天の川の中心で

かないみのる

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「流君、起きて」



詩織ちゃんに身体を揺さぶられて起きた時には仙台に着いており、電車に乗っていた人が次々と降りている最中だった。



居心地がよくなりすぎたのと寝不足だったことが重なり、俺はいつの間にか寝てしまっていたらしい。



電車に揺られて一時間半、ついに俺たちは仙台の地に降り立った。

時刻は十六時過ぎを回っていた。

あまりゆっくりはできないな。

残り少ない詩織ちゃんとの時間を大事にしなければ。



改札をくぐると、目に入ったのは大きなステンドグラスとその前に立っているたくさんの人。

これから七夕を見るのか、浴衣や甚平を着ている人がチラホラいた。



そして何よりも目を引く大きな飾りがあった。

花紙で作られた花で彩られた大きな球、その下を流れる帯状の無数の和紙。

吹き流しだ。

駅の中にはどこかの企業の名前が入った吹き流しが五つほど飾ってあり、否応なく七夕祭りの雰囲気に包み込まれた。



「小さい頃はあれを見て『宇宙人』なんて言ったな」



俺は吹き流しを眺めながら呟いた。

頭が丸くてヒラヒラとした足を動かすタコのような宇宙人。

吹き流しを見ると、そんな宇宙人を思い浮かべてしまう。

それを聞いていた詩織ちゃんがコロコロと笑った。



俺たちはアーケード商店街に向かった。

アーケード商店街には色も形もとりどりのたくさんの吹き流しが並んでいた。

アーケードの両端に竹を橋のようにかけ、吹き流しを五つほどぶら下げており、それが商店街の端まで連なっていた。



たくさんの人が通るたびに和紙や折り鶴を連ねたものが綺麗にたなびいていた。

赤やピンク、黄色などの華やかなもの。

青で揃えられた夜空のようなもの。

アニメキャラクターをあしらったものなど、進むたびに次々と現れる吹き流しが魅力的で、上ばかり見てしまい人とぶつかりそうになってしまう。



「気をつけてー」



詩織ちゃんは笑顔で言った。

エアコンなど効いていないのに、風鈴のように涼やかな光景を見て、涼しくなったような錯覚に陥った。身体は汗だくなのに。


「吹き流し、綺麗だね」


「流君、仙台七夕に来るのは初めて?」


「小さい頃に父さんに連れて来てもらったかな」


「流君のお父さんってどんな人?」



詩織ちゃんは興味ありげに聞いてきた。

父親の話なんて聞いても面白くないだろうに、彼女の目は好奇心に満ちていた。



「どんな人って言われると難しいけど、優しい父さんだよ。名前は佳彦よしひこ。大学の教授で、大きな声なんて出したこと無くて、静かに喋る人だよ」



その優しすぎるところが男らしくないから母さんに不倫されたのではないかとたまに苛立つこともある。

それでも俺は父さんのことが好きだから、間違ってもそんなことは言わない。

自分の心の奥底に閉じ込めて蓋をしている。

俺が寡黙気味になったのを察したのか、詩織ちゃんはそれ以上聞いてこなかった。



しばらく歩いていると、急に詩織ちゃんが手を引いて早歩きになった。

彼女に引っ張られるまま足を早める。



「流君に見てほしいものがあるの」



俺達は大きな百貨店前にたどり着いた。

そこに広がる光景に俺は言葉を失った。

そこには、数えられないほどの折り鶴が数メートルの紐状に繋げられ、その紐状の鶴が上から何本もぶら下げられて立方体を形づくっていた。

色は淡めの黄色とオレンジ。

無数に吊り下げられた鶴たちは壁のように目の前に広がり、風が吹くたびに揺れていて美しかった。

金屏風が浮かんでいるようだ。



圧巻だった。



「東日本大震災の復興の願いを込めて、仙台市の小学生達が折り鶴を作るの。全部で八万五千羽くらいあるんだって」


「そうなんだ。こんなたくさんの折り鶴初めて見た」


「あそこの、右から二番目、上から三番目の鶴、わたしが作ったの」


「へー、自分が作ったものって分かるの?」


「わかるよ」



これだけの鶴を作るのに、どれくらいの多くの小学生が頑張ったのだろう。

俺は子どもが懸命に折り鶴をつくる様子を思い浮かべた。

額に汗を浮かべ、たどたどしく折り紙を折る姿を想像して微笑ましくなる。



「っていうか詩織ちゃん、小学生なの!?」


「あ」



詩織ちゃんは笑って誤魔化した。

大人っぽいから同じ歳くらいだと思っていたが、結構歳下の可能性があるのか?

俺が悶々と考えていると、遠くから視線を感じた。

少し先の方からスーツを着た男二人がこちらに視線を向けているような気がする。

二人は一言二言話し、足早にこちらへ向かってきた。

俺は後ろに怪しい人がいるのかと思い振り向いたが、後ろには家族連れしかおらず、その家族連れも吹き流しに夢中のため前方を気にかけている様子もない。

徐々に男達が近づいてくると、詩織ちゃんは俺を少し離れた人混みの影に引っ張った。



「流君、こっち!」




人集りの中で詩織ちゃんを見失ってしまいそうになり、慌てて彼女の姿を探す。詩織ちゃんはすぐそばにいた。

慌ただしい足音が通り過ぎるのを聞き、俺と詩織ちゃんは人集りの外へ出た。



「どうしたの?」


「なんでもない」


「知ってる人でもいたの?」


「ううん、こっち側から見る鶴も綺麗だよって教えたくて」



そう言って俺の手を引いて歩き出した。



詩織ちゃんは何かを隠しているのか?

ひょっとしたら何かを悪いことをして追われている可能性もある。

詩織ちゃんは俺を騙しているのか?

胸騒ぎが起こる。

たった数時間で彼女のことを分かった気になっている方が傲慢なのかもしれない。

俺の中で不信感が膨らんでいく。

詩織ちゃんも結局俺を裏切るのか?
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