天の川の中心で

かないみのる

文字の大きさ
9 / 11

9

しおりを挟む
俺が不信感に苛まれていると、詩織ちゃんは不安そうな顔を俺に向けた。

アーケードの終端、大通りに面した広い歩道の端っこで俺達は立ち止まった。

このモヤのように浮き出た不信感を俺はどうすることもできず、歩き続けることができなかった。



「流君、どうしたの?」



詩織ちゃんの整った顔が曇る。

そんな表情をさせてしまったことに申し訳なさが込み上げる。



でも、傷つくくらいならここで拒絶した方がいい。

詩織ちゃんに騙されたと知ったら、俺は一生立ち直れないだろう。

母さんに裏切られたように、詩織ちゃんに裏切られるくらいなら……



「詩織ちゃん、俺もう帰」


「お嬢様! こんなとこにいらっしゃるとは」



俺の言葉を遮るように男の声が響いた。

周囲の人が騒めきだす。

俺と詩織ちゃんは声のした方へ顔を向けた。



声の主は先ほど見た、黒いスーツを着た男性の一人だった。

黒々とした髪を撫で付けた中年の男だ。

がっしりとした身体が目立つ。

後ろにはもう一人、同じように黒いスーツに身を包んだ二十代くらいの若い男も着いてきていた。



「勝手にいなくなってはいけません。行きますよ!」



誰なのかを尋ねる前に、中年の男は詩織ちゃんの手を掴んで引っ張った。



「いや! 離して!」



詩織ちゃんは手を振り払おうと暴れるように抵抗した。

しかし、女の子と大の男では力の差は歴然だ。

詩織ちゃんの抵抗も虚しく、男は詩織ちゃんを引きずっていく。



何が起こっているのか理解できない。

俺は金縛りにあったように動くことができず、野次馬と同じように詩織ちゃんを見つめることしかできなかった。



「相手の方のご迷惑となります! さあ!」


「やめて! 流くん助けて!」



詩織ちゃんが俺を見る。

その目には涙が浮かんでいた。

身動きが取れない俺の目の前に、若い方の男が立ちはだかり俺を見下ろした。

何かスポーツでもやっていたのか、上半身の筋肉がスーツの下で窮屈そうに潜んでいる。



「お嬢様を 誑たぶらかしたのはお前か?」



若い男は低い声で俺を威嚇した。

冷静そうに見えるが、全身の毛を逆立てた猛獣のような怒気が感じられた

おれは一瞬怯んだが、自分を奮い立たせて男を睨みつけた。

混乱した頭で正常な判断はできなかったが、それでもこいつらのせいで詩織ちゃんが泣いているのはわかった。



「やめて! 佐渡! 流君に乱暴しないで!」



詩織ちゃんは近くに路上駐車していた黒い乗用車の後部座席に押し込まれた。

車に詳しくないが、黒光りするその車は海外の高級車と思われた。

逃げ道を防ぐように中年の男も詩織ちゃんの隣に乗り込んだ。



佐渡と呼ばれた若い男は俺を一瞥し、舌打ちをしてから俺に背を向け、運転席に乗り込んだ。

車は静かに発進し、交通量の多い道路を進んでいった。

周囲には数秒の静けさが広がったが、すぐに何事もなかったかのように騒がしさが戻ってきた。



やはり詩織ちゃんは俺に何かを隠していた。

それは疑いようのない事実だ。

しかし、このままでいいのか?

あの様子から判断するに誘拐ではなさそうだが、詩織ちゃんをこの先待ち構えるのは決して幸せな現実ではないだろう。



詩織ちゃんの泣き顔が頭に焼き付いて離れなかった。

お別れがこんな泣き顔だなんて嫌だ。

この際、徹底的に騙されてやる。

詩織ちゃんには笑顔でいてほしい。



俺は走り出した。

人間の足で車に追いつける見込みは薄いが、幸い道路は混雑している。

どこか止まったタイミングで追いつく可能性もあるだろう。


俺は走った。

誰かのために走るのは初めてかもしれない。

なぜこんなに必死になるのか自分でも分からないが、詩織ちゃんの笑顔がもう一度見たいがためだけに足を動かした。



大通りをまっすぐに進むと、前方に、タクシーに紛れて黒い外車がハザードランプを点灯させて止まっていた。

左の後部座席から詩織ちゃんを連れ去った中年の男が、運転席からは佐渡が慌てて降りてきて、二人で競うように近くのコンビニに駆け込んで行った。



何が起こったんだ?

いや、そんなことはどうでもいい。

詩織ちゃんを助けなければ。



詩織ちゃんは後部座席から降りてきた。

俺が駆け寄ると詩織ちゃんは縋り付くように俺の手を掴んだ。

相当不安だったようだ。



「詩織ちゃん! 大丈夫!?」


「流君!」


「何があったの?」


詩織ちゃんも何があったのか分かっていないらしく、首を傾げた。

詩織ちゃんが言うには、白岩という中年の男性が急に苦しみ出して、車を止めるように佐渡に命令したところ、佐渡も苦しみ出して車を路肩に停め、二人は慌てて車から降りたとのこと。



二人で顔を見合わせていると、助手席から初老の男性がゆっくりと降りてきた。



「二人の飲み物に下剤を混ぜておきました。お嬢様、どうぞお好きになさってください」



厳しい顔つきをしているが声は優しかった。



「青山先生、ありがとう!」


「いいんです。私はあの二人から何も知らされてませんでしたから。後でどこにいるかだけ教えてください。山形か仙台か」



青山先生は幼児に諭すように詩織ちゃんに伝えた。

親猫が子猫を慈しむような優しさが感じられた。



「うん! 流君、行こう!」


俺たちは目的地もないのにかけだした。

空はもう薄暗く、星が出始めていた。



「詩織ちゃん」


「ごめんね、流君、説明しないとね」


「いや、無理に話さなくていいよ」



詩織ちゃんは俺の返事が予想外だったのか、整った眉を引っ張り上げて驚いた表情をしていた。



「素性を知られたくないんでしょ?だったら話さなくていいよ。俺は今の詩織ちゃんをありのまま受け入れるから」



詩織ちゃんは泣き笑いのような複雑な表情をした。



「悲しい顔しないで、笑ってよ!」



俺は励ましたつもりだったが、詩織ちゃんは余計に顔を歪ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...