5 / 11
5
しおりを挟む俺の頭の中で危険を知らせるアラームが鳴っていた。
女と関わると碌なことがないと、実の父親が証明しているではないか。
なぜ自分はそんな愚かな道を進もうとしているのか。
しかし気づくと俺は脳内で発せられる警告を無視して、詩織ちゃんと一緒に過ごすことを選択していた。
自分で自分が信じられなかった。
まるで何かに取り憑かれたように俺は動いていた。
おれも詩織ちゃんも昼食を取っていなかったので、どこかで食事をしようと山形駅に来た。
駐輪場に自転車を停めて、大通りを歩いていると、詩織ちゃんが「甘いものが食べたい」と言ったので近くのドーナツ屋さんに入った。
「何かお祭りでもあるの?」
ドーナツ屋さんでオールドファッションを齧りながら詩織ちゃんは言った。
商店街の大きな通りには提灯がぶら下がり、歩道の脇にはビニールシートや折りたたみの椅子で場所を取っている人がいる。
どこか街全体が浮き足立つ空気を感じ取ったのだろう。
「花笠祭りだね」
「花笠祭り?」
「そう。見たことない?」
詩織ちゃんはゆっくり頷いた。
花笠祭りを見たことないなんて、この県の住民ではないのだろうか?
「この県で有名なお祭りだよ。向こう側にある商店街の大きな通りを、花をつけた笠を持った人たちが踊りながら練り歩くんだよ」
俺は商店街の方向を指差した。
いくら説明したところで、あの楽しさは言葉では伝わらない。
軽快な太鼓の音、掛け声、鮮やかな花笠とそれを揺らしたときの鈴の音色。
踊り手は様々な団体が参加しており、衣装や花笠などそれぞれ趣向を凝らしていて、見ていて華やかな祭りである。
踊りはしなやかだったり軽やかだったり力強かったりと踊り手によって様々だ。
「良かったら、一緒に見る?」
自分でもなぜこんなに積極的になれたのか分からないが、俺は流れるように詩織ちゃんを誘っていた。
あの気持ちが高まる空間を詩織ちゃんにも味わってほしい。
「うん!」
詩織ちゃんは屈託のない笑顔を浮かべた。
その笑顔を見ながら飲んだメロンソーダを俺は一生忘れないと思う。
全くと言っていいほど味覚を感じず、舌は炭酸のピリピリした刺激しかわからなかった。
それくらい詩織ちゃんの笑顔に意識を持っていかれた。
ドーナツ屋を出て、まだ花笠祭りまで時間があったので有名な歴史的建造物『文翔館』を見に行くことにした。
「文翔館?」
「そう。趣のある建物で、映画のロケとかにも使われてる」
「へー、楽しみ!」
詩織ちゃんの反応一つひとつに俺は浮かれそうになるが、また脳内でアラートが出る。
女は簡単に裏切る。
それは詩織ちゃんだって例外ではないはずだ。
俺は戒めるように自分に言い聞かせた。
商店街の通りを北に向かって歩いた。
通りの所々に設置されたスピーカーから音楽が流れており、自然と足取りが軽くなる。
おばちゃん数人を追い越したり小学生グループに追い越されたりしながら、文翔館まであと少しというところで急に後ろから声がした。
「流じゃん!」
振り返ると檜山をはじめ、中学のクラスメイトが五人ほどいた。中には莉奈もいた。
「何だよ、流も花笠来てたのかよー」
檜山は俺を非難したが、表情をから察するに怒ってはいないようだ。
「流くん、あたしとの約束は断ったのにひどいよー」
莉奈がわざとらしく頬を膨らませた。
ハムスターが頬袋に餌を貯め込んだ姿が思い浮かんだ。
莉奈のあざといところが俺は好きになれなかった。
「誰?」
檜山は俺の隣にいた詩織ちゃんに目を向けた。
詩織ちゃんは怖がるように俺の後ろに隠れた。
「えっと、友達」
「へー、可愛いじゃん」
同じクラスの祥太郎が、詩織ちゃんを見て真っ先に言った。
莉奈は面白くなさそうに詩織ちゃんを睨みつけ、詩織ちゃんはさらに萎縮してしまった。
「花笠まで時間あるし、カラオケ行こうぜ」
檜山がカラオケボックスの方を指差しながら言った。
「君も一緒に行こう」
祥太郎が詩織ちゃんの隣でエスコートした。
それを見た瞬間、自分のこめかみがピクリと動くのがわかった。
「流くん、早く!」
莉奈は俺の手を引いた。
俺は抵抗したが、莉奈は予想以上に強い力で俺を引っ張り、バランスを崩して危うく転びそうになった。
莉奈は意地でも俺を詩織ちゃんから離したいらしい。
祥太郎に声をかけられて詩織ちゃんは困惑気味に俺を見た。
親に助けを求める子どものような表情をしていた。
詩織ちゃんの隣が俺じゃないこと、俺の隣が詩織ちゃんじゃないこと、無性にそれが嫌だった。
気づくと身体が勝手に動いていた。
「おい、流!どうしたんだよ!」
俺は莉奈の手を強引に振り解き、詩織ちゃんの手を引いて皆んなとは逆方向に走った。
みんなに「ごめん」とだけ伝えて、俺は強引に詩織ちゃんを連れ出した。
歩道にまばらに散った人々を避けながら詩織ちゃんを自分勝手に連れ去った。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる