開けようともしなかった。



「真由子さん!」



 武田さんが不安そうな顔で声をかけてくれた。


 隣には横山君もいる。



「さっき聞こえたんだけど、辞めるって本当なの!? どうして!?」


「ちょっとやりたいことがあって」


「本当にそれだけ? 真由子さんにとっては辛いことがあったし、こんな空間にいたくないのもわかるけど、だけど、どうして真由子さんが辞めなければいけないの!?」



 武田さんはこの現状に憤っている。


 わたしのことを思って言ってくれているのが伝わってくる。


 横山君は黙っているが、武田さんと同じように心配してくれているのは表情からわかる。


 こんなにいい同期に囲まれているなんて、いい人達に巡り会えたものだと改めて思う。



「相談にだって乗るから、もう少し考えよう?」



 わたしは二人に「心配しないで。もう決めた事だから」とだけ言ってその場を後にした。



 終業後アパートに帰り、ポストを見ると、友希哉と吉川の結婚式の招待状が届いていた。


 光沢のあるレースをあしらった招待状。


 ピンクのリボンをほどいて中を開け、日時と会場を確認し、わたしは出欠連絡のハガキの欠席に丸をつけた。


 明日投函しよう。



 わたしを地獄に落としたあなた達の晴れ舞台、楽しみにしているね。
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