【完結】不細工聖女ですが清く図太く生きていきます

葉霧 星

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2章

2-6 仕事がない!(4) シスター・アメル

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 その日の夕食が終わった後、夕方のお祈りが始まる前に、私はシスター・アメルに「話がある」と言われ、院長室へと連れて行かれた。
 話の内容は、やはり、昼の納屋での一件についてだった。

「シスター・オーレリア。教会には教会の秩序というものがあります。あなたの思いつきで勝手なことをされては皆が困るのです」

 院長室の椅子に腰かけながら、シスター・アメルは冷たい視線を私に送りながら言った。

「けれど……、私も何か仕事がしたかったのです。祈りと労働というシスターの責務を果たしたかったのです」

 私は言った。
 すると、シスター・アメルは溜め息をつき、私の目をじっと見た。

「この際はっきり言いましょう、シスター・オーレリア。私はあなたに労働をさせるつもりはありません」

「……はい?」

 シスター・アメルの思わぬ言葉に、私は少し失礼な口調で聞き返してしまった。
 けれど、シスター・アメルは、それにかまうことなく淡々と話を続ける。

「別にあなたのことが憎いからというわけではありません。むしろ、私はあなたのことを評価しています。あなたは良いシスターになれる素質がある」

「……仰っている意味がわかりません」

「――だからこそです。上級貴族の令嬢であるあなたに良いシスターになられては困るのです。あなたがシスターとして認められるようになれば、多くのシスターは貴族でありながら素晴らしいシスターであるあなたを慕うようになるでしょう。ですが、それは同時に、この女子修道院の持っている権力があなたに独占されるという意味も持つ」

「私はそんなことしません」

 私は強く言った。シスター・アメルはうなずいた。

「そうですね、しないかもしれません。……ですが、するかもしれません。あるいは、他の誰かがあなたを利用してその権力を行使するかもしれない。あなたは自分の持っている影響力を、誰からも利用されないという保証はできますか?」

 シスター・アメルは尋ねた。
 彼女の言葉を聞いて、私の頭の中に父の姿が浮かんだ。

「……そんなのできるわけないじゃないですか! けど、私は貴族に生まれたかったわけではありません! そんなの平等じゃない!」

 シスター・アメルはうなずく。

「確かに、平等ではありませんね。ですが、シスター・オーレリア。人間同士で平等などという言葉は幻想です。人間は常に間違うのです。そんな人間が絶対的な平等など実現できるとあなたは思いますか? 
 ……中途半端な平等は争いやいさかいの火種となります。ですから、人間や社会は不平等であって良いのです。神という絶対的な存在の前にだけ平等は存在できるのです。そのために、私達は主に祈りをささげるのです」

 司祭様や神父様が説教をするように、シスター・アメルは淡々と私に言った。
 私は何も答えられなかった。
 彼女の言葉に首を横に振って否定しても、何も言い返せないと思った。

 そんな私の様子を見て、シスター・アメルは立ち上がり、ゆっくりと私の方へと歩いて来る。

「私の言葉を理解できましたか? シスター・オーレリア」

 いつものように、無表情で言うシスター・アメル。
 やがて彼女は私のすぐ隣までやってきて、私の顔を静かにのぞきこんだ。

「シスター・オーレリア、質問に答えなさい」

 シスター・アメルはゆっくりとおごそかに私へ言葉を放った。
 私の体は得体の知れない恐怖に震えていた。
 そして思わず、私はシスター・アメルから顔をそむけてしまった。

 すると、彼女は私のあごに手をあてて持ち上げ、無理やり私に目を合わさせた。

「わかりましたね? シスター・オーレリア」

 シスター・アメルは言った。
 私は震えながら、小さくうなずいた。

「……はい。シスター・アメル」

「……よろしい」

 私のあごから手をはなし、シスター・アメルが再び椅子に戻る。

「さあ、早く夕方のお祈りに行きなさい。今ならまだ間に合います。あなたは賛歌を聞くのが好きなのでしょう?」

 シスター・アメルは無表情で言った。

 この女子修道院では、一日に五回お祈りをする。お祈りと言っても、基本は皆で礼拝堂に集まって、手を組みながら聖句を唱えるだけだ。だけど、夕食後にある夕方のお祈りだけは別で、聖句の前にシスター達による賛歌が披露される。
 この娯楽がほとんどない修道院生活の中で、それは私にとって貴重な楽しみの一つだった。

「……なぜご存知なのですか?」

 私は驚いて尋ねた。

「シスター達の趣味嗜好くらいは把握していないと、修道院長は務まりません。ぐずぐずしていると賛歌が終わってしまいますよ。早く行きなさい」

 そう言ったシスター・アメルは、やっぱり無表情だった。

(怖いのか、優しいのか、よくわからない人……)

 私は彼女に会釈をした後、院長室を出て、急いで礼拝堂へと向かった。



 夕方のお祈りが終わった後、私はシスター・アーニャと一緒に沐浴をした。
 その後、三階にある自分の部屋へ戻ってみると、私の部屋の前でファリンダが座って私を待っていた。

「ファリンダ? どうしたの、こんな時間に」

 私が言うと、ファリンダが泣きそうな顔をして私を見た。

「レーア様に、謝ろうと、……おもって」

「謝る? 何を?」

 私はファリンダに近寄り、彼女の頬をなでた。

「レーア様がシスター・アメルに怒られたの、きっと私のせいだから。私が、レーア様の名前を、教えたから」

 ごめんなさい。
 そう言った後、ファリンダは涙を流し始めた。

 私はしゃがんでファリンダと目線を合わせ、彼女に言った。

「馬鹿ね。私はこんな顔をしているのだから、あなたが私の名前を言わなくたって、シスター・アメルはすぐに私だって気付いたと思う。それに私が怒られたのは、私が無思慮な行いをしたことへの罰なのだから、あなたが気に病む必要なんて全くないのよ」

 私はファリンダを抱きしめた。
 ファリンダも、私のことを強く抱きしめ返してくれた。

 それから私とファリンダ、シスター・アーニャの三人は、私の部屋に入って話をすることにした。

「でも、これでシスター・レーアもわかってくれたでしょう? 私が安息日以外でも酒を飲んだり、日中はずっと絵を描いたりして過ごしている理由が。とにかくこの修道院は娯楽がなくて、そうでもしないと退屈すぎてやってられないのよ」

 ワインの入ったグラスを片手に、シスター・アーニャは言った。

「あの、シスター・アーニャ。ずっと聞きたかったんですけど、どうしてシスター・アーニャは、そんな退屈なこの修道院に居るんですか?」

 私は尋ねた。
 シスター・アーニャはワインをひとくち飲んで答える。

「実は私、夫に家を追い出されたのよ」

「えっ?」

 物憂げな表情をして言ったシスター・アーニャ。私は驚いて素っ頓狂な声をあげてしまった。
 ……けれど、そんな私の反応を見て、シスター・アーニャは、くくくと笑い始めた。

「ごめんなさい。嘘よ、嘘。本当はしゅうとめがうっとうしかったから、修養を口実にここに居るだけ」

「お母様との関係がうまくいっていないのですか?」

 私が聞くと、シスター・アーニャは突然、ワインを一気に飲み干した。
「あのねぇ……、子どもにはわからないかもしれないけど、貴族の嫁姑関係なんて、うまくいっている方が稀なのよ! 基本、向こうは女を、子どもを産む道具、家同士の関係を繋いでる縄くらいにしか思ってないんだから!」

「……そ、そうなんですか」

「そうなのよ! 結局、ヤツらが欲しいのは跡継ぎなのよ。跡継ぎを産んだら、あとは乳母に任せてお役御免。むしろ私が居ない方が、いさかいも起きないし、旦那も侍女と浮気し放題だから喜ばれるくらいよ」

 そう言って、シスター・アーニャはワインをグラスになみなみ注いだ。
 飲むなら自分の部屋で飲んで欲しいと思ったけれど、これ以上触れると厄介そうなので、私は何も言わないことにした。

「――にしても、ファリンダは普段退屈じゃない? 仕事をしていない時は何しているの?」

 私はファリンダに尋ねた。
 急に話題の中心にされたファリンダは、きょとんとした顔で私を見た。

「……えっと……、私は、星を眺めるのが好き」

 ファリンダは少し照れた顔をして言った。

「他の皆は? 話をしたりとか?」

「はい。あとは、大人は賭け事をしたりとか……」

 ファリンダは言った。

「あはははは。ファリンダ、それ言っちゃダメなやつ」

 シスター・アーニャがグラスを片手に大笑いをした。
 ファリンダは、しまったという顔をして、片手で口をふさいだ。

 教会敷地内での賭け事は厳禁である。見つかれば、間違いなく使用人をクビになるのだろうけれど、ブラザーやシスターは使用人達の宿舎にほとんど入ることがないからバレることはまずないのだろう。

「大丈夫よ、ファリンダ。私もシスター・アーニャも、告げ口をしてあなたを売るような真似は絶対にしないから」

 私はファリンダの頭をなでて彼女を安心させる。

「……そうそう。全ては、禁止するばかりで娯楽をロクに用意しない、ここの堅物な聖職者達が悪いのよ」

 早くも悪酔いし始めている様子のシスター・アーニャ。
 けれどその時、私はそんな彼女の言葉を聞いて、ふとひらめいた。

「あ、そうか」

 私は呟いた。

「シスター・アーニャ。それ、名案です!」

「……何が?」

「娯楽ですよ、娯楽。誰もそれを仕事としてやっていないなら、それを私の仕事にすればいいんです」

 私は笑って言った。

 ファリンダとシスター・アーニャは、私の言葉の意味があまり伝わっていなかったらしく、ぽかんとした顔を浮かべながら、一人興奮する私を眺め続けていた。
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