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2章
2-5 仕事がない!(3) 木柵の穴
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私はまず女子修道院の中庭へと行ってみることにした。
中庭の真ん中には背の高いポプラの木が一本、まるでシンボルのように植わっている。その周囲では、数人のシスター達が藁をねじって縄を作っていた。
私は立ち止まり、しばらく彼女達の縄づくりを見学することにする。
そして、あからさまに手伝いたそうな視線を彼女達に送り、反応をうかがった。
そんな私に声をかけてくれたのは二十歳前後の先輩シスターだった。
けれど、彼女は申し訳なさそうな顔をして私に言った。
「ごめんなさいね。あなたに手伝ってもらうわけにはいかないの。シスター・アメルに、あなたに仕事をさせないように言いつけられているから」
彼女はそれだけ言って、私にかまうことなく作業を続けた。
それから、私は他のシスター達が働いているところにも見学に行ったけれど、反応はほとんど同じだった。
最後の頼みの綱である、花壇で土に肥料を混ぜ込んでいたシスター・ルシールのところにも足を運んでみたものの、彼女もシスター・アメルの名前を出して、私が手伝うのを拒んだ。
どうやらシスター・アメルは、どうしても私に仕事をして欲しくないらしかった。
その翌日も、そのまた翌日も、シスター・アメルは私に仕事を与えてくれず、教育係の一人すら付けてくれなかったのである。
……知ってのとおり、教会という場所は娯楽とは無縁の場所だ。
そんなところで、何日も何もせずに過ごせと言われたら、あっという間に暇を持て余す。
事実、私は退屈で死にそうになっていた。
私は退屈をしのぐため、教会のあらゆるところを見て回ってみた。
それでも時間は余った。
その後、私は何を思ったか、教会敷地を囲んでいる木柵をぐるりと一周してみようと思い立った。――はっきり言って無意味な行為だったけれど、それくらい暇だったのだ。
女子修道院に一番近いところをスタート地点にし、木柵に沿って一周回ってそこに戻る。それが私の立てた計画だった。
その日、修道院の正面玄関から外に出た私は、そのまま木柵に向かって突き進んだ。
そして、木柵にたどり着いたところで、木柵を左手にしながら淡々とその隣を歩いていく。
当然のことだけれど、敷地を仕切っている木柵なんてほとんどの人は興味ないので、しばらく歩いていても誰とも会うことはない。
そのうえ、片方は木柵で風景がふさがれているので、風景を眺める楽しさも半減していた。
実際に歩き始めてみて、私は自分の立てた計画の愚かさを悟った。
途中、もう帰ろうかと思ったけれど、帰ったところですることがない。
仕方なく、私はそのままひたすら歩き続けた。
私は齢十三にして、人生の無情さを噛みしめつつあった。
けれど、もうじき使用人宿舎や孤児院が見えてくる、というところで、私は木柵にあるものを見つけた。
それは、穴、だった。
手のひらより少し大きい程度のサイズで、まるで虫歯のように地面と木柵の隙間に空いていた。おそらくうさぎか何かが通り抜けているうちに、次第に大きくなっていったのだろう。
私は口元をゆるませた。
仕事をするチャンスだ。
本来であれば、シスター・アメルかファリンダあたりに伝えて、使用人達に修理してもらうのが適切な対処の流れだ。けれど、その時の私は、とにかく暇をつ……仕事がしたくて、頭がいっぱいだった。
穴をふさぐのには、大工道具が必要だ。木柵の穴に当てるための木板と、釘、それから釘を打つための木槌。
私はそれらの道具を探すために、使用人宿舎の方へと向かった。
「あの、ファリンダがどこにいるか知りませんか?」
使用人宿舎に着いた後、私は近くにいた女性の使用人に声をかけた。
シスターが使用人達のところまで来ることはあまりないのだろう、彼女は私の服を見て少しいぶかしげな表情をした後、使用人施設の中心にある井戸の方を指さした。
そこにはファリンダともう一人、使用人の子どもが協力をして、井戸の水を汲んでいる姿があった。
「ファリンダ。ごきげんよう」
私が呼ぶと、ファリンダは井戸のロープを引っ張りながら私の方へ振り返った。
「レーア……さま。……ごきげんよう」
「木柵を直すための大工道具を探しているんだけど、どこにあるのか知らない?」
「……たぶん、納屋」
ざぶん、と、井戸のバケツから木製のバケツに水を流し、ファリンダは言った。
「納屋。それはどこ?」
「あそこ」
ファリンダは使用人宿舎の脇を指さす。そこには、藁ぶき屋根の倉庫のような建物があった。
「わかった、ありがとう。あなたから聞いたことは誰にも言わないから安心して」
「……え?」
眉をしかめるファリンダを背に、私は納屋の方へと歩いていく。
理由はわからないけれど、シスター・アメルは私に仕事をして欲しくないと思っているのだ。私の仕事に、ファリンダを巻き込むわけにはいかなかった。
