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2章
2-7 仕事がない!(5) 念願の仕事
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「……紙、芝居……ですか?」
院長室の椅子に腰かけながら、シスター・アメルが私に尋ねかえした。
「はい。絵を見せながら、私が物語を語るのです。それを孤児院の子ども達に披露して楽しんでもらえないかと。……ちなみに、絵はシスター・アーニャが描いてくれる予定です」
ほう、とシスター・アメルは呟いてうなづいた。
彼女が否定しなかったのを見て、私は勢いにのってつづける。
「物語は、聖典の聖句を題材にします。ファリンダから孤児院の子ども達はほぼ全員、文字の読み書きが全く出来ないまま育つと聞きました。そんな子ども達に聖典の内容に少しでも興味を持ってもらい、字の読み書きが出来るようになりたいと感じてもらうようにするのが目的です」
このあたりは、シスター・アメルを説得するための後付けの口実。
私がひとしきり概要を説明した後、シスター・アメルはしばらく黙り込んで考えた。
そして、
「わかりました。とりあえず、一度だけ実施することを認めましょう。今後も認めるかどうかは、それを見て判断します」
シスター・アメルは私の目をじっと見ながら、無表情で言った。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
私は窓の外に向かって叫んだ。
私の声はやがて木柵で反響し、再び私の部屋へと返ってきた。
「……シスター・レーア、うるさい。頭に響く」
なぜか私のベッドで横になりながら、シスター・アーニャはうらめしそうに私を見て言った。
「だって! シスター・アメルにようやく認めてもらえたのが嬉しくって!」
私は振り返って言った。
けれど、シスター・アーニャは首を振る。
「それ、たぶん違うと思う。シスター・アメルはあなたのそれを、しょせん貴族のお遊びだと思っているのよ。私の絵と同じね。だから、修道院内にさして影響がなさそうなら認めても大丈夫だと踏んだ」
うう、と頭を抱えながらシスター・アーニャは言った。
実際、そのシスター・アーニャの指摘はきわめて的を得ていた。
シスター・アメルは私を認めてなんていなかった。結局彼女は、修道院内で問題を起こされるよりは、修道院外で問題を起こしてもらった方が良いと考えたのだ。
けれど、その時の私は舞い上がっていて、そんな考えはどこかへ飛んで行ってしまっていた。
「別にそれでもいいです! 私の紙芝居で、シスター・アメルを認めさせてみせます! すっごい紙芝居をつくって、シスター・アメルを驚かせてやるんです!」
それから、私とシスター・アーニャは紙芝居の制作に取り組んだ。
紙芝居が完成したのは、シスター・アメルに許可をもらってから、二週間後のことだった。
そして、その翌晩、私は意気揚々とシスター・アーニャの描いた絵を持って、孤児院へと向かった。
結果から言えば、紙芝居は大盛況だった。
ファリンダが使用人の大人達に紙芝居のことを伝えていてくれたおかげで、物珍しさもあって、孤児院の広間には使用人達が大勢集まってきた。
紙芝居の上演が終わった後、彼らは私に満面の笑みで拍手を送ってくれた。
――が、肝心のシスター・アメルは、私の紙芝居を観に来なかった。
翌日の夕方、シスター・アメルは私を院長室に呼んで言った。
「――今後、紙芝居の上演は認めないこととします」
私は耳を疑った。
「……どうしてですか? 皆、すごく喜んでくれていたのに」
観に来なかったくせに、と私は訝しげな視線をシスター・アメルに向けた。
シスター・アメルはそんな不服な表情をする私を、じろりと冷たくにらんだ。
「理由は、盛況だったからです。私は聖典の読み聞かせのような物を想定していました。しかし、あなたは聖典の内容を正確に伝えることよりも、面白く伝えることを優先していたようですね」
「面白かったようだからダメ……、ということですか?」
私は尋ねた。
シスター・アメルはうなづく。
「まさにそのとおりです」
なんだそれ。
私は思わず苦笑いをする。
「いや、あの……、けれど、面白くなかったら、娯楽とは言えない気が……」
「シスターが使用人に娯楽を提供する必要などありません。彼ら自身が娯楽を必要だと思えば、彼ら自身で歌を楽しむなり、踊りをするなりすればいいのです」
「……必要、必要って。必要のないことをしてはいけないのですか? それなら……、私に必要のないことをされたくないのなら、私にシスター・アメルが必要だと思う仕事を与えて下さい!」
ファリンダ達使用人を見下しているようなシスター・アメルの物言いに腹が立ち、私はつい後先考えずに言い返してしまった。
全てを言い終えてすっきりした後、ようやく私は自分の発言がかなり反抗的だったことに気がついた。
「……申し訳ありません、シスター・アメル。言葉が過ぎました」
手遅れだと思ったけれど、私はとりあえず謝った。
シスター・アメルはいつものように全く表情を変えなかった。
……けれどその時、一瞬だけ彼女の口元がゆるんだ。
それはほんのわずかだったけれど、初めて見たシスター・アメルの笑顔に、私は目を丸くしておどろいた。
シスター・アメルはすぐに表情を戻し、溜め息をついてから私に言った。
「あなたはシスター・アーニャとは別の意味でやっかいなシスターですね。諦めが悪いだけに、シスター・アーニャよりも、いくぶんたちが悪い」
「……申し訳ありません」
私はうつむいて謝罪をした。
すると、シスター・アメルは椅子から立ち上がり、いつかそうしたように私のところへと歩み寄ってきた。
「わかりました。そんなに仕事がしたいなら、あなたに仕事を与えましょう」
シスター・アメルは私の目をじっと見て言った。
「……本当ですか!?」
「私は無意味な嘘などつきません。あなたは読み書きが出来るだけでなく、書にも通じているそうですね」
淡々と言うシスター・アメルに、私は笑顔で答える。
「はい! 幼い頃から、本はよく読んでいました」
シスター・アメルはうなづく。
「よろしい。では、明日の夜明けより、大聖堂で修道士達と共に聖典の写本を行いなさい。司教様には私から言っておきましょう」
シスター・アメルは言った。
そして、私の肩を軽く叩くと、
「よく努めるのですよ」
そんな一言を残して、院長室を去っていった。
「……はい! 頑張ります!」
私は涙をこぼしながら、去っていくシスター・アメルに言った。
院長室の窓からこぼれた太陽の光が私の頬に当たった。
その光の暖かさに、私はもうじき春が来るのだと気付いた。
院長室の椅子に腰かけながら、シスター・アメルが私に尋ねかえした。
「はい。絵を見せながら、私が物語を語るのです。それを孤児院の子ども達に披露して楽しんでもらえないかと。……ちなみに、絵はシスター・アーニャが描いてくれる予定です」
ほう、とシスター・アメルは呟いてうなづいた。
彼女が否定しなかったのを見て、私は勢いにのってつづける。
「物語は、聖典の聖句を題材にします。ファリンダから孤児院の子ども達はほぼ全員、文字の読み書きが全く出来ないまま育つと聞きました。そんな子ども達に聖典の内容に少しでも興味を持ってもらい、字の読み書きが出来るようになりたいと感じてもらうようにするのが目的です」
このあたりは、シスター・アメルを説得するための後付けの口実。
私がひとしきり概要を説明した後、シスター・アメルはしばらく黙り込んで考えた。
そして、
「わかりました。とりあえず、一度だけ実施することを認めましょう。今後も認めるかどうかは、それを見て判断します」
シスター・アメルは私の目をじっと見ながら、無表情で言った。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
私は窓の外に向かって叫んだ。
私の声はやがて木柵で反響し、再び私の部屋へと返ってきた。
「……シスター・レーア、うるさい。頭に響く」
なぜか私のベッドで横になりながら、シスター・アーニャはうらめしそうに私を見て言った。
「だって! シスター・アメルにようやく認めてもらえたのが嬉しくって!」
私は振り返って言った。
けれど、シスター・アーニャは首を振る。
「それ、たぶん違うと思う。シスター・アメルはあなたのそれを、しょせん貴族のお遊びだと思っているのよ。私の絵と同じね。だから、修道院内にさして影響がなさそうなら認めても大丈夫だと踏んだ」
うう、と頭を抱えながらシスター・アーニャは言った。
実際、そのシスター・アーニャの指摘はきわめて的を得ていた。
シスター・アメルは私を認めてなんていなかった。結局彼女は、修道院内で問題を起こされるよりは、修道院外で問題を起こしてもらった方が良いと考えたのだ。
けれど、その時の私は舞い上がっていて、そんな考えはどこかへ飛んで行ってしまっていた。
「別にそれでもいいです! 私の紙芝居で、シスター・アメルを認めさせてみせます! すっごい紙芝居をつくって、シスター・アメルを驚かせてやるんです!」
それから、私とシスター・アーニャは紙芝居の制作に取り組んだ。
紙芝居が完成したのは、シスター・アメルに許可をもらってから、二週間後のことだった。
そして、その翌晩、私は意気揚々とシスター・アーニャの描いた絵を持って、孤児院へと向かった。
結果から言えば、紙芝居は大盛況だった。
ファリンダが使用人の大人達に紙芝居のことを伝えていてくれたおかげで、物珍しさもあって、孤児院の広間には使用人達が大勢集まってきた。
紙芝居の上演が終わった後、彼らは私に満面の笑みで拍手を送ってくれた。
――が、肝心のシスター・アメルは、私の紙芝居を観に来なかった。
翌日の夕方、シスター・アメルは私を院長室に呼んで言った。
「――今後、紙芝居の上演は認めないこととします」
私は耳を疑った。
「……どうしてですか? 皆、すごく喜んでくれていたのに」
観に来なかったくせに、と私は訝しげな視線をシスター・アメルに向けた。
シスター・アメルはそんな不服な表情をする私を、じろりと冷たくにらんだ。
「理由は、盛況だったからです。私は聖典の読み聞かせのような物を想定していました。しかし、あなたは聖典の内容を正確に伝えることよりも、面白く伝えることを優先していたようですね」
「面白かったようだからダメ……、ということですか?」
私は尋ねた。
シスター・アメルはうなづく。
「まさにそのとおりです」
なんだそれ。
私は思わず苦笑いをする。
「いや、あの……、けれど、面白くなかったら、娯楽とは言えない気が……」
「シスターが使用人に娯楽を提供する必要などありません。彼ら自身が娯楽を必要だと思えば、彼ら自身で歌を楽しむなり、踊りをするなりすればいいのです」
「……必要、必要って。必要のないことをしてはいけないのですか? それなら……、私に必要のないことをされたくないのなら、私にシスター・アメルが必要だと思う仕事を与えて下さい!」
ファリンダ達使用人を見下しているようなシスター・アメルの物言いに腹が立ち、私はつい後先考えずに言い返してしまった。
全てを言い終えてすっきりした後、ようやく私は自分の発言がかなり反抗的だったことに気がついた。
「……申し訳ありません、シスター・アメル。言葉が過ぎました」
手遅れだと思ったけれど、私はとりあえず謝った。
シスター・アメルはいつものように全く表情を変えなかった。
……けれどその時、一瞬だけ彼女の口元がゆるんだ。
それはほんのわずかだったけれど、初めて見たシスター・アメルの笑顔に、私は目を丸くしておどろいた。
シスター・アメルはすぐに表情を戻し、溜め息をついてから私に言った。
「あなたはシスター・アーニャとは別の意味でやっかいなシスターですね。諦めが悪いだけに、シスター・アーニャよりも、いくぶんたちが悪い」
「……申し訳ありません」
私はうつむいて謝罪をした。
すると、シスター・アメルは椅子から立ち上がり、いつかそうしたように私のところへと歩み寄ってきた。
「わかりました。そんなに仕事がしたいなら、あなたに仕事を与えましょう」
シスター・アメルは私の目をじっと見て言った。
「……本当ですか!?」
「私は無意味な嘘などつきません。あなたは読み書きが出来るだけでなく、書にも通じているそうですね」
淡々と言うシスター・アメルに、私は笑顔で答える。
「はい! 幼い頃から、本はよく読んでいました」
シスター・アメルはうなづく。
「よろしい。では、明日の夜明けより、大聖堂で修道士達と共に聖典の写本を行いなさい。司教様には私から言っておきましょう」
シスター・アメルは言った。
そして、私の肩を軽く叩くと、
「よく努めるのですよ」
そんな一言を残して、院長室を去っていった。
「……はい! 頑張ります!」
私は涙をこぼしながら、去っていくシスター・アメルに言った。
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