(私の仕事が他の誰にも気付かれなかったとしても、神様さえ私のことを見ていてくれるならそれで十分よね)
幸いなことに、納屋には鍵がかかっていないようだった。
私は納屋の扉を開けて中に入る。
納屋の中は、農具や工具があまり整理されずに散乱していた。
もしかしたら、使用人達の間では置き場所に決まりがあるのかもしれないけれど、少なくとも私は法則性が見出だせなかった。
「……これは、探すのに一苦労ね」
私は納屋の手前から探してみることにした。
法則性はわからないにしろ、木槌や釘のような普段よく使う道具なら、取り出しやすい場所に保管しておきたいというのが人情なはずだ。
私はしばらく納屋の中で修理道具を探すのに夢中になっていた。
するとやがて、納屋の扉が開き、体格の良い髭を生やした使用人の男が、納屋の中へと入ってきた。
「……シスター?」
男は私の服装を見て呟いた。
その声で、私はようやく男の存在に気づき、振り返る。
「あ、……こんにちは」
「シスターが、こんなところで何をやっているんで?」
作り笑いを浮かべる私に、男が怪訝な顔をして聞いた。
私は正直に答えた。
「木槌と釘、それと木板を探しているのですけど、どこにあるかご存知です?」
「それを何に使われるつもりですか?」
当然の質問を返す使用人の男。
「……木柵の穴をふさごうと思いまして」
私は再び正直に言った。
使用人の男は溜め息をついた。
「シスター、それはわしらの仕事です。穴がどこにあるか教えて下さい。明日か明後日にでもふさぎます」
「私なら今日ふさげるわ。穴が空いてしまいそうなくらい、手が空いているから」
「穴をふさぐのはわしら使用人の仕事です。わしら仕事を取らないでくだせえ」
そう言って、男は私に納屋から出ていくように、手を入り口へ向けて見せた。
揉めると確実にシスター・アメルに告げ口されると思い、私は仕方なく彼の言うとおりに納屋から出た。
「……私がやった方が早いのに」
彼にそんな恨み言を言いながら。
私が納屋から出た後、男は納屋に鍵をかけながら言った。
「シスター、わしらは仕事がなくなれば辞めさせられます。ここを辞めさせられたら食っていけねえ。だから明日でも出来る仕事を今日全部やってはいかんのです」
その使用人の男がぼそっと言った言葉は、私の心に強く刺さった。
彼の言葉は一見怠け者の理屈のようでいて、生きていく上で考えなければならない大切な何かが詰まっていると思った。
けれど。
――けれどそれなら、私はいったい何の仕事をすればいいんだろう。
中庭の真ん中には背の高いポプラの木が一本、まるでシンボルのように植わっている。その周囲では、数人のシスター達が藁をねじって縄を作っていた。
私は立ち止まり、しばらく彼女達の縄づくりを見学することにする。
そして、あからさまに手伝いたそうな視線を彼女達に送り、反応をうかがった。
そんな私に声をかけてくれたのは二十歳前後の先輩シスターだった。
けれど、彼女は申し訳なさそうな顔をして私に言った。
「ごめんなさいね。あなたに手伝ってもらうわけにはいかないの。シスター・アメルに、あなたに仕事をさせないように言いつけられているから」
彼女はそれだけ言って、私にかまうことなく作業を続けた。
それから、私は他のシスター達が働いているところにも見学に行ったけれど、反応はほとんど同じだった。
最後の頼みの綱である、花壇で土に肥料を混ぜ込んでいたシスター・ルシールのところにも足を運んでみたものの、彼女もシスター・アメルの名前を出して、私が手伝うのを拒んだ。
どうやらシスター・アメルは、どうしても私に仕事をして欲しくないらしかった。
その翌日も、そのまた翌日も、シスター・アメルは私に仕事を与えてくれず、教育係の一人すら付けてくれなかったのである。
……知ってのとおり、教会という場所は娯楽とは無縁の場所だ。
そんなところで、何日も何もせずに過ごせと言われたら、あっという間に暇を持て余す。
事実、私は退屈で死にそうになっていた。
私は退屈をしのぐため、教会のあらゆるところを見て回ってみた。
それでも時間は余った。
その後、私は何を思ったか、教会敷地を囲んでいる木柵をぐるりと一周してみようと思い立った。――はっきり言って無意味な行為だったけれど、それくらい暇だったのだ。
女子修道院に一番近いところをスタート地点にし、木柵に沿って一周回ってそこに戻る。それが私の立てた計画だった。
その日、修道院の正面玄関から外に出た私は、そのまま木柵に向かって突き進んだ。
そして、木柵にたどり着いたところで、木柵を左手にしながら淡々とその隣を歩いていく。
当然のことだけれど、敷地を仕切っている木柵なんてほとんどの人は興味ないので、しばらく歩いていても誰とも会うことはない。
そのうえ、片方は木柵で風景がふさがれているので、風景を眺める楽しさも半減していた。
実際に歩き始めてみて、私は自分の立てた計画の愚かさを悟った。
途中、もう帰ろうかと思ったけれど、帰ったところですることがない。
仕方なく、私はそのままひたすら歩き続けた。
私は齢十三にして、人生の無情さを噛みしめつつあった。
けれど、もうじき使用人宿舎や孤児院が見えてくる、というところで、私は木柵にあるものを見つけた。
それは、穴、だった。
手のひらより少し大きい程度のサイズで、まるで虫歯のように地面と木柵の隙間に空いていた。おそらくうさぎか何かが通り抜けているうちに、次第に大きくなっていったのだろう。
私は口元をゆるませた。
仕事をするチャンスだ。
本来であれば、シスター・アメルかファリンダあたりに伝えて、使用人達に修理してもらうのが適切な対処の流れだ。けれど、その時の私は、とにかく暇をつ……仕事がしたくて、頭がいっぱいだった。
穴をふさぐのには、大工道具が必要だ。木柵の穴に当てるための木板と、釘、それから釘を打つための木槌。
私はそれらの道具を探すために、使用人宿舎の方へと向かった。
「あの、ファリンダがどこにいるか知りませんか?」
使用人宿舎に着いた後、私は近くにいた女性の使用人に声をかけた。
シスターが使用人達のところまで来ることはあまりないのだろう、彼女は私の服を見て少しいぶかしげな表情をした後、使用人施設の中心にある井戸の方を指さした。
そこにはファリンダともう一人、使用人の子どもが協力をして、井戸の水を汲んでいる姿があった。
「ファリンダ。ごきげんよう」
私が呼ぶと、ファリンダは井戸のロープを引っ張りながら私の方へ振り返った。
「レーア……さま。……ごきげんよう」
「木柵を直すための大工道具を探しているんだけど、どこにあるのか知らない?」
「……たぶん、納屋」
ざぶん、と、井戸のバケツから木製のバケツに水を流し、ファリンダは言った。
「納屋。それはどこ?」
「あそこ」
ファリンダは使用人宿舎の脇を指さす。そこには、藁ぶき屋根の倉庫のような建物があった。
「わかった、ありがとう。あなたから聞いたことは誰にも言わないから安心して」
「……え?」
眉をしかめるファリンダを背に、私は納屋の方へと歩いていく。
理由はわからないけれど、シスター・アメルは私に仕事をして欲しくないと思っているのだ。私の仕事に、ファリンダを巻き込むわけにはいかなかった。
(私の仕事が他の誰にも気付かれなかったとしても、神様さえ私のことを見ていてくれるならそれで十分よね)
幸いなことに、納屋には鍵がかかっていないようだった。
私は納屋の扉を開けて中に入る。
納屋の中は、農具や工具があまり整理されずに散乱していた。
もしかしたら、使用人達の間では置き場所に決まりがあるのかもしれないけれど、少なくとも私は法則性が見出だせなかった。
「……これは、探すのに一苦労ね」
私は納屋の手前から探してみることにした。
法則性はわからないにしろ、木槌や釘のような普段よく使う道具なら、取り出しやすい場所に保管しておきたいというのが人情なはずだ。
私はしばらく納屋の中で修理道具を探すのに夢中になっていた。
するとやがて、納屋の扉が開き、体格の良い髭を生やした使用人の男が、納屋の中へと入ってきた。
「……シスター?」
男は私の服装を見て呟いた。
その声で、私はようやく男の存在に気づき、振り返る。
「あ、……こんにちは」
「シスターが、こんなところで何をやっているんで?」
作り笑いを浮かべる私に、男が怪訝な顔をして聞いた。
私は正直に答えた。
「木槌と釘、それと木板を探しているのですけど、どこにあるかご存知です?」
「それを何に使われるつもりですか?」
当然の質問を返す使用人の男。
「……木柵の穴をふさごうと思いまして」
私は再び正直に言った。
使用人の男は溜め息をついた。
「シスター、それはわしらの仕事です。穴がどこにあるか教えて下さい。明日か明後日にでもふさぎます」
「私なら今日ふさげるわ。穴が空いてしまいそうなくらい、手が空いているから」
「穴をふさぐのはわしら使用人の仕事です。わしら仕事を取らないでくだせえ」
そう言って、男は私に納屋から出ていくように、手を入り口へ向けて見せた。
揉めると確実にシスター・アメルに告げ口されると思い、私は仕方なく彼の言うとおりに納屋から出た。
「……私がやった方が早いのに」
彼にそんな恨み言を言いながら。
私が納屋から出た後、男は納屋に鍵をかけながら言った。
「シスター、わしらは仕事がなくなれば辞めさせられます。ここを辞めさせられたら食っていけねえ。だから明日でも出来る仕事を今日全部やってはいかんのです」
その使用人の男がぼそっと言った言葉は、私の心に強く刺さった。
彼の言葉は一見怠け者の理屈のようでいて、生きていく上で考えなければならない大切な何かが詰まっていると思った。
けれど。
――けれどそれなら、私はいったい何の仕事をすればいいんだろう。
